帝国内で、勢力争いに明け暮れているのは、何も軍部だけではなかった。
技術研究部内でも様々な思惑のある者が存在し、ブロンデー博士のような平和主義者ばかりではなかった。
遺伝子実験を得意とするクローチェ、生命工学に長けたデルタも、そんな研究者のうちの1人だった。
人工精霊使いの開発は、ブロンデー博士だけの特許ではなく、同時に色々な研究者たちにも情報が開示される。
帝国全体を挙げて技術開発を推し進め、国を発展させるためである。
ブロンデー博士の開発した技術は、他の研究者たちも応用を始めた。
クローチェ博士の研究は、人体の強化。
しかし人間への負担が強すぎる反面成功率も低く、それまで陽の当たらない研究だった。
そんな中、人工精霊使いの技術を目にすると、彼女は人工精霊使いの魔力に耐えうるだけの肉体強化に乗り出す。
そして、天然の精霊使いたちの遺伝子パターンを研究。
とある特定の遺伝子情報が、精霊使いの能力を開花しやすいという事実を発見するに至った。
「これよ……この遺伝子パターンだわ……!!
この遺伝子情報を元に、ノーマルな人間の遺伝子情報を書き換えると、精霊使いの能力を発現しやすくなるわ!」
但し、その遺伝子操作を行うと、身体に様々な副作用をもたらし、
被験者の寿命を著しく低下させてしまうという報告もあった。
しかし軍部は、それでも人工精霊使いを生み出すことに執心し、非道な副作用をもたらすこの実験を強行した。
一方、デルタ博士が取り扱うのは、様々な情報処理技術であった。
精神パターンさえも電気信号として翻訳し、解析して応用する技術を確立させる。
彼の技術を以てして、被験者だけでなく、目に見えない精霊の意志を微弱な電気信号として感知することが可能となった。
この技術によって、自然界で精霊使いでしか見つけることの出来ない精霊を、探知する事が出来るようになる。
そして、精霊を従わせるような命令パターンの電気信号を開発する事に成功する。
魔法で確立している結界の技術と合わせ、精霊を捕らえて半永久的に従わせる命令を送る事が可能になった。
当初は精霊の意思を汲み取るために、フォルクマールが極秘に用意した精霊の涙のかけらを組み込んだ指輪も
これらの技術が開発されると、不要となってくる。
普通の人間を精霊と交信させ、精霊の忠誠を得ずしても、電気信号で無理やり精霊を従わせる事が可能となった。
ここに更に目を付けたのが、諜報部である。
諜報部はその手腕を生かして、帝国中から野心のある者たちから、人工精霊使いの候補者を集めた。
野心のある一般兵が自ら名乗り出る場合もあれば、戦争捕虜や軍部の規律違反者が被験者として使われる場合もある。
そして孤児院で育てられている孤児たちも、その実験体として差し出される事も見られ始めたのだった。
ここまで開発が進むと考えていなかったブロンデー博士は、人工精霊使いが次々と強制的に生み出される事態に驚愕する。
当初は、人工精霊使いになる者の資質を精霊が見極め、限られた覚悟のある者だけがその力を手にする筈だった。
しかしこの状況下となると、覚悟が無い者も強制的に人工精霊使いにさせられ、精神を崩壊させる者が続出する。
しかも、軍部が実験を推奨させ、どうにも止める事が出来なかった。
ブロンデー博士は、開発者である2人に詰め寄った。
「おぬしら! おぬしらが開発した技術が、苦しむ者を生み出すという結果を知って、開発をしたのか! 答えよ!!」
しかしクローチェとデルタの2人は、至って平然として博士の問いかけに答えた。
「あら、この技術を生み出すことで、力を得る人は格段に増えましたよ? 寧ろ感謝してもらうべき立場では?」
「俺の仕事は、上の命令に従うだけだ」
「それに、ブロンデー博士。その問いは、貴方自身にも向けられるべき問いですよ。
貴方の開発した技術が無ければ、こんなに苦しむ可哀そうな人たちを増やすこともなかったでしょうに」
ブロンデー博士の考えは、2人には理解して貰えなかった。
それどころか、博士が最も心の奥底に留めている罪悪感を、クローチェは容赦なく曝け出して突いた。
彼女の言葉に、ブロンデー博士は一言も言い糺すことが出来ず、己の罪をより自覚してしまう。
この日も、孤児院から連れてこられた幼い少女たちに、精霊を付加する実験が行われる。
出世を目論む孤児院の教育教官が、この少女たちを連れてきたのだった。
何をされるのか分からずに恐れ、涙を流して嫌がる少女たちに、研究者たちは容赦なく手枷を嵌め、電流メットを被せる。
「刷り込み <インプリンディング> 電流、開始」
機械的なアナウンスが流れると、少女たちの横に設置されたガラスのケースに電流が通される。
そのケースの中には、結界で動きを封じ込められた凶暴な風の精霊が存在していた。
激しい電撃音が炸裂し、次にそのケースから電流が少女たちに向かって通される。
「続けて、精霊付加 <エレメンツ・アタッチメント> 」
電流が少女たちに流されると、少女たちは激しい叫び声をあげた。
枷をつけられているため、その場から逃げる事も、身動ぎすることすら出来ず、拷問の電流を浴び続ける。
そのあまりにも悲痛な叫び声に、ブロンデー博士は思わず目を背けた。
このような事態を招いたのは、自分が開発した技術……
そう考えると、胸に杭を打たれるよりも残酷で痛々しい感情が博士を襲う。
やがて電流が通し終えられると、少女たちの様子が一変する。
1人はその場にへたり込んだまま、全く動かずに涙をこぼし続けている。
どうやら、理性と記憶はまだ辛うじて保っているようだ。
その代わり、研究者が彼女に指示させて起こせた風の魔法は、とても微々たる効果だった。
もう1人の少女は、全く反応がない。
研究者が近づくと、突然、少女は狂ったようにけたたましく笑いはじめる。
次の瞬間、研究者に向けて激しい風の刃、鎌鼬が発生し、研究者を残虐に切り刻んだ。
「へぇ、こんな俄かの付け焼刃でも、それなりの魔法力を手に入れる事が出来るんだね」
ブロンデー博士が背けていた顔を上げ、声がした方向を振り返ると、1人の青年将校が立っていた。
シルバーブロンドの整った髪、燃えるような紅と深く冷たい蒼のオッドアイ、肩から掛かった大綬。
あまり見かけない顔つきだが、そのいで立ちは高貴な身分を示していた。
「おぬしは……?」
ブロンデー博士の問いかけに答えず、その将校はさらりと容赦ない言動を口にする
「人工精霊使いなんて開発をしなければ、あの子たちはあんな目に合わずに済んだのにね」
そして、ブロンデー博士に対峙すると、その冷たい微笑みを向けて更に言い放った。
「あの子たちは巻き込まれてしまったんだね。可哀そうに。
誰があの子たちを戦いに引きずり込んだ……? 貴方が開発した技術さ、ブロンデー博士。」
青年将校が冷たく言い放つと、ブロンデー博士は憤りと彼女らへの懺悔を滲ませ、反論する。
「好き勝手に言うな、そこの青二才め……! わしが技術を開発せずとも、軍は皆を争いに巻き込むじゃろうて……!」
しかしその反論を、青年将校は鼻で笑う。
「それは貴方の言い訳だよね。
貴方が開発した人工精霊使いを生み出す技術は、多くの人を巻き込み、帝国軍全体を揺るがした
とてつもない技術だ。その影響力は、実は貴方自身も驚いているんじゃないかな?」
青年将校の言う通りだった。
ブロンデー博士は、ここまでの影響を覚悟できていなかった。
ここまで、実験が飛躍し、多くの人を、果てには帝国軍全体を巻き込む程の事態になる事を予想しつつも
いざそうなると、その責任の重圧に押しつぶされそうになっていたのだった。
生み出した技術の犠牲になる者が必ず現れると危惧しながらも、
身近な者たち……あの悪ガキ3人組の笑顔を見たいが為に、この実験を提案した。
この技術に手を出したのは、間違いだったのか。
あの2人の研究者を責めておきながら、研究者としての責任を、自分が一番自覚出来ていない。
自身の我儘の為に、多くの人々を、悲しみと苦しみの渦中に引きずり込んでいる。
ブロンデー博士の心に、黒々と罪の意識が刻み込まれていく。それは、決して拭い去れないものだった。
「違う!! ワシは……」
絶望の表情を浮かべるブロンデー博士に、青年将校は薄ら笑いを浮かべて、耳元で囁いた。
「貴方は、彼女らに報いなければならない。
技術を開発した者の責任さ。どうやって責任を取るかって……? それは簡単さ。
……大きな代償を払って力を得るならば、それ相応の力を身につけなければ、実験に参加させられた甲斐がないよね?
貴方には、より大きな力を得させるように、実験をより進める義務がある。それは貴方の責務だ。」
「代償の、責務……」
「そう。貴方の責任さ。
喜びなよ、代償を得る代わりにこの実験を望んでいる人は大勢いる。
折角行う実験だ。彼らの為にも、今後より結果を追い求めるべきだよ」
青年将校の言葉が、ブロンデー博士の耳元で反芻される。
博士の眼差しは暗く沈み、虚ろな眼差しに変わっていた。
その表情を確認すると、青年将校は満足そうな笑みを浮かべ、その場を後にした。
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