「ユーリおじさん、いってきまーす!」
「あ! おい、待てよ! 俺もいってきます!」
「マーキス、シン! お前ら弁当忘れてるぞー! 全くしょうがないなぁ……」
元気な声が3つ、青い屋根の孤児院を飛び出していった。
「気を付けていっておいで〜! 夕暮れ時までには戻るんだよ〜」
箒を持ち、玄関を掃除しながらユーリはのんびり子供たちを見送った。
その隣で掃除を手助けしているのは、孤児院に手伝いに来ている2人の娘たちだった。
「まぁ! あの子たちったら、掃除もしないで出かけたわ! 帰ったらこらしめなくちゃ!」
「いいじゃない掃除くらい、しなくても死にゃしないよー」
「ジーナ……貴方、そんなちゃらんぽらんじゃお嫁にいけないわよ! しっかりなさい!」
「いいよーお嫁なんて無理して行かなくっても……」
「泣き言いわないの! あのね、1日はぴしっと気持ちよく、朝の掃除から始めるのよ」
「うわーん、お母さまみたいな事言わないで〜……」
インペリアルトパーズの色をした自由なくせっ毛の少女を、もう1人の箒を持った少女が厳しく叱咤する。
その少女は、ダークヴァイオレットのウェーブをひとまとめにして、白いブラウスと長いスカートを履き
凛々しくきちんとした佇まいをしていた。
「ははは、そんなに厳しくしなくても大丈夫だよ。 ありがとう、リリィ」
言い争っている2人の少女を、ユーリが宥めるように窘める。
リリィと呼ばれた、本名をリリアンという少女は、しぶしぶユーリにぼやく。
「ユーリおじさまは、ジーナといい、あの子たちといい、甘やかしすぎですわよ……」
「ふふ、リリィにも言われちゃったね。
けれど私は、子供たちにとって、遊ぶのは学ぶのと同じくらい大事なことだと思っているんだ」
少年たちが駆け出した方向を眩しく見据えながら、ユーリは目を細めて呟いた。
「いいんですか? ユーリおじさまは、教育教官。
孤児たちを、強く逞しい立派な帝国兵に育てなくてはいけないのではないですか?」
リリアンの至極真っ当な質問に、少し苦笑しながらユーリは微笑んで答える。
「そうだね、リリィの言う通りだ。
じゃあリリィにジーナ……強い人間は、どうやったら育つと思う?」
ユーリの問いかけに、リリアンとジーナは暫く考え込む。
「きちんとした躾と教育を、小さい頃から子供に教え込む!」
最初に答えたのはリリアンだ。
彼女は名家の息女である故、躾や作法、勉学とあらゆる教育を
小さい頃からその身に叩き込まれて育ってきた。彼女らしい回答だ。
「えっと、たくさん訓練して、強い体を作って、剣の腕を磨く!」
一方ジーナは、優秀な兄を傍で見て育ってきた。
兄が受ける武術訓練に、自分は女の子だからと受けさせて貰えないことを
ずっと歯がゆく感じていた。これもまた、彼女らしい回答だ。
「ははは、2人らしい回答だね。
そうしたら、考えてごらん。しっかりした教育を受け、たくさん訓練してきた騎士は
それだけで色んな事を乗り越えられるかな?」
ユーリがさらに投げかけた質問に、リリアンとジーナは腕を組み、うーんと唸って一生懸命考える。
そんな2人に、ユーリは優しく答えた。
「私はね、こう思うんだ。
人生には、色んな事が起こる。本当に、色んな事がね。時には、想像だにしない事だって、起こると思うんだ。
そんな時、色んな経験をして、色んな考え方を持っていた方が、自分の引き出しを増やすことができる。
引き出しが多い程、どうしたらいいかアイデアが浮かぶ。
逆境に強い人間ってのは、どんな出来事があった時でも恐れず立ち止まらず、
どうしたらいいか考え続けられる、そんな人だと思うんだ。
遊ぶっていう事は、色んな経験を積む事。だから私は君たちに、色んな経験をして、強くなって貰いたいんだ。」
2人の肩をぽんと叩き、にっこり笑ってユーリは2人の頭をわしゃわしゃ撫でた。
ユーリの答えに、きらきら目を輝かせて、リリアンとジーナは聞き惚れていた。
「うん! 私も、いっぱい遊ぶよ!!」
「あ、貴方はそれ以上遊ばなくていいわ! それよりもっと礼節と知識をつけなさい!」
「ははは、2人とも逆転するといいかもね」
天真爛漫に答えるジーナに、リリアンの冷静な突っ込みが炸裂すると、ユーリは2人を笑って眺めていた。
とんとん、つー、とん、つーつー…
機械が定期的に繰り出す動きに合わせ、長波と短波が織り交ざり、信号を表していく。
「あ、り、が、と、う…… 博士、すごいよすごいよ!! 精霊がありがとうだって!!」
「そいつは電信機と言ってな。長い波形と短い波形を組み合わせることによって、単語にするんじゃ。
雷の精霊を使い、遠くの距離へ伝言を飛ばすためにと、軍の通信用に開発したのじゃが、何分使う人間が理解してくれん。
小難しいことを言いおって、こねくりまわして文句をいうだけじゃ。分かってくれるのはお前さんたちだけじゃよ」
紙に記された、長波と短波の組み合わせを手にして、シン少年はぴょんぴょん飛び上がって喜んだ。
ようやく作業を終え、一息つくために博士は机から立ち上がって背伸びをする。
「お前さんが手でぜんまいを一生懸命巻いてくれたおかげでな。微力ながら電気が生まれたのじゃ。
雷の精霊たちは、それが嬉しかったんじゃろう。こうして言葉にしてくれたのは初めてじゃ。」
「不思議なものだなぁ……目に見えない何かが、おれたちにしゃべってくれてるなんてさ……」
椅子に腰かけ、足をぷらぷらさせながら歯車を磨き、ウォルター少年が不思議そうにつぶやく。
「なんじゃお前さん、まだ精霊のことを信じよらんのか?」
「だってさ! 脳みそもないのに考えるだなんて……不思議だろー」
「わしゃインチキはしとらんぞ。精霊をただの魔法の元と思うなかれ。
機械を動かすのに彼らの力をちーと借りるが、彼らにはちゃんと意思があるのじゃよ」
「なんだぁウォルター、お前まだ信じてねーの? 頭かったいなぁー!」
「うるせーぞ、マーキス! 空っぽ能天気頭のお前に言われたくねーからな!」
ぶーたれるウォルターを、マーキスがからかう。博士もシンも、そんな様子を見て楽しそうに笑っていた。
「人間と一緒じゃよ。自分を好いてくれている相手には、自然と心を開くものじゃろう?
精霊の力を借りる場合、彼らを信じ、尊ばないとじゃな」
博士が指を空に掲げると、空気中からパチパチ音を立てて、雷がいくつもできる。
「博士はすごいなぁ……なんて言うんだっけ、博士みたいに、精霊とお話出来る人たちの事。」
「<精霊使い>じゃよ。 この国にはあまり浸透しとらんがな。
お前さんたちは孤児だから知らんじゃろうが、かつて昔、精霊使いはこの国から迫害されておったんじゃぞ?」
「迫害、ってなーに?」
「忌み嫌い、仲間外れにして追いやることじゃ。人間だけじゃ、仲間内でいさかいを起こすのはの。」
過去の話をすると、表情を暗くしてブロンデー博士は長いため息をついた。
「おれは、博士の事仲間外れにしないよ! だって精霊の事や、電気や機械の事とか、いっぱい教えてくれるもん!」
少し疲れた表情を見せた博士を気遣い、シンが肩に乗っかる。
そんな様子がこそばゆいのか、表情を和らげて博士はシンの頭を撫でた。今までの博士にはなかった仕草だ。
「はは、有難うな。お前さんのような素直な者が世の中にいっぱい居たら良いんじゃがの。
―――だが、人間とは、不可解な力を見ると、極端にそれを恐れる。
恐れるだけならば良いが、敵とみなして追いやろうとし、あまつさえ息の根を止めようとする事もある……」
暗い視線を落とすブロンデー博士の脳裏に、かつての記憶がフラッシュバックする。
両手に枷を嵌められ、引きずられていくかつての友を。
「……ブロンデー博士?」
心配そうなシンの声で我に返った博士は、気を取り直して先を続けた。
「何でもない……
軍は、精霊の事に関してはあんまり理解してくれなんだ。機械を動かす力として、軍事力の一部としか見ておらん。
精霊使いであるワシが今まで生きてこれたのは、この不思議な力を、研究者として、役に立つようにして軍に提供したからじゃ。」
「役に立つように……」
「左様。役に立つように、じゃ。
どんなに危険なものでも、物珍しい事でも、役に立つと分かれば、存在を否定されることはない。
軍にとって、精霊が意思を持っているなどという事はどうでもいい事なんだろうが、
しかしな……この精霊たちは、存在を無視されようと、こうして役に立っていることが嬉しいみたいなんじゃ」
「自分の事を、分かって貰えないのに?」
博士の言葉を聞くと、とても信じられないという眼差しで、ウォルターはブロンデー博士を見上げた。
どうして……と不思議がるウォルターに、ブロンデー博士は問いかけた。
「お前さん、例えば、そこのいたずら小僧が目の前で転んだとする。
そのまま放っておくか? ……違うじゃろう?」
むー…と何か言いたそうにもごもごするウォルターを見てにぃっと笑いながら、博士は3人に言う。
「自分の力が、誰かの役に立っている。例え感謝されなくてもな……
精霊たちの、無償の思いやりなんじゃ……
ワシは、そんな精霊たちがより役立てるように、ほんの少し力を貸しているに過ぎんのだ。
精霊の事を、例え皆が知らなくても、その優しさを誰かが知っている……精霊使いとは、そういう存在と思うのじゃよ」
「おれも、精霊の事、覚えておくよ……!」
強い眼差しを浮かべ、シンは博士を見上げる。
気付くと、その隣にいる2人の少年も、同じように見上げていた。
「シンがそういうんなら、仕方ねーな。こいつ言い出すときかないからな」
「さすがに、誰も知らないとかわいそうだしな……」
にぃっと笑うマーキスと、しょうがない…という表情でそっぽを向くウォルター。
3人がそう言うのとほぼ同時だった。
電信機が、スイッチを入れていないのにも関わらず、カタカタっと音を立てて突然動き出した。
「何だ、何だ……?!」
皆が興味津々で近づくと、電信機は5つの言葉を紡ぎだした。
ア・リ・ガ・ト・ウ
わっ!と声を上げる3人の子供たち。
「精霊たちも、お前さん方の気持ちを受け取ったのじゃろう」
3人の様子をとても嬉しそうに見守りながら、博士はつぶやいたのだった。
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そのまま書き進めてみました博士と子供たちのお話。
ここでリリィ姉さんに登場頂きましたー!
とても良い子ちゃんなイメージが強くて(笑)
孤児院でも、きっと子供たちのお姉さん役なんじゃないかなーと思ってます。
相変わらず幼馴染はフリーダムですが(笑)
博士が持っている精霊の考え方も、書いていくうちにこんな感じに。
国の為に開発してるのかな、と思いましたが
はじめは精霊の事を大事に思っていたらいいなと。
そこからの顛末を考えるのが燃えます!