凄まじい爆発音と振動が、上層部のある建物の方から響いてきた事に、

リリアンの部屋から退散してきたジーナとウツセミは気がついた。


「あれは……確か、司令部のある方向では……」

「驚いたね。こんな派手で危ない事をやらかすのは、一体どこのどいつだ?」

「……探りを入れてきましょうか」

「あぁ、頼む。一体どこの差し金だか、ボクらは知っておく必要がある」







一方、爆発の現場近くでは、崩れ落ちる壁や舞い上がった埃、そして立ち上る黒煙で、

周囲は全く見通せない状況だった。


フォルクマールが在室していたのは、司令部にかなり近い部屋であり、

他の将軍たちも何事かと大混乱に陥っていた。



司令部に所属しているリリアンが居た部屋も、この部屋に近い所にあった。

いきなり爆発が起こった事に、流石のウォルターも動揺を隠せずにいた。

直撃こそしなかったが、周囲の壁は爆発の余波で崩れ、煙がもうもうと充満していた。



「何だなんだ……敵国でも攻めてきやがったとでもいうのか……?」


動転する心を落ち着かせ、ウォルターは周囲の状況を冷静に見渡した。

どうやら、複数の敵の気配は感じられない。 爆発の場には、人が殆どいなそうだ。

他の将校たちも、突然の事態に今は硬直して動けずにいるが、そのうちすぐにやってくるだろう。


そんな中、煙に乗ってかすかに焦げたにおいがする。


「まさか……アイツ……」


こんな大規模な爆発、大量の火薬を仕掛けたりしなければ、精霊魔法でもなければ起こせない。

ウォルターは嫌な予感がして、爆発の中心部へと急ぐ。


その場にいるだけでも、余波の熱風で肌が焼けるようだ。吸い込むだけで気道が痛い。思わず腕で口元を覆う。

爆発の熱波で熱せられたばかりの地面は、摂氏1000度近くにもなっており、

帝国軍支給の軍用鉄底ブーツでも、灼熱を帯びた地面はとても踏めたものではない。

だからまだ、爆発の中心地へと詳細を知りに、誰も到達出来てはいなかった。



しかし、ウォルターは違う。

彼が獲得しているのは、氷の能力。 熱せられた地面を氷の力で冷やし、進む事も出来るかもしれない。


だが、彼は未だに自身の精霊であるグランディネと意思疎通が上手くいかず、

好き放題に魔力を暴発する彼女を抑える事が出来なかった。

魔法を使おうとすると、いつものように馬鹿でかい霰が所構わず散乱する。


「おい! 当てずっぽうに魔法を連発すりゃあいいって訳じゃねぇんだ……!!

 もう少しコントロールしやがれ!!」


『そんなのこっちは知っちゃこっちゃないよ!

 大体アンタ、魔法とはいまいち相性が良くないのに、見栄ばっかり張っちゃってさ。

 アタシに頼りっきりじゃないか。その割に口ばっかりいっちょ前で。情けないねぇ』


今日も彼女はご機嫌ななめだ。

精霊魔法の訓練では、ウォルターは好き勝手に振る舞う彼女を制御出来ず、酷い評価点をつけられていた。


訓練の度に彼は焦り、彼女に向かってキツい口調で命令を出すが、彼女は全く従わずに奔放に雹を放ち

同じ訓練を受けていた人工精霊使いたちはおろか、周りの上官や研究者たちからも笑われる始末。

無様な事、この上無かった。


「おい、お前……暴発するか何もしないか……気まぐれもいい加減にしやがれ!」


『アタシは至って真面目さ!

 この間の訓練でだって……人からの目ばっかり気にして、あれしろ、これしろだの……アタシは見世物じゃないんだ!!』


この切羽詰まった状況でなんとか協力を得たいというのに、グランディネはそっぽを向いて一向に手を貸そうとしない。





困り果てたウォルターに、ふと、いつかブロンデー博士と話した時の会話が唐突に浮かんだ。




何故その精霊はお主を信じた? もう少し、良く話を聞くと良い……



一呼吸、ゆっくり吸い込む。

博士の話を頼みの綱として、ウォルターは今までの記憶を思い返した。

何故グランディネは自分を信じたのか?


あの時、彼女は自分に興味を持ってくれた事に感情を揺れ動かされていた。



そして同時に、訓練所のかまどを直した時、4人で話した時の事を思い出した。

如何に精霊を従えさせて魔法を使うか、しか考えていない……

軍部のやり方と、自分がグランディネにやっている事が、全く同じだったのだ。

彼女の事を、全く思いやっていない。




「はっ…… 都合いい事ばっか言ってんじゃねぇ……か……

 全く、人の事言えた柄じゃねぇな……」


少し崩れて額にかかった前髪をかき上げる。

それまでの自分を振り返ってウォルターは苦笑し、ゆっくりとグランディネに向き合った。



そして、喧嘩した時、自分が知っている限りの仲直りの仕方は。

真正面から正直に自分の気持ちを伝えて、謝る事だった。




「グランディネ、済まなかった。 俺は、自分の都合でしかお前を動かそうとしかしていなかった。

 それじゃ、帝国軍の嫌な上官たちと一緒だな……

 俺は見ての通り、魔法の素質なんてかけらも持ってねぇから、お前が頼りなのにな。

 あれこれ命令して悪かったよ。

 頼む。この爆発で熱せられた地面をお前の力で冷やして、向こう側にいるリツを助けに行きたいんだ。」


頭を下げるまではいかないが、少しバツが悪そうな様子ではあるが、きちんと正面を向いて。

ウォルターはグランディネにそう伝えたのだった。





『……利き手の掌を広げて、地面にかざしな』


「あ、何だって?」


『手の平を地面に向けろってんだよ!! んで、どんな風に使いたいのかイメージするんだ。』


言われるがまま、急いで慣れない素振りで地面に手をかざすと、そこから何かが流れるような感覚がする。

冷たい氷の魔法なのに、どこか血が通っているような、そんな不思議な感覚だ。

そこに、氷の道を敷くイメージを想像して、力を込めた。

すると手の平の垂直下にある地面から、凍って冷やされた氷の道が出来始めたのだった。


「これが、魔法を使うって感覚か……!」


『魔力は、手の平や指先からが一番伝播しやすいんだ。あとはイメージが大事だよ。

 いいかい……アタシはアンタが本気の時しか動かないんだよ。覚えときな』


「あぁ。肝に銘じとくよ」


グランディネもウォルターを直視できなくって、明後日の方向を向いてぼやいている。

その妖精みたいな尖った独特な形の耳が、真っ赤になっている。

そんなグランディネの様子をちらりと見て、ウォルターは少し笑った。



「……出来たぞ!! ありがとな!!」


氷の道が出来るとウォルターは彼女に感謝を述べ、すぐに駆け出し始めた。









煙で視界が遮られる中、ウォルターは爆発の中心部へやってきた。


すると、中心部でうずくまっているリツを見つけたのだった。彼は全く微動だにしない。

ウォルターはリツを見つけると、すぐさま彼の元に駆け付け、何事かと問い質した。


「おい!! お前、何やったんだよ!? 相手に攻撃でもされたのか!?」


そう問いかけ、リツの肩を揺らしても、彼はまだショックの抜けきらない顔で、ぼんやりと呟いたのだった。


「つい、カッとなってしまった…… 違う、俺が無意識に魔法を使ったみたいだ……

 彼が言ったことを、信じたくなくて……」


「何をだよ!!」


「俺は……ただの出世の道具としか、見られていなかった……」


なんとか言葉を絞り出したリツの目からは、熱い涙がぽたりぽたりと零れ落ちた。


「お前……」



帝国において、自らの意思で志願した者以外の、人工精霊使いの実験を受けた孤児の殆どが、

その存在は、所属する訓練所の教育教官や将校たちの、いい出世材料となっているのは、周知の事実だった。

おそらく、リツもそうだったのだろう。

しかし、幼く物心つく前の頃から軍隊に所属し、人間兵器として訓練されたリツには、

その事実すら自覚できていなかったのであろう。


自分を育ててくれたフォルクマールを、純粋に信じていた。



しかし、その気持ちは、裏切られた。



ウォルターは、その気持ちが痛いほど分かる。

まだ帝国にやってくる前の幼い頃に味わった、人に裏切られるという事の、心に受ける傷の残酷さを。


しかも裏切ったのは他の誰でもなく、自分が信じていた人物だ。



彼にかける言葉もなく、ただ茫然と立ち尽くすリツを、少し離れた所から見守る事しか出来なかった。







だが、悠長にしている暇はない。

いつ他の兵士たちがここにやってくるかもわからない。

これだけ大規模な爆発を起こしてしまったのだ。処罰どころか、最悪、極刑も覚悟せねばならないだろう。




「ったく……後にも引けねぇ事しやがって」


「すまない……俺のせいだ……」


ウォルターのぼやきに対し、申し訳なさそうに項垂れるリツ。

しかし、彼から返ってきた答えは意外なものだった。

あんなに成功率を気にして、何度も確認していた彼が。


「これじゃ、確実にアイツらを助け出さなきゃいけなくなったじゃねぇか」


「……?」


「ここまでしたんだよ。あとはやるっきゃねぇって事だ。」


「……!!」


その言葉に、リツは思わず顔を上げる。

ここまでの騒動になった事で、逆にウォルターは覚悟がついたようだ。

脳みそをフル回転させて、状況を打破する策を思案し始める。




「しかし……ここからどうしたものかな……

 おいリツ、お前の方は交渉は……まぁ、聞かなくてもこの結果を見れば分かるがな」


「お前の方はどうだったんだ」

「残念ながら、援助の見込みはない。厳しい状況だ」

「そうか……」


「だが、この爆発事故のおかげで、指揮系統は混乱する。

 軍部全体の注目をここに集めたおかげで、召集に応じて派遣される筈の精霊使い部隊も足止めされるだろう。

 要は俺たち、陽動しちまった訳だな。この機をなんとか、ヴィッキーやマーキスたちが生かせればいいんだが……

 だが、逆に言えば、ここに兵士たちが集まってくる。

 俺たちも見つかる前にここを早く離脱しないと、まずいことになる」






「お困りのようですね」


どこからともなく聞こえた声に、ウォルターは反射的に屈んでがれきに身を潜め、警戒態勢をとった。

手にアイスピックを忍ばせ、いつでも迎撃出来るように周囲を見渡す。


ところが、リツは驚きの表情を浮かべたまま、きょろきょろと周囲を探す。


「この声は……」


いつか聞いたことのある声の主は、立ち上る白い煙の中から、すぅっと姿を現した。

諜報兵を示すベレー帽を目深に被った、1人の男が現れる。



「くそ……諜報兵か……流石に足が速いな」


じりじり警戒するウォルターの傍で、一方リツは驚きの声を上げた。



「ウツセミか?!」


「リツ、お前こいつと知り合いなのか?」

「あぁ。ブリューゲルの影武者を務めている者だ」


リツの説明を聞いて、ウォルターは警戒を少し解く。



ベレー帽の男……ウツセミは、静かに微笑んで頷いた。


「突然の爆発、何事かと調査に来たのですが、まさか貴方が絡んでいるとは。

 ここまでの事態を引き起こすとは、貴方も切羽詰まった状況に見受けました。」


「そうだ。ユーリとマロンの件だ。

 精霊使い部隊は彼女らの召集を命じられたが、俺たちは彼女を助けられないかと、独自に動いている。」


「これは、思い切った事をしましたね……」


彼らの予想だにしない行動にウツセミが感心していると、ウォルターが苦笑する。


「俺もそう思う。協力を得られないかとある人物と接触を試みたんだが、2人共うまくいかなくてな……おかげでこのザマだ」


「ちなみに、その人物とはどなただったのですか?」

「俺は、ユーリ軍佐と昔から関わりの深いリリアン将軍に掛け合おうと思ったんだが……ダメだったよ。」

「リツ様の方は?」


「……フォルクマールだ」


2人の答えを聞くと、ウツセミは言葉を途切れさせ、難しい表情で考え込む。


「そうでしたか……」



「この実験の事に関して、ブリューゲルは何と言っているんだ?」


「勿論、一貫して反対の立場を取っています。

 ですが、今回は情勢が厳しい。

 帝国において、衰退した緑の力を取り戻すのは、何より皇帝陛下の望まれている事でもあるのです。

 その為、武力行使や非道な実験に反対し続けてきたブリューゲル様も、皇帝陛下の望みとあれば

 表立って反対を続けるのは、周囲の賛同も得られにくく、得策ではありません。」


「やはり、そうか……」


厳しい状況にリツはうなだれる。



「ですが、ユーリ様やマロン様は、古くからの友人です。

 我々も、彼らが実験に巻き込まれるのをただ黙って見ている訳には参りませんとも。

 ……どうして、こんな無茶を。我々に先に相談して下さらなかったのですか?」


ウツセミの問いかけに、リツは遠慮がちに言う。


「……ブリューゲルが厳しい状況だと聞いた。俺が彼に頼めば、彼は絶対に協力してくれるだろう。

 だが、今回の事は、国への明らかな反逆。 彼が貶められるような口実は、与えたくなかった。」


リツの答えに、ウツセミは暫く彼の眼をじっと見つめ、ふっと笑う。


「我々が、逆に気を遣われてしまうとは……リツ様はやはり、お優しい……

 お助けしなければなりませんね」



すると、ウツセミはリツとウォルターに対して手を差し出した。

突然の行動に何のことか分からず、戸惑う2人に、ウツセミは説明する。


「私の能力は、テレポーテーション……即ち、遠くの場所に瞬時に移動できることです。

 但し、訪れた事のある場所に限りますが。

 貴方達を、ここから連れ出しましょう。」


「な……!! 何て能力だ……」


「これは軍でも一部の者しか知りません。どうぞご内密に。

 さぁ、急いで私の手に掴まってください」



2人が手を伸ばすと、爆心地から3人の姿は一瞬にして消えたのだった。





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