精霊の恩恵を失いつつあるカーディレット帝国は、目に見えて衰退していく。

それを取り戻すかのように他国に侵略を進め、日に日に横暴を増していった。

しかし、帝国の内部の人間全てが、侵略戦争に肯定的という訳ではなかった。

その台頭者が、いつか図書館で言葉を交わしたブリューゲルという若者であった。



「私たちは、己の利益を求めるあまり、他の国への配慮を忘れている現実を見なければなりません。

 そして、ただ奪うだけの侵略からは何も生み出しません。争いが争いを生み、憎しみを増すばかりです。

 皇帝の為と銘打っての侵略は、もうやめるべきなのです」


青年将校らが集まった講堂で、ブリューゲルは持論を展開していた。

時々若手の将校を相手に熱弁を繰り広げ、中には賛同するものも出始めていた。

このように、表立って侵略を真っ向から反対する者はいなかったからである。




先日ファルチェに諭されたものの、至極真っ当な意見を臆することなく正々堂々と述べるブリューゲルを

フォルクマールはどこか讃する気持ちを持っていた。

しかし同時に、その真っ直ぐで畏れ知らずなところを危惧していた。

今の帝国のあり方に疑問こそ感じていたが、真っ向から対峙するような事は

命を奪われるに等しい行為と知っていたからだ。





「昨日の講堂での演説は見事でしたね」


中庭を通り過ぎようとするブリューゲルに、すれ違いざまに静かに呟くフォルクマール。

不意に声を掛けられて、振り向いたブリューゲルは、穏やかな表情で微笑む。


「有難うございます。誰よりも聡明な貴方からそう言われると、正直に嬉しいですね。」


「……しかし、恐ろしくは無いのですか? あのような持論を展開することが。

 この国の舵をきっているのが、今どのような人物たちであるかご存知でしょう。

 貴方は、いつ命を狙われてもおかしくない身の上なのですよ?」


鋭く切り込むフォルクマールに、尚も穏やかな表情を崩さず、ブリューゲルは淡々として呟く。


「間違った事を間違っていると言える。そのような存在は、今この国にはいません。

 そのため、迷走し次第に破滅の道を辿るのを、私は帝国軍人として、ただ指を咥えて見ていられないのですよ。」


「正しい事を正しいと言うだけでは、何も変えられません」

「貴方も、今の体制が間違っていると思って頂けるのですね?」


逆に指摘され、ぐっと言葉が詰まるフォルクマールに、にっこりとブリューゲルは微笑んだ。


「賛同して頂けるのであれば心強いです。

 表立って応援できなくても、その気持ちがあれば私は進むことが出来る。

 貴方は、貴方なりのやり方で、この国を変えて下さい。」


どうしてそんなに… と言いかけるフォルクマールを遮って、ブリューゲルは懐から1冊の本を取り出した。

それはあの日、彼に話しかけるきっかけとなった、あの本だった。


「この本、お貸し頂き有難うございました。精霊の話、とても面白かったです。

 大丈夫です。きっと私にも貴方にも、見えざる力が護ってくれる。」


そう言い残すと、ブリューゲルはにっこりと微笑み、颯爽と渡り廊下を後にした。

そして、立ち去る彼の後ろに、この間は見えなかったが

彼と同じ穏やかな微笑を持つ、おぼろげな輪郭の若い青年の姿があった。


私が彼を護ります


そう言わんばかりの凛とした決意の眼差しを浮かべて微笑んでいた。




渡された本を片手に、ただフォルクマールは何も言えずに見送るしか出来なかった。








その後も、ブリューゲルは周囲の賛同を得て、ついには若くして帝国議会に意見を言えるほどの立場となった。

代々皇帝陛下に仕える由緒ある家柄という地位と、その誠実な人柄ゆえの周囲の信頼が、

表沙汰に葬れず、彼の身を護っていたのだろう。


もちろん、それを快く思わない者もいた。

幾度と無く命を狙われる機会もあったが、彼自身が腕のある魔法騎士だった事に加えて

暗殺を阻む2つの存在が見え隠れしていた。



実際、帝国の近頃の侵略遠征では大した成果も挙げられず、人員と労力を浪費してばかりで

侵略を推進する強硬派はもっぱら批判の種となっていた。

帝国議会の世論の風向きは、完全にブリューゲルに対して追い風であった。






しかし、事件は起こる。



カーディレット帝国の皇帝が急逝したのだ。

後継者となるのは、まだ弱冠11歳の皇子であった。

不安定な国政をまとめなければならない中、次の国の舵取りを任される摂政を決める一大事。

国の情勢は大きく乱れることになる。









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