帝国内の勢力争いは、次第にその激しさを増していった。

いかに手柄を立てて、自分の功績を確固たるものにするか。

帝国は実力がものを言う世界。そして完全なる上下社会。

貴族たちは、いかに周りを出し抜いて出世の糸口を掴むか、連日攻防の応酬に明け暮れていた。



フォルクマールは目立たないこそ、着々と実力を発揮し、帝国軍内でその存在感を増していった。

精霊使いを軍に採用を提案し、徹底的な軍事教育を注ぐことで強大な力を得る事を成功させる。

その強力な魔法力は敵国を蹂躙し、それまで停滞していた帝国の侵略を大幅に推進させ

帝国が大陸において圧倒的な存在感を持つ事を他国に改めて見せつけたのだった。


現在、精霊使いは他国への侵略遠征時において捕虜の中から偶然見つけられるものであるが

とても珍しい存在故、1つの国を攻略した時に1人見つかればよい方であった。

そのとてつもない魔法の威力から、精霊使いを見つけた者の手柄は、軍部では大きく取り上げられる。

自分の配下として傘下に入れることで、大きく出世を目論むものたちが多く現れ始めた。

それまで遠征に消極的だった者でさえ、あれこれ手を尽くし、精霊使いを狩る事に執心し始める。


そんな中、フォルクマールは密やかに技術研究部と連携をとり、新しい技術の開発に携わっていた。

それが、人工的に精霊使いを生み出す実験だった。

実験は成功し、人工精霊使いが誕生した事は軍部内に瞬く間に知れ渡った。



技術研究部はそれまで、軍部ではあまり重要視されていなかったが

今回の実験の成功を受け、急に皆の注目を浴び始める。

技術開発者の功労者であるブロンデー博士は、技術研究部に日の目が当たる事を嬉しく感じつつも、

その一方で新しい技術が脚光を浴び過ぎる事への不安を感じていた。






その技術に目を付けたものは、他にもいた。


帝国内の派閥のうちの1つ。

現在皇帝の座には正統後継者のピーテルが就いているが、

皇帝一家の血筋である従兄のエドワードを持ち上げる一派が存在していた。


エドワードは優しいピーテルと異なり、どこか気だるく冷めたような、何事も諦めたような眼差しをしていた。

軍部においても諜報部を指揮し、帝国軍を影から操っていた。

軍部内の規律を正すという名目で残虐な命令を次々と繰り出すが、

その容赦なさが巨大で広大な帝国においては重要と考える者も確かに存在し

どこかカリスマ性を感じる彼のミステリアスさに、人々は次々と魅了されていった。

正統なる皇位継承者ではないが、彼こそが次の皇帝に相応しいと発言する者も少なくなかった。



「ここ最近、帝国軍が賑わっているそうじゃないか…… 新しい技術の開発だってね」


暗い諜報部の一室、気だるそうにエドワードは、椅子に腰かけて欠伸をしながら尋ねた。

そこには、窓から差し込む光も無いままに、彼に忠誠を捧げた部下たちが顔も見えないままに一同に並んでいた。


「例の人工精霊使いの件ですな」

「ふぅん……なかなか面白そうな事をしてるじゃない。

 この技術によって、兵士1人で敵兵1000人と互角に戦えるようになるですって? 大それた宣伝文句ね」

「近頃の帝国軍は、兵士を消費する一方、なかなかに敵国を攻め落とせませんでしたからね。

 これは、帝国の威光を取り戻すチャンスですよ」

「但し、噂によるとこの実験には危険がつきものだそうだ。

 人格を破壊され、命を落とす危険もあると」


その報告を聞き、エドワードはくすくすと笑う。


「そんな危険を冒してまで手柄を立てたい人なんて、この国にはごまんといるからね。

 出世を目論み、あわよくば相手の寝首をかききっても上に上り詰めたいっていう野心が、この国には満ちているよ。

 そんな奴らを、この実験に利用してやればいい。諜報部も、実験に協力してやろうじゃないか」


愉快そうにエドワードは、辛辣に言い放った。


「人々の限りない欲望という名の悪意を、利用してやるんだ」


「うふふ……我らの主は、頼もしいこと」



「しかし……この国の軍部にはまだ生ぬるい連中もいますからな。彼らの反抗は必至。

 この実験は人間を利用した実験。強大な力を得る一方、人格を壊し、あるいは死に至らしめる可能性も孕んでいる。

 すると、うまく事は運びませんぞ」


忠臣の1人が、エドワードに進言する。


「そう、まさに目の上のたんこぶなんだよね。

 いいじゃない、被験者が死ぬことくらいこの国にはざらにあるでしょ?

 それまでの人生、生まれた身がついていなかっただけだよ。生き残るには、どんな目に合っても力をつけなきゃ」


臣下の発言に面倒くさそうに答え、エドワードは椅子にもたれていた身体を少し起こして、邪な試案をめぐらす。


「最近粋がっているっていう噂の青年将校をはじめ……邪魔だなぁ。あいつら。

 その技術を開発したっていう将校も気になるね。ひとつ手を打とうか」


「は。どのような手筈で」


「ふふ、こういうのはどう?」


楽しそうに、エドワードは臣下たちに、自ら考えついた作戦を提示する。








フォルクマールが人工精霊使いの実験に携わっているという噂話は、ブリューゲルの耳にも届いていた。

戦争捕虜を利用した実験はそれまでも軍部で行われていたが、ブリューゲルはそれに一貫して反対していた。

そんな彼がフォルクマールが実験に関わっていると聞くや否や、驚きと怒りと悲しみを露わにして

ブリューゲルは技術研究部に乗り込んでいったのだった。


「フォルクマールという青年将校がここに居る筈です。彼と話をさせてくれませんか」


ブリューゲルの申し出に、実験棟の研究員は一貫して答える。


「恐れ入りますが、実験中は技術漏洩防止の為、研究者は誰とも接触を禁じています。お引き取りください」


そういうと、白い研究棟の入り口は固く閉じられる。






事実を確認できず、落胆して帰路につこうとするブリューゲルに、とある老人が声をかける。


「おぬし、どうしてそんなにフォルクマールの事が気になるのじゃ?」

「貴方は……」


「ブロンデーという者じゃよ」

「! 貴方が……

 研究者は、誰とも接触を禁じられているのではありませんか?」


この数週間で、帝国軍に従事する者が誰もが知るようになったその名前を聞くと、

ブリューゲルは驚いて、博士を頭のてっぺんからつま先まで、注意深くまじまじと見つめた。

そんな彼の様子に、ブロンデー博士は頭をぽりぽり掻きながら少し困った表情を見せた。


「ここ最近は名前がちーと知れ渡るようになってしまって困ったもんじゃの。うかうか外出もできないの。

 何、おぬしと話したいのはワシの個人的な興味で、研究の一環じゃ」


そう言うと、ブロンデー博士は自身の研究所に来るよう促し、ブリューゲルを招き入れたのだった。






「さて。どうしておぬしはそんなに奴に会いたいのかね」

紅茶を一杯もてなし、椅子に深く腰掛けて、ブロンデー博士はブリューゲルに問いかけた。


「……彼が、人体実験に踏み入った理由を知りたいのです。

 技術研究部の事を悪くいうつもりはないのですが、やはり人間を用いた研究というのは、

 私には人道的に抵抗があります。」


少し博士に遠慮しながら、ブリューゲルは答えた。

彼のその答えを、博士は予見していた。


「軍部でのおぬしの噂はワシも聞いておる。

 無用な争いをやめ、これ以上むやみに侵略をせず、他国との融和の道を探ろうとする、おぬしの噂をの。

 ワシも、無用な争いは反対じゃ。」


ブロンデー博士の答えを聞き、ブリューゲルは更に深く追求する。


「では、何故このような人体実験を始められたのですか……?

 今後、ますますこの実験を利用しようとする人は増えるでしょう。

 これでは、無用な争いは減るばかりか、寧ろ増えていくのではないのですか?」


ブリューゲルの追求に、ブロンデー博士は膝に手を置き、視線を落とす。


「そうじゃ。おそらく実験は様々な思惑を生み出すだろう。それは否定せん。

 じゃが、ワシらはこの実験で、意志と覚悟のあるものに力を与えたいと思っとるだけなんじゃ」


「意志と覚悟のあるもの……?」


「実験に参加する者を、まずワシらは選別しようと思う。半端な覚悟ではこの実験に耐えられんからな。

 命を賭して成し遂げたい何かを持っている者のみを、この実験を受ける資格とみなす。

 先日実験を受けて力を手に入れた2人はな、命を賭してでも護りたいものがあったのじゃ。

 故に、自ら実験の被験者になると志願したのじゃよ。何も強制的に行った訳じゃない。

 そこを誤解して貰わんようにの。


 その者らは長年軍で努力し続け、耐えてきた者たちじゃ。

 おぬしのように生まれに恵まれている訳でもないものたちは、大勢いるのじゃよ。

 その者たちは、一生報われずに生を終える事すらある。


 ……じゃが、この国は実力が全て。リスクと引き換えに大きな力を手にすれば、報われる時がくるやもしれぬ。

 そういう者たちの意志を、希望を、ワシらはこの実験を通して、くみ取りたいのじゃよ」


紅茶のカップを置き、ブロンデー博士の思惑を聞いて、しばし考えるブリューゲル。


「そうでしたか……彼らは実験に、自らの意志で志願したのですね。


 ……争いを起こす全てが悪い事だと、私は今まで思っていました。

 しかし、この国では、力を手に入れる事でしか、生きる道を見つけられない人もいるのですね……

 私は恵まれていたのですね……

 私は、私の立ち位置でしか、物事を眺めていませんでした」


それまでの自分が掲げていた正義が、大きく揺らぐ。

そんな浮かない顔をして意気消沈するブリューゲルを、ブロンデー博士は励ます。


「簡単に自分の意志を曲げるでないぞ。おぬしの言う事はもっともじゃ。

 無用な争いなんて、この世の中からなくなるべきものである事は、決して変わらないのじゃぞ。

 争いに巻き込まれ、悲しみのうちに追いやられ、傷つく者は多くいる。

 そのような事が繰り返される世の中は、間違っているのじゃ。


 ただな、正しいことを正しいというだけでは、世の中は変わらんのじゃよ。

 無論、そう言い続ける存在は必要じゃ。おぬしはおぬしのやり方で、正義を貫き通せばいい。

 ワシらは、ワシらのやり方でこの国を変える。これは、ワシらの戦いなんじゃ」


ブロンデー博士は、そう確信を持って話した。



「フォルクマール……彼も、そのように考えているのでしょうか?」


「考えているも何も、ワシは最初あやつから説得されたのでな。

 かくいうワシも、はじめはお主のように、人体実験を進める事は反対じゃった。

 争いの火種を増やすだけじゃとな。

 じゃがあやつに言わせると、圧倒的な力を手にすれば、戦争をその分早く終わらせることが出来ると」


「それは、根幹の解決にならないのでは?」


「それもあやつに言い糺されたわ。争い自体をなくすのは不可能じゃとな。

 人は皆、意見が異なっておる。そんな人々から争いを止めるのは、圧倒的な力で制圧することだけだ、と。」


「……彼は、そのように言っていたのですね……」


初めてフォルクマールの考えに触れ、しばし考えを巡らすブリューゲル。

それを是か非か判断するには、糺すべき事がまだまだあるし、今の自分ではまだ判断できない、と思っていた。



そんなブリューゲルに、ブロンデー博士が今度は問いかけた。


「あやつは不思議な男じゃ。多くを語らず、どうも掴みづらい。

 おぬしには、あやつは何も言うとらんのか?

 今度は、ワシからおぬしに質問させてくれんかの。あやつはどういう奴なんじゃ?

 おぬしとはどういった関係なのじゃ?」


その問いかけに、少し考えて、ブリューゲルは1つ1つ今までの彼とのやり取りを思い出して答える。


「どうにもこうにも、私も彼の真意は分かりません。

 彼とは同期の士官候補生ですが、図書館で偶然出会い、少し話をした程度の仲です。

 ただ、決して悪い人物では無いと信じています。私利私欲の為に物事を起こすような気風は、感じられませんから」


「ふむ……

 至極頭の切れる奴ではあるのだろう。そして、その場その場ではなく、先の事を見据えて行動しているように思えるな。」


「先の事……

 少なくとも、途中で大なり小なりの犠牲がついてくることは避けられない。

 しかしその覚悟の上で、世界から争いをなくそうと考えているのですね。」


「あのような者は、この国では見たことが無い。

 少なくとも、今の官僚よりかは、この国を良くしてくれるように思えるが……果たしてどうかの」


「それは、私にも分かりかねます」


すっかり冷めた紅茶を前に、2人はしばし考えこんだ。

いくら考えたとしても、結局答えは出ず、2人はフォルクマールの動向を見守るという意見で合意した。




「ありがとうございました、ブロンデー博士。

 貴方と彼の考えを少しでも聞けて、参考になりました。

 この帝国の中には、色々な立ち位置の人がいるという事実を知る事が出来ました。

 よく考えて、私は私なりのやり方で、この国に訴え続けていこうと思います」


「違う立場の人間と話すのも、己の考えを深めるのに有用なものじゃ。ワシも参考になったぞい。」




ブロンデー博士に別れを告げ、ブリューゲルは研究所を後にした。


人工精霊使いの実験。


それは決して非人道的なものではなく、博士やフォルクマール、そして実験を受ける者にも

彼らなりの目的を持って行っている事を、ブリューゲルは知る事が出来た。



それらを踏まえたうえで、己の考え方を整理しよう。彼はそう心に決めたのだった。





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