訓練が終わった後、リツはひょっこりとある場所を訪れていた。

それは、木漏れ日がきらきらと煌めいている、森の奥にある孤児院だった。


かつて、かまどに居ついた精霊とコミュニケーションを取り、掃除をして綺麗にした場所だ。

自分の精霊使いの力で、人を傷つける事以外に人の役に立った経験は、リツにとっては初めての事だった。

その後のかまどがちゃんと機能しているのか、リツには気になっていたのだった。


人懐っこい孤児たちに見つかってしまっては、またこの間のようにあっという間に周りに集まられてしまう。

人に集まられるのがあまり得意ではないリツは、孤児たちに見つからないよう、そっと草むらの陰から近寄っていく。

相変わらず、ここの孤児院は他の厳格な帝国の孤児院と異なり、楽しそうな子供たちの声が弾けていた。

しかしここからでは、中の様子は全く分からない。


どうしたものかとリツが思いあぐねていると、ふと足元に、小さなクローバーの葉をつけたシロツメクサの精霊と、

淡いピンク色の花を咲かせたレンゲの精霊が、興味深そうな眼差しでこちらをじっと見つめている。

小声で何か話し、リツの視線に気が付くと、ぴゃっとその場を走り去っていった。



精霊を見かける事自体が珍しいのにも関わらず、その孤児院の周りの庭には、精霊の息吹がとても多く感じ取られた。


「……ヴァンパータ、お前にも分かるか……?」


リツは久しぶりに、自身の精霊に話しかける。

すると彼の守護精霊が、珍しく主の問いかけに答えた。


「はい、マスター…… ここは何故か、精霊の存在を他の場所より、多く感じます。

 帝国は自然を破壊した所が多く、このように精霊の息吹を感じ取られる場所は少ないというのに……

 どうやら、彼らを助ける存在が居るようですね」


「精霊を助ける存在……?」


そうリツが訝しんでいると、潜んでいた茂みの隣の生垣が、がさごそと音を立てる。


首を傾げていると、奥から、まんまるのくりっとした、無邪気な若葉色の瞳が覗いた。

リツとヴァンパータが驚く間もなく、生垣から出てきたのは、桃色のほっぺの亜麻色のおさげを結った、愛らしい少女だった。


「…………!? わぁぁ!!」


2人は同時に驚き、生垣から飛びのいた。

すると突然現れたその少女はくすくす笑って、2人に話しかけた。


「うふふふ! 誰かさんかと思ったら、この間かまどを直しに来てくれたお兄さんね!

 こんな所からでなく、玄関から入ってきてくれれば良いのに。恥ずかしがり屋さんなのかしら?」


その少女は、頭に葉っぱやくもの巣をくっつけたリツの様子を見て、おかしそうに笑った。


「君は……?」


リツの問いかけに答える前に、その少女の周りには、小さな花や草木の精霊たちが集ってくる。


「マスター、どうやらこの子のようですよ。この孤児院に緑の潤いをもたらしているのは」


ヴァンパータがそっとリツに耳打ちする。



「私の名前はマロンよ。マロン・ユーリエヴナ・アルダーノヴァ。

 ここの孤児院の主である、ユーリ・セルゲイヴィッチ・アルダーノヴァの長女です」


そう言うと、マロンはエプロンスカートの端をつまみ上げ、貴族の令嬢らしく丁寧にお辞儀する。

その周りには、花や木々の精霊たちが、楽しそうに踊ったり、肩に乗ったりして歌を歌っている。

彼らの存在は、どうやらマロンには見えていないようだ。

しかし、木の守護属性と親和性が高いのだろう。彼女が笑うだけで、花や木々の精霊は活気を分けて貰っているようだ。



「この間は、かまどと暖炉を見てくれて、どうもありがとう。

 おかげで私たち、とても助かったのよ。何しろ、孤児院の子供たちはたくさん食べるから、

 その分たくさんパンを焼かなくてはいけないの」


にこにことマロンは2人に笑いかけた。

すると、生垣の奥が再びがさごそ音を立てる。


「マロン、ここにいるのかい? 相変わらず抜け道を見つけるのが得意だね……」


狭い生垣のトンネルを潜り抜けて出てきたのは、ここの孤児院の主であるユーリだった。

生垣を抜けて、マロンの目の前にいるリツに気付くと、ユーリは穏やかな微笑みを浮かべた。


「やあ、君は確かこの間の…… どうも世話になったね。元気にしているかい? えっと……?」

「リツだ…… 急に訪れて、驚かせてしまってすまない……」


娘と同じように、ユーリも愛想のいい笑顔を向ける。

帝国兵ならば、その姿と名前を聞いただけで凍り付くと言われているリツを目の前にしても、

ユーリは少しも動じる気配がなく、にこにことしている。


「まぁ、こんなところで立ち話も何だから、うちに寄っていくといいよ。お茶でも御馳走しよう」


そうすすめるユーリに、リツは戸惑いながら遠慮する。


「いや、孤児院に行くのはちょっと……」

「? 何だい? 誰も君を怖がったりしないよ?」

「いや……俺の方が……子供が少し、その、苦手で……」


途切れ途切れに、リツが言葉を濁すと、ユーリとマロンは互いに顔を見合わせて、思わず笑ったのだった。


「あははは! リツお兄ちゃんの方が、子供が苦手なのね。 おっかしー……」

「ふふふ、そういえば、この間も子供たちに囲まれて、固まっていたね。

 ならば強制はしないよ。」

「それじゃあ、近くに美味しい木苺のなる木があるの。ちょうどたくさん生っていたから、お裾分けするわ!」


マロンはそう言うと、茂みの奥に駆け出して行った。







「ところで、どうしてまたここにやって来たのかな?」


ふと思い立って、ユーリはリツに質問を投げかけた。


「この間のかまどの調子が少し気になって…… 迷惑だったか……?」


ユーリの問いかけに、リツは少し不安げに尋ねる。

すると、ユーリは微笑んで、髭をなでながら穏やかに答えた。


「いや、別にやって来たことを咎めている訳じゃないよ。

 ここにまた足を運んでくれた事は私としても嬉しいし、いつでも歓迎するよ」


その答えにリツは驚く。そして、少し考えこみ、再び黙り込んでしまう。


「どうしたんだい……?」


「俺みたいなのが来て、迷惑じゃないか……?」


ぽつりと、聞こえるか聞こえないかぐらいの大きさで、リツは呟いたのだった。


「俺は、帝国軍に育てられた、血の涙もない冷徹な戦闘兵だ。

 このような、温かい光溢れるような、穏やかな場所には、似つかわしくないんじゃないか……?

 子供たちを、怖がらせてしまうんじゃないか……?」


リツは、己が帝国軍でどう呼ばれているのかを知っていた。

青い焔の使い手、容赦なく敵を屠る冷徹な戦いの申し子だ、と。

そう呼ばれているのを幾度となく耳にした。

その度に、自分は人とは違う、普通に生きる事は到底叶わないと、そう思い込んでいたのだった。


自らの事をそう説明するリツに、傍で見守っていたヴァンパータは、とても悲しそうな瞳で見守っていた。



しかし、ユーリはそれを否定することなく、けれど、肯定する事もなく、ただ黙って聞いていたのだった。


「……確かに、君は帝国軍内では、その戦闘力の高さ故に恐れられているだろう。

 私も君の噂は幾度となく耳にしたよ。周りの兵士たちが、君の事を恐れている事もね。


 ……だが、それはすべて人から聞いた噂だ。私自身が目にした君の姿じゃない。

 私が初めて目にした君の姿は、孤児たちに囲まれながらも、邪険にせず、戸惑いつつも

 優しく接しようと懸命に努める1人の少年だ。

 自分が直したかまどの事を気にかけ、周りへ気遣いながら、そっとやって来た、優しい少年……それが君だ」



そう、ユーリは優しく言ってくれたのだった。



「リツ、この孤児院には、君のような境遇の孤児を多く預かっている。

 中には君と同じくらい、いや、もっと過酷な過去を背負っている子供たちもいるんだよ。

 ……いや、決して君と比較している訳じゃない。そういう子もいたというぐらいの気持ちで聞いて貰いたいんだ。

 犯罪を繰り返してこそしか生き延びれなかった者、騙され、弄ばされ、人売りに遭い、人を信じられない子だってたくさんいた。

 そんな子供たちを、ここでは受け入れるんだよ。


 そんな中で私が大事にしているのはね、子供たちをそういった過去の色眼鏡で見ず、その子の本質を見極める事なんだ。

 どうしてこの子はそんな境遇になってしまったのか。どうしてそんな考え方をするようになったのか……

 捻じ曲がった過去を変えるのは難しい。だけど、それを受け入れた上で、温かい人の優しさに触れたなら、

 この子たちは、得難いものを手に入れる事が出来るんだよ。

 人一倍つらい思いをしてきた子供たちだからこそ、相手に優しくなれると思うんだ。

 それは、君も同じだよ、リツ。 君は決して冷徹な戦闘兵器なんかじゃないよ」






がさがさと音を立て、マロンが木苺をたくさん手に抱えて戻ってくる。

すると、マロンは驚いた。 リツが、涙を流していたのだった。


「お父様! リツお兄ちゃんに、何か酷い事でも言ったの?!」


憤慨して父親を叱咤するマロンを、リツが制する。


「違う、違うんだ…………

 俺も、この孤児院で育ったならば、違ったのだろうか…………」


一筋の涙を流すリツの言葉に、そっとユーリは優しく断りを入れた。


「そんな事は無いよ。私は、君を育ててくれた人も素晴らしいと思う。

 だって、君は十分優しいじゃないか」


「……!!」


その言葉に、リツはもう一筋涙を流した。



小鳥たちの囀りが聞こえる森の奥。

優しいみどりの木漏れ日が揺れる中、そこには穏やかな時間が流れていた。

















「くすくす…………そう……ここがどうしてそんなに他より緑が多いなんてね……

 そういう事だったんだ…………」


森の一角、光の追いやられた片隅に、彼らを見張る冷たい影が潜んでいたのだった。




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