マロンをはじめ、ユーリ、そして怪我を負ったリツとウォルターはそれぞれパイヴィッキとマーキスに支えられ

グスタフたちに連行され、帝国軍の独房内へと連れていかれた。


「勇敢な少女のたっての願いだ、貴様らの妨害は不問としてやろう。

 但し、この中で暫く監禁させて貰うがな。 せいぜい己の力不足を悔やむがいい」


そう言って、グスタフは反乱を起こした4人の精霊使いたちとユーリを独房へ放り込み、鉄格子を閉めた。


「マロン殿は、我々と一緒に来て貰おう」


ユーリたちと比較してやけに丁寧に接するグスタフの命令に、マロンは大人しく頷く。

心配そうに独房の鉄格子の隙間から彼女を見上げる5人に、マロンは穏やかに微笑んだ。


「心配しないでね……私なら、大丈夫だから」


そう言うと、グスタフに連れられて独房の階段を上って連れられ、姿が見えなくなった。








「また、ここに戻ってきちまったか……」


マーキスがそう呟く。 暗くて狭い独房の中、黙したまま、誰も何も言えなかった。


「ごめん、ユーリおじさん……護るどころか、俺たちのせいで、マロンをあいつらに……!」

独房の壁を、拳で強く殴りつける。

パイヴィッキも、彼女に肩の傷に包帯を巻いて貰っているウォルターも、一言も離さずにずっとどこか1点を見つめ続けている。

リツも、心ここに在らずといった様子でそっと呟く。


「……俺のせいだ。思い上がりも甚だしい。この力で、何かできると錯覚していた……

 だが、俺はまだまだ力不足だった。なのに、何かできると思い込み、お前たちを巻き込んでしまった。

 その代償が、この有り様だ……あの優しい少女は俺たちの命と引き換えに、その身を自ら差し出してくれた……

 俺たちは、助けて貰ってしまったんだ。 不覚な事だ……本当にすまない……」


マロンの事を思い、後悔し、リツは涙を流した。ユーリは首を横にふるふると振って答える。


「君たちのせいじゃない。いや、寧ろ絶対的な劣勢の中、私たちを懸命に逃がそうとしてくれて、本当にありがとう……

 あの子は昔からいつも、誰かの為に、何かをしてあげたいと思うような子だった。

 誰かを犠牲にして貰ってまで、逃げたいと思うような子じゃないよ……無論、私もね。


 だけど……だけど、どうしてあの子なんだ……出来るものならば、私が代わってやりたいよ……」


感情を抑える事が出来ず、ユーリは震える両の手で目を覆う。

マロンがこれから遭う事を思うと、パイヴィッキも声が震えた。


「私たちも、同じ思いです…… 人工精霊使いの実験は、それはもう、非道いものです……

 それに……さっき、グスタフ将軍が言っていた事も気になります。

 マロンちゃんが、マーキス兄さんの怪我を治したあの力……悪用されれば、とんでもない事になるわ。

 自分の力で、大勢の人が半永久的に戦わせられるなんて……そんなの絶対、マロンちゃん嫌がるに決まってる……!!

 あぁ、私たち、これからどうしたらいいのかしら……」







一方マロンは、グスタフに連れられ、様々な機械が置かれてある技術研究部の実験室へとやってきた。

その場には、大勢の研究者や技術者たちの中、クローチェ博士やデルタ博士、そしてその中にはブロンデー博士の姿もあった。

重要な実験であるため、開発に関わる研究者たちが今回は派閥を超えて集められていたのだ。


働きづめで身なりもくたくたになり、我を忘れかけていたブロンデー博士だったが、

マロンが連れられてやってくると、見たことある少女の姿に博士は驚きを隠せなかった。

それが、博士を少し正気に戻したのだった。



「今回の実験の対象者というのは……この娘の事か? この娘は、確かユーリの1人娘では……?」


グスタフ将軍は、博士のそんな様子に気付くことなく、淡々と説明する。


「研究者の諸君。この娘が、木の精霊を宿す少女だ。

 我が帝国に緑の豊穣をもたらすのは、皇帝陛下の悲願でもある。

 この少女の力をもってして、それを成し遂げるのだ!!」


前に立たされたマロンは、これから何をされるのか、ただ淡々とした表情でその場に立ち続けている。


「まぁ、とても可愛らしい子ですこと。そして、勇気もあるのね。

 いえ……愚かとも言うべきかしら。 こんなところにやってきても、涙一つ流さないわ?

 ここがどういう所なのか、まだ分からないのは幸せな事ね……」


マロンをしげしげと眺めて、皮肉をたっぷり込めてクローチェは彼女を称賛する。

クローチェから刺々しい言葉を突きつけられても、決して涙を流すことなく、マロンはその場に立ち続けていた。



「ところで、フォルクマール殿はどこじゃ? 精霊使いの実験には、彼も大きく関わっておるのだが」


いつも実験の様子を見守っている彼の不在を、ブロンデー博士が訝しんで兵士たちに尋ねる。

「それが、連絡がつかないのです。 どこに行かれたのか、我々も分からずじまいで。」

「構わないだろう。我々研究者がここに集っていれば、問題あるまい。

 早速実験を始めよう。皇帝陛下が成果をお待ちだ」


無駄口を一切叩かず、事務的にデルタは実験を進めようと部下たちに指示を出す。

些かの不安を感じるものの、彼を待っている訳にもいかず、準備を始めざるを得なかった。





白衣を着た研究者たちが、マロンを実験台へと連れていく。

実験台に横になった彼女に、その身体にたくさんの電極やセンサーをつけていく。

ブロンデー博士は、そんな様子のマロンを、傍で指示を出しながら複雑な表情で見ていた。


ふと、マロンは、自分をじっと見つめているブロンデー博士の様子に気が付く。



「貴方は、もしかして、ブロンデー博士……?」


「……こんなところで、会いとうはなかったな、マロン……」



人工精霊使いの実験が加速していく中、ブロンデー博士とユーリの間には、次第に距離が出来ていた。

実験の成果を求めるようになり、孤児たちに苛烈な実験を重ねていく博士と、

娘が生まれて、子供たちをより大事に思うユーリとの間には、少しずつ疑念と隔たりが生まれ

互いに話さなくなっていったのだった。


その為、ブロンデー博士はユーリやマロンとは暫く会っていなかった。それが、こんな形で再会してしまうとは。



他の研究者たちは、実験の準備の為、センサー類をつけると2人の傍から離れた。

ブロンデー博士は、そっとマロンに問いかける。


「これから行われる実験については、知っておるか……?」


「うん…… グスタフ将軍が私を連行する時に、話していたのを聞いたよ……

 私を依り代にして、木の精霊たちを操るって……その魔力を利用して、兵士たちの傷を治すって、ね。」


「そうじゃ。フロレアールの国から受けた技術で、人を精霊の依り代とする実験じゃ。

 お主は、生きたまま、半永久的に力を搾り取られ、操られる。お主の力で強制的に傷を治された兵士たちもな。

 人工精霊使いの実験なんかよりも、もっと残酷な事が繰り返されていこうとしている。

 ようもそんな技術を考えついたものよ……悪魔のような所業じゃ……

 尤もその技術は、ワシが開発した技術の延長線上に存在する。開発者であるワシが、そんな事を言える立場じゃないがの。

 まさか、お主がその被験者に選ばれてしまうとは……」


博士が実験の概要を今一度説明すると、マロンは何も言わずにただ黙って聞いている。



実験の準備を進めながら、ブロンデー博士は悲しそうに言う。


「すまぬ、マロン。ワシが進めた人工精霊使いの実験が、こんな事になり、お主をも巻き込む事になってしまうとは……

 謝っても謝り切れぬわい……」


「博士……」


ブロンデー博士が実験に対して快く思っていない事が分かると、それがマロンにとって、少し救いとなったのだった。



「博士が開発した力のおかげで、生きていけるようになった人だっているんでしょう……?

 私も、ここに来るまで、孤児院のお兄ちゃんたちに助けてもらったの。

 お兄ちゃんたちは、博士が開発してくれた力で、私を護る為に必死に戦ってくれたのよ。

 ……今度は、私がみんなを護る番なの」


ゆっくりと答えるマロンの言葉が、いつかどこかで聞いた誰かの言葉と重なり、ブロンデー博士の目に涙が浮かんでくる。

瞼を瞬くと、その眼に涙が光る。機械の盤上に置いた両手が震えた。



「お主といい……かの者といい……どうして皆、優しい者ばかりが辛い目に遇うのじゃ……

 お主に、こんな残酷な実験など、ワシは正直しとうない……」



ブロンデー博士は、かつて、同志が引きずられていく様子を、ただ見ている事しか出来なかった記憶を思い出し

目の前で繰り返されようとしている光景に、己の無力と、後悔と、絶望を、思い知らされる。

しかしマロンは、今まさに己の身に起ころうとしている事も顧みず、博士を赦し、その皺だらけの手を取り、優しくそっと語りかける。



「博士、どうか泣かないで……

 この実験は大事な実験でしょ? 実験をしなければ、博士が罰を受けちゃうよ……心配しないで。私は大丈夫。


 ……その事で、実はひとつ、博士にお願いがあるの……

 博士にしか、出来ない事なの」


マロンは静かな声で、ブロンデー博士に自分の願いをそっと告げた。







実験の準備が終わり、いよいよスイッチを入れる時が来た。

装置を幾重に取り付けて、まるで蜘蛛の巣にがんじがらめに捕らえられたようなマロンの前に暫くブロンデー博士は佇んでいたが、

彼女の手を握りしめ、涙を拭い、その場を離れた。



「準備は整った。電源を入れようぞ」



博士の合図に、スイッチのレバーが引かれ、機械は不気味な音を立てて動き出す。

雷の力が回路を通し、マロンに流れ込んでいく。

その隣でそっと、精霊たちにしか聞こえない言葉で、誰にも気付かれないように、ブロンデー博士は何かを告げた。




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ブリューゲルは、実験棟に大急ぎで向かっていた。


戻ってきたウツセミから、事の詳細を伝えられる。

爆発現場からリツたちを連れ出した後、森で敵と対峙するマーキスらを見つけると

ウツセミは表に出る事が出来ず、陰から見守るしか出来なかったのだ。


リツたちの前に立ち塞がったのは、グスタフ将軍。

彼は帝国の裏側で諜報部のトップとして暗躍するエドワード皇子の配下だと、ブリューゲルたちは独自の調査で掴んでいた。

グスタフ将軍を目の前にして、諜報活動の要であるテレポート能力を曝け出す訳にはいかない。


戦闘の末、彼らがグスタフに捕らえられると、ウツセミは急いでブリューゲルに知らせに行ったのだった。




実験棟に辿り着くと、研究者たち、実験に立ち会っていた上層部の人間らが騒然としている。


「どこか手違いは無かったのか?! 確認しろ!!」

「こんな筈は……こんな筈は無い!! 研究と実験を重ねて設計したんだ!!」

「責任者は誰だ!! 責任者を呼べ!!」


ごった返す中、ひっそりと立ち尽くしていたのは、ブリューゲルがかつて話を交えた人物。


「ブロンデー博士!! この騒ぎは一体……?!」


駆けつけたブリューゲルが問い質す前に、その目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。





博士の目の前で物言わず横たわっているのは、冷たくなったマロンの姿だった。

まだ時間が経って間もないのか、顔には血の気が残っていたが、その眼は開く事なく、伏していた。


「実験は失敗じゃ」


そう話すブロンデー博士の眼は、虚ろな色をしていた。

心ここに在らず、虚空の彼方を眺めるような眼差しで、ぼんやりとマロンの遺骸の隣で立ち尽くす。



「ワシが彼女を殺したのも同然じゃ……罵るならば罵るがいいぞ」


ブロンデー博士の口調は、悲しみで嘆く事もなく、怒りで声を荒げる事もなく、ただ淡々としたものだった。

感情の灯らない博士の言葉を耳にすると同時に、ブリューゲルは突然博士に掴みかかる。


「彼女を……マロンを、見殺しはおろか、貴方がその手で葬ったのですか?! 実験という名目で?!」

「そうだ」

「なんて事を……!!」


信じられない、いや、信じたくない事実を突きつけられ、博士の襟を掴んでいた手を離して、ブリューゲルはその場に立ち尽くす。

そして、両手で顔を覆い、涙を流した。


「貴方は、そんな事をするような人じゃないと信じていました……いや、私は、そう信じたかった。

 何故です……何故このような非道な事を……」


伏して涙を流すブリューゲルに、視線を向けることなくブロンデー博士は今にも雨の降りだしそうな暗い空を見上げた。


「ワシは弱い愚か者よ……故に抗う事さえ出来ず、彼女を見殺しにする事しか出来なかった。

 これが、この国の現実なのじゃ……大事な者がいとも簡単に、国の為という名目で、まるで消耗品のように狩り出されていく。

 己の手で、それをさせられる事となる。

 この国を変えない限り、このような事が永遠に続くのじゃ……


 優しい心をした若者よ、お主はこの現実をどう思う……?」



ブリューゲルがその答えに応じる前に、幾人かの帝国兵と、グスタフ将軍、クレメンス将軍が、ブロンデー博士の前にやってくる。


「ブロンデー博士。今回の実験の総責任者として、この責任を取って貰いましょう。

 あの少女は、貴重な被検体だったのよ。この国で、いや、他の国の捕虜たちを総動員しても、見つかるか否かの逸材。

 それをダメにしてしまった…… 貴方の責任は、重いわよ」


ブロンデー博士の前に、クレメンス将軍は険しい表情を浮かべて威圧した。


「研究者としての、貴方の権限を剥奪します。……当然よね、大事な実験をオジャンにしてしまったんですもの。

 連れて行きなさい。」


クレメンス将軍が冷たく言い放つと、帝国兵は重い鉄の手錠をブロンデー博士にかけ、その身を引きずって連れて行った。



「一体どこが間違ったというんだ……あの回路、装置は全て完璧だった筈……」


茫然と立ち尽くしているデルタ博士に、クローチェ博士はため息をついて叱咤する。


「アンタ、全くバカね。詰めが甘かったのよ。ブロンデー博士が全部被ってくれて、ラッキーだったじゃない。

 成功して出世したかったら、もっとちゃんとする事ね」


「しかし、この実験が失敗に終わってしまっては……もうあの少女の代わりは見つからないのではないか?」

「いえ、こうなる事も一応、予想の範疇には入れてあるわ。ちゃんと考えてあるわよ、そうなった時のスペアがね。」


グスタフ将軍の質問に、クレメンス将軍は答えた。背筋が凍るような、恐ろしい答えを。


その言葉に、ブリューゲルは胸がざわついた。




「父親のユーリ軍佐よ」





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