それまで空には晴れ間が見えていたが、次第に厚く暗くなっていく雲が空に立ち込め、

遠くからは雷鳴も轟き始めていた。嵐の前触れだ。



そんな中、精霊使い部隊の隊員たちは皆、訓練所の一角に集められていたのだった。






「な、なんだって…………?!」



リツ、そして、マーキスとウォルターは、上官の口から放たれた命令を聞き、耳を疑った。



「第17訓練所に住んでいる少女、マロン・ユーリエヴナ・アルダーノヴァ。

 彼女を、人工精霊使い開発における重要参考人として、召集を命じる。これは上層部の命令だ。」


精霊使い部隊の事実上の上官である、カールハインツ軍佐は、感情の無い灰色の瞳を光らせ

冷たい命令口調で、部下たちにそう言い切った。


「ちょっと待てよ!! 何でユーリおじさんとこの子が、人工精霊使いの開発に関係あんだよ!!

 あの子、まだ10歳だぞ!! 徴兵令にもひっかかんねーだろーが!!」


憤慨して机をだんと叩き、マーキスは声を荒げる。


「貴様ら、10歳の頃は何をしていた……?」


カールハインツは、怒り狂うマーキスを前にしても全く動じずに、質問を投げかけた。


「まぁ、10歳であれば、訓練所で体力向上の訓練をさせられてたっけな……」

「俺も、物心ついた頃から軍にいたからな……いつから訓練していたのかなんて、分からないな」


腑に落ちない表情でありながら、腕を組んで淡々と冷静に質問に答えたのは、リツとウォルターだった。


「そりゃ、俺たちが孤児だからだろーがよ…… あの子は由緒正しい貴族の出で、おまけに教育教官のユーリおじさん……

 いや、ユーリ軍佐のご息女だろ。何で召集令状をかけられなきゃいけねーんだよ」


まだ納得出来ない様子で、頭をがりがり掻きながら、マーキスは苛立ちを露わにする。


「そうよ……いくらなんでも、まだ小さい女の子に、あの訓練は過酷過ぎるわ……」


酷く怯えきった表情で、唇を震わせながら、パイヴィッキも不安げな声をあげる。




「それについては、私から説明するわね」


そう言って、冷たいハイヒールの音を鳴らしながらやってきたのは、エリート兵の制服に身を包んだ見知らぬ将校と

白衣を着た虚ろな眼差しの研究者だった。


「……? どこの部隊の将校だ……?」


訝しがる兵士たちを全く気にすることなく、その将校は丁寧に自己紹介する。



「初めまして、私は対フロレアール部隊所属の将軍、クレメンスと申します。以後、お見知りおきを」



「フロレアール? なんだってそんな辺鄙な所に、軍部は上官なんて送り込んでんだ……?」


ざわつく兵士たち。そんな兵士たちの囁きなど耳にもくれず、クレメンスと名乗った将校は説明を続けた。



「いい? 貴方たちはこのカーディレット軍のエリート中のエリート。つまり、選ばれた精鋭たちなのよ。

 戦力の花形として、各地へ派遣される事は必至。どこに飛ばされてもおかしくないわけ。分かるかしら?

 つまるところ、各国の情勢にも、それなりに精通していないといけないの。

 ……そこの坊や、ちゃんと聞いてないと鞭をお見舞いするわよ?」


退屈そうに話を聞き流し、余所見をしていたレオニードを目ざとく見つけ、クレメンスは睨みを利かせた。


「チッ。ハイハイ、分かったよ、聞きゃいーんだろ、聞きゃ。」


クレメンスの指摘に、レオニードは面倒くさそうに正面に向き直る。




「気を取り直して聞いて頂戴ね。我がカーディレットは、各国との調停の為に、使者を派遣しているの。

 もう既に知っていると思うけど、ソルシエール王国、ノアプテ王国とは、これから軍事提携をするつもりよ。

 我が国の方針に反旗を翻すような敵性国家を、我が領土にいち早く統合する為に、協力して貰うの。

 その中、我が国は密かに、フロレアールとも協力関係を結ぶ約束をしたわ。」


「あの平和なフロレアールと?!」

「フロレアールは、争いとは無縁の平和な国だと聞いている。我が国のような軍事大国と提携を結ぶなんて、どういう事だ……?」


クレメンスの説明を聞き、ますます驚きを隠せない兵士たち。そのざわめきは広がるばかりだ。

しかし、そんな反応も予測済みといったところなのか、クレメンスは涼しい表情を崩さなかった。


「新聞もあまり読まないような貴方たちでも、流石にフロレアールの現状くらいは耳にした事があるみたいね?

 ここからが本題よ。我が国の領土内ではなかなか植物の生育が芳しくないの。

 日照条件や、国の位置の関係もあるのでしょうけれど」



「……汚染した排水を垂れ流したり、排煙を空に出し続けたり、環境に配慮しない開発ばっかり続けるからだろうがよ……」


クレメンスに聞こえないように、ウォルターはぼそっと呟く。 クレメンスは全く気付いていない様子で先を続ける。



「植物の緑は、国の豊穣に欠かせないものだわ。

 そこで我が国は、自然豊かなフロレアールから、いかに緑を増やしていけるか、技術を提供して頂く事になったの。

 ……ここからの説明は、デルタ博士、宜しくお願いね。」


クレメンスは話の続きを、くたくたの白衣を着た虚ろな眼差しの青年に託した。


その白衣の青年は、感情の篭らない一定のトーンの声で、ぼそぼそとつぶやくような、低い声色で話す。

あまりの声のくぐもり具合に、周りの人間がよく耳をそばだてないといけない程だ。


「……ご紹介に預かった、生命工学博士のデルタと言う。

 私の研究は、諸君らにも関係あるものだ。私がいくらか関わった者もいるだろう。

 人間の精神パターンを電気信号として解析する技術を、精霊に応用した。

 自然界の中の微弱な電波を捉え、精霊の波長として検出し、そこに精霊がいる事を突き止める技術だ。

 それにより精霊を発見し、捕獲し、諸君ら適合者に、電気的信号で束縛させる事により、精霊魔法を使用可能にさせる。

 そうやって、諸君らの中には、人工精霊使いの力の恩恵に与った者もいるだろう」


博士がそこまで言うと、パイヴィッキはぎゅっと目をつぶった。

痛々しい記憶が、彼女の中に呼び起されたのだろう。

同じ実験をさせられたヴィーゼは、全く覚えていないのか、表情一つ変えることなく、淡々とその話を聞いていた。


マーキスとウォルターは、残酷な実験に対して激しい怒りを胸の内に覚えつつも、表情に出すまいと努めた。

しかし、握られた拳はギリギリと軋み、静かに音を立てていた。




「更に、様々な波長を解析するうちに、12の精霊属性のパターンを識別する事に成功した。

 既知の通り、この世界には魔法属性・あるいは守護属性が12種類存在する。

 その中でもフロレアール王国は、光・陽・木の3つの属性を重視していたのだ。

 その3つの属性を活用する事により、国には半永久的な豊穣がもたらされているという事実を、我々は目の当たりにした。

 ……となれば、思い浮かぶ事は容易だろう。

 我々の人工精霊使いの技術を、これらの技術に応用すれば。国に繁栄がもたらされる事は容易く想像できる。


 しかしながら、このカーディレット帝国の領域内には、豊穣をもたらす木の精霊の数が圧倒的に少ない。

 存在したとしても、その力は僅かなものだ。

 ……ところが、その木の精霊が活発に活動している場所を、広範囲な調査の元、我々の研究班のメンバーが発見したのだ」



デルタ博士がそこまで言うと、リツには嫌な予感がした。


そしてその予感は、的中したのだった。



「その精霊が特に活発に活動している場所が、第17訓練所の庭だ。 あそこには何故か森が育ち、植物が生い茂る。

 我々が極秘裏で詳細に調査を続けたところ、その精霊たちが集っていたのが、マロンという少女だったという訳だ。」


「彼女を人工精霊使いに覚醒させる、あるいは、彼女を媒体として精霊を抽出し、木属性の精霊使いを多く増やす事……

 あるいは……いえ、これ以上は開発段階、言わないでおきましょう」


まるで人形を扱うかのように軽々と言うクレメンス。

しかし目の前の人工精霊使いたちの表情を見て、クレメンスはその先を言うのを憚った。

そして、毅然とした様子で、彼らに容赦なく言い放った。



「彼女を重要参考人として召集する理由……これで分かったでしょう。

 カーディレット帝国が緑の豊穣の恩恵に与る事は、国の、そして皇帝の悲願なの。 彼女の力が、帝国には必要なのよ。

 命令に異議を申し立てる事は、断固として許しません」





「何で……何で第17訓練所なんだよ…… 何で、よりによってマロンなんだよ……

 急に言われたって、そんなの納得いかねーよ……

 こんなの、体のいい人体実験への召集じゃねーかよ……!

 あの子に、そんな事させられねー…… こんな思いするのは、俺たちだけで十分だ!!」


伏したまま、震える拳を握りしめたまま、マーキスは怒りを抑えて言葉を絞り出した。


「これは栄誉ある役目よ。 国の為にその身を尽くせるのならば、本望じゃない」

クレメンスはさらりと返す。


「けっ。良かったじゃねーか。 お人好しの役立たずさんの多い、第17訓練所が、日の目を見るまたとないチャンスだぜ」

「てめぇ……ッっ!!」

レオニードが皮肉たっぷりにそう言うと、我慢できなくなったマーキスが立ち上がる。


マーキスの掌の中に、凝縮された光のエネルギーが宿る。

それを迎え撃とうと、レオニードも同じく闇のパワーをチャージした。




一触即発のその時、2人の間をウォルターが遮った。



「ウォルター、そこを退け!! こいつに一発かましてやらねーと、俺は気が……!!」

そう言うや否や、マーキスが止めようとしたウォルターの表情を見ると、一瞬にして固まってしまった。


無言でレオニードを睨むウォルターの視線は、暗く冷たく、静かな怒りに満ちていたのだった。



「……軍内での争いは、処罰の対象だ……分かってるか、2人共……」


すると、レオニードは両手をパッと上げて、薄ら笑いを浮かべる。


「おーおー、模範兵ぶっちゃって。本当はオメーが一番手を出したいくせによ」

そんなレオニードを振り返る事無く、ウォルターは黙ったまま元の場所に戻る。




そんな一連の様子を眺めたカールハインツは、手元の資料をめくって彼らに告げた。


「ふむ…… 第17訓練所出身の兵士が、何名かこの精霊使い部隊にも配属されているな。

 該当者はこの任務から除外し、謹慎処分を言い渡す。」


「ま、妥当な判断でしょうね。 同じ訓練所出身ならば、情によって任務に支障をきたす可能性もあるわ。」


クレメンスもその処分に頷いた。



「帝国軍じきじきの命令だ、反論すると罪に問われるから、おとなしく出向する事を願うが……

 もしもの場合の鎮圧……あるいは、逃亡を企てた場合、強制的に拿捕する権限を、部隊には与える事とする。」



無情な命令が下されるのを、マーキスとウォルターはただ黙って聞くしかなかった。

パイヴィッキはそんな2人を心配そうに見つめていた。




そしてもう1人、誰にも気付かれなかったが、リツもその表情を、わずかに歪めていたのだった。





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