「リツ!!」
「ほぉ……貴様は確か、天然精霊使いの『青い炎の使い手』だったな」
グスタフはマーキスから離れると、じっとまるで観察するように、興味の色を浮かべてリツを見据えた。
右手を構えたまま、リツは怒りを込めてグスタフを見つめ続けていた。
「そこを動くな。動くとお前を丸焼きにするぞ」
「大層な自信だ。だが、注意を向けるのは私だけにしない方がいいぞ」
そういうが早く、ラズィーヤとシンの2人がリツに向かって飛び掛かる。
しかし、彼らの刃がリツに届く前に、2人の脚を地面から突然現れた氷の柱が凍り付け、動けなくした。
「そのセリフ、そっくりそのままお前に返してやるぜ」
リツの後ろから、ゆっくりと、しかし地面をしっかり踏みしめてやってきたのは、
いつものように冷静な表情をしたウォルターだった。
「へっ……遅かったじゃねーかよ」
「すまねぇな。ちっと野暮用を済ませててな」
倒れていたマーキスに、ウォルターは手を差し出して引っ張り起こす。
マーキスは起こして貰うと、彼にしか聞こえない小さな声で呟いた。
「……危ない所だった。ありがとよ」
「あぁ……どういった状況なんだ、これは」
何故シンがこの場所にいるのか腑に落ちないウォルターが尋ねると、マーキスは苦い顔をして答える。
「追手としてグスタフ将軍が、腹心のラズィーヤって奴と一緒にシンを連れてきやがったんだ。
おかげで、戦いにくいったらねーよ。 3人とも鬼のように強いしな。
そういうお前たちは、例の話、上手くいったのか?」
「……残念だが、2人ともダメだった。助けの見込みはない。
俺たちだけでなんとかユーリおじさんとマロンを助けるしかねぇな。
……まぁ、ここに来るまでも、俺たちも助けて貰ったんだがな……」
「あぁ? 誰にだよそりゃ?」
マーキスは素っ頓狂な声を上げる。
「渡しに舟というか、なんというか…… その、まぁ、運がついてたんだよ。」
グスタフを目の前にして、ウォルターは言葉を濁らせる。 協力者を彼らに覚られるわけにはいかない。
「さぁ。お前の腰巾着たちはこれで動けねぇ。
お前も、妙な動きをしたら、青い炎の使い手サンの手によって、消し炭になっちまうな。……どうする?」
ラズィーヤとシンを氷で文字通り足止めしたウォルターは、グスタフに向かって問いかけた。
「ユーリとマロンには、手を出させない。
お前たちは、皇帝の為とその権力を傘に、罪のない子供たちを兵士に仕立て上げ、争いを増やそうとしている。
これ以上のお前たちの横暴に、俺たちはただ黙って見ている訳にはいかないんだ」
静かに深く蒼く灯る焔を掌に宿らせて、凛とした決意をその眼に浮かべ、リツはグスタフの前に立ち塞がる。
かつて多くの者を屠ってきた非道な焔は、己が従わざるを得なかったその相手に、帝国に向かって、今放たれようとしていた。
それはまるで、今までの自分との決別のように。
しかしグスタフは、帝国軍内でその名を知らないとまで言われる青の炎を目の前にしても、一向に怯まずに悠然と構えていた。
「この私を脅すというのか。 一介の一般兵ごときが、そんな事が許されると思っているのか」
「この状況が見えねぇのか? お前らは他の人工精霊使いたちを置いて、単独でこの場にいるんだろ?
言わば孤立無援だ。こんな状況で身分もくそもねぇよ。俺たちがお前を潰してしまえば、お上にも報告はいかねぇだろ」
強気な発言を繰り返すウォルター。
確かに、2人の雷使いは氷の枷で動けず、実質4対1で、状況はリツたちにとって優勢のように見えた。
しかしそんな彼に、グスタフは全く顔色を変える事も無く、冷たい眼差しで射抜くように見下す。
「お前たちが私を潰す、か。 甘く見られたものだな……」
すると、目にも止まらない速さでリツの目の前に迫ったかと思うと、
彼が魔法を繰り出す前に、剣の束でみぞおちを強打する。
「か……はぁ……ッっ!!」
強烈な一撃を不意に喰らい、リツは口から血を吐きだした。あまりの衝撃で、意識が薄らぐ。
「な…っ?!」
ウォルターは応戦しようとアイスピックを手に滑り込ませ、グスタフの背後に迫るが
それを軽くかわし、逆にウォルターの腕を掴んだかと思うと、あらぬ方向に捻じ曲げる。
骨の折れる、鈍い音が暗い森に響いた。
更に追い打ちをかけるように、反対の左肩を、剣の鋭い切っ先で容赦なく貫く。
「ぐぁぁぁぁ!!!」
利き腕を折られ、肩を貫かれ、激しい痛みにウォルターはその場に倒れこみ悶絶する。
あっという間に形勢は逆転してしまう。
「何故私が援軍を必要としないか分かるか……貴様らごときに、必要などないからだ。
精霊魔法にかまけて、全く戦闘の基礎がなっていない……愚かな思い上がりが。
貴様らがラズィーヤを少しでも足止め出来たのは、軍が与えた精霊魔法のおかげだ」
グスタフの瞳は、まるで虫けらでも見下すかのように冷たい色をしていた。
まさにその姿は、鬼人そのものだった。
いつもラズィーヤを引き連れている姿から、彼を足掛かりに地位をのし上げたと思っていたのは
とんでもない間違いだった。
グスタフはもともと歴戦の軍人の家系。その実力は折り紙付きだった。
ただ貴族でない故に将軍の地位を今まで手に入れられなかっただけで、今回の実験に名乗りを上げ
その実績から、念願の将軍職にまで上り詰めた男だった。
リツもウォルターたちも、彼に比べればまだ若く、実戦経験などまだまだ少なく、実力に雲泥の差があるのは当然だった。
グスタフは倒れた2人に近づくと、とどめを刺すことなく、その場を通り過ぎた。
そして、ラズィーヤとシンに近づくと、その顔を思い切り、音がする程の力で殴りつけた。
「愚か者どもめ! 戦闘にはいかなる時も、注意を怠るなと言った筈だ」
何も物言わぬ2人に、構わずグスタフは拳を返り血で染め上げて、殴り続ける。
その様子に、マーキスは思わず叫んだ。
「な……あんた、何やってんだよ!? やめろよ!!」
「教育だ」
「教育……って、これのどこがだよ!?」
「同じ失敗を繰り返さない為には、失敗を恐れる程の罰を与えるのが一番有効だ」
グスタフは全く意に介さない様子で答える。
「何だと……ふざけんなよ……!!
この精霊使い……ずっとこいつの傍で、こんな仕打ちを受け続けてきたのかよ……?!」
暗い森の中、鈍い拳の音が響き渡り続けた。
パイヴィッキはその様子を直視できず、両手で目を覆い、嗚咽の声をもらす。
ユーリはマロンを抱きしめ、彼女の耳をずっと抑え続けている。
目の前の悲惨な光景に、目を見開き、マロンは思わず呟いた。
「お父様……これが、この国の姿なの……? 皆、こうなの……?」
ユーリは何も答えられず、顔を背ける事しか出来なかった。
グスタフの蛮行への怒りと、ラズィーヤたちへの仕打ちのあまりの惨さに、マーキスは両腕を地面につけて、涙声で叫ぶ。
「やめろよ……頼むから…………もうやめてくれよ……!!」
するとようやく、グスタフはその手を止めた。
そして、ラズィーヤとシンに向かって、この上無く非道な事を言いつけたのだった。
「そうだな……この2人の始末は、お前たちがつけろ」
氷の拘束もすっかり溶け去り、自らの脚で動けるようになった2人の目の前に
うずくまったまま抵抗する力すら残っていないリツとウォルターを、彼らの襟首を引っ張って連れてきて転がした。
「嘘だろ……同じ孤児同士じゃねーか……やめろ、あいつらにそんな事させんじゃねぇ!!」
マーキスの叫びも空しく、ラズィーヤとシンは虚ろな目のままグスタフの命令に従い、
リツとウォルターに向かって刃を振り下ろそうとする。
駄目だ、今から止めようとしても、間に合わない。
刃が今まさに2人を裂こうとした、その時。
「もういいわ……お願い、もうやめて!!!」
マロンの叫び声が、森中に響き渡った。
その声に、間一髪の所でラズィーヤたちは刃を止めた。
皆の視線がマロンに集まる。
「お願いです……もう、これ以上、みんなを傷つけないでください。
私が、代わりに実験に参ります。それで、どうか彼らを許してください!」
凛とした決意を浮かべて、マロンはグスタフ将軍に訴えた。
「マロン、駄目だ!!」
「そうよ、マロンちゃん……そんなの絶対ダメよ!!」
止めようとするマーキスとパイヴィッキに、マロンは涙を滲ませて皆を振り返った。
「ごめんなさい。お父様や皆様が私を懸命に護ろうとして下さっているのは、よく分かっているつもりです。
でも、嫌なの……もう、これ以上、みんなが傷つくのは……傷つけあうのは……」
「ほぅ……。君は来てくれるというのかね。」
マロンの決意に、グスタフは感心そうに答えた。
「但し、私を護ろうとしてくれた彼らを、一切罪に問わない事を約束してください。」
「それは難しいな。軍の命令を無視して勝手に妨害した彼らを、裁かない訳にはいかない」
グスタフがそう答えると、マロンは隠し持っていたナイフを取り出すと、己の首に突きつけた。
「もし、彼らを裁きにかけるというのでしたら、私は貴方には従わず、ここで自分でこの命を終わらせます。
皇帝陛下や国が必要とするこの身、失っても良いのですか」
真剣な眼差しで、マロンはグスタフに訴えた。
ナイフを手にする手は、少しも震えていない。彼女の決意は固いようだ。
すると、グスタフは視線を一度ふっと伏せて、もう一度マロンを正面から見つめる。
「……いいだろう。君の、その命を懸けた願い、聞き届けよう。
マロン・ユーリエヴナ・アルダーノヴァ侯爵家令嬢。 カーディレット帝国皇帝陛下の命により、同行願おう」
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