「はぁ!? 不在だと!! 一体どこ行きやがったんだよ!!」
第17訓練所に、ユーリとマロンを召集しに向かったレオニード達は、彼らが不在だという事を告げられ
苛立ちを隠せずに目の前で対応していた青年に怒鳴ったのだった。
「ですから……今日の孤児たちの食事の材料にする果物や木の実を取りに、敷地外にある森に向かわれました。
突然の召集だった事は、知らなかったのです」
「孤児院の外にある、あの鬱蒼とした森かよ……結構広いな……全く、冗談じゃねぇよ……」
「いずれ戻ってくるでしょうから、どうぞこちらでお休みください」
「言われなくたってそうするさ。チッ!! せいぜい早く戻ってくる事を願うぜ」
訓練所の目の前にどかっと座り、レオニード達は表情を曇らせ、とりあえず待つことにしたのだった。
「……危なかったな。もう少し遅かったら、あいつらに見つかっていた所だったよ」
「良かったわ……リツさんから、ここの近道を教えて貰っておいて」
マロンをおんぶしながら、暗くて険しい森の道の中から第17訓練所をそっと眺めて、マーキスとパイヴィッキは安堵する。
数十分前にマーキスたちは孤児院に辿り着き、ユーリとマロンに事の詳細を伝えたのだった。
ユーリは残された孤児たちへの仕打ちを危惧して、最初逃亡する事に難色を示したが、
彼らの懸命な説得で、マロンを連れて2人と共に逃げ出す事をようやく承諾したのだった。
「あいつの協力も無かったら、どうなってたか分からなかったな。
孤児たちが、とばっちりを喰ってたかもしれなかったよ」
2人が辿り着いたすぐ後に、見慣れない水色の髪をした一般兵がやって来たのだった。
彼は、ユーリと古くから親交のあるブリューゲルの一家に仕える執事だという。
自分が彼らをうまくごまかすから、ユーリたちを連れて逃亡するように促したのだった。
「しかし……私と娘が逃げ出して、本当に良かったのだろうか……」
未だに逃亡に罪悪感を持つユーリに、マーキスが叱咤し、パイヴィッキもそれに頷く。
「おじさん。人工精霊使いの実験がどういうものか、俺たちが一番よく分かってる。
凶暴な精霊を電流を使って無理やり付加させるんだ。あんな実験、マロンに受けさせたくねーよ」
「そうよ……こんな可愛い子に、あんな実験、絶対ダメよ。 本当に、辛いんだから……」
「分かっている。 私だって、マロンをそんな実験には絶対に受けさせたくはないよ……
かと言って、君たちのような孤児たちにその重荷を背負わせておいて、自分の娘の時には逃げ出すなんて……
孤児院を運営する教育教官として、1人の親として、最低だと思ってな……」
「お父様……」
ユーリを心配そうに眺め、マロンは3人に謝ったのだった。
「ごめんなさい。私の為に、皆さまにたくさんご迷惑をかけてしまって……」
「マロン、お前はちっとも悪くねーんだから、気にすんなよ。悪いのは、軍部でのさばってるお偉い連中なんだからよ。
全く、自分が実際に実験を受けて見ろってんだ。なぁ?」
思い詰めた表情をするマロンに、マーキスはにっと笑って元気づけた。
「それに、ユーリおじさん。そいつはお門違いだぜ。
俺たちに親が居ないのは別におじさんのせいじゃないし、寧ろおじさんには俺たちを育てて貰って、本当に感謝してるよ。
……俺さ、おじさんの事、お父さんみたいだなって思ってるんだぜ。
実の子供を護って悪い事なんか何一つ無い。
マロンに、俺たちみたいな思いなんかして欲しくないんだ……だからさ、マロンはユーリおじさんが護ってあげてくれよ。
おじさんは、俺たちが護るからさ。な?」
慣れない事を口にしたのに、マーキスはどこかこそばゆくなって照れた。
「そうよ。親が居ないってね。本当に心細くて寂しいことなんだから。」
パイヴィッキも、マーキスの言葉に同調する。
彼らは孤児故に、親が居ない事の寂しさを誰よりも分かっている。
「2人共……私の我儘をきいてくれて、ありがとう」
ユーリは2人の話をしみじみと聞き、感謝の言葉を述べたのだった。
「貴様の言う通りだ。 貴様らは反逆者として、その身を確保させて貰う」
鬱蒼と木の根が蔓延る森を進む4人の目の前に突然、冷徹な表情の上級上官と思しき人物が現れた。
「誰だ?! くそっ、見つからないように森の中を歩いてたってのに!」
「ユーリさん、マロンちゃん、私たちの後ろに下がって!」
マロンを背中から降ろしてユーリに預け、マーキスは懐から剣を取り出し構える。
パイヴィッキも震えてはいるが、小さなナイフを取り出し、2人を庇って前に立った。
「他の人工精霊使いたちはお前たちにまんまと騙され孤児院に留まったがな。
用心して周囲を捜索して正解だった…… 私の名はグスタフ将軍という。
さぁ、2人の身柄をこちらに渡して貰おうか。
そうすれば、私の将軍の権限で、お前たちの処分は考えてやっても良いが……?」
処分を配慮するという甘い言葉でその上級上官は誘う。
しかし、2人はそれをぐっと拒んだ。
「あいつらを信じるんだ……」
「……うん! きっと、戻ってくるわ……」
そして、グスタフ将軍に向かって言い放つ。
「……上層部の言う事なんか、その都度コロコロ変わって、今まで頼りになった試しなんかねーぜ……
この2人は大事な人たちなんだ。あんたたちの勝手な都合で、使い潰されるわけにはいかねーんだよ!」
「その言葉……反乱と受け止めていいのかな。
これは皇帝陛下直々の命令。
反乱すれば貴様らごとき、簡単に葬り去ることなど出来るのだぞ。」
グスタフ将軍の恐喝にも怯まず、マーキスは叫んだ。
「皇帝陛下を笠にして、好きなように軍を操ってるのはそっちだ……お前たちの方が、反逆罪じゃねーか!」
「あわわ、結構ハッキリ言っちゃった……」
あまりにもはっきりと言う様子に、パイヴィッキは少し不安がる。
そのあまりの無鉄砲な勇ましさに、グスタフ将軍は呆れるように言った。
「無謀な奴よ……いいだろう。処刑台にも送らずに、今ここでお前らを始末してやる。
さぁ、出てこい、お前たち!」
グスタフ将軍が合図すると、後ろに控えていた人工精霊使いが姿を現す。
右隣から現れた1人は、虚ろな表情を浮かべた、まだあどけなさの残る、ふわふわの金髪の少年だった。
「あの子、見た事があるわ……。あんまり私たちと一緒に訓練に参加していないけど、確か極秘訓練を受けている子。
ラズィーヤっていう雷使いよ。 人工精霊使いたちの中でも、特にものすごい魔力を持っているって聞いたわ……」
パイヴィッキがマーキスに耳打ちする。
マーキスも幾度か、冷たい目をした上官に引き連れられていた彼の姿を目撃したことがあった。
心ここに在らずといった表情で、彼が手にした剣は、凄まじい雷撃を帯びていた。
そして、その左隣から現れたのは。
「お……おい、嘘だろ…… お前、何でここにいんだよ!!?」
くるくるのくせっ毛が、強力な電気でばちばち跳ねていたのは、シンの姿だった。
「なに……個人的な興味でね。私が手塩にかけた雷使いと、ブロンデーが自慢する雷使いのどちらが優秀か
比べてみたかったのだよ。 彼は素直で良い子だね。 上官と言えば、ためらいなく従ってくれる」
グスタフはシンの肩に手を置いた。 シンは何も言わずに、じっとこちらを見据えている。
記憶を失くし、善悪の判断がつかない彼の暴走を抑える為に、ブロンデー博士は上官には従う事をとにかくシンに言い続けていた。
それが、こんな形で利用されようとは。マーキスはグスタフの行動に、心底胸糞が悪くなった。
「きったねぇ事しやがる……
いいだろう、お前らの相手はまとめて俺が務めてやるよ」
そう言い、マーキスは鞘から銀色の剣を取り出して構えた。
人工精霊使いたちの中でも、彼らがかなり強力な使い手だという事は、よく分かっていた。
その2人が目の前に並び、パイヴィッキは蒼白になり、カタカタと震えていた。
そんな彼女の様子に、前に立つマーキスはそっと告げる。
「……ヴィッキー、お前はあんまり無茶すんな。 俺の影に隠れてな」
すると彼女は涙目ながらに首を横に何回も振る。
「あたしだって……力になるの!」
きっと睨んで、懐からナイフを取り出すと、小さな刃がきらりと光る。
「貴様らごときが例え束になって相手になった所で、無駄な事だ。
……やれ!!」
グスタフの合図の元、2人の雷の精霊使いは攻撃を開始する。
右からラズィーヤが、左からシンが、それぞれ激しい雷魔法を炸裂してくる。
素早い動きでマーキスとパイヴィッキはそれをかわす。
凄まじい音と共に、雷魔法が落ちた所には、大きな穴が開いた。
それは彼らの魔法の苛烈さを物語っていた。当たったらただじゃ済まないだろう。
「いいか、とにかく逃げまくれ! 相手を撹乱するんだ!」
「わ、分かったわ!」
2人は次々に落ちてくる雷から逃げ続けた。
予想外に素早い2人の動きに、ラズィーヤとシンは追いきれずにいた。
すると、彼らは的をパイヴィッキに絞る。
同時に別方向から、彼女に向かって雷魔法を炸裂しようとした。
「させるかよっ!!」
そこを、マーキスが光線魔法を放ち、2人を妨害する。
光魔法は同じ場所から数か所も攻撃出来る特性を持つ。
放たれた光線はそれぞれ1点を狙い見事に収斂され、間一髪で彼らはそれを避けたが、地面は焦げ岩石は溶けていた。
「ほう……なかなかの腕前だな」
「ったりめーだろ、こっちだって毎日訓練積んでんだよ! 甘く見んな!」
グスタフに向かってマーキスは中指を突き立てる。
距離が離れても威力の衰えない光魔法は彼らの接近を許さず、中距離を保ち続けるのに好都合だった。
その間に、少しでも時間を稼げれば。
マーキスは連続して光線を幾つも放ち、魔法を撃とうとするラズィーヤとシンを妨害し続ける。
「ならば、貴様の方から片付けるとしよう。 彼らの持ち味は精霊魔法だけではないぞ。
ラズィーヤ! 光魔法を使う方から息の根を止めろ!」
グスタフがラズィーヤに向かって呼び掛けると、彼は懐から、大きな諸刃の剣を取り出した。
そして問答無用でマーキスに向かって飛び掛かる。
咄嗟に剣を取り出して応戦するが、剣と剣が拮抗したその時、激しい電流がマーキスを襲う。
「うぁぁぁっッ!!!」
「マーキス!!」
高圧電流に身体を焦がし、マーキスはその場に倒れこんだ。
「剣も金属だ……電流を流すことなど容易い事よ。
尤も、物質に魔力を付加させるのは高等魔法技術。私が鍛えたラズィーヤであるから出来る技だ。」
気を取られたその隙に、シンは取り出した電動回転式カッターで、容赦なくパイヴィッキを切り刻もうとする。
思わず身を屈めてパイヴィッキはうずくまった。
しかし、鋭い刃を受けたのは、彼女ではなく、再び立ち上がったマーキスだった。
刃を受け止めた肩から血飛沫が上がり、円盤状のカッターやシンに跳ね返る。
「なんで……?! あたしを庇ったの……!」
涙を滲ませて問い質すパイヴィッキに、マーキスはにっと笑って答える。
「女の子は傷つけちゃいけねーって、昔から言われてるからな……
おいシン!! おめーなんて事すんだよ!! ユーリおじさんから叱られるぞ!!」
マーキスのその言葉に、一瞬だがシンが反応し、戸惑いの表情を見せた。
「! お前……覚えているのか?」
だが、次の瞬間、その戸惑いを振り払うかのように、もう一度マーキスに向かって電撃を炸裂する。
無防備だったマーキスはまともに電撃を喰らい、その場に倒れた。
「くそ……やっぱ強ぇよ……お前……」
悔しそうにそう呟くマーキス。
状況は絶望的だった。
「相手ももう虫の息に近い。引導を渡してやれ」
グスタフは雷使いの2人にそう命じる。
ナイフを握りしめて震えるパイヴィッキと、倒れているマーキスに、2人は容赦なく電撃を炸裂させようとした。
その時、それまで縮こまっていたマロンが、駆け出してきた。
「だめ! これ以上、お兄ちゃんたちを傷つけないで!!」
両手を広げ、涙を浮かべて、必死に2人を護ろうとする。
すると、不思議な事が起こった。
森の地面から、風にそよぐ木の葉から、開きかけた蕾から、木漏れ日のようにちらちらと瞬く光が
倒れていた2人に集まってきたのだ。
小さく瞬く光は彼らを覆うと、彼らが負った傷がみるみるうちに癒えていったのだ。
「な……なんだこれ?! すっげぇ!!」
肩に負った深手が、あっという間に塞がっていくのを見て、マーキスは驚嘆の声を上げた。
「これって、マロンの力なの……?」
森中の木々が、悲しむ彼女の為に、その生命力を分け与えたのだ。
「お兄ちゃんたち、怪我治った……? 良かったぁ……」
マロンは怪我が治った2人の元に駆けつけ、両腕で精いっぱい飛びついた。
しかし、喜んでいるのも束の間、その様子を見ていたグスタフは驚愕してつぶやいた。
「素晴らしい……豊穣の木の精霊たちを束ねるだけでも希少な存在だというのに……
精霊たちから、生命力を分け与えて貰うとは……
やはり、我々が睨んだ通り、この娘は素晴らしい素質を秘めている……
この能力を軍に利用すれば、例え傷ついても修復し、半永久的に兵士たちを動かす事が出来る。」
「な、なんて酷い事を……!!
そんな事をすれば、自分の意志と関係なく、永遠に兵士たちは戦わせられるわ……!!
人の命を、何だと思っているの!!」
グスタフが思わず漏らした言葉に、パイヴィッキはマロンを抱きしめ、涙ながらに訴える。
「所詮、貴様ら精霊使いなど、この国を偉大にするための1つの駒にすぎん!」
「ヴィッキー、無駄だ……こんな心までも冷たい鉄になった奴なんかには、俺たちの言葉は届かねーよ。
そして、お前みたいな奴らが帝国を動かすようになるだなんて、考えただけで虫唾が走るぜ!」
「戯言を…… どうせ貴様らは、帝国の輝かしい未来など見ることなく、今ここで崩れ去る運命にあるのだ!!」
そう言うと、グスタフは自ら剣を取り、彼らに向かって斬りつけてきた。咄嗟にマーキスが彼らを庇う。
流石歴戦の将校だけあって、剣戟の一撃一撃は激しく容赦がなく、ずしりと重い。次第に押されていく。
なんとか応戦していたが、マーキスは態勢を大きく崩し、その脳天を叩き割られようとした、その時だった。
突然、彼を護るように、深い青色の火柱が立ち上った。
「新手か!!」
グスタフが叫ぶと彼の視線の先には、その青い瞳に怒りを秘めた、リツの姿があったのだった。
→ Next Page