人工精霊部隊の実質的な指揮を執っているカールハインツ軍佐に、謹慎処分を言い渡された

第17訓練所出身のマーキスとウォルターは、軍部のとある一室に拘束された。




「ざまぁねぇな。 おめーらはここで大人しくして、俺が手柄を立てるのを待ってろ。ハハ……」


いつも張り合っているレオニードが、為す術もなく部屋に閉じ込められる2人を見下ろすと、満足そうにそう吐き捨てた。

部屋を去ろうとする彼に、ガタンと椅子を倒してマーキスがいきり立つと、その肩をウォルターが後ろから抑える。


「諦めろ。俺たちは何もできない。何をする権利も持っていない」


その表情は、先程のように静かに怒りを抑えているようでもなく、至って冷静だった。

そんなウォルターの様子に拍子抜けしたのか、レオニードは退屈そうに腕を頭の後ろに組む。


「チェッ、聞き分けのいいヤローだぜ。ここでオメーが反乱でも起こせば、俺が仕留めてやったのによ」

「くだらねぇ。そんな現実味の無い判断なんかしねぇし、それに、お前なんかに到底俺は倒せねぇよ」


挑発を全く意に介さずそうウォルターがあしらうと、癇に障ったようでレオニードの表情が険しく曇る。

怒りを顕わにする前に、レオニードが今目の前に置かれた絶対的な立場の違いを思い出すと、彼は感情をなんとか押し留めた。


「……けっ! まぁいいさ、さっさとハナタレ娘を連れて、上層部に引き渡してくるぜ!

 おら、お前もついてこい!!」


そうレオニードが吐き捨てると、1人の人工精霊使いに呼び掛ける。


2人が目にしたのは、ぼさぼさ頭の橙色の髪。


感情を全く灯らせない、無表情なままのシンが、レオニードと共についていく姿だった。

その姿を見たマーキスは、今まで以上に表情を歪め、思わず立ち上がって叫んだ。


「お前……!! やめろ!! シンにそんな任務させるんじゃねー!!

 そいつだって第17訓練所出身だろ! 俺たちと一緒にここに居るべきなんじゃねーか?!」


その叫びを聞いたレオニードは、底意地悪そうに笑い、可笑しくてたまらない様子で答えた。


「はん! バッカじゃねーの! こいつは記憶を失くしているんだぜ。

 テメーらと違って、反乱の意志なんてこれっぽちもないに決まってんだろ!!

 連れて行って有効活用しろって、あのオネェ野郎がのたまってたぜ!」


レオニードの説明を聞くと、それまで冷静さを保っていたウォルターも、流石に感情の揺らぎを隠しきれなかった。


「有効活用……だと? おい、ふざけるのもいい加減にしやがれ。

 アイツを何だと思っているんだ!」


「へっ、ここがどういう所か知って言ってんのか?

 どーせ優秀な人工精霊使いのプロトタイプ、もとい、博士たちのお気に入りのモルモットちゃんだろ。

 どんな命令にも都合よく従うだけの、お人形ちゃんさ。アハハ……」


悔しそうな2人の顔を見て満足したのか、レオニードは高笑いをしながら、何も言わないシンを引き連れて部屋を出ていった。







「どーしたらいいんだ…… こんな所じゃ俺たち、何もできねーよ……

 マロンやユーリおじさんが連行されるのをただ黙って見ているなんて……

 ましてや、2人を傷つけさせるような事をシンにさせるなんて、それこそとんでもねーよ……!!

 そんな命令を下されるために、俺たちは軍隊に入ったんじゃねーよ!!」


残された部屋の中で、改めてマーキスはこの切羽詰まった、まさにどんづまりの状況に、頭を抱えてしまう。


「あのヤロー、まさか同じ孤児院出身のアイツを使って、ユーリおじさんが抵抗できないように……?!」


「悪どい事考えてるじゃねーか……

 ユーリおじさんがあからさまに反乱するとは考えにくい……が、自分の娘にあんな惨い実験を受けさせるなんて

 身が切られるよりも辛いだろーよ……」


人工精霊使いの過酷な実験を見てきた2人は、その辛さ、耐え難さを身に染みて感じている。

それを、まだ10歳の年若き少女に受けさせる事の残酷さは、想像して余りあった。



「おい、なんとかできねーのかよ。 ただ黙って見てるだけなんて、まっぴらごめんだぜ!」


「分かっている……だが、俺たちがここを抜け出して助けに行く事そのものが、軍に対しての反乱の意志と見なされ、

 俺たちはともかく、マロンやユーリおじさんを更に悪い状況に追い込んでしまうだろう……

 あのバニラ野郎、全員の前で俺たちの境遇をまるまる全部喋ってくれやがって……」


第17訓練所出身である故に、私情が挟む十分な可能性を皆の前にご丁寧に説明されてしまっては、

2人もあからさまには堂々と行動できない。


「だからといって、このままみすみす何もしないでいるなんてよ……

 俺は嫌だ…… 大切な人たちが、軍の勝手な都合で辛い目に合うのなんか、指くわえて見てらんねーよ……」


「俺だってそうさ。 ユーリおじさんは俺たちをここまで育ててくれた、大事な家族みたいな存在だ。

 マロンだって可愛い妹分みたいなもんさ。だけど、何をどうしたらいいんだよ……わかんねぇよ……クソっ!!」



この状況を何とか打開しようと必死に考えるが、状況を打破出来るような名案は何一つ浮かんでこない。

表情がそのままそっくり顔に現れるマーキスはともかく、普段は冷静なウォルターでさえ頭を抱え拳を振り上げ、

固く閉ざされた扉を目の前にし、為す術もなく黙り込んでしまった。






「諦めるには、まだ早いぞ」


唐突に声がすると、固く閉ざされた筈の扉が再び開いた。

2人が驚いて顔を上げると、そこには緋色の髪、蒼い瞳に輝きを含めた人物が立っていた。

その表情は、いつも見かけている空虚な表情ではなく、しっかりと感情が灯っているように感じられる。

そしてその後ろには、金髪のおさげもひょこっと姿を見せた。


「リツ……! それに、ヴィッキーも……?!

 お前らもレオニードたちと一緒に、2人の召集に向かったんじゃねーのか……?!」


「貴方たち2人が謹慎を受けると聞いて、心配で戻って来たのよ……

 あたしたちも、マロンちゃんとあの孤児院のおじさんが召集されるだなんて、どうしたらいいか分からなくって……


今回の命令に乗り気ではない様子で、迷っている所をリツに声をかけられたらしい。


「迷っていたら、他の子たちに置いてけぼりにされたのよ。

 『お前なんか来たところで役立たずだ』って」


パイヴィッキは表情を暗くして俯く。

スーデルの扱いがいまいちであるパイヴィッキは、レオニード達他の人工精霊使いたちから戦力外と見なされ、

召集に向かった一団からは爪弾きにされていた事を3人に告げる。


「その通りよ……どうせあたしが行ったところで、助けるにしろ、説得するにしろ、きっと何もできないわ……」



落ち込む彼女を前にして、パイヴィッキを励ましたのは、意外な人物だった。


「そんな事は無い。 出来る事は何かある筈だ。」

「! リツ……!!」


相変わらず無機質な表情ではあったが、目の輝きが今までと違う。それは確かに、意志の灯った光だ。


「ただ命令されたことをこなすのは、機械や人形と一緒だ。

 俺たちはただ命令されるだけの人形じゃない……

 お前はどうしたいんだ?」


リツからの思わぬ問いかけに、最初は戸惑っていたパイヴィッキだったが、少し考え込んだ後、こう言った。


「わ、私も……! あんな小さな女の子が実験に巻き込まれるのは反対だわ!

 出来る事なら、やめさせたい……!!」


膝小僧が少し震えているが、顔を上げて精いっぱいの勇気を込めて、パイヴィッキは3人を前にして答えた。


「お前……こないだ会った時から、その、何というか……雰囲気変わったな……」


リツをしげしげ眺めながら、マーキスが呟く。

以前会ったリツは、流れに逆らわずそのまま川の流れに流される落ち葉のように、何事にも受け身である印象が強かった。

それが今はどうだろう、自分の意志を持ち、瞳に光を宿らせて、そこに立っていた。



「以前、お前たちは俺に言った。実力さえあれば、流されるだけだった未来も変えられるとな。

 俺は自分の意志で、助けたいと思っている人物が居る。

 ユーリやマロンをこの実験に巻き込まれないようにしたいと思っている。

 俺たちは精霊使いだ。そんじょそこらの一般兵とは違う。彼らを助けられる力だってある筈だ。」


「けどよ……まだひよっ子の俺たちだけの力じゃどうしようもねーよ……」


言葉を濁したマーキスは、凛とした決意の眼差しを浮かべるリツに逆に諭される。



「お前たちは、意外に臆病なんだな。

 ……お前たちは何の為に精霊使いの力を手に入れたんだ? お前たちにとって、護りたいものは何だったんだ?

 大切な仲間が望まない役をさせられるこの状況に、家族同様の存在がその身の危うい時に、

 今こそこの力は使うべきではないのか?」


真剣に問いかけてくるリツを、2人はじっと見据える。

そしてようやく意を決したのか、ウォルターは胸襟を開いて、自らの思う所を正直に述べた。



「……そうだ。俺たちも、帝国のやり方は気に食わない所が大いにある。

 けどよ……後ろ盾もない状況なのに、俺たちみたいな下っ端が反抗の意志を示して、

 危ない状況に置かれる事の方が、俺は心配なんだよ。このままじゃ皆共倒れだ。

 勝ち目のない争いをするのは、ハッキリ言って猪突猛進のバカヤロウだ。

 実力行使は、最後の最後までとっとくもんだ……で、何か作戦はあるのか?」


状況を冷静に分析しつつも、ウォルターは反乱の意志に少し同調を見せた。

そんな彼としばらく視線を合わせ、リツは少し頭を捻って考える。


「そんな大層なものは無い……が、今の帝国のやり方に疑問を抱いている上層部の人間ならば、いくつか心当たりがある。

 彼らと直接交渉出来れば、ユーリとマロンの状況も、少しは改善出来るかもしれない」


「ホントか?! さっすが噂の青い炎の使い手サンだな!! 俺らと違って、心強いパイプがあるじゃねーかよ!!」


リツの提案に、マーキスはぱっと表情が明るくなる。


「実験に連れ出される前に、その上層部の人間とやらにうまく交渉出来るかがカギだな」


「お前たちも、可能性のある人物に心当たりはあるか?

 可能性は出来るだけ多い方が助かる」


リツにそう問いかけられ、ウォルターはブロンデー博士を思い浮かべるが、すぐに否定する。


「……いや、俺たちに喜んで協力できるような立場ではない。寧ろ上層部との軋轢で頭を悩ませている最中だ」

「そうか……」


「なぁ。ジーナの兄ちゃんはどうかな? 確か帝国議会でもいくらか発言出来る立ち位置じゃなかったか?」

「ブリューゲルさんか? それこそ、噂じゃほんの少しの綻びでも失墜させられるって話だぜ。

 危ない橋を渡らせて、かえって立場を危うくするだけだ。無理な事はさせられねぇよ」


2人の口から飛び出した名前に、リツは思わず振り返る。


「ブリューゲルと、知り合いなのか?」


「あぁ。2人は……というか、双子の妹の方が、孤児院にしょっちゅうやってきててな。顔見知りなんだよ」

「そうだったのか……」


ウォルターとマーキスの話に、先日聞いたジーナの話を合わせて思い出し、リツの頭に一抹の不安が過る。

自分がこんなことを頼んだら、彼を失脚させる口実になってしまうのではないか……



しかし、リツには心当たりがもう1つあった。

自分をここまで育ててくれた、今現在も帝国の官僚としてその地位を着々と盤石なものにしつつある、1人の人物が。

ここ暫く彼とは言葉を交わしていなかったが、掛け合ってみるならば彼しかいない。




一方、ウォルターも1人、心当たりのある人物が1人居た。

ブリューゲルと同期で士官学校に入り、確実に帝国軍内で地位を固めつつある人物。

ジーナの親友で、よく孤児院に手伝いに来ていた、リリアンだ。


ただ、ここ最近の彼女はジーナとよく衝突を繰り返し、昔のような柔らかさがなくなり

まるで全身を鎧で覆っているような近寄り難さが評判となっている。

軍内での階級や身分の違いから、昔のように簡単に話せるような間柄ではなくなってしまった。

しかし、ユーリやマロンともかつて仲良くしていたし、掛け合ってみるならば彼女しかいない。



青年たちは、各々に考えを巡らせ、一筋の希望を抱く。

果たして、それが成功に導けるかどうかは、これからの自分たちの交渉次第だ ――――

決意を胸に宿らせ、拳を握る。








「あー…… ちなみに、ヴィッキーには、いるかな……? そういうツテ……」


ふと3人は、ゆっくりパイヴィッキの方を向き直る。

あたふたする彼女を見て、彼らは互いに顔を見合わせ察する。


「……ごめん。質問した俺が悪かった」

「や、全くだ」

「考えなしに質問するんじゃねぇよ……」


「し、失礼ねぇ!! どうせお偉いさんとは縁がないわよー!!」


真剣に謝るマーキスに、頬を膨らませてぷんすか怒るパイヴィッキだった。





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ようやっと書き始められた……!! りっちゃんが意志を持って動き出すよ!!

そして、リリィ姉さんやら彼をようやく表舞台に引っ張りだせそうです。