侵略のための進軍が進むにつれて、帝国内ではより強力な軍備を求め、開発中の人工精霊使いへの需要が高まっていた。
それまでは非人道的な開発に否定的だったブロンデー博士も、次第により強い力を求めるようになり
人工精霊使いの精神侵食という副作用に目をつぶって、成果を求めるようになりつつあった。
実験の対象者も、最初は条件をかなり絞っていたが、軍部が推薦する、捕虜や、自ら名乗り出た野心ある者を次々と採用し
かなりリスクの高い実験を、躊躇なく積極的に行い始めた。
ブロンデー博士の変わりように、博士を知る人々は我が目、我が耳を疑う。
孤児院の教育教官・ユーリ軍佐もそんな中の1人であった。
ユーリ軍佐が寮父を務める孤児院には、ブリューゲルの妹であるジーナが、幼馴染のリリアンと共によく遊びに来ていた。
そのつながりで、ブリューゲルもユーリ軍佐と顔見知りであり、時々話をしていた。
そんな中、ユーリ軍佐とブロンデー博士が知り合いだったと知った時、ブリューゲルは大層驚いたのだった。
そして同時に、ユーリ軍佐からブロンデー博士の人柄を聞き、その変わりように心を痛めたのだった。
「あんなに、孤児たちの身を、その将来を心配していたブロンデー博士が、どうして……」
いつも穏やかな表情を浮かべていたユーリが頭を抱えて悩む姿を、ブリューゲルは初めて目の当たりにする。
「ブロンデー博士は、孤児たちが生きる術を身につける為、技術開発を続けていたのですね。
以前、お話を伺った際も、博士はやみくもに侵略を進めるような邪な野心は持っているように感じませんでした……
何が、博士を変えてしまったのでしょうか……
ここ最近、帝国はどんどんおかしくなっています。
皇帝も崩御し、次の皇帝はまだ幼く、代わりに国を取り仕切る役目を暫定的に議会が行っていますが
情勢は侵略を推進する方向に傾倒するばかり。私は、心配です……」
状況の深刻さに思い悩むブリューゲルに、ユーリは逆に声をかけた。
「私は、君の事も心配だよ、ブリューゲル。
君は由緒ある家柄と、その誠実さと聡明さで、議会の中で一目置かれている。
だが、侵略に傾倒する議会の中、反対する存在は少ないと、軍部の末端の私も聞いているよ。
このまま君の主張を続けると、君が諜殺されてしまいかねない。あまり、無理をし過ぎないで欲しいよ。」
帝国内では近頃、密告が頻発していた。
謂れのない罪を着せられ、反論さえ出来ずに葬り去られる事態が、日常茶飯事に起こっている。
ただし、軍部内での暗殺の実行は、実行犯も策略者も重い罪となるため、表立って行われる事は無かったが
諜報部を買収し、綿密に計画立てて証拠を残さず、暗殺を行う者も存在していた。
派閥を組んで権力を掌握しようとする官僚が多い中、ブリューゲルはどことも徒党を組むことなく、単独で行動していた。
私利私欲なく、ただ純粋に帝国のため、皇帝のために日々奔走している。
それ故、裏切られたりする事もなく、何か陥れられるような口実を与える事は無かったが
穏健派である彼を快く思わない他の侵略推進派の官僚たちは、彼の足元を掬おう、命を狙おうと画策していたのだった。
とある日、帝国議会の定例会議が終わった後、ブリューゲルはしんと静まり返った渡り廊下を歩いていた。
すると後ろから議員の1人が、柔和な微笑みを浮かべて彼に語り掛けてきた。
「やぁ、今日の君の議会での質疑応答も、堂々たるもので素晴らしかったじゃないか」
「恐縮です、ランス議員」
ブリューゲルが笑顔で会釈を返すと、その議員は彼の隣に並んで、歩調を合わせて歩き出す。
「最近の帝国は精霊使いの技術にかまけて、軍は無駄な戦いをするばかりだ。そう思うだろう?」
「仰る通りです。侵略は争いばかりで、何も生み出しません」
「そうだとも。侵略戦争は大事な資源をも破壊してしまう。
精霊使いという強力な力を手にした今こそ、無駄な侵略戦争は避け、他国との講和に持ち出すべきだ。
今ならば、不必要な争いをせずとも、豊かな資源を壊すことなく我が領土に手に入れる事が出来るチャンスだ。
どうだろう。皇帝の信頼厚い君から、是非その旨を次の議会で推してもらえると、私としては非常に有り難いのだが」
すると、ブリューゲルはピタリと立ち止まり、黙り込む。
「どうしたのかね?」
「……帝国は、これ以上領土を増やす必要があるのでしょうか。
他国の資源に、いつまでも頼りきっているやり方では、長続きしないのではないでしょうか」
「ふむ。帝国はこれ以上偉大にならなくともよいというのかね?」
「僭越ながら、我が国は侵略で手に入れた土地をも持て余している状況です。
侵略ともいかずとも、他国を自分の領土とし、その資源を使って産業を発展させていくやり方では
いずれ資源を枯渇してしまい、立ち行かなくなるのでは、と。
我が国の土地は枯れ果て、水は澱み、空は汚れている状況です。
他国の領土を手に入れても、同じように開発を続けていけばいずれ土地は枯渇し、新しい土地を手に入れなければならなくなるでしょう。
それよりも、自国内で循環できるような産業を生み出す方が、危急の問題だと私は思うのです。」
「確かに。君の言う事はもっともだ。ただ、それでは生産性が落ちてしまい、帝国は今程の発展が出来なくなるだろう。
それでは困る存在があるのも、事実なのだよ」
笑顔でそう諭すものの、ランス議員の言葉はどこか冷たい空気を孕んでいた。
「……ランス議員、確か貴殿は、侵略で得た土地から資源を我が国へ輸出する貿易業を営んでいましたね」
「そうだ。この間帝国が手に入れたサラーブ領は、暑さと砂漠ゆえに鉱石や鉱物資源の採掘がなかなか困難でね。
折角目の前に宝の山があるって言うのに、出資ばかりかかってしまい、なかなか苦心しているんだよ。
そんな中上層部が次に目標としているのは、コリンドーネ、噂によるとテワラン天帝国にも手を伸ばしているらしい。
私としては、その国々が我が国の傘下となり、平和的に統合されるのを期待しているのだよ。
そうすれば争いをせずとも資源を手に入れ、より我が国は発展していけるだろう」
「帝国の発展の為に、他国に圧力をかけ次々と併合していく…… そんなもの、私は平和とは呼びたくありません」
「つまり、君は私に協力できないと言うのかね。 それは残念だ……」
ランス議員が指を鳴らして合図をすると、渡り廊下の柱の陰から、黒い刺客たちが次々と現れる
ブリューゲルを取り囲むと、刺客たちの後ろ側から、ランス議員は穏やかに微笑みながら冷たく言い放った。
「私の計らいで、誰もここにはやって来ない。
君ほど優秀で、陛下の信頼厚い者を葬るのは心苦しい限りだ。
だが安心したまえ。君の遺志は形違えども、私が引き継いでいこうじゃないか」
そう言い、ランス議員がやれ、と命じると、黒い刺客たちは一斉に飛びかかる。
「ふふ、やっぱりね。友好的な相手ほど、警戒を怠ってはいけないものだな」
刺客たちの刃が辿り着く寸前で、ブリューゲルはその袖の下から鉄爪を取り出し、鮮やかに攻撃をかわした。
そして風よりも早いスピードで、刺客たちの急所を次々と掻き切っていく。
足元に鮮やかな血飛沫を上げて転がっていく刺客たち。
「これは専守防衛と受け止めていいのかな、ランス議員?」
気だるそうに、血を浴びた鉄爪を振りかざして、足音静かに近づいていくブリューゲルに
ランス議員は目の前の光景に狼狽し、引きつった表情を浮かべて叫んだ。
「ば、バカな!! 手練れの刺客ばかりだぞ!! おいお前たち、早く立たないか!!」
「これだから貴族は……下の者に命令を下すだけで、自分では何もできない無能な輩が多い。
ボクがただの世間知らずの坊ちゃんとでも思ったかな?」
嫌悪に満ちた眼差しで、ブリューゲルはランス議員を見下す。その眼差しには、普段の穏やかさの欠片もなかった。
「くそ……こうなったら……!!」
追い詰められたランス議員は、その懐から鉄製の筒形の道具を取り出し、構えた。
その形状は見覚えがあった。銃だ。
ぶるぶると震える手で、ランス議員はブリューゲルに向けて銃を放つ。
照準はきっかり彼の心臓を狙っていた。だが、その一発が届く寸前で、彼の姿は消えていた。
「な……? どこに……」
きょろきょろと辺りを見回すランス議員。
彼がその姿を認識した時、議員の首元には致命傷が与えられてた。
鮮血をあげて言葉もないままに事切れたランス議員の前に、再びブリューゲルの姿が現れる。
その隣には、ベレー帽を目深に被った影が付き従っていた。
「……危ないところでしたね、ジーナ様」
「全く余計な事を……あれくらい避けられたさ」
ぼやくブリューゲル……もとい、ジーナを、ウツセミが穏やかであるが、やや口調厳しく窘める。
「銃を侮ってはいけません。コリンドーネで開発された武器ですが、
時によっては剣よりも強力で素早い、確実な一撃を与えられ、命を落とすこともあり得るのですから」
「う……分かったよ……」
ウツセミの忠告に、ジーナはしぶしぶ首を垂れる。
「貴族の特権を使って、闇のルートで取り寄せ、護身用に手に入れたのでしょう。
ものによってはサイレンサーも取り付けられ、発砲時の音を消す事も出来ます。まさに暗殺にはうってつけの道具です」
「それは厄介だな…… これからは、銃の存在も肝に銘じておこう」
転がるランス議員の亡骸から、銃をそっと取り上げ、ジーナはため息をつく。
「ここ最近、兄さんを暗殺にやってくる連中が増えているな」
「それだけ、次の後見をめぐる争いが激しいのでしょう。我々は、何としてもブリューゲル様を御守せねば」
「勿論さ」
「……ところで、これだけ派手にやらかした訳ですが、ちゃんとアリバイ作りはしてあるのでしょうか」
「抜かりはないさ。レッドに兄さんと一緒に居て貰うように、ちゃんと言いつけてあるよ」
「上出来です」
暗殺は綿密に計画されて行われる。
仮に失敗に終わったとしても、暗殺を実行する側は相手に罪をなすりつける為、相手が単独行動の時を多数で狙う。
そうならないよう、十分気を付けなければならなかった。
逆に、1人でいると見せかければ、そういう輩はこぞって罠にかかる。
ジーナはウツセミとタッグを組み、暗殺を誘って返り討ちにする危険な役目を自ら率先して行っていた。
瞬間移動という特殊能力を持っているウツセミと、兄と瓜二つな容姿のジーナは、まさにブリューゲルの影武者として適任だったのだ。
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