―――それは、珍しく晴れた、穏やかなある日の事だった。
こんな良い天気だというのに、ブロンデー博士は研究室に篭って
新しい機械に電気を吹き込む…命を与える実験を行っていた。
精巧に組み立てられた、真鍮の歯車や薇、部品の一つ一つを丁寧に確認してから
空気中に漂う雷の精霊たちを呼び寄せる。
「この回路を泳ぐんじゃ。いいな、お前たち?」
手のひらに降り立った小さな精霊たちは、こくこく頷くと、機械に向かう。
するとパチッと小さな音が弾け、歯車が動き出す。
いくつもの回路が複雑に組み合わさった機械は、歯車ひとつが動きだすと
次々と他の部品も連動していく。
機械の内部では目に見えない速さで、回路の中を雷の精霊が飛び回っていた。
「よしよし、上出来じゃな……」
そう満足そうにブロンデー博士が頷いているところだった。
不意に、何者かの気配を察知し、手元にあったドライバーを手にして
ブロンデー博士が唐突に後ろを振り返る。
「何者じゃ?!」
開けっ放しだった研究室の窓から、3人の子供が身を乗り出してこちらを眺めていた。
興味津々な眼差しは、博士に見つかると驚愕の色に変わり、慌てて身を仰け反らせる。
「わっ、わわっ!?」
「うわ、バカ! 急に動くなっての!!」
肩車を支えていた、一番下にいる青い髪の少年が叫ぶ間もなく、
いたずら少年たちのトーテムポールは、ドタドタッと大きな音を立てて、窓の外に崩れ落ちた。
その大きな音にびっくりしたのか、機械を走り回っていた雷の小さな精霊たちは
驚いて姿を隠してしまった。
精霊たちが姿を消すと同時に、機械もその動きを止めた。
実験は中断だ。
ブロンデー博士が窓の下を見ると、3人の少年たちが折り重なって、目を回していた。
「痛ってぇ〜……」
「いきなりマーキスが動かなきゃ、倒れなかったのによー」
「うるさいな! お前らだって、びっくりしてバランス崩しただろ!」
ぶーぶー少年たちがぼやいていると、呆れた声で博士がつぶやく。
「お前さんたち、毎度毎度懲りないのう……」
どうやら、少年たちが実験を覗きに来るのは、これが初めてではなさそうである。
このままにはとてもしておけないので、不本意ではあるが、とりあえず少年たちを研究室に招き入れる。
棚の奥に常備してある傷薬に手を伸ばすと、綿棒に薬を湿らせ、転んだ箇所に塗っていく。
「いでで!! おっさん、もっと優しくやってくれよ!」
「おろか者、それが人にやって貰っている時の態度か」
悪態をつく少年にため息をつきながらも、博士はてきぱきと薬を塗り、包帯を巻いていく。
どうやら、深い傷ではなさそうだ。
一通り処置を終えると、改めて正座している少年たちと対峙する。
「さて、お前さんたちが毎度毎度、この研究室を覗き見にやってくることは承知しておる。
いい加減、名前を聞かせて貰えるかね?」
赤毛の少年と、橙色の髪の少年と、くすんだ青い髪の少年は、まるで信号のように並んでいた。
「おれはマーキス!」
「おれ、シン!」
「おれは、ウォルターだ」
それぞれ元気よく、1人はピースサインをしながら、1人は少しふてくされて答える。
「勝手に人様の邸宅に忍び込むのはよくないことじゃぞ。それはお前さん方もよく分かっているじゃろう。
なのにどうして毎回毎回懲りずにやってくるんじゃ」
「だって、おっさん、実験やってるんだろ?! バチバチって光って、かっこいいからさ!」
「見たこともないへんてこな機械が、勝手に自分で動くなんてすごいよ!
こんなの、どこにも見られないよ!」
興奮した様子で、少年たちは今まで目にした珍しい光景を次々と口にした。
「ばかもん、これは危ない実験なんじゃぞ!
それこそ、覗いているお前さんたちに飛び火して、怪我を負う事だってあるんじゃ!」
「……おっさん、おれたちの事、心配してくれてるの?」
無邪気な少年たちの眼差しに、ぐっと言葉を詰まらせるブロンデー博士。
「ともかく!! おぬしらの保護者に一言言わんと気が済まん! ついて来いこの悪ガキどもめ!!」
3人は首根っこを引っ掴まれて、ずるずる引きずられていった。
小さな森の中にある、簡素な作りの学校のような建物。
帝国が、親を亡くした、あるいは捨てられた子供たちのために作った、小さな孤児院だった。
マーキス、シン、ウォルターは、それぞれこの孤児院で育てられていた。
ブロンデー博士が3人を連れて孤児院の玄関までやってくる。
玄関のベルを鳴らして暫くすると、奥からぱたぱたとやって来たのは
穏やかな若葉色の瞳をした、人柄の良さそうな壮年の男性だった。
「ただいま、寮父<ハウスファーザー> ユーリおじさん!」
「ブロンデー博士、すみません、うちの子供たちが悪さをしでかして……」
「全くじゃ……このガキどもときたら、何度叱っても懲りる様子がないわい」
ぺこぺこ頭を下げるのは、孤児院を任されているユーリという将校だ。
「駄目じゃないかお前たち……博士にご迷惑をかけてしまっては」
「だって、実験見たかったんだよなー」
「なー」
窘めるユーリに、一向に反省のかけらを見せない少年たち。
「わんぱく小僧どもめ……お前さんも手を焼いているんじゃろうな」
「お恥ずかしい限りで……
この子たちは、何度止めても博士の所に出かけていくんです。とても興味深いんでしょうね……」
子供たちの行いを、ユーリは申し訳なさそうに謝る。
しかし、実験に興味を持って貰えているというのは、悪い気はしない。
博士はふと興味を持ち、少年たちに尋ねてみる。
「……お前さんたち、そんなに実験が面白いかね?」
「うん!!」
博士の問いに、満面の笑みで答える少年3人組。
その屈託のない笑顔に、毒気をすっかり抜かれてしまいそうだ。
頑なないつもの調子を狂わされ、頭をぽりぽり掻いていると、ユーリもふふっと笑う。
「……子供たち、可愛いものでしょう?」
「なっ、何が可愛いもんじゃ! わしゃあ、実験に興味を持って貰える事が嬉しいんじゃ……」
ユーリの何気ない問いかけに、思わずかぁっと赤くなったブロンデー博士は、急いで平静を取り繕う。
そんな博士に、少年たちは次々と質問してくる。
「ねぇねぇ、博士がさっき話しかけていたのって、なぁに?」
「あ、あれはな……精霊と言ってな、自然に宿る意思みたいなものじゃ」
「へー! おれたちには何にも見えなかったぜ! 何で博士には見えるんだ!?」
「それはちと難しい質問じゃのう……」
「教えて教えてー! 俺たちも精霊と話したい!」
「簡単に言うなばかもん! えぇと、なんと説明したらいいかのう……」
今までブロンデー博士は、研究者仲間はともかく、子供と交流などしたことはなかった。
頑なで冷たい、自身が扱う機械のような心とまで揶揄されたブロンデー博士であったが、
今日子供たちに見せた表情は、とても人間味溢れるものであった。
子供たちも、周りから怖いと恐れられている博士に、全く臆することなく無邪気に接している。
彼らが、博士の心を少しでも溶かしてくれたのだろうか。
ユーリには、それがとても嬉しかった。
子供たちが投げかける、尽きることのない質問に頭を悩ませる博士を
少し離れた所から、ユーリは温かい眼差しで見守っていた。
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人工精霊使い3人組と博士と、ユーリおじさんの交流を描いてみました!
最初は悪ガキとしか思ってなかった偏屈じいさんだけど、
少しずつ子供たちに愛着を感じていくといいよ!