古い工場跡の鉄骨群。忍び寄る夕闇が建物の影を伸ばし始めていた。

特に際立って錆び付き、あちこち崩れかけた、誰も近寄らないような鉄骨の建物。

ウォルターは、この建物の3階部分の階段から、真っ逆さまに落下していたのだ。



「おい、大丈夫か?! しっかりしろ!!」


ジーナはなんとか崩れかけた階段を辿って、下に落ちたウォルターの所に辿り着いた。

必死に呼びかけるが、がれきを下敷きに額から血を流したウォルターは全く動かず、目を開けようとしない。

とりあえず、呼吸をしている事だけは確認できた。

だが、容態が詳しく判断できない以上、長くここに留まり続けるのは危険だ。


10歳とはいえ、体格の大きなウォルターをジーナ1人で運ぼうとするのは無理だった。

しかも、落下した時に負ったものだろうか。ウォルターの足は血まみれで、大怪我を負っていた。

暗くなり始めた廃墟の周りには人の気配は全くせず、迂闊に動くのは得策ではない。


「助けを呼ばなきゃ……」


何かないかと周囲を見渡すが、使い古された廃墟の工場群。使えそうな機械は皆無に等しかった。



「う………」


「ウォルター!! 気が付いたのか?!」

「俺……一体、どうしたんだ……?」


辛うじて意識を取り戻したウォルターに、ジーナがそれまで起こった状況を説明した。

「階段が崩れて、下に落下したんだよ。あちこち怪我してて……動かない方がいいな。

 めまいや吐き気はあるか?」

「ないな。とりあえず全身がバカみたいに痛ぇってのは分かる……くそ、情けないな……」


顔をしかめながら、自分の血だらけの足を見て、ウォルターは動けない事を再認識する。


「もうじき夜になるな…… おい、ジーナ。俺は見ての通り歩けない。

 済まないが、お前が先にここを離れて、助けを呼んできてくれないか」

ウォルターがそう言うと、呆れかえってジーナは反論した。


「そう言うと思ったよ。私が大人しくお前の言う事に従うとでも?

 いくらお前がタフで丈夫でも、怪我人をここに1人置き去りにしていけるもんか。

 いいから大人しく休んでなよ」


ジーナはポケットからハンカチを取り出すと、血が出ているウォルターの足に巻きつけて止血する。


「だが、ここからどうやって助けを呼ぶつもりだ?

 もうじき暗くなるし、こんな廃墟に俺たちがいるとは、まさか皆も分からないんじゃないか」

「そこなんだよね。こんなところにやってくるのは、ひねくれ者な私たち2人ぐらいなものだし」


次第に暗くなっていく空を見上げて、ウォルターが投げかけた至極尤もな疑問に、ジーナも頭を悩ませた。


「何か使えるものはないか……」

薄暗い廃墟の中、2人が辺りを見回していた時、ジーナはあるものを見つけた。




「ねえ、あれ、何だろう? 何かの機械かな……?」



彼女の指し示す先にある機械に、ウォルターはどこか見覚えがあった。

これと同じものを、ブロンデー博士の研究室で見たことがある。

今よりもっと小さかった頃、博士や仲間たちと遊んだ記憶を遡る。


「……電信機だ!」



「電信機? 何だい、それ?」


首を傾げ、目の前にある不思議な機械をまじまじと見つめていたジーナに

ウォルターはその機械の使い方を、自分が記憶している限りで説明する。


「電気の信号で、遠くにいる相手にメッセージを伝える機械だ。

 ここの工場で使われていたのか……?

 ってことは、博士の研究所にもつながっている可能性は高いな。そうすれば救援信号を送れる。

 長い波形の信号と、短い波形の信号の組み合わせで、単語にするんだが……」


「でもこれ、何も電源が無い状態で動くの?」

「だよなぁ……」


彼女の指摘した通り、ここは使い古された工場、既に廃墟となっている場所に電気など通っている筈もなかった。

2人はがっくり肩を落とす。



しかし、不意に思いついたジーナが提案した。


「……ねぇ、これって電気で動くんでしょ? 電気、私たちで作り出せないかな?」

「! そうか、手動で電気を作れば……!

 よしジーナ、動けない代わりにちょっと探し物を頼まれてくれないか」

「合点さ!」




伊達にブロンデー博士の研究所に通っている訳ではなく、覚えている限りでウォルターは古い部品を集める。

ジーナは片っ端から使えそうな部品をかき集める。

暗くなった廃墟から、錆びた歯車、切れた電線、ハンドルのついた部品、ほどけたコイルなど、様々な材料が見つかった。

あーでもないこーでもないと言いながら2人は苦心して、それらを組み合わせて手動の即席モーターを作った。

そこに、電信機のコードをつなぐ。


「よし、こんなものでいいんじゃない?」

「俺は電信機のメッセージを入力する。悪いけど、ジーナ、お前はこの手動モーターを回し続けてくれないか」

「任せてよ。私の底力、見せてあげるさ」


ジーナが手作りの手回しモーターのハンドルを回し始めると、電信機のランプが僅かに点灯し始める。


「いいぞ、その調子だ……!」


モーターのハンドルを回し続けるジーナの隣で、ウォルターは自分が唯一覚えている信号を打ち始める。

緊急救難信号だ。







博士から色々な信号パターンを習ったが、熱心なシンとは違い、マーキスやウォルターはなかなか信号を覚えられなかった。

そんな2人に、博士は雷を落とす。

「バカモン! 黄色い小僧はこんなに熱心なのに、お前たち赤青コンビと来たら、全く覚えようとせんわい。

 困ったもんじゃの……

 だがな、これだけは覚えておかんといかんぞ。

 もしも危急の時があった場合、例えば命が危なくなった時、助けが必要な時など、

 自分たちだけで対処が難しい場合がある。そういう時に、周囲に助けを求める信号じゃ。

 研究所や工場で働く若いもんにも教えておるが、この信号パターンだけは覚えておくんじゃぞ。

 鳥頭なお前さん2人でも、簡単に覚えられる信号じゃ……」





博士が教えてくれた信号は、短い波形を3つ、長い波形を3つ、そしてもう一度短い波形を3つ繰り返す

とても単純な信号だった。だが単純故に、誰でも覚えることが出来た。


そしてその信号は、送られた側も、真っ先に気付くことが出来る分かりやすいものだった。








孤児院を出て、3人がよく遊んだ場所や、行った事のある場所を思いつくまま探して回ったマーキスとシンだが

ウォルターの姿を一向に見つけることが出来ないまま日が暮れてしまっていた。

2人が一番期待していた、ブロンデー博士の研究所にも、ウォルターはいなかった。


「ぜぇ、ぜぇ……絶対ここだと思ったのに……」

「お主ら……ワシの研究所を、駆け込み寺か何かと勘違いしておらんか?」

「だってここが一番よく遊びに来るもん」


ため息をつき呆れるブロンデー博士だったが、夕暮れ時を過ぎても姿を見せないウォルターの事を

博士自身も心配し始めていた。


「こんな時間になるまで戻らんとは、よっぽどウォルターを怒らせるような、

 あるいは落胆させるような事を言ったんじゃな、お主?」

「はい……スミマセン……」

博士の指摘に、双方心当たりがありすぎて、肩を落としてマーキスはしょぼくれた。


「お主もお主じゃが、ウォルターも困ったもんじゃの。こんな時間になるまで戻らんとは。

 仲間に心配かけさせるような奴じゃなかったがのう……」


「俺もそう思うんです。拗ねてはいても、戻ってこないって事はないって思ってたから」


シンも疑問を口にする。

マーキスとウォルターの喧嘩は度々あったが、大概ウォルターが怒りをひっこめる形が多く

喧嘩をして戻ってこないなんて事は、今まで一度もなかったからだ。




「ブロンデー博士、いるかい? 済まないね、度々うちの子らが迷惑をかけて」

「もう、マーキスったら! ちゃんと仲直りは出来たの……って、あれ? 皆さまお揃いで……」

寮父のユーリとリリアンも一向に戻らない3人を心配して、子供たちの夕餉の支度を済ませてから

一番彼らがいる可能性のある研究所に迎えにやってきた。


しかし、ウォルターがまだ見つからない事を皆から聞くと、さすがに心配の色を顔に浮かべ始めた。



「思い詰めて、家出でもしたのかしら」

「それはないよ。あの子は皆に心配をかけさせるような子じゃないからね。

 ……だとしたら、ますますあの子の行方が心配だ」

リリアンの予想を否定しつつも、表情を曇らせるユーリ。


「他に行きそうなところは探したの、2人共?!」

「探したさ! だけど見つからないんだ…… 俺たちだって、分からないんだよ……

 どうしよう、このまま帰ってこなかったら……俺のせいだ……」


マーキスは顔を青ざめて、喧嘩をしたことを激しく後悔する。


「大丈夫だよ、マーキス。 まだ子供なんだから、彼もそう遠くには行っていないよ」

ユーリはそういい、心配して泣きそうな表情を浮かべるマーキスの肩を優しく叩く。




「……なぁ、ブロンデー博士。 精霊が何か知ってるって事はないのかな?」

藁にも縋る思いで、マーキスはブロンデー博士に尋ねた。


「そんな都合よく行く訳はなかろう、愚かもの。

 人間の都合だけで彼らが力を貸してくれると思うんじゃないぞ」

ブロンデー博士は厳しくマーキスを窘める。

「そっか、そうだよな…… 甘いよな、こんな時だけ力を借りようだなんて……」

マーキスはうなだれた。



「……じゃが、ワシもあやつの行方は気にはなるのでな。

 いつも力を借りている精霊に、ちーとばかり聞いてみるわい」


「ホントか?!」


ブロンデー博士の言葉を聞いて、俄かにマーキスの表情が明るくなる。


「しかし期待し過ぎるでないぞ。精霊の力も万能と言う訳ではないからの……」

そう言い、ブロンデー博士は指先から電気を迸らせる。そして、その電気に話しかけた。




「周辺から、ウォルター坊主の所在を探してきてくれんかの」


指先から生まれた電気はパチッと軽やかに跳ね、暮れた空に向かって飛び立った。




皆が見守る中、ふとシンは何かサイレンのような音が、研究所の奥から聞こえてくるのを耳にした。


「なんの音だろう……?」


使われていない倉庫のような古びた部屋の奥に、うずたかく積まれた古い機械たち。

その中の一つの機械が、赤く点滅し続けている。


「博士、博士! 奥にある機械が何か光ってるよ!」


シンに促されてブロンデー博士が使い古された部屋に入ると、赤く光り続ける機械を見て驚いた。


「こりゃ、今では使われていない工場からの救難信号じゃ!

 おかしいの、あの工場群はとっくの昔に廃墟となった筈で、誰一人居ない筈じゃが……?」


その光は、一定の信号パターンで点滅している。それは明らかに、救難信号を示すパターンだった。








博士が生み出した電気の精霊は、光より速い速度で周辺を探していた。

そしてそれは、誰も居ない筈の廃墟から送られてくる、電信機による救難信号を捉えたのであった。

幸運にも、廃墟からの電線は断線されず、ブロンデー博士のいる研究所までつながっていた。

電気の精霊はそのコードを辿り、救難信号を送り続けているウォルターとジーナを見つける事が出来た。




「はぁはぁ…… 信号を送り続けているけど、これってちゃんと研究所まで届いているのかな……?」

「そう思いたいな……」

長い時間の手回しによる発電は、ジーナの体力をかなり消耗していた。

救難信号を打ち続けていたウォルターも、怪我の痛みに耐えかねて、電信を打つ指の動きも途切れ途切れになっていた。

そして、とうとう手の動きが止まってしまう。


「ウォルター! ……くそっ、夜も更けちゃったし、どうしたらいいんだ……」


手回し発電から手を離し、うなだれるジーナ。

電信機のランプから明かりが消える。

夕暮れも終わり、本格的な夜の訪れと共に、周囲は暗闇に覆われた。




2人が諦めかけた、その時だった。




何もしていない筈の電信機が、突然光ったのだ。


「え……?! 何、なに?!」


ランプの色は、今までのような赤い光ではなく、暖かく眩しい黄色い光だ。

2人が驚いていると、パチッと音をたて、電信機がひとりでに動き始めた。

救難信号だけでなく、複雑な信号パターンを奏でている。


「これは……」


動き続けている電信機を見て、ウォルターは過ぎ去ったとある日の出来事を思い出していた。

あの日も、ひとりでに電信機が動いた。

これを動かす存在を、ウォルターは仲間と共に信じた。


そう……まごうことなく、これは精霊の力だった。




「俺たちを……助けてくれるのか?」

半信半疑でウォルターが問いかけると、電信機のランプが3回短く瞬く。肯定する合図だ。


「そっか、ありがとな……」


2人は動き続ける電信機を見守った。








電気の精霊は、電信機を通して2人が居る場所を詳細にブロンデー博士に伝え続けた。

研究所に送られてくる信号を解読し、博士たちは2人が居る廃墟に辿り着くことができた。



「ウォルター! こんなところに居たんだね……」

「もう、何やってるのよ! 酷い怪我じゃない!!」

「済まない、手間かけさせちまって……」

ランタンを片手に、倒れていたウォルターの元にシンやリリアンが心配そうに駆け寄る。


その後ろに、マーキスがバツの悪そうな顔で佇んでいるのを、ウォルターは見つけた。


「……!! 何だよ……こんな冷たい奴の事なんか放っておくんじゃなかったんかよ……」

「ウォルター、もうやめなって……!」


シンが静止する中、ウォルターの憎まれ口に何も答えず、マーキスはつかつかと近寄ってきた。

そして、無言で、ばっと音がする勢いで頭を下げたのだった。


「ごめん!! お前の気持ちも知らないで、勝手な事言って……

 でも、無事で良かった。

 放っておけるわけないだろ……大事な友達なんだからさ……」



素直に謝られて、ぱちくりするウォルター。

次の瞬間、顔面が真っ赤になり、うろたえ始める。


「ば、ば、バカヤロー、んな恥ずかしいこと口にするんじゃねぇ……調子狂うだろうが」


そう言うや否や、リリアンに頭を拳骨で叩かれる。


「馬鹿野郎は貴方もです! 皆にどれだけ心配かけさせたと思ってるの!!」

「う……済まねぇ……」

「まぁまぁ。こうなっちゃったのは事故だったんだしさ」

「ジーナったら!! ……まぁ、傍に貴方が居てくれて助かったわ」


しょうがない、といった顔つきで、ウォルターに向けた怒りの矛先を鎮めるリリアン。




ユーリとブロンデー博士が即席の担架を作り、そこにウォルターを乗せて、怪我に響かないように慎重に運び出す。

その際、他の子供たちに聞こえないように、ユーリはウォルターにそっと話しかけた。


「……君が、仲間にどれだけ心配されているか、分かったかい?」

「はい……」


「君は、彼らとの間に入り込ませない壁を作る所がある。

 もちろん、それは誰でも持っている自分の世界だ。ただ、君の場合それが人より深いんだ。

 それは君が今まで育ってきた境遇のせいもあるんだろうけれど。

 自分が築いた心の壁は、無意識に仲間を遠ざけてしまう。

 少しずつ、その壁を取り払えたら、もっと皆と分かり合えると思うよ。無理にとは言わないけどね」


ウォルターの無言を肯定しながら、穏やかにユーリは言った。

ユーリのその言葉を、ウォルターは黙って聞いていた。



そして、マーキスの横を通り過ぎる時に、ウォルターは小さく呟いたのだった。




「おい、マーキス! その……なんだ…… 助けに来てくれて、ありがとよ」


小さく消え入りそうな、素直なウォルターの言葉を聞いた瞬間、マーキスはにぃっと笑った。


「あったり前だろ? 仲間なんだからさ」





そんな2人を、仲間たちは暖かい気持ちで見守っていたのだった。



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やっと書き終えたー!! 長かった!!(ばたむ)
孤児院時代の、精霊と仲間たちの絆みたいなものをお伝えできたら、これ幸い。
それぞれの信念を感じて頂けたら嬉しいです。