白い壁が真っ直ぐに続く帝国軍・医療棟の一室の前で、マーキスとウォルターは無言でじっと待っていた。
カチャリと部屋のドアが開き、ブロンデー博士が出てくると、2人は急いで駆け寄った。
「博士! あいつの……シンの容態はどうですか?」
「俺たち、会って大丈夫ですか?」
ブロンデー博士は2人の質問に視線だけ投げかけ、答えはしなかった。
すると、博士の後ろから鋭い眼差しをした帝国兵が2人、物言わずに出てきた。
その様子に2人が少し面食らっていると、博士は2人にしか聞こえない低い声でこう囁いたのだった。
「後ほど説明する……とりあえず、あやつには今は会えん。それだけじゃ」
「あいつの容態、そんな悪いのかな……」
「1回心臓が止まりかけたからな。まぁそうなんだろうさ」
不安な面持ちで、博士を見送るマーキスとウォルターだった。
時は少し遡り、シンが目を覚ます前の事だった。
医療病棟の集中治療室で、モニターや点滴の管がつながれたシンの様子を
あれから一晩一睡もせずに、ブロンデー博士はずっと横で見守っていた。
老体に徹夜は大分答えたのか、夜が白々と明け始める頃、博士は少しうとうとしていた。
それまでモニターを監視していた看護師が、心電図の波形が変化し始めた事に気付く。
けたたましいアラームが集中治療室の一角に鳴り響く。心拍は200と明らかな異常値を示していた。
「何、この波形……? 心房細動かしら!? ドクター、来てください!!」
心電図の急激な変化は一刻を争う場合もある為、すぐさま医師に報告する。
その慌ただしい周りの様子に、うたた寝をしかけていた博士は目を覚ます。
「何じゃ……? 心電図にノイズが混じっておるの……」
それまで規則的に一定のリズムを刻んでいた心電図の波形は大きく乱れ、細かいジャミングが入り込む。
医師が急いで駆けつけ、抗不整脈薬の注射の準備を行い看護師に指示を出している、
その時だった。
突然、シンが目を覚ましたのだった。
その瞬間、可視化出来るほどの強力な電気が、彼から迸る。
「うわっ?!」
「きゃああ!!」
周囲の機器類はショートし、モニターの画面は激しく乱れ、プツンとブラックアウトする。
幸い集中治療室に運ばれていたのはシンだけだったため、他の患者への影響の心配はなかったが
突然の変化に、医師や看護師たちは驚き叫んでいた。
当のシンは、ゆっくりと上半身を起こし、周囲を見渡す。
その目は酷く怯えきって、周りを警戒しているような目つきだった。
モニタリングの電極を外し、左の腕に入っていた点滴を見つめると、ブチッと抜き取る。
そこから血が噴き出した。
「君、まだ安静にしていなくては……」
その様子に慌てて医師が声をかけようとしたその時、シンが彼に視線を合わせると
バチッと激しい音を立て、電撃が飛んだ。
「ぐわぁぁぁ!!!」
「きゃあ、先生?!」
医師は激しい電撃に感電し、髪の毛や白衣がぶすぶすと音を立てて燻り、その場に倒れこむ。
もう1人の看護師が、緊急回線の赤い電話機に手を伸ばし、軍部につながる回線に連絡を入れる。
「緊急呼出<エマージェンシー・コール>!! 集中治療室です!!
患者が突然覚醒し、電撃魔法を炸裂しています!!
医師が負傷し、彼は激しく抵抗して手が付けられません! 至急応援願います!!」
その様子にシンが気付くと、視線を緊急回線に向ける。回線が大きな音を立てて爆発した。
一方のブロンデー博士は、酷く驚愕していた。
昏睡状態から目覚めたばかりで、いくらかの記憶錯誤・混乱状態は説明がつくが
魔法に覚醒したばかりのようなシンの様子、しかもこの規模の大きさはまるで……
「シン! やめるんじゃ!! おぬしを傷つけるつもりは、ここの者たちには全く無いぞ!!」
次々と機器類を電撃で爆発させるシンに、ブロンデー博士は静止をかける。
しかし、博士だからといってシンはためらう様子を見せず、攻撃の手を緩めようとはしなかった。
きっ!とシンが博士を睨み、電撃を放とうとする。
その瞬間、博士とシンの間に、博士の守護精霊が庇おうとして割って入った。
すると、驚くべき事に、シンは一瞬ためらいの表情を見せたのだった。
博士がそんなシンの様子に驚いていると、武装した兵士たちが集中治療室に入ってくる。
強力な魔法が使える、魔法部隊の精鋭たちだ。
シンが繰り出す激しい電撃を魔法の防御壁で防ぎ、代わりに魔法でのカウンター攻撃を行う。
まだ魔法に不慣れなシンは防ぐことが出来ず、まともにその一撃を喰らって気絶した。
兵士たちが負傷した医療スタッフに声をかけている中、そのうちの1人がブロンデー博士にも声をかける。
「御無事ですか?」
「あぁ……」
博士はぼんやりとしながら、気絶して運ばれていくシンの方を見つめていた。
しばらく時間が経ってからブロンデー博士は、総司令部管轄の研究室の一室に呼び出しを受けた。
「失礼するぞい」
ノックをしてから研究室の扉を開けると、部屋の一番奥に、紺碧の長い髪をした青年将校が立っていた。
ブロンデー博士が部屋に入るや否や、青年将校は手を差し出し握手を求めた。
「初めてお目にかかります、電気機械研究の第1人者、ブロンデー博士。
突然のお呼び出て、申し訳ありません。
私は総司令部所属・特別部隊軍佐、フォルクマールと申します。」
「特別部隊か……」
フォルクマールという将校の名前と、特別部隊というキーフレーズを聞いて
ブロンデー博士は、極秘裏に研究が進んでいるという軍の重要案件を思い出した。
それは、強力な精霊魔法を用いる精霊使いを、各地から召集という名目で拉致し、兵士に養成している計画だ。
フォルクマールは、自ら連れてきた青い炎を操る精霊使いを、何千人分の兵力とされる兵士にまで育て上げた。
それまでの魔法部隊の魔法と比較して、稀有な存在である精霊使いが操る魔法は、
数十、あるいは数百倍もの圧倒的な威力を誇る。それは、軍の大幅な戦力アップが見込める稀代の力だった。
彼はその提案者として、司令部にて頭角を表している若い将校だった。
ただ、精霊使いはそうやすやすと見つかるものではない。
数ある遠征の中で見つかった精霊使いは、今のところその青い炎の精霊使いの他に、2、3人いるだけだった。
「おぬしの噂は聞いておる。精霊使いを兵士として採用し、強力な兵士に育て上げたとな。」
「仰る通りです。私は、それまで異質の存在として恐れられ、迫害されていた精霊使いの可能性を見出し、
彼らが活躍する道を模索しています。
ブロンデー博士、貴方も、精霊の力を機械技術に利用し、大きな技術力を帝国に提供してきたと伺っています。
私達、どこか共通するところがあるように思えますね」
「……畑違いじゃな」
親しみを込めて距離を近づけようとする節さえ感じるフォルクマールに、
ブロンデー博士はフンと鼻を鳴らして距離を置く。
「おぬしは精霊の力を戦争の道具としか見とらん。精霊使いを兵士として採用すれば、それは大きな戦力となろう。
しかしやっている事はなんじゃ。罪のない人を殺め、他国を蹂躙する無差別な殺戮ではないか。
その精霊使いも結局は、戦争捕虜として捕えてきたのじゃろう」
「手厳しいですね……」
やんわり柔和な笑顔を崩さないフォルクマール。但し、彼も言いやられる一方ではなかった。
「貴方の技術も、戦争に向けて作っている心算はなくても、帝国に居る限り、必ず戦争に加担しているのですよ。」
ブロンデー博士が気にしている所を、えぐり取るようにフォルクマールは躊躇なく指摘する。
「分かっておる……」
彼の指摘に、博士自身も十分自覚していた。
「……ところで、何故ワシはおぬしの所に呼び出されたのじゃ」
「思い当たる節はありませんか?」
ブロンデー博士の瞳を、穏やかながらもじっと見据えるフォルクマールの瞳。
暫く、2人の間に沈黙が流れる。互いに言わんとしていることを模索しているようであった。
最初に口火を切ったのは、フォルクマールだった。
「私の部下が、先程起きた貴方の製鉄発電所での事故の様子を、詳細に報告してくれました。
気を悪くなさらないでください。
精霊の技術を利用する貴方の研究所には、時折部下を送って研究の参考にさせて頂いています。」
顔をしかめるブロンデー博士に、断りをはさむ。
「感電して心肺停止状態に陥った青年を、雷の力を用いて蘇生させたと。素晴らしい事です。
また、別の部署からも報告を受けていましてね。
その青年が、集中治療室で目覚めた時に、通常では考えられない程の電撃魔法を放ったそうですね。
魔法部隊の兵士が言っていましたよ。「あんな強力な電撃、喰らった事が無い」と。
数人がかりでシールドを張らなければ、防御できない程の電撃魔法だ、とね。」
「何が言いたいのじゃ?」
言葉を濁らすブロンデー博士に、フォルクマールが鋭く切り込みを入れる。
「シン青年は、精霊使いに覚醒した可能性がある、という事です。
しかもきっかけは、貴方の電撃魔法。」
その言葉を聞き、博士は視線を落とした。
「……やはり、そうじゃったか……」
ブロンデー博士を攻撃する前のシンのためらいは、おそらく博士を庇う精霊を視認出来ていたからだろう。
さらにフォルクマールは先を続ける。
「ブロンデー博士、軍の経歴には詳細に記載されてはいませんが、貴方も精霊使いですね?」
「そうじゃ。過去に召集された精霊使いのうちの1人じゃよ。
しかしワシはもともと力がそれほど強くなくての。軍に技術を提供する代わりに、処刑を免れたのじゃ。
今でも思う時がある。あの時処刑されておれば良かった、とな」
俯いて、ブロンデー博士は当時の苦渋の決断を苦々しく思い出す。
そんな博士の様子を同情する事なく、フォルクマールは淡々と述べた。
「貴方は、精霊使いの運命から逃れることはできない。
知っていますか? あの青年は覚醒した後、全ての記憶を失っているようです。」
「な、何じゃと……?!」
フォルクマールが告げた事実に、ブロンデー博士は驚愕し、狼狽する。
「貴方の事ばかりか、自分の名前すら思い出せません。
このままシン青年を放っておけば、必ず様々な思惑を持つ勢力に翻弄されるでしょう。
あの青年に技術力を提供したのは、貴方だと話を伺っています。育てた身としては、辛いのではないですか?」
「…………ワシに、どうしろと?」
「今回の事案から、人工的に精霊使いを作り出せる可能性を見出せました。その協力をして頂きたいのです。」
フォルクマールの提案に、ブロンデー博士は更に驚きと怒りの混じった言葉を発する。
「精霊使いを人工的に……?! バカを言え!!
これ以上争いの火種を自ら広げるなんて出来るわけなかろう!!」
しかし、フォルクマールは冷静に自身の考えを淡々と話していく。
「その逆です。
精霊使いを自ら作り出すことで、無用な精霊使い狩りをやめさせる事が出来るでしょう。
そして圧倒的な武力さえ生み出せれば、人々は抵抗する気さえなくすでしょう。
帝国は今の状態でこそ、その強大な軍事力をもってこの大陸の大幅な土地を制圧し、その領土に治めています。
帝国の名のもとに、世界を統一するのです。人工精霊使いは、そのための足掛かりにしか過ぎません。」
「強制的な力で、人の心をひとつになぞ出来るはずは無いぞ」
ブロンデー博士の反論を、フォルクマールは素直に肯定する。
「その通りです。人々は千差万別……歴史も文化も価値観も、生き様も立ち位置も人それぞれです。
互いの思惑や主張を決して譲ろうとはしない。だから、有史以来人々は争いをやめないのです。
それを終わらせるのは、圧倒的な力でもって人々を支配する事だけです。
この国も現にそうして成り立ち、領土内は小さな争いこそありますが、憲兵のおかげで比較的平穏が保たれています」
「ふむ……それは確かに一理ある、が……」
フォルクマールの主張を、決してブロンデー博士は否定できなかった。
人々は確かに争い続けている。帝国のように厳しい規律と軍隊がなければ、世界は混沌としてしまうのかもしれない。
「しかし世界を統一……本当に、そんな事が可能なのじゃろうか……?」
「不可能ではありません。それ程の武力が、可能性が、精霊使いにはあるのです」
途方もない野望を目の前に展開され、ブロンデー博士はただただ目を見張るだけだった。
そして初めて、フォルクマールの表情に感情が走る。
「私も、かつてはこの国に人質として連れてこられた身……
そのような非人道的な事を終わらせるため、世界から争いをなくすため、貴方の技術が必要なのです。」
「おぬし、この国の人間ではないのか。」
「えぇ。かつて滅びた水と緑の国、ヴィラージュ王国の出身です。
美しい国でした……カーディレット帝国の手により、焼け落ちてしまいましたが。
帝国も、今の現状が正しいとは思いません。欲望のあまり、侵略を繰り返して資源を貪る一方……
国を正しく導く指導者が必要なのです。私は、いずれのし上がり、この国を変える心算です」
フォルクマールの瞳は、決意と熱意に満ちて真っ直ぐに輝いていた。
暫く考えていたブロンデー博士だったが、ようやく納得し、考えを決める。
「良かろう。おぬしの考える、未来とやらにワシも興味がある。
己の進退や利欲しか考えぬ将校より、おぬしの方がよっぽどマシじゃな。
カーディレット出身じゃないという所も、下剋上で気に入ったわい。
この腐った国を変えられるというのならば、協力しよう。」
ブロンデー博士は、フォルクマールと再び握手を交わした。
研究所に戻ったブロンデー博士の元に、再びマーキスとウォルターが訪れ、シンの詳細を尋ねた。
2人に、シンが精霊使いになった事、記憶を無くしてしまった事を告げる。
「あいつ、精霊使いになったのか……」
「今まで通り共に過ごすことは出来ん。
精霊魔法をより使いこなすため、そして研究するために、あやつは別部署へ異動となるじゃろう。
軍部はおそらく、精霊使い専用の部隊を作るつもりじゃ」
「俺たちや博士、ここの孤児院の事も忘れちまったのか?」
「自分の名前も思い出せないと聞いておる。ワシも研究に同行して、あやつを見守るが……
回復する見込みは分からぬの。」
「そうなんだ…………」
「…………」
博士の述べる事実に、一言も喋らず黙り込む2人。
「どんな、実験されるんだろうな……」
「精霊使いを研究している研究所の奴に聞いたことがある。
普通の人間とどれだけ違うのか、魔法負荷にどれだけ耐えられるのか、とか。
過酷な実験だという事は間違いない筈だ。
そして魔法の力をつけたら、いずれ戦争にも出向くことになるだろうな。」
マーキスの疑問に、ウォルターが同僚から聞いた話を伝えると、2人はますます落ち込む。
「あいつ、気は優しいくせに、魔法で民間人を攻撃なんて出来るのかな」
「博士の話だと、記憶を失っているらしいからな。元の性格は持ってないんだろ。
躊躇なく医療スタッフに電撃をお見舞いしたそうじゃねぇか。きっと何も覚えてねぇよ」
「そっか………でもそれって悲しいよな。もう俺たちの知っているシンじゃないんだな……」
おまけにさ、納得できねーよ、突然もう会えませんだなんてさ。あいつ、俺たちの仲間じゃねーか……」
「仕方がないだろ……精霊使いの力を持っちまったんだから」
しばらく考え込んだ後、唐突にマーキスがブロンデー博士に尋ねた。
「博士、俺も精霊使いになれねーかな?」
「はぁ?!! お前、何言ってんだよ!!
シンの場合はたまたまなれただけで、そうそう簡単に精霊使いなんかなれる訳ねぇだろ!?
それに、お前も精霊使いとして戦地に立つことになるんだぞ!? その覚悟はあるのかよ!!」
その無謀な申し出にウォルターは思わず憤慨するが、思い詰めた表情で、マーキスは先を続けた。
「あいつがあんなになっちまったのは、俺のせいでもあるんだ。あいつが俺を庇ったから……
シンを事故に合わせ、あいつの将来をめちゃくちゃにしちまった。その償いをしたいんだ。
戦地や実験で辛い目にあうなら、せめて一緒にいて同じ立場で支えたい。それが、俺が今出来る事だと思うんだ」
「マーキス、お前…… くそ、何も言えねーじゃねぇか……」
その真摯な眼差しに、ウォルターもブロンデー博士も言葉を失う。
しばらくマーキスを見据えてから、ブロンデー博士が口を開いた。
「理論上、不可能ではないぞ。 今回の一件でな、人工的に精霊使いを作り出せる事が分かったのじゃ。
その技術は精霊とコミュニケーションをとる事が出来る、ワシら精霊使いだけに限られるがな。
……しかも、おぬしは精霊との親和性が非常に高い。これは、常日頃関わってきたおかげじゃろうがの。
おぬしならば、おそらく人工精霊使いの力を手にすることが出来るじゃろうて」
「ホントか?!」
博士の解説に、マーキスは表情を輝かせる。
そこに、ウォルターも進言する。
「帝国軍は蛇の巣窟だ。特に実力のある奴らが集まり、手柄を立てる可能性のある部隊は特にな。
博士、こいつらだけじゃ心配だ。俺も、人工精霊使いになれる可能性はあるのか?」
「無論、おぬしも幼いころからこやつらの面倒を見てきた……という事は、可能性は高いの」
博士はにぃぃっと笑って答える。
「しかし決して生易しくはないぞ。自然に出来るべきものを、人の手で無理やり捻じ曲げて作り出す事。
どんな弊害が待ち受けているか想像がつかん。最悪の場合、命を落とすこともあり得る。
それでも試練を受けるか? 2人共」
ブロンデー博士の問いかけに、マーキスとウォルターの2人は、黙って頷いた。
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博士とフォルクの初会合です! や、この2人の会話楽しい。燃えるね!
フォルクの持つ野望の可能性に、博士は最初は全く同意できなかったけど
帝国に翻弄されるくらいならば、彼の言う未来に賭けてみてもいいという心持ちになっていくのです。
んで、残り2人が人工精霊使いになろうと思ったきっかけは、例の事故があっての事なのでした。