カーディレット帝国軍の遠征は、隣接する大陸から大陸へ広がりつつあった。
フォルクマールも帝国の青年将校のひとりとして戦地へ赴き、その様子を嫌という程眼に焼きつけてきた。
戦地の悲惨さはもちろんの事、その中でとりわけ酷かったのは、捕虜の扱いである。
捕虜として捕らえられた者のうち、力のあるものは兵役や労働に駆り出され、老人や女子供は皆殺しとされ
その有り様は、残虐極まりないものであった。
ある時は生きたまま火をつけられ、あるいは重りをくくりつけられて水に沈められる。
同じ人間とは思えぬ扱いに、目を覆いたくなる様だった。
だからといって、無残に殺される捕虜たちを助けられるような力量も立ち位置も、フォルクマールは持っていなかった。
「力の無いものは、ただ戦争に翻弄されるだけなのですね……」
戦火で焼け焦げ、燻った何も無い荒野に立ち、無常な有り様にそっと目を閉じる。
かつて自らも、戦争のために敵国に身を売られた。
このような事は、戦争が続く度に繰り返されてしまうのか。
空虚な灰色の空の下、フォルクマールはぎゅっと拳を握り締めた。
この日も、いつもと同じように辺境の村に襲撃をかけていた。
略奪され、火をつけられ燃え盛る家並みの中を歩いていると、
ひときわ大きな声で泣きじゃくっている赤毛の少年がいた。
少年の目の前には、銃剣に貫かれて血まみれになった両親らしき姿があった。
今しがたその子の両親を貫いたであろう、銃剣を手にした帝国兵たちがぼやいていた。
「あーあ… ガキは面倒なんだよなぁ。
役にたたねぇし、かーちゃんかーちゃんって喚き声は人一倍ウルセーし。」
大事な母を失い悲しみにくれる少年の目の前で、全く罪の意識を見出せないその態度に
フォルクマールは全身の血が遡る思いがした。
しかしその時。
そんな怒りをも忘れさせるような出来事があった。
泣き喚く少年の傍に、赤毛の異国の出で立ちをした女性の姿があった。
輪郭がおぼろげなその姿は、間違いなく精霊であった。
少年に寄り添い、必死に護ろうとしている。
この少年はエレメンタラーか、そうフォルクマールが気付いた次の瞬間
帝国兵2人は銃剣を構えて、少年の心臓と喉笛めがけて振り下ろす。
少年と精霊が目を開けると、目の前には首をはねられた帝国兵が並んで事切れていた。
帝国兵の前で返り血を浴びて立ち尽くしていたのは、三日月の弧を描いた剣を持つ
冷徹な表情のフォルクマールであった。
「あ、貴方はいったい…?」
恐る恐る赤毛の精霊が問いかけると、心ここにあらずといった面持ちで
フォルクマールは剣を下ろし、少年と目線を同じにする。
少年はびくっと肩を震わせて、ぎゅっと目をつむり、再び頭を抱えて震えて縮こまる。
「精霊使いですか…… 初めてみました…
ちゃんと存在するのですね……」
遠い目で、少年の髪をふわっと撫でる。
その柔らかな感触に気付いたのか、泣き続けていた少年はそっと目を開ける。
一瞬少年の青い瞳と視線を合わせるが、その無垢であどけない瞳を見ると
すぐにフォルクマールは目を伏せて視線を外す。いや、外さざるを得なくなったのだ。
「忘れてしまいなさい… この日の悲しみは全て……」
少年の額に触れ、そっと優しく呟くと、幻惑魔法の一種である忘却魔法をかけた。
柔らかな月のような光にまどろみ、少年は再び目を閉じ、深い眠りについた。
抱えあげようとすると、傍に居た赤毛の精霊がきっと睨む。
「マスターをどうする気ですか…!」
わずかに抵抗しようとするが、その精霊は大分傷つき、動けずにいた。
「安心してください。この子の命は保障します。
……貴方のその傷、昨日今日ついたものではありませんね」
フォルクマールの言葉にはっと気付くと、慌てて精霊は傷を隠した。
精霊が傷つくということは、主である少年が受けてきた仕打ちを物語っている。
それは、帝国が攻め込む前からつけられてきた心の傷なのだろう。
「この世の中は、精霊にとっても、精霊使いにとっても、住みにくい世の中なのですね…」
「貴方も、精霊使いなのですか?」
「どうやら、そのようですね…… しかし慈しむべき精霊を、私は忘れてしまったようですが」
精霊の問いかけに、フォルクマールは苦笑いする。
守護精霊を見ることの出来ない自分もまた、精霊の恩恵を忘れてしまっているのだろう。
思わず助けてしまった、自分と同じ精霊使いの幼い少年。
そこに置き去りにする事も出来ず、警戒する彼の守護精霊を背に、フォルクマールは少年を抱えて歩き出す。
→ Next Page