人工精霊使いとは、人工的に人間に守護精霊を付加する事によって生まれる。
しかし、人間への親和性の低い精霊は、自ら近寄ったり力を貸そうとはしない。
それらの精霊を、天然の精霊使いが説得、あるいは強制的な命令により
人為的に人に取り付けて出来た、即席の精霊使い。それが人工精霊使いである。
人工精霊使いは既存の魔法属性の強い人間と異なり、より強力な魔法を用いる事が出来るようになる。
何より、精霊使いと同じように精霊を視認することが出来て、彼らと同じように精霊と交流できるようになる。
より強い魔法を用いる事が出来るのは、精霊の意思を理解出来るところにあるとされている。
しかし、人間に恨み・悪意を持ち、命令に背こうとする精霊たちは
マスターである人間の精神を乗っ取ったり、精神を乱す現象が見られる。
それらは『精神侵食』と呼ばれ、酷い場合は自我が壊れてしまう場合もある。
そんな中でも、強い意志を持った人物は精神の侵食に耐え、彼らを操ることが出来るようになる。
これらの事実は、マーキスやウォルターをはじめとする被験者たちを何例も重ねて
人工精霊使いにする実験を行ったからこそ、分かった事である。
精霊付加実験では、精霊とその使い手になる人間の相性を見るマッチングが行われる。
実験の前、ブロンデー博士はフォルクマールからとあるものを託された。
それは、小さな涙の形をした、少しひび割れた、虹色の煌めきを持つ石だった。
「これは……?」
「 『精霊の涙』 と呼ばれる結晶です。これを持つと、精霊使いでない人間でも、精霊の声が聞こえるようになります」
「何じゃと?! そのような物が存在するとは、これまで聞いたことが無いぞ……なんという代物じゃ……」
フォルクマールの説明にブロンデー博士は酷く驚き、何度も興味深く掌の上の小さな虹色の石ころをじっと見つめる。
「精霊の声を聞くことが出来るだけであり、精霊使いのように精霊を使役することはできません。
精霊に、実際にその人間とコミュニケーションを図って貰い、忠誠を誓うか否かを問いかけるのです。
うまくいけばその人間に精霊が忠誠を誓い、精霊を使役出来るようになるでしょう。
但し、精霊の涙の事は、私と貴方以外誰もまだ知りません。くれぐれも、内密にお願い致します。」
「うむ、心してかかろうの……
この石は、見えないように何かに加工すれば、外部からバレる事はないじゃろうて。ワシに任せたまえ。
……しかし、どうやってこの石を手に入れた? 何故おぬしはそんなに精霊の事に詳しいのじゃ?」
貴重なものを手に入れた経緯と、精霊について、まるで精霊使いであるかのように詳しい情報を知っている事に
博士は興味をそそられ、その答えをフォルクマールに求めた。
「……私は諸外国の侵略遠征部隊に所属していた身。戦利品の中に、偶然これがあったのです。
精霊の理解はこの国では低く、精霊使いは迫害されていたようですね。文献で読みました。
手に入れた時は驚きましたよ。このような代物が存在するとはね。
最初は幻聴かと思いましたが、軍に所属していた精霊使いに聞いたのです。確かに精霊の声だ、と教えてくれました。
そこに、製鉄発電所での事件を聞きました。
貴方の強い願いが精霊を動かし、あの青年の命を救い、彼に忠誠を誓った、と。
そうして確信を得ました。そして、今回の事を思いついたのです。」
慎重に、言葉を選ぶようにフォルクマールは博士の問いに答えた。
「ふむ、なるほど。 その精霊使いとは、巷で噂になっておる、青い炎の使い手じゃな」
「その通りです」
精霊とコミュニケーションをとる手筈は整った。
あとは、自然界に存在する精霊をいかに見つけるか、だった。
帝国の中に存在している精霊を見つけ、それらの精霊にマスターに従うように説得あるいは命令するのは
精霊使いであるブロンデー博士の役目となった。
カーディレット帝国に長い間住んでいたブロンデー博士は、人の手で変えられてしまった精霊が居る事を知っていた。
帝国は技術を用いて国を大きくすることに躍起であり、その為に環境が破壊されることも厭わなかった。
海や川には工場から流れた猛毒を含む重金属が混じった排水が流れ、魚たちや水の精霊を蝕んでいた。
空は排煙で薄汚れ、風の精霊の住まいを奪い、空気そのものを汚す。
土壌も川や海と同じように蝕まれ、暗雲が立ち込める事によって暖かさが遮られた為、植物も満足に育つことができない。
カーディレット帝国の自然は皆、人間に恨み、憎しみを抱いていた。
それらの精霊は、決して人を信用せず、力を貸す可能性など皆無に等しかった。
また、博士の実験によって集まった雷の精霊のように、人間の技術によって生み出された精霊もいた。
彼らは生みの親である人間に比較的好意的ではあるが、力のコントロールが非常に難しい。
シンについている雷の精霊は、博士が作り出した電気によって生み出された精霊であり
先日の事件からも分かるように、まだその魔力を制御しきれず、暴発することも多く、危険が高かった。
しかし、限られた精霊しか残されていない今、これらの精霊を用いて精霊使いを生み出すしかない。
彼らをどうやってコントロールするか。いや、寧ろコントロール出来るならばまだ良い。
逆に精霊に精神を乗っ取られたり、制御しきれない力によって命を落とす危険すらあった。
果たして、人工的に精霊使いを無事に生み出す事など可能なのか。
ブロンデー博士は何より、被験者への影響を危惧していたのであった。
そんな精霊たちの中でも、被験者を自ら選び、名乗りを上げるものが現れる。
マーキスを選んだ精霊は、孤高なまでに強く、高潔な精霊だった。
彼の名前はレイ。
技術力の躍進により、高性能のレーザー光線を放つ機械から生み出された光の精霊。
無用な破壊を好まず、1点に収斂された光で相手を射抜く。
その威力のあまりの強さ故、並大抵の精神力では彼を従わせる事は出来ない。
最初、彼を見つけた時、ブロンデー博士は戦慄を覚えた。
人の作り出したものにも、精霊は宿るものなのだと。
ブロンデー博士は、マーキスに興味を持ったというレイに問いかけてみた。
「おぬし、何故こやつを試そうと思ったのじゃ?」
『自ら過酷な試練に挑もうとするような者と、是非話がしてみたかったのでね。
どのような覚悟を持っているのか。この者の確固たる信念に興味がある』
レイと名乗った精霊は、比較的礼儀正しかった。
彼の振る舞いを見て、博士は酷い事態にならないように祈る事しかできなかった。
「おぬしの期待に添うかどうかはわからん。だが、やってみるだけやってみるがよい。
文字通りの一騎打ち、真剣勝負じゃ。」
実験を始める前、ブロンデー博士はマーキスに精霊の涙が埋め込まれたリングをつける。
「これをはめる事で、精霊と交信がとれるようになる。
そこで、精霊と話をするがよい。おぬしの中の決意と覚悟を、精霊に話すのじゃ。
精霊が認めてくれれば、力を貸してくれるじゃろう」
「へぇ……こんなもので、博士がいつも話している精霊とやらと、話が出来るようになるのか……」
不思議そうに、まじまじとその鉄製の鈍く光るリングを見つめるマーキス。
彼の傍から離れる前に、ブロンデー博士が肩に手を置き、念を押した。
「意思を強く持て。一歩も譲るな。怯んだら負けじゃぞ」
するとマーキスはにっと白い歯を見せて、気さくに笑って答える。
「俺以上に意固地な奴なんてさ、博士、俺知らねーよ」
精霊付加実験を始めると、マーキスの頭の中にレイの言葉が響いてきた。
「これが、精霊の声って奴か…… 不思議なもんだな……」
姿は全く見えないのに、自分に宛てた強いメッセージのような問いかけが、どこからともなくやってくる。
精霊と会話するという初めての感覚を手に取る暇もなく、精霊は容赦なく質問を投げかけてきた。
『我が名はレイ。 森羅万象から外れた、呪われし光の精霊也。
貴様が我の力を求める者か。答えよ、貴様は何の為に我の力を欲するのだ?』
厳格な精霊の声の雰囲気に半ば気圧されながらも、博士の忠告通り強く気を保ちながら、マーキスは答えを返していった。
「俺の名前はマーキス! 俺は、大切な仲間を護る為、あんたの力を借りたい……
頼む、俺に力を貸してくれ!!」
すると、精霊が笑い出した。
『ふははは……貴様、見立て通り、痛快な程に単純明快な者だな。
貴様の所業は知っている。己を庇ってくれた友の為に、自ら呪われた存在になろうというのだな。
その勇気は買ってやろう。
……しかし、友の為という聞こえの良い言葉を並べるが、それはただの自己満足なのではないか?』
「なんだと?!」
憤慨するマーキスを嘲笑いながら、レイは容赦なく次々と辛辣なる言葉の剣を突き刺していく。
『助けてやった、と思うかもしれないが、相手にとってはいらぬ親切だったかも知れぬのだぞ。
貴様は相手の為などではなく、『相手を助けてやった自分自身』 に酔いしれたいだけではないのか?
思考パターンは似通うものだ。おそらく、今までも独りよがりな考え方で物事を進めてきたのだろう』
レイの憶測の問いかけに、真っ先に思い浮かんだのが、数年前の孤児院でのウォルターとのケンカだった。
あの時も、相手の事情や思いも考えないまま、思ったままに感情をぶつけた。
結果、偶然とはいえウォルターを、取り返しがつかなくなる一歩手前の状況まで追い込んでしまった事を
マーキスは今でも後悔していた。
今までの行いを振り返り、いくつか思い返す所を見つける度、マーキスの心は自己嫌悪で濁っていく。
悔しさと恥ずかしさと情けなさで、ぐっと拳を握りしめた。
『……心当たりはないか? ふむ。その様子だと、あるようだな。
いいか、貴様の視点は貴様だけの視点に過ぎぬ。
押し付けの正義を並べるのは、偽善以外の何物ではないのだぞ』
次々と心の奥にしまいこんでいた疑念の数々を表に曝け出され、マーキスは追い詰められていく。
「うるせぇ……っ!! 俺は、俺は……!!」
容赦なく降り注ぐ精霊の問いかけに、悩み苦しむマーキス。
そんな彼の様子を、ブロンデー博士はじっと見守っていた。
「負けるでないぞ……おぬしならばこやつに一目置かせる事が出来る筈じゃ」
博士の隣で、研究に携わるスタッフも、その様子を詳細に記録に残していた。
精霊の声や姿こそ分からないが、被験者の反応と脳波の測定により、詳細なデータを集める。
未知の存在の精霊を、科学的に解析し、今後に生かすためだ。
「脳波に共鳴する異常なシータ波を感知……精霊による精神侵食の確認……自我への影響が見られています」
「被験者は必死に応答している模様。脳波のパターン、アルファからベータに移行します」
その様子をフォルクマールも、興味を含みつつも冷静な視線で見つめている。
「果たしてあの青年は、精霊の忠誠を得られるでしょうかね……」
マーキスの頭の中では、尚も精霊の詰問は続いていた。精霊の言葉は、彼にしか聞こえない。まさに拷問だ。
『何故貴様はそこまで力を欲する? 何の為に戦おうとする?
行き過ぎた武力は人を不幸にするだけだ。我の力を手にする資格があるのは、覚悟のある者だけだ』
「覚……悟……?」
『左様。力を得る代わりに背負う責任の重さの覚悟だ。
精霊の力はあまりにも強大だ。その力は使い方次第で、大勢の人間に不幸を招く事もある。
他人を巻き込む覚悟が、貴様にはあるのか?
相手の命を奪うという覚悟が、貴様にはあるのか?』
次々と襲い掛かる詰問の波が、積もるようにマーキスの心を黒々と染めていく。
両手をだらんと垂らし、微動だにしなくなる。
「反応ゼロ。被験者、完全に沈黙しました」
全員がじっと見つめ、沈黙が流れる。 誰もが、最悪の事態を想定していた。
「……んな事、分かんねーよ」
『何?』
「なんで、俺が関わると相手が必ず不幸になるって決まってるんだ。
そんなの、やってみなきゃ分かんねーよ!
いちいち俺のやる事に指図するな!!あんたなんかに決められてたまるかよ!!
俺は、あいつを助けるって決めたんだ!! それは、褒められたいとか感謝されたいとかじゃねぇ!!
俺自身が、あいつを大事な仲間だって思ってるからだ!!
あんたが嫌だって言っても、力づくで巻き込んでやるよ!! 頼む……俺に力を貸してくれ!!」
「被験者に高エネルギー反応! 魔法系統は『光』を示しています……!
この反応は、博士、軍佐!!」
「うむ、間違いないの……!」
属性を示す系統は、実験のために召喚した精霊と同じものを示している。
すなわち、マーキスが精霊の力を手に入れた事を示していた。
光の精霊・レイは、マーキスをマスターとして認めたのだ。
人工精霊使いの誕生の瞬間だ。
傍で見守っていた研究スタッフは、実験の成功に皆、わっと歓声を上げた。
「おぉ、あやつを従えたのか、マーキス……!! ようやった……!!」
「これで、人工精霊使いがまた誕生しましたね。実験は成功です。
同じようにいけば、成功例も次々と作り出せるでしょう……大手柄ですよ、博士」
マーキスの安否を気にかけていたブロンデー博士と、詳細に記録をとり続けていたフォルクマールは
実験の成功を喜び、互いに頷きあった。
一方のマーキスは、精霊の姿を初めてはっきりと目の当たりにし、少々面食らっていた。
「精霊っていうから、もっとぼんやりしたものかと思ってたよ……」
光の精霊・レイは、騎士のような姿をしていた。眩い甲冑に白いマント、手には輝くランスを持っていた。
厳格な面持ちでマーキスを見下ろしていたが、次の瞬間、膝をついて敬礼し彼への服従を示す。
『己の可能性を信じ希望を持ち続け、確固たる意志で行動を起こす其方の心の強さに、我は従おう。
但し、其方が心の揺らぎを感じた時、それを諫めに来る。覚悟しておく事だ』
そう言い、レイはまるで陽光が雲で隠れるように、すうっと消えていった。
「は、博士……俺、本当に精霊の力を手に入れたのかな……?」
まだ信じられないといった表情で、マーキスは両手を眺めてブロンデー博士に尋ねかけた。
「そのようじゃの。ようやった。あの光の精霊はおぬしの無鉄砲さを心配しつつも、その律儀さを気に入っておったからな」
「なんだよそれ……まるで保護者だな……」
博士の意外な言葉に、マーキスは思わず脱力した。
ウォルターの場合は、マーキスとはまた異なっていた。
彼を選んだ精霊は、氷の精霊・グランディネ。霰や雹を降らせ、人々を混乱に陥れるトラブルメーカーだった。
雪よりも強い雹をもたらす冷気は、彼女の能力の激しさを物語っていた。
実験を始めると、またしても被験者のウォルターに、彼にしか聞こえない声が耳に届いてくる。
その声色、トーンは、至って陽気なものだった。
『んふふ。あたし、アンタが気に入ったんだ。
その真っ直ぐでどこか物憂げな表情。何か抱えてるって顔してる。いいねぇ、タイプだねぇ!』
「おい、精霊ってのはこんなんばっかなのか?」
グランディネのあまりのテンションの軽さに、半ば呆れてウォルターは博士たちに問いかけた。
「性格で判断するでない! その精霊は雹を降らせ、作物をメッタメタにする困りものじゃぞ!
よくこんな危険な奴に気に入られたもんだわい……」
『うるさいなぁ! 外野はすっこんでな! 今、こいつとあたしのタイマンなんだよ!』
「色んな精霊がいるものですね……よく嵐の時に雹をもたらすのは、彼女でしたか。
さて、彼は無事で済むでしょうかね」
奔放すぎるグランディネに、思わずブロンデー博士もフォルクマールも苦笑するしかなかった。
ただ、グランディネの場合は精神攻撃でなく、すぐに実力行使に出るようだった。
ピキピキと音を立て、ウォルターのつま先、指先から氷漬けにしていく。
「……っッ!!」
『ふふ……さぁ、いつまで耐えられるかな……? アンタもすぐに、あたしのコレクションのひとつになるよ。
あたしさ、好きなんだよね。凍り付く瞬間の絶望したニンゲンの表情』
きゃらきゃら無邪気に、そして残酷に笑う氷の精霊は、まさに自然の驚異そのものだった。
そんなグランディネの様子に、見守っていたブロンデー博士は思わずぞっとする。
そう、精霊は好意的なものばかりではない。
このような、残酷で見境のない、自由奔放で気ままな精霊も、自然界には確かに存在するのだ。
徐々に周囲の気温が下がり、足の先からふくらはぎ、太腿へ、少しずつ氷の侵食が進んでいく。
「ふむ……精神侵食だけに限らず、魔法を行使して使役者を試すパターンもあるのですね。
これは貴重なデータです。脳波測定を中止。被験者を詳細に観察する方を優先してください」
ノートに状況を事細かに記していきながら、フォルクマールは監視員に冷静に指示を出す。
一方のブロンデー博士は、ウォルターの安否が心配で、気が気ではなかった。
「悠長に観察しとる場合かい……状況によっては、あやつ、命すら危ないぞ……」
心配そうな博士の様子を見て、フォルクマールはそっと呟いた。
「……もしもの場合、実験中止の権限は貴方にありますので、安心してください、博士」
「勿論じゃ」
しかし、カタカタと震えながらも、ウォルターの表情は決して曇る事はない。
『アンタ、なかなかしぶといね』
「我慢比べなら、残念だが割と自信があるんでな」
白い息をフーッと吹き、深呼吸して貫くような冷たさに、ウォルターは耐え続ける。
『……ねぇ。このままだと、アンタ、死ぬよ? 怖くないの?』
グランディネはその白い透き通るような指を彼の胸板に添わせ、じわじわと氷漬けにしていく。
もう既に氷は臍のあたりまで迫ってきた。このままだと胸郭まで氷漬けにされ、呼吸すら出来なくなるだろう。
「そんな簡単に朽ち果てるつもりはねぇな。
それに、俺が気に入ったんだったら、お前も俺の事、すぐ壊しちゃつまんねぇだろ?」
『あはは! それ強がり?』
「……かもしれないな。ただで死ぬつもりはないんでね」
そう話している間にも、次第にウォルターは息をする事が苦しくなってくる。
グランディネは尚も楽しそうに、そんなウォルターの様子に魅入っていた。
そして無邪気に残酷な質問を、彼の傍で耳打ちする。
『アンタってさ、ずっとひとりぼっちだったじゃない。あたしさ、ずっと見てたんだよ?』
「何の事だ……?」
しらばっくれるウォルターに、グランディネは容赦なく追い打ちをかける。
『とぼけてもムーダ。孤児院にやってくる前にさ。見たんだよね。
まるでボロ雑巾みたいに扱われるアンタの事。』
「……!!」
思い出したくない過去の記憶が、ウォルターの脳裏にフラッシュバックする。
『あの時のアンタも、あたし結構気に入ってたんだよ?
この世の中全て憎んでやる!! って気迫のあるあの表情。5歳の子供にはまるで見えなかったなぁ。
……ねぇ、あの頃のアンタみたいな顔って、どうやったら出来る?
一緒にいるあの大事なお友達を、ふふ、この氷柱で突き刺したりしたら、あんな顔出来るかなぁ?』
その瞬間、凍り付いた筈の腕が、ビキビキッ!と氷ごと音を立てて軋んだ。
ウォルターの視線は、氷よりも深く冷たく沈んだ、冷徹な眼差しを浮かべている。
まるで、狩りの瞬間を待ち続ける、跳躍の前の静けさだ。
「安心しろ……んな事させる前に、俺がお前を仕留めてやるぜ」
一瞬にして獣のような表情を見せたウォルターに、グランディネはますます嬉しそうに頬を手で覆った。
『そう、その表情! いいね、大事な存在が出来たからこそ強くなる……男だねぇ!
そんな顔が出来るようになったのも、ここに来て、大事な人達に出会えたおかげ?
……でもね。所詮人間は1人ぼっちなものなのよ。1人で生まれ、1人で死んでいく。
分かり合える筈なんて無いんだよ。それは、アンタも重々分かっている筈でしょ?』
グランディネの言い分は、ウォルターにも十分すぎる程分かっていた。
騙し、騙される事を繰り返していく、愚かな騙し合いの応酬。
それは、弱者を切り捨て強者が生き残るという、生きていく限り繰り返される、無慈悲な現実だった。
人を信じては裏切られ、その度に人間不信に陥っていく。
そうして、幼いウォルターは今まで人を信じずに生きてきた。
今でこそ、人を完璧に信頼する事なんて無い。人間とは予想を裏切る存在、そういうものだ。
しかし、ウォルターは孤児院にやってきて、仲間と出会い、人の善意に触れた。
共に笑い、共に生きていくことの喜びを知った。
それはとても心地よく、今まで空っぽだった彼の心を満たしてくれた。
そしてその心地よいバランスは、護らなければすぐに崩れてしまうものだと、ウォルターは知ったのだった。
「そうだ。お前の言う通り、世界は厳しく、辛いものさ……
そんな中にでも、護りたいものってのはあるんだ。いや違う、見つけることが出来るんだ。
人は最終的には自分で決めるもんだ。だがな、ひとりぼっちは寂しいもんだ。
一緒に過ごしたい、分かり合いたいって相手を、自分で選ぶ事は出来るんだよ。
その方が楽しいって、俺は知ってしまったんだ。
俺はもうひとりぼっちにはなりたくねぇ。だからあいつらを護るために誰よりも強くなろう、
その為にはどんなことだって……そう、どんな事だってやっちまえる気持ちになれるんだ。」
『それが、アンタのパワーの源? ふぅん……結局最後は1人なのに。
それでも誰かと居たいだなんてさ……人って不思議なもんだね……』
ウォルターの答えに、少し興覚めした様子で気だるそうにグランディネがつぶやく。
『つまんない。やっぱアンタ消えちゃいな!』
興味をなくしたのか、グランディネは指先をふいっと軽く振って、氷の魔力を更に強める。
「いかん……このままでは、あやつはウォルターの息の根を止めるつもりじゃ!!」
精霊の繰り出す魔法の威力が段違いに上がった事を感じ取り、ブロンデー博士は実験の中止を指示しようとする。
ところが、ウォルターはそれを、寒さのあまり掠れかけた声で止めたのだった。
「博士、まだ大丈夫です……続きを!」
「ばかもん、んな事言っとる場合かい!! おぬし、自分の身体をよう見てみい!」
ビキビキと氷の柱がウォルターの身体を侵食していく。肺に到達するのは、もう時間の問題だった。
しかしそんな一刻を争う状況下にあるにも関わらず、フォルクマールもまだ彼らの様子をじっと見据えていた。
「ブロンデー博士、彼はまだ諦めていませんよ。あの目の光を見てください。……彼を信じましょう」
「うぬぬ、この頑固者どもめ……!! どうなっても知らんぞ!!」
折れない2人に頭を抱え、やきもきしながら博士はウォルターとグランディネの対峙を見守った。
『このまま1人で死ぬの、イヤでしょ? 残念でしょ? 大事な人を残してさぁ』
くすくす残酷な笑みを浮かべるグランディネの挑発に……考える余裕すら既に無くなってきていたが、
白く霜づいたウォルターは震える声をなんとか抑えながらも、何故か今ふと頭に思い浮かんだ事を伝えてみた。
「仲間もそうだが……お前の事も、少し心配だな」
ウォルターの最後の言葉を聞くと、ぴたりとグランディネの動きが止まる。
それは、彼女が予想だにしていなかった言葉だった。
『……ねぇ、今なんて?』
「二度も言わせんな。唇も凍り始めてるんだ。お前の事が心配なんだよ」
『ウッソ。冗談でしょ? 自分が殺されかけている相手の事、心配する人なんて初めてみたよ』
「本心だ。大体お前、何でそんなに皆を困らせるのが好きなんだ?
俺にしちゃ、そっちの方が気になるな。よっぽど捻くれてんだろ、お前」
『失礼な奴だね! 私が楽しいからやってるに決まってるでしょ! そんなのあたしの勝手でしょ!』
今まで余裕を見せていたグランディネが、感情的になってぷんすかと怒り始める。
そんな彼女の剣幕をものともせず、ウォルターはまるで姑のようにズバズバとグランディネを叱咤した。
「んな自分勝手な奴放っておけるか! いいか、お前は公害だ!! 根性叩き直してやるから、俺につけ!!」
『なんなんだよアンタ!! 人間が精霊を指定するだなんて話聞いたことないよ!!』
グランディネは目をぱちくりさせたかと思うと、腹の底からくすくす笑い始めた。
『くくく……こんなに酷い目に遭ってんのに、あたしの事心配してくれる訳?!
面白い奴! ……決めた!! あたしアンタをマスターって認めてあげる!!』
すると、ウォルターを包んでいた氷が、ぱぁぁんと一斉に弾け飛んだ。
実験を見守っていたスタッフも、今までの彼らの応酬は何一つ聞こえていなかったが
今の反応から、実験がうまく言った事を察知する。
ウォルターがようやく視認出来た、氷の精霊・グランディネのその姿は
短いスカートにへそ出し、軽鎧を身に纏った、勇ましくも奔放で自由な、踊り子のような姿をしていた。
ダイヤモンドダストを周りにちらちらと舞わせ、とびっきりの笑顔を見せる。
『あたしを従えさせられる人は滅多にいないよ! おめでとう、ウォルター。これからもよろしく頼むね!』
そう言い残すと、白い雪を散らせてグランディネは消え去った。
彼女が消え去ると、一気に寒さと疲労がこみあげ、ウォルターは床にへたり込む。
全身凍傷になりかけ、指先は真っ青になっていた。
すぐさま、ブロンデー博士や観察していた帝国兵が、お湯やら毛布を持って駆けつける。
「無謀な駆け引きをするもんじゃ……!!
あやつは危険な精霊での。あのまま命を取られていたかもしれなかったぞ……」
「あれぐらい命張って、精霊と真正面から向き合わないと、それ相応の力は手に入らないもんだろ、博士?」
してやったりといった表情で、にぃぃと笑うウォルターだった。
凍傷の治療を終え、まだ痛みの残る身体を引きずったウォルターが研究所を後にすると、
マーキスが1人、木枯らしが吹きつける寒空の下、裏門の前で待っていた。
互いに右腕を差し出し、ばしっとハイタッチする。
「お互い、無事に突破出来たようだな」
「しぶといお前の事だから、大丈夫って思ってたよ」
「何だよソレ、褒めてんのかよ、けなしてんのかよ」
「両方、かな」
冗談を飛ばしつつ、肩を組んで互いの功績を労いながらも、マーキスは再び神妙な面持ちになる。
「……まだ、ここはスタートラインに立ったに過ぎないんだよな」
「そういう事だ。俺たちはまだ、あいつと同じ立ち位置になっただけに過ぎない。
寧ろこれからの方が、苦労する事になるだろうな。
人工精霊使いとなった今は、戦争にも加担せざるを得なくなるだろう。
色々と考えなくちゃいけない事が山積みだ」
歩く速度を少し落としながら、ウォルターも同じ考えを述べる。
「だが、諦めないぜ。また前のように、3人で笑える日が、きっとくるさ。」
「あぁ。」
2人は、同じ目標の先に向かって、じっと遠くを見据えていた。
・
・
・
マーキスとウォルターは、実験で関わっていた心理学者のエリザベータから助言を受けていた。
「……記憶喪失の人には、それまでのように関わってはいけないわよ。
何しろ、出会うのは貴方たちにとっては何回目かもしれないけれど、
その人にとっては初めてなのだから。
警戒心を与えない為にも、関係を再構築するつもりで臨みなさい。」
「分かったよ。とりあえずやってみるさ」
「お前、ホントに分かってんのか? いいか、初対面だぞ、初対面!」
気軽に答えるマーキスを、呆れながら心配そうに見やり、ウォルターは再び念を押す。
「なんだか、初めてのデートみたいだな」
「バカ、野郎とデートだなんて冗談でも止せよ……くそ……」
「例えだよ例え! 本気にするなって」
万年彼女いない歴という、悲しい看板を背負い落ち込むウォルターを、マーキスは笑いながら明るくからかった。
そんなしょうもない男子のやりとりに、エリザベータはため息をつく。
「どうやったらそんな発想が出来るのかしら? 全くしょうがない子たちね。
……とにかく。いい関係を築けるといいわね」
「ありがとう。エリザベータ博士」
研究所の一室に辿り着くと、2人は少し深呼吸をする。
会うのは何か月ぶりだろう。
向こうはきっとこっちの事をちっとも覚えていないかもしれないが、またこれから関係を作っていけばいい。
何より一緒に居られるだけで、奇跡なのだから。
扉を開けると、少し警戒しつつも興味深そうにこちらを見つめる、
橙色の短いぼさぼさ頭の、無垢な瞳と目が合う。
大丈夫、全く変わっていない。
そんな姿にまず何より安心して、2人は自然に笑みを浮かべる事が出来た。
「よう、お前が雷の精霊使いなんだってな?
俺は同じ部隊に配属になった、マーキスってんだ。よろしくな!」
「こいつ、すぐ調子づくから気をつけろよ。
俺はウォルター。同じくこの部隊に配属された精霊使いだ。
お前の名前も、聞かせてくれるか?」
「……シン。シンって言うんだ」
「よろしくな、シン」
3人の絆は、再び出会い、つながれていく。
End.
完成した!! お国小話、短いSSだけども、ひとくくりが完成したよ…!!
という訳で、人工精霊使い3人組・通称信号組(笑)の出会いと
精霊使いになるまでのストーリーでした!
戦闘描写もあれば科学的実験的描写もあり、書いていて非常に楽しかった……!!
うん。文章を書く上で、すごく勉強になった。
人工精霊使いを生み出すメカニズムは、実は私もずっと気になっていて。
試行錯誤しながら、いかに矛盾が生じないようにと気を付けながら書きました。
ここでまさかの精霊の涙の登場です。
姿は見えず、声しか聞こえないのは、いびつで不完全なもの(あるいは割れたのかな?)だからです。
その分、お互いの考えをシンプルに、視覚的情報に惑わされず、聞くことが出来るかな。
書いているうちに、帝国は科学的な事に長けているんだなぁと。
現代科学をちょいとファンタジー風に味付けした感じをイメージしてみました。
なので、信号組の3人みたいなのは、人工精霊使いのプロトタイプ。
後天的に覚醒した天然の精霊使い、という立ち位置に近いかもね。
後々、電気信号とか結界とか、そういうものを解析したり駆使して
精霊をより科学的に分析し、精霊を従わせるのも結界やら電気信号やら用いて
原始的に意思疎通を図るのではなく、強制的に命令で従わせる、
そんなパターンに変化していくのかもしれないな、と思いました。