鬱蒼と生い茂る、テワラン天帝国の広大な森林。

森林の向こう側には、天空の庭と名高い帝都を頂く霊峰が、白い雲を突き抜け、いくつも聳え立っていた。


進撃中のカーディレット帝国軍・機械部隊に、新たに副官として配属される予定のユリコは

彼女付きのメイド・クセーニヤと共に、天高く聳えるテワランの山々を眺め、

ワイバーンの背に揺られながら、己を待ち構える戦場に静かに闘志を燃やしていたのだった。





森の中に張られたベースキャンプでは、カーディレット帝国の機械部隊の面々が、新たに派遣される副官を

今か今かと待っていた。


「お! 見えたぞ!」


兵士の1人が双眼鏡を覗き、キャンプに近づいてくる、帝国特有の黒い骨ばったワイバーンの姿を目視して叫んだ。

ワイバーンの背の上で、ユリコの黒髪が風に靡いて艶やかに舞う。

やがて、森の真ん中の空き地を目印にワイバーンは舞い降りた。


「ユリコ様、お手を」

「アタシはいいわ。クセーニヤのリードをお願い」


ワイバーンの背中から降りる際も、乗り手の助けを借りず、軍用ブーツで泥まみれの地面を踏みしめ

黒髪を靡かせて兵士たちの前に颯爽と降り立ったのは、彼らが思っていたよりもずっと若い、年端も行かない少女だった。


彼女の姿を見て、兵士たちの間でざわめきが起こる。



「やりー! ほら、やっぱ可愛い女の子だったじゃん!」


嬉々として叫ぶのはエンジニア兵の1人、ヒューイだ。

そんな彼に、隣にいた兵士・アクセルは怪訝な表情で声を潜める。


「ばか、冗談言えって。

 おい……大丈夫なのかよ……。副官がこんな若すぎる、しかも女でよ……

 しかも、何だ、エリートなんだろ? なんで一般兵の服着てるんだ?

 おまけに、メイドつきかよ……あのふりふりのエプロン、なんだよ……ここは戦場だぞ……」


ヒューイのように、若い女の子という事に喜びの声が上がる一方、

アクセルの意見と同じく、女子でしかも若すぎる事に、不安を隠せない様子の兵士たちもいた。



(こんな反応になるだろうって、始めから分かりきってるわ)



そんなざわめきが起こるのは想定範囲内だ、という風情で、ユリコは兵士たちを一瞥した。

自分たちを射抜くような、その強い眼差しに、思わず兵士たちの囁きは少しトーンダウンしたのだった。



少しざわめきが収まった所で、兵士たちを前にして、隊長であるローレンツが彼女を紹介する。



「諸君。本日付けで、我が機械部隊に副官として配属になった、ユリコ特務だ。

 彼女は士官学校の実戦訓練を首席で卒業したという、輝かしい経歴を持っている。

 万年ビリッケツだった俺と違ってね。ははは。……おいおい、ここ、笑う所だよ。

 といっても、実戦は初めてだろうから、この部隊についても戦いについても、分からない事は多いと思う。

 皆、彼女が1日でも早く馴染めるようにサポートして欲しい。宜しく頼むよ」


「はっ!!」


やや冗談こそ飛ばすが、隊長の言に、兵士たち一同は揃って背筋を伸ばして敬礼する。

その様子を見ていると、部隊の統率力は、どうやらそれなりにありそうだ。



そして、ローレンツはユリコに向き直って、改めて自己紹介する。


「君が噂の赤いく… おっと、失礼。

 ユリコ特務だね? 噂はかねがね聞いているよ。

 俺はこの機械部隊の暫定的なまとめ役をやってる、ローレンツって言うんだ。

 ……はは、そんな怖い顔して見なくても、取って食いやぁしないから。まぁ、宜しくね」


彼が差し出した右手に、ユリコはまだ右手を出そうとせず、少し探る様な目つきで答える。


「機械部隊・隊長のローレンツ軍佐ね。こちらこそ話は聞いているわ。

 なんでも、先の隊長のギュンター将軍が戦死されて、その後を任されたとか。

 かなり急な事態だったから、色々と苦労に耐えなかったのではと思って来たのだけれど……私の取り越し苦労だったみたい。

 随分と余裕がお有りのようね。ついこないだ急に隊長職を振られたばかりとは思えないわ。」


開口一番、皮肉たっぷりに、ユリコはこの数ヶ月で急に隊長を任されたローレンツに、疑いの目を向けたのだった。

無理もない。帝国軍では、下級兵が上官を諜殺して成り上がるなんてザラな話だ。

ましてや、最前線の戦線の、先頭で戦っている部隊ならば、尚の話だ。

前任のギュンター将軍の失墜に関しては色々な憶測が飛び交っているが、ユリコは彼女なりに、目の前の事実を見極めようとしていたのだった。



そんな彼女の様子に、ふっと笑ってローレンツは答える。


「はは、噂通り、鋭い観察眼を持ってるね。 それに恐れを知らない言動。 頼もしいじゃないか。

 ……確かに、ギュンター将軍が討ち取られてからの引き継ぎは比較的支障なく行えたから、俺が諜殺したと疑われるのも無理はないか」


自分たちの隊長が諜殺を図ったと疑われた事、そして将校クラスとは言え、配属されたばかりで強気な発言をするユリコに

隊員の一部が抗議の声を上げようとするが、ローレンツは手を上げ、それを黙って制止する。


「だけど、その功績は俺じゃなくって、ここに仕えてくれている彼、ハイデマン軍曹や、隊の皆の努力のおかげさ。

 ギュンター将軍の失墜については、俺は弁明はしない。ただ、ここまで隊を立て直した、彼らの努力は認めてやって貰えないかな」


そう言って、穏やかに微笑むローレンツに、それまで黙って睨んでいたユリコも、ふっと視線を下ろした。


「そう…。とりあえず、周りの人間の功績を人に話す事は出来るみたいね。

 それが上っ面のお飾り台詞じゃない事を望みたいもんだわ。今後とも、宜しくお願いするわ」


ユリコはそう言い、ようやく差し出された右手に応じた。


「君のその観察眼と頭脳、行動力、大いに期待しているよ。」


にっこりとローレンツはそう言ったのだった。










ユリコとクセーニヤが荷ほどきをしていると、少し離れた所から、何人かの隊員の兵士たちがこちらを向いて喋っていたのが聞こえた。

到着時、ユリコの姿を見て真っ先に喜んだ、見た目軽そうなゴーグルをつけた青年と、少しやさぐれた風貌の青年だ。


「思ってた通り、可愛いお嬢様だったなヒャッホー! こりゃ遠征が楽しくなりそうだ!」


嬉々とする青年・ヒューイに、その隣にいるアクセルは機械の手入れをしながらぼやく。


「しかし、あんな若い女の上官なんかで大丈夫なのかよ。 この機械部隊はテワランへ向けた最前線だぞ。

 全く、メイド連れのお嬢様に、機械担いでの密林や山岳遠征が出来ますか、ってんだ。

 目の保養だけじゃ、お前みたいなバカの負担は減っても、隊長の負担は減らないんだぞ」


彼女にも聞こえるかもしれないのに、声を落とすことなく、その青年はあまつさえこちらを向きながら、これ見よがしに言ったのだった。

そして、他の隊員たちも、そんな彼の爆弾発言を止めることなく、そこかしこでも同じような言葉が聞かれていたのだった。


「まったくだ…… 機械部隊が使い捨て部隊だからって、誰でもいい訳じゃないんだよ……」

「これはオママゴトじゃねーんだぞ……貴族のお嬢様の周遊なんかに、付き合いきれねぇよ」

「上層部は、見る目を欠いたのかねぇ。それとも、本当にうちの部隊がどうでもよくなったのかね」


それは、暗に彼女の事を、肩書きだけのお荷物、と示していたのだった。

少しの事ならば見て見ぬふりをしていようと思ったユリコだったが、兵士たちの、あまりに礼を欠いている様に

ユリコは愛銃を取り出し、引鉄をひいた。


銃砲が鳴り響き、思わず他の兵士たちも、音がした方向に目を向けた。



その銃弾は2人の間、鼻先5cmを掠め、その奥にある樫の木の幹のど真ん中に命中したのだった。

シュウウ、と煙を上げる樫の幹を前に、2人だけでなく、周囲の兵士たちは思わず固まり、声を潜める。


「すげぇ…… あそこからあの幹のど真ん中を、1発だぜ……」

「違うって。 それより、アクセルとヒューイのど真ん中、すり抜けていったぞ……うわ、おっかねぇ……」



固まったアクセルとヒューイの前に、ユリコは銃を担いで2人を見下ろす。


「えぇ、仰る通り、あたしはここに遠征に来たのよ。遠足じゃなくて遠征、戦いに来たの。分かる?

 アンタたちが言うような、遊びなんかじゃないのよ。

 とりあえず、最初だから礼もへったくれも無い口の聞き方は不問にしてあげる。

 それはこれから聞く気が起こらないようにしてあげれば良いだけだしね」


そして、銃口から立ち上った煙をふっと吹き消して、2人に対してだけでなく、

ローレンツや他の全員も視野に含めて、大胆不敵に言い放つ。


「あたし、貴族の威光やら、つまんない上下関係やらって嫌いだから。見下すのも、見下されるのもね。

 女だからって、何なの? 貴族だから、何もできないですって? 馬鹿にすんじゃないわよ。

 そんな誰が作ったかもわからんようなバカげた習慣や思い込みは、全部ぶっ壊す気でいるから、そのつもりでいなさい!」


彼女の威勢のいい声が、深閑な森にやけに響き渡った。



すると、ヒューイが目をきらきらさせて、ユリコを見上げて言ったのだった。


「ヒュー! 何つー射撃のコントロール力! んで、この度胸!!

 こりゃギュンター将軍なんかよりも、ずっと頼もしいな! な!!」

「いてっ! 痛てっ!! お前、はたくのやめろってんだよ!!」


そう感嘆の声を上げ、隣にいたアクセルの肩をばんばん叩いた。

アクセルも、思わず唸ったのだった。


「全く、何つー度胸だよ……」



若い貴族の婦女だからと言って、甘く見ていた機械部隊の兵士たちは、

とんでもない人物を上官として迎え入れてしまったという事を、思い知らされたのだった。





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