両軍の対決が一旦収束した後、双方の陣営ではそれぞれ負傷者の治療と看護が急ピッチで行われていた。



「痛ててて……沁みる、しみる! そっとやってくれよ!」

「なにゼータク言ってんの。これぐらいで済んで良かったじゃない。武官ならばこれしきの傷で泣き言言わないの!」


電動カッターで受けた鋭い切り傷を、洗浄消毒して貰いながら、その痛さに泣き声を上げるツーフォンに、リンリーが叱咤する。


「しかし、えらく沁みる薬だな……」

「コリンドーネでよく使われてる、えたのーるっていう薬だって。何でも、植物を発酵させて、それを蒸留して作った薬みたいよ」

「植物を?」


ツーフォンの疑問に、リックスが消毒薬の瓶を持ってきて説明する。


「そう。殺菌効果が非常に強いのが特徴よ。そうねぇ、アナタたちの国で例えたら、お酒の一種ってところかしら?」

「へー… まぁ確かに、俺たちも消毒にたまに酒は使うがな……なるほどなぁ。で、これも、飲めるの?」

「あのねぇ。アルコール度数が高すぎて、飲んだりしたら喉が御陀仏よ。何より美味しくないし」


お酒と聞いてちゃっかり尋ねてくるターシェンに、リックスは笑って答えた。


「こっちにも消毒薬くれー!」

「はいはーい! 今いくわよー!」


ひっきりなしに怪我人が治療を依頼してくるため、消毒薬を持ったリックスは急いで怪我人の方へ駆けていった。



コリンドーネ軍が持ってきた消毒薬などの物資は限りがあったが、薬草の扱いに長けたリーディエが他の兵士たちに対して

野に生える薬草を使い、煎じて作る薬の作り方を伝え、物資不足を補っていた。


「大丈夫ですか? 傷が化膿するといけないから、このシロバナアオイの葉をすり潰した薬をよく塗ってください」

「あぁ、平気だ、ありがとう。だが、君もその手の傷を治さないといけないだろう。貸しなさい」


先程の銃撃によって砲身が吹き飛び、その破片で切り傷をいくつか負ったアルバトロスに、リーディエが話しかけると

逆にアルバトロスは、彼女の手に受けた銃創を治療する為に、手早く薬と包帯を巻いていった。


そこに、ルトガーとイーグルが皆の状態を尋ねてくる。


「状況はどうだ?」

「負傷者は大分多いな…… 主にカッターによる切創、銃撃による銃創が殆どだ。」

「重傷者や、深刻な感染症が疑われる者、……両軍共に、犠牲者は?」


陣営を見渡し、少し声を潜めて、慎重にイーグルが尋ねた。


「それが、驚いた事に殆どいない。足を狙われ動けなくなった者や、腕を狙われて武器を持てなくなった戦闘不能者は多いが

 致命傷に至るような傷を負った者は今のところ皆無だな。」

「そいつぁ良かった。とりあえず皆が無事で安心したぜ」


アルバトロスの報告に、イーグルはひとまず安堵の息をつく。


「犠牲者が皆無……か…… 前々回とは大違いだな」

「そんなに深刻な被害が出たのか? 前の侵攻では」


ルトガーがそうぽつりと溢すと、イーグルとアルバトロスはその呟きに即座に反応する。


「あぁ。大勢の兵士たちが奴らの侵攻の前に倒れたばかりでなく、近隣に住まう住民たちにも多大な被害が出た。

 今回もそれを危惧していたんだが……奴らのやり方にしては、随分大人しかったな」

「ふうむ。その話を聞く限りじゃ、俺たちの所を襲ってきたやり方と大差ないようだ」

「コリンドーネも、似たような被害を?」

「そうだな。住民を巻き込み、大規模な侵攻、という点ではお前さんたちの所と殆ど一緒だな。」


カーディレット軍の侵攻は、大抵無差別に行われる事が多く、住民が巻き込まれるケースが大半だ。

今回はたまたま彼らの侵攻場所が、住民らが住んでいる場所から離れていた事が幸いとなったようだ。

火炎放射器で無差別に焼き払うような大規模な攻撃でなく、電動カッターや銃撃と言った小範囲な攻撃であった事も一因と言える。


だからこそ、今回の侵攻の規模の小ささ、被害の小ささに尚更、皆の頭に疑問符が浮かんでくる。


「全て押し潰すような、奴らのやり口にしちゃ珍しいパターンだな? 何か訳があるのか……?」


カーディレット軍の侵攻方法に変化が生じた理由を、イーグルは頭を捻って考える。

そこに、ふと思い立ったアルバトロスが皆に意見する。


「……敢えて急所を外したようにも思えるのだ。

 あの狙撃手の少女、若いながらもカーディレット軍の攻撃の要のようだ。

 私のショットガンだけを使用不能にしたあの腕ならば、やろうと思えば私の脳天すら狙う事だって出来た筈だ。

 だが、命を取らずに銃だけ使用不可能にした……理由は分からないが、何か意図があっての事だろうか」


「それは私も思いました。錘を持っていた手だけ狙ってきましたから。

 装甲の薄い私たちは、銃撃に対して防御の手段を殆ど持ちません。

 ですので、気付かれず圧倒的に有利な立場にありながら、敢えて急所でなく攻撃手段だけ狙うとは、理由がある筈です」


実際に銃撃を受けたリーディエも、振り返って意見を述べる。


「カーディレット帝国は、侵攻した国を次々と吸収していくスタイルだ。潰された国の国民も捕虜となり、奴らに従わざるを得ない。

 最近は度重なる侵攻で大分兵士を消費していると聞く。極力傷つけずに、捕虜として自軍の兵士としたいのか……?」

「でもその為には、まず戦いに勝たなきゃお話にならないよ。

 目の前の戦いに勝つためにも、相手の戦力に復活の可能性を残す国の兵士がどこにいるんだい?」


セオドールの憶測に、ジャネットが現実を見据えた意見を展開する。

確かにジャネットの言う通り、捕虜にしたいが為に、相手方に反撃の可能性を残しては、それこそ本末転倒というものだ。



「うーむ……奴らの意図は、今はまだ分からんな。

 とにかく、理由が何であれ、今はアイツらの進軍をここで何とか足止めしないとな。次はどうなるか分からない。

 だが、皆、今回はよくやってくれた。次にも備えて、英気を養っておけよ。」


負傷者を見て回るイーグルは、疲れた兵士たちに水や食料を配りながら呼び掛ける。

そして広場の向かいの森に潜伏するカーディレット軍を見据え、今後の戦闘に備えて準備を整えるのだった。













一方、カーディレット帝国軍・機械部隊では、自身の事が噂になっている事など露知らず、ユリコたちは負傷兵の手当に奔走していた。

先程ユリコの代わりに銃撃を肩に受けた兵士が、ぐったりとした様子で、応急に作られた担架で運ばれる。


「ヘクター、しっかり!! 今看てやるぞ!!」

「シャツを切って傷がよく見えるように!! 沸騰した湯とタオルの準備も頼む!!」


衛生兵に指示を出し、ローレンツも自ら処置の手伝いに乗り出す。

他の隊員から清潔なタオルを受け取り、傷口周囲を綺麗に拭き取って圧迫止血を行う。


「出血量は?」

「上着に流れ出た程度で、さほど多くありません。恐らく100ccもいかないかと」


それほど出血していない事を聞くと、隊員たちは少し安堵した。出血過多だと、輸血が必要になってくる。

しかしここは戦場で、おまけに物資すら十分に配給されていない機械部隊では、大量出血は命取りとなり兼ねない。

傷を負った兵士の顔色の変化に注意しながら、皆懸命に処置を続けた。


ある程度出血が治まってくると、止血をしていたローレンツに代わって衛生兵が傷口をよく観察した。



「弾……は、どうやら貫通しているみたいです。

 このまま圧迫止血を続け、血が止まったら消毒しましょう。この環境では感染が心配なので、傷口を清潔に保つように。

 出血量は多くはありませんが、血圧低下も心配ですし、このまま安静にして貰っている方が良いでしょう。

 大丈夫、今すぐ命に関わる状態ではなさそうです。」


傷の様子を見た衛生兵がそう告げると、隊員たちはほっ……と胸を撫でおろす。



消毒を終えると、ヘクターがか細い声ながらも、少し笑って皆に話しかけた。


「ありがとうございます……心配かけてすみません。治ったら俺、も少し頑張れますかね……?」


「今は無理しないで、十分休むんだ。

 お手柄だったよ。君のおかげで、ユリコが無事だったんだ。機転を利かせてくれて、どうもありがとう。」


起きようとするヘクターを制しながら、彼の功績をローレンツは労った。


「全く、お嬢を護るイイトコ持ってきやがって!! これ以上手柄取られてたまるかってんだ!!

「もうオメーの仕事は十分だ。あとは俺たちに任せな!」

「あのカツラ、ヒューイが持ってきたやつだろ。うまい使い方してくれたよな!」

「ホントにな! あれこそ有効活用ってやつだよなー!!」


他の隊員たちも、憎まれ口を叩きながらも仲間の無事を喜ぶ。

隊員の1人は、ヘクターが身につけていたカツラを振り回して自分の頭に被ったりなどして遊んでいる。

そんな彼らも大怪我こそ負ってはいないが、激しい戦闘の後でその身なりはボロボロだった。




皆がわいわいがやがや互いの健闘を称え合っていると、その一番奥で、ユリコは1人黙って震えていた。


「ユリコ?」


それに気付いたローレンツがユリコの肩に手をかけようとすると、彼女の瞳から涙がひとつ、ぽろりと零れた。



「なんで……アタシなんか庇ったのよ……こんな危ない目に逢ってまで……

 アタシは大丈夫だから、自分の身を護って欲しかったのに……」


すると、ユリコの目から、次々と涙が溢れ出た。


「死んじゃうかと……死んじゃうかと思った…… アタシのせいで……」


しゃっくりあげながら、ユリコは号泣し始めたのだった。

次々と流れ落ちる涙を拭おうとする彼女の姿に、隊員たちは互いに顔を見合わせ、ユリコを真っ直ぐ見つめる。


気丈なセリフをいくつも放ち、銃を片手に勇ましく自分たちを鼓舞した勇敢な少女の、それは予想だにしなかった涙だった。




すると、伏していたヘクターが、ユリコに話しかける。



「ありがとうございます、特務…… 俺なんかを心配して、涙を流してくれて。


 俺……嬉しかったんです。自分の命を大事にしろ、って言って貰えて。

 そんな事、言って貰えたの、初めてだったものですから。

 下っ端の兵士の俺たちは、軍の命令で最前線に立ち、明日の命の保証なんかありません。

 そういう兵士は大勢いたし、長年親しんだ仲間が突然隣で討たれても、仕方がないものだって思ってたんです。


 でも、特務や隊長は、俺たちを大事に思ってくれる。決して使い捨ての兵士だとは思っていない。

 怪我こそ負ってしまいましたが、今回仲間たちは、誰一人として倒れませんでした。それは、2人のおかげだと思うんです。

 ……だから、俺、特務を護れて、本当に良かったです」


素朴で穏やかな笑顔を浮かべて、ヘクターは胸に手を当てて、ユリコに感謝の意を述べたのだ。


すると、ヘクターの周りにいた隊員たちも、彼と同じ笑みを浮かべて、ユリコを見ていたのだった。


ヘクターの言葉を聞くと、ユリコは更に涙を溢れさせた。



「馬鹿!! 馬鹿よぉ、アンタたち……」



涙で真っ赤の目をして、鼻を啜らせるユリコに、アクセルが呆れかえって溜息をついた。


「だがなぁ、上官が鼻垂らして泣きじゃくってんじゃねーよ…… 威厳ってもんがねぇなぁ。士気に関わるだろうに」

「いやぁ、逆に士気は上がるだろうさ。お嬢が困ってるなら助けにゃあってな!」

「全くだ。こんな頼りねぇ上官サマなんか、俺たちが団結して護ってやらねぇとな! ははは!!」




勇ましい鉄砲百合も、まだいたいけな16歳の少女。彼女の心根の優しさを、隊員たちは微笑ましく思ったのだった。





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