マーキスたち孤児が住まう孤児院は、カーディレット帝国内の孤児たちを集め、軍人に育てる為に建てられた。

このような孤児院は国内に何ヵ所もあり、時々軍が視察に訪れ

孤児たちが帝国軍人にふさわしいよう育っているか、教育がきちんと施されているかを確認している。

この日も、軍の上層部の将校が、孤児院を視察にやってきていた。


玄関先に、孤児たちが身なりを整えられ、一同に整列させられる。

敬礼の姿勢を崩さず緊張した面持ちの孤児たちの前に、数名の将校が厳格な足取りでやってくる。

ブーツの靴音が重々しく響き、寮父のユーリの前でぴたりと立ち止まった。


「御苦労、ユーリ・セルゲイヴィッチ・アルダーノヴァ軍佐……状況を報告せよ」

「はっ。 第17孤児養成所・総員数21名、異常ありません!」

「宜しい……敬礼を解きたまえ」

「全員、休め!」


全員ざっと音が揃い、腕を後ろに組んで足を少し広げた休めの姿勢になる。


様々な年齢の、体格も背丈も違う孤児たちを、将校は1人1人チェックしていく。

その目つきは鋭く厳格で、暖かみを全く含んでおらず、まるで射抜くような冷徹なものだった。

まだ幼い孤児たちは、がたがた震えて思わず下を向いてしまいそうになるのを、必死にこらえている。

その中でも、落ち着いていて全く動じない孤児が、将校の目についた。


「貴様、名前は?」

「マーキス・ロードハルト、10歳です」

「その顔つき、眼差し……子供にしてはなかなか肝が据わっている。

 では貴様に聞こう。ここの養成所の訓示は何だ?」

「思いやりを持ち、仲間を大切にする事です」


それを聞いた瞬間、将校たちは突然笑い出す。


「はっははは……流石いい子ちゃんの17養成所の子供たちよ……

 思いやりを大事にするなどと、まだ甘いことを抜かしよるわ……」

「ここの出身兵たちは、敵に情けをかけるような甘い奴らばかりよ。

 敵に温情をかければ、いずれ隙をつかれ、己も身を滅ぼすというのに。

 仲間だって、いつ裏切るか分からない。信じるのは自分の才覚のみよ。

 力への貪欲さが足りぬ。だから出世できぬ。なぁ、ユーリ軍佐?」


子バカにしたような態度で、ユーリを嘲笑う将校たち。

しかし青筋一つ立てる事なく、黙ってユーリはただ姿勢を正し、穏やかに答えた。


「将校殿の仰る通りです」


「その教育方針を変えん限り、貴様は教育教官としては役立たずのままだ……」




嘲笑い続ける将校たちを、悔しそうに、あるいは静かな怒りを携えて、孤児たちは黙って佇んで見ていた。






「何だあの将校!! ユーリおじさんとうちの孤児院の教えを馬鹿にしやがって!!」


将校たちが帰って行ったあと、マーキスは憤慨して叫ぶ。

その隣で、ウォルターが何かを考えるような顔つきで、静かに答えた。


「仕方ないだろ、上官には逆らえないからな……

 それに、俺たちは軍人として育てられてるんだ。場合によっては、相手への情けが命取りになる時もある。

 あの将校の言う事も、この国で生きる上では仕方がないかも知れないんだ」


「な……お前も、あの嫌な将校と同じ事をいうのか!?」

マーキスは更に憤り、ウォルターに掴みかかる。

周りの孤児たちは、はらはらした表情で止めようか止めまいか迷いながら、2人を遠巻きに見守っていた。

それでもウォルターは、落ち着いた表情を変えずに続ける。


「落ち着けよ、マーキス。感情のままに動くと面倒なことになるぞ。

 納得できなくても、従うしかないんだよ、俺たちはな。」

「んで、いざとなったらお前も仲間を見捨てるってのか! 見損なったぞ!!

 あぁそうさ、お前もいずれ、あんな冷たい将校みたいな奴になるんだろうさ!! 俺たちを見捨ててな!!」

「なんだと!?」

マーキスの売り言葉に、それまで冷静にしていたウォルターも思わず声を荒げる。


孤児たちが止める間もなく、2人は取っ組み合いを始めた。髪の毛や服を引っ張りながら互いの主張をぶつけ合う。


「いつも澄ました顔しやがって! 聞き分けいい子ぶってんじゃねーよ!」

「そうやってすぐ熱くなる所、困るってんだよ! 少しは落ち着けってんだ!」


取っ組み合う2人を、少し遅れて部屋に入ってきたリリアンとシンが見つけ、急いで駆け寄って止めに入る。

「何やっているの! やめなさい、貴方たち!!」

「もう、やめなよ! 俺やだよ、2人とも怪我するの!」

心配そうに2人を宥めるシンをはさみ、ようやく手を出すのをやめたマーキスとウォルターは

しばし息を荒げ互いに睨み合っていたが、ウォルターが先に手を離す。


「……ふん、これ以上お前に言っても無駄だ」

「おい、待てよ!!」

「放っておけばいいだろ。こんな冷たい奴の事なんかよ」


それだけ言い捨てると、ウォルターは部屋を去っていった。



「一体何があったっていうの?」


ふてくされているマーキスに、後からやってきたリリアンとシンが問いつめる。

マーキスは彼らの問いに、先程のやりとりの一部始終を話して聞かせた。

すると、リリアンは腕を組んでため息をつき、呆れかえった表情でマーキスに呟く。

「あなた、それウォルターが本気で言っているって思っているのかしら?」

「どういう事だよ?」

「言葉をそっくりそのまま受け止めるなって事よ」


すると、それまで黙っていたシンも、おずおずとマーキスに進言した。

「マーキス、本当はウォルターがそんな奴じゃないって事、分かってるだろ…?

 あいつが仲間を見捨てるなんて事、ないと思うよ。

 あの将校がやってきた時、どんな顔してたか、見てたか?」


マーキスはふるふると首を振った。


「目を逸らさずに、ずっとあの将校の事を見続けていたんだ。凄い集中力でさ。

 なんていうんだろう… まるで頭のてっぺんからつま先まで、じっと観察していたように見えたな。

 他の子たちは怯えていたのに、ウォルターと、マーキス、君たちだけは怯まずに

 ずっとあいつを見据えていたんだよ。」


自分たちを育ててくれた優しい寮父と彼の教えを、将校に馬鹿にされた怒りで頭がいっぱいで、

シンにそう指摘されるまで、そんな事に全く気付けなかった。


「あの子は冷静な子よ。いつも今がどんな状態で、自分が何をすべきなのか、一生懸命考えているわ。

 この辺境の孤児院に、将校が視察にくるなんて滅多にないから、その様子をくまなく目に焼き付けたのね。

 あの将校に、ユーリおじさまが馬鹿にされた時、私も気持ちがおさまらなかったわ。

 ウォルターだって、きっとそうだったと思うわよ。

 だけどね、相手は上官。この軍事大国で、怒りに任せて事を成せば

 そのしっぺ返しは自分だけでなく、周りの皆へも降りかかるかもしれないのよ。分かる?」


「どっかの誰かさんみたいに、いつも感情的になっている奴がいれば、それを抑える奴も要るんだよね」

「そういう事よ」


くすくす笑うシンとリリアンに、マーキスは少し恥ずかしくなり、そっぽを向いた。


「どーせ、俺は感情的で、見境なくすぐカッとなるバカな奴さ」


「あら、それもあなたの良いところなのよ?

 自分の気持ちを押し殺してばかりいては、気持ちが滅入ってしまうわよ。

 逆にウォルターは自分の感情を押し殺してばかりいる所があるから、

 あなたみたいな友達が傍にいれば、時々溜まった気持ちを吐き出せるでしょう?

 それが、あの子にとっても良い逃げ道になるのよ。


 ただね……何があの子にとって、一番辛かったと思う?」


「……?」


首を傾げるマーキスに、リリアンがシンに目配せして答えを促す。


「マーキスから、仲間を見捨てるような奴だ、って思われた事だと思うよ。

 自分の事を、そんな風に思ったのかって。」



ツキンと、胸が痛んだ。



短絡的に、感情的に放ってしまった言葉が、どれほどウォルターを傷つけたか。

今になってよく分かる。

自分が、同じように言われたらどう思うか。その気持ちを推測するのは簡単だった。





「さあ。どうしたらいいか、分かるよね、マーキス?」

「んな事言ったって、ああ言っちまった手前、あいつにどんな顔して会えばいいんだよ……」

にこりと笑いかけるシンに、マーキスは素直に目を合わせられなくて、バツが悪そうにして地面を蹴りながら答える。

すると、そんなマーキスの様子を見かねたリリアンがしびれを切らし、箒を振り上げて叫んだ。


「もう! 良いからウォルターに素直に謝ってきなさい!!」


「うわっ?! 危ねーな! 分かった分かった、今行くよ……!」


リリアンに追い立てられるようにして、マーキスは孤児院を勢いよく飛び出ていった。






「ごめんね、リリィ姉さん。面倒かける奴で」

「あら、今に始まった事じゃないわよ? あなたたちの喧嘩の仲裁はね」

マーキスが走り去った後しばらくして、申し訳なさそうにぼそっとリリアンに告げるシンに

くすくす笑いながら、リリアンは手の平をひらひらさせながら答えた。


「ほら、あの子だけ行かせると、また喧嘩になるかもしれないわよ?

 貴方も追いかけていらっしゃいな」

「うん、ありがと!」


そう言い、急いで2人の後を追いかけるシンを、リリアンは姉のような心持ちで見送っていた。




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今でこそ気の合う友人同士だけど、小さかった頃は考え方が正反対で
衝突を繰り返していた気がするウォルマー。
それをやんわり和らげていたのが、リリィ姉さんだったりもう1人の食いしん坊だったり。

リリィ姉さんは、士官学校に行く前の設定でイメージしております。
ちょうどこうすると年齢が15ぐらいかな?
また、前のエピソードより、3人とも少し年齢が上がってます。