捕虜としては異例の、幼い少年を連れ帰ったフォルクマール。
遠征から帝国へ戻ると、上司である上級将校が厳しく問い詰める。
「貴様、こんな小さな子供を連れ帰るとは、何を考えているんだ!
ここはお遊戯場じゃないんだぞ!」
周囲にいる他の幹部候補生たちがにやにや笑って眺めていたが、
そんな様子を気にも留めずにフォルクマールは毅然として答える。
「勿論承知しております。
この少年は今はか弱いですが、とても大きな戦力を秘めた存在。
私が育て上げてご覧に入れます」
捕虜として連れて来られた者は、奴隷として厳しい労働が課される。
過酷な労働の末に、過労で息絶える者は少なくない。
しかし、この少年は精霊使いとしての素質を秘めている。
ただの労働力として使い潰されるには、あまりにも惜しい。
そこで、フォルクマールは自分が引き取って育てると進言したのだ。
……とは言ったものの。
幼い子供と過ごした事など、フォルクマールにはひと時とて無かった。
「ファルチェ、貴方子育てした事ありませんか?」
「馬鹿言わないで頂戴、あるわけ無いでしょ」
予想はしていたが、あっさりファルチェに一蹴される。
大粒の涙を目に浮かべ、今にも泣き出しそうな赤毛の少年を前にして
フォルクマールは頭を悩ませた。
「まず、名前が分からない事には始まりませんね…
貴方の名前は?」
椅子に座ってもらい目線を合わせて、赤毛の少年に穏やかに問いかける。
「………………リツ」
暫くの間もごもご口ごもり、少年は自分の名前をようやく口にした。
「教えてくれて感謝します、リツ。
突然ですが、貴方はここで暮らさなければならなくなりました… 分かりますか?」
無言で頷くリツ。
「私が、今後貴方をお世話します。私の名前はフォルクマール。覚えてくださいね」
再び無言で頷く。
隣で、はらはらしながら、少年の守護精霊が見守っていた。
「そういえば、貴方の名前を聞いていませんでしたね?」
ふと気付いて、フォルクマールが話しかける。
「…教える義理はありませんが」
不審そうに怯えた目つきで警戒する精霊に、苦笑するフォルクマール。
「この子を今後育てていくのですから、一緒にいる貴方の名前も覚えておかないと
何かと不便でしょう?」
すると、それまでずっと口を閉ざしていた少年が、にわかにぱぁっと目を輝かせて
フォルクマールに話しかけた。
「……ヴァンパのことみえるの?」
「ヴァンパ?」
「私の名前です…… 正確に言いますと、ヴァンパータと申します。」
「そうですか…… 教えて頂き、有難うございます」
きらきらした眼差しを向けるリツを背に、驚いてフォルクマールはヴァンパータに話しかける。
「随分急に様子が変わりましたね…?」
「この子は、周囲に誰も精霊使いが居ない環境の中で育ってきたのです。
家族にも理解されず、その力所以に迫害されていたと言っても過言では無いでしょう」
「なるほど……」
家族にすら受け入れられないとは。
自分以外の精霊使いの境遇の痛々しさを、改めて感じ取ったフォルクマールだった。
まずこの国の者たちに、如何に精霊使いが重要な存在であるかを理解して貰う事が
重要だとフォルクマールは感じていた。
そうすれば今まで蔑まれていた精霊使いの地位は向上し、迫害されなくて済むだろうと。
その為に、この幼い少年を教育し、優秀な帝国軍人として育て上げる。
それがフォルクマールの最優先課題となった。
リツという少年は、とても聞き分けがよく素直であった。
言われた事はその通りこなし、物覚えも大変良い。
魔法の使い方、精霊とのコミュニケーションの仕方、武器の使い方など戦う為の手段に加え
行儀作法、礼儀なども事細かに教えていった。
ただ、素直に言う事は聞くが、自分の感情をあまり表に出そうとする事がなく
わがままやだだっこなど、この年特有の自由奔放な様子が全く見当たらない。
勿論、身内ではないフォルクマールには、未だに恐れを抱いているのだろう。
抱っこのひとつなど、せがむことなどは決して無かった。
フォルクマール自身、家族に愛情を持って育てられた訳ではない。
常に周囲の様子を伺い、自分をコントロールする術を自然に身につけたが
自分の感情をどう表現していいかよく分からず、心から笑うという事が無かった。
リツ少年にも、どこか壁を一枚隔てたような接し方で、家族と言うよりかは教官のような接し方であり、
子供に対してどのように接すればいいのか、格闘する毎日だった。
ある日、リツ少年が外遊びをしていると、小さなてんとうむしを見つける。
常に不安定な天候で、日差しも少ない中、野外で生き物を見つけるのはとても珍しいことだ。
まじまじともの珍しそうにてんとうむしを眺めるリツ少年。
ふと、手を伸ばし、ちいさな手のひらでそっと、潰さないようにてんとうむしを包み込む。
「とった!」
意気揚々と、真っ先に見せようとリツ少年が駆けつけたのは。
ちょうど会議を終えて、中庭を歩いていたフォルクマールだった。
「……? リツ、どうしました?」
おずおずと、ふくらんだ手のひらを差し出すリツ少年。
訝るフォルクマールの目の前で、そっと手のひらを開くと、小さなてんとうむしがふるえていた。
きらきらした眼差しで、リツ少年はフォルクマールを見上げていた。
しかし、フォルクマールは厳しい面持ちでリツ少年に言った。
「リツ、生き物をむやみやたらに捕まえてはいけません。生き物は自然にいることが一番いいのですよ」
そう諭すと、リツ少年はきらきらした眼差しを地に落とし、しゅんと気落ちする。
そしてとぼとぼと、フォルクマールを背に歩き去ろうとする。
「……可哀想じゃない、あんなに得意になって持ってきてくれたのに」
さみしそうなリツ少年の背中を見ながら、ファルチェがこっそり耳打ちする。
はっと気付いて、フォルクマールはリツ少年に歩み寄り、珍しくふわっと頭を撫でた。
その感触に驚いて、リツ少年がばっと振り返る。
「すみませんでした、リツ…… てんとうむし、珍しいから見せてくれたのですね…?
こんな中、よく見つけましたね。ありがとう」
そうフォルクマールが言うと、再び雲間から陽が差し込むように、きらきらとした眼差しを取り戻すリツ。
笑顔こそならなかったが、褒められたのがよほど嬉しかったのだろう。こくこくと何度もうなずいていた。
「ぷっ! 素直でかーわいいわねぇ」
そんな2人の様子に、くすくす笑いを堪え切れず吹き出すファルチェ。
すると、それまで震えていたてんとうむしがぱっと突然飛び立った。
てんとうむしを見送りながら、フォルクマールがリツ少年にそっと呟く。
「……貴方も、今は捕らわれの身ですが、辛抱するのですよ。
いずれ力をつけて、自分の力で自由を掴み取りなさい」
言葉の意味こそまだ分からないながらも、リツ少年はまっすぐ飛び立ったてんとうむしを
フォルクマールと並んでいつまでも見送っていた。
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