人間の価値とは、そんな簡単に決められるようなものではない。
それぞれに個性があり、能力の優劣で比較してはいけないものだ。
しかし、ことさらカーディレット帝国では、兵士の価値は戦闘能力の高さで決まり
強い力を持つ者がより高い権力を手に入れられる。
ところが、孤児や捕虜などの社会的な後ろ盾のない低い身分の者は、手柄を上げても
簡単に境遇が良くなるような事は稀だった。
ブロンデー博士は、そんな孤児たちの地位を向上すべく、日々開発に勤しんできた。
そうやって生み出された人工精霊使いは、カーディレット帝国が生み出した、いわば人間兵器である。
その存在意義は、強力な精霊魔法の使役による、戦闘能力の高さである ――――
皮肉にも、博士が技術と能力を向上させればさせるだけ、人々の注目は、その能力ばかりにしか
目が向けられなくなってしまっていったのだった。
更に、人工精霊使いの技術が開発され、帝国軍内で技術提供されると
いかに強い力を持つ兵士を作り上げるか、技術者や官僚たちは互いに競い合うようになる。
そんな不毛な争いに、技術者はおろか、人工精霊使いたちは巻き込まれていった。
それまでは、被験者に危険が及ぶような実験や、人を傷つけるような能力の開発には、博士は断固として反対していたが
被験者に強い副作用をもたらす実験を容認し、人工精霊使いたちの能力も、いかに殺傷能力が強くなるように開発をするようになっていった。
ブロンデー博士は、競い合うようにしてより強い能力を求めて開発を進めるうちに、すっかり人が変わってしまったのだった。
この日もブロンデー博士は、人工精霊使いの能力向上のための実験に、自ら進んで指示を出していた。
被験者は、最初に人工精霊使いの力を手に入れた青年だ。
力を手に入れた時、記憶と感情を失ってしまったため、過酷な実験にも拒否することなく
命じられたまま素直に従っていた。
「外部から電力を供給されれば、自らの中に充電し、放つ電力もより強力になる筈じゃ。
同属性による魔法攻撃は無効どころか、自らの力として吸収する事が出来る。」
普通の人間ならば黒焦げになるような高圧電流を、手足が固定されたまま流される。
精霊の守護属性により、感電そのものはしないが、身体には大きな電気エネルギーが流れ続ける事によって相当な負荷がかかっていた。
だがその青年は、苦痛の表情を浮かべる事なく、実験に耐えていた。
電力供給が完了し、固定していた手足が外される。
ふらふらした足取りで青年が立ち上がると、周囲にバチッと大きな火花が飛び散る。
放電した電力があまりにも強すぎたためか、コンクリートで出来た床に大きな穴がいくつもあいた。
「まるで天災そのものだな……精霊使いって奴は……
この能力を戦場で発揮したら、どれだけの兵士が犠牲になるんだろうか……」
あまりの能力の凄まじさに、実験に参加していた技術者のひとりが、恐れおののいて呟く。
人工精霊使いの能力は日に日に苛烈さを増していく。
精霊魔法の一撃で、一度に何十、いや何百人をも葬り去れる程の能力の高さを得ていた。
そんな実験の様子を、傍らから鋭く眺めている存在があった。
ブロンデー博士と同じく、人工精霊使いの開発に携わる人物の1人、グスタフ将軍だ。
冷たい眼差しを向けて、実験を淡々と眺めている。
その隣には、14、15歳程のまだ若い、どこか虚ろな眼差しをした少年兵を連れ添っていた。
実験の様子をひとしきり眺めていると、退屈そうにつぶやく。
「……ブロンデーが誇るプロトタイプとやらの実力は、こんなものか。
強力な雷の力を、コントロールすら出来ていないではないか。これで軍内随一とは笑わせる……
もう良い、十分だ。 行くぞ、ラズィーヤ」
「……はい、グスタフ様……」
マントを翻し、黙したままの少年兵を引き連れて実験棟を後にする。
ブロンデー博士は実験の傍ら、彼らの姿を視界の端に捉え、しかめ面を浮かべたのだった。
高圧電流実験がひとしきり終わると、被験者だったシンはふらふらになりながら、兵士たちの宿舎へ戻ってきた。
いつもはどんな訓練をした後でも、淡々として無機質な表情だが、この日は明らかに疲弊し切っていた。
視線は合わず、肩で息をしている。足取りもおぼつかなかった。
「おい、大丈夫か!?」
帰ってきたシンの元に、マーキスとウォルターが駆け寄る。
記憶を失くし善悪の判断もつかず、奔放な行動ばかりするシンの監視を担って、2人は彼と相部屋を振り当てられていた。
「平気だ。問題ない」
「問題ないってお前……全然平気じゃないだろ!! ハタから見てすぐわかんだよ、んな事!!」
疲れ切ってもいつもと変わらず淡々と話すシンを、マーキスが叱り飛ばす。
肩に手をかけようとしたその瞬間、余った電気が放電を起こし、彼から火花が飛び散る。
「アツッっ!! 痛てて……」
「バカ、訓練後は電力が高くて放電を起こすから、あんまりすぐ触んじゃねぇって言っただろ……」
飛び散った火花に火傷したマーキスに、ウォルターがため息をついて注意する。
絶縁手袋をはめて、シンにコップ一杯の水を手渡すと、彼はくぴくぴと勢いよく、あっという間に水を飲み干した。
ようやく落ち着いたのか、とろんとした目つきになり、ベッドに横になりすやすやと眠り始める。
その寝顔は至って無邪気だった。
「……その様子だと、また電力耐久訓練か? 最近多いよな。
コイツ、疲れも見せず音を上げず、黙って大人しく言う事聞くから、過酷な実験ばかりさせられるんだよな……」
「近頃、まるで競い合うようにして、博士は実験を繰り返している。
グスタフ将軍が引き連れてきた、あの同じ雷の人工精霊使いの少年と、対峙するようにな。
あっちは違う研究チームだが、どうやら相当えげつない事やっているそうじゃねぇか。」
「博士も一体、どうしちまったんだか……」
「実験の為なら孤児の事なんかどうでもいい……博士はそんな事を考えるような人じゃない筈だ。
だが最近の、シンをはじめとする、人工精霊使いたちへの扱いには、目に余るものがあるな……
何かに焦ってるような……何が博士をそこまで駆り立てるのか……」
気難しい表情を浮かべ、頭を捻っても、何も答えの出ない2人だった。
研究棟の暗い一室に、ブロンデー博士は佇んでいた。
手元の机には、それまで開発し続けてきた人工精霊使いたちの、付加する精霊や魔法、個人の能力について
詳細に書かれたレポートの束が散乱していた。
「……違う……もっと能力を強化するには、制約結界を厳重にせねば……」
書類のひとつを手にとってはくしゃくしゃに丸め、ひとつを手にとっては赤ペンで幾重にも修正を加え、
頭をかきむしりながら、ブロンデー博士は研究に没頭していた。
そんな中、研究室にノックをして入ってきたのは、研究書類の束をいくつも持ってきたウォルターだった。
手にした山のような書類の傍ら、一杯のコーヒーを抱えていた。
その香りに、それまで資料の山と格闘していたブロンデー博士は、ふと手を止めた。
「……何じゃ、今ワシは忙しい……手を止めてくれるな……」
いつもならば、休憩の合間の一杯を楽しみにしている博士が、今日はとてもぶっきらぼうに、そっけなく答える。
白衣は薄汚れて埃にまみれ、髪の毛はぼさぼさで、まるで身の繕い、手入れがされていない。
机の傍らには、昨晩の夕食が全く手を付けられないままで置いてあり、パンはカピカピに乾ききっていた。
「博士……頼まれていた資料です。それと、コーヒーをお持ちしました。
食事も摂られていないご様子…… どうか、何か口にして頂けませんか。」
「ワシに構うな。今は研究に没頭せねば……」
「博士、食事を摂らなければ、脳みそにも糖分が回らず、いいアイデアも浮かびません」
ブロンデー博士は淡々と表情を変えずに話すウォルターを暫くじっと見据え、ふーと長い溜息をついて
ようやく書類の束から目を離した。
「……分かった。頂こうかの。折角のコーヒーも冷めてしまうでな」
ウォルターはトレイを机に置き、少し多めに角砂糖を3つ、コーヒーに入れる。
ミルクを入れないのは、長年博士を見てきたからよく知っている。
博士は決して甘党ではないが、そこは彼の配慮だ。
少し甘めのコーヒーを口に運ぶと、優しい甘さが身体に染み渡る。
そして、長い溜息をひとつついて、カップをそっとソーサーに置いた。
「……済まぬな、どうにもこうにも、一度没頭すると周りが見えなくなっていかん……」
ようやく博士は、穏やかな口調を取り戻し、ウォルターと目を合わせた。
ウォルターは積み重なられた書類の束を一瞥し、手を付けていない夕食が載った食器をどかして、博士に問いかける。
「近頃は研究室に篭って、食事さえ摂らず、没頭しておられる様子ばかり目にします……
それ程に、性急にならなければいけないような事態なのですか」
「うむ…… 人工精霊使いの研究が帝国内で盛んになっておるのは知っておるな?
急に台頭してきた研究グループがあっての。奴らに追い抜かれぬよう、より強い能力を模索しておるのじゃ。
あの一派は、どうもきな臭い。まるでワシに対抗するように、力のある人工精霊使いを次々と繰り出して来る。
しかもその者たちは、総じて記憶を失い、命令のままに動き、まるで機械人形のようじゃ……」
「研究開発にまで、派閥争いが関与してくるようになってきてしまった状況は分かります。
しかし、お言葉ですが…… 近頃の博士の、特にシンに対しての扱いは、彼らのそれと大差ない程厳しいものです。
まるでモルモットのようです……」
「そのように見えるか…………」
「あいつは記憶を失い、感情もなく、命を助けて貰った博士には決して反発する事もない。
だからと言って、厳しい実験を繰り返すのを、俺たちは見ていられないんです。
博士は、俺たちの意志を汲んで、この能力を開発してくれました。その志を、俺たちは今でも信じています。
しかし、能力の向上が先だって、助けたかった筈の彼を、逆に今は苦しめているのではないでしょうか」
慎重に言葉を選んで、ウォルターは博士に抱えてきた疑問を打ち明ける。
ウォルターにそう指摘されると、ブロンデー博士はますます難しい表情を浮かべ、机に肘をつき頭を抱えた。
「ワシもどうしたらいいのか、分からんのじゃよ……
軍部では次々に技術が開発され、人工精霊使いも今や溢れる程に生まれてしもうた。
強い能力を持った故に、高い地位を得られるかと思いきや、孤児たちにその能力を無理に付加させ、
人工精霊使いは、今や使い捨ての兵器のような立場となってしまった。
戦争を抑止する、威嚇の為の力だった筈なのに、帝国はその圧倒的な力を足掛かりにして、更なる侵略をしようとしておる。
……尤も、そのようになってしまった原因は、ワシの技術かもしれぬがの……」
「軍部はまたこれ以上、侵略を始めるつもりなのですか……?!」
「そうじゃ。これは極秘事項だが、上層部は魔導王国とノアプテ王国と密かに同盟を組む画策をしておる。
そうなれば、侵略に拍車がかかる事は間違いない。
現在の対コリンドーネ戦線の他に、ワダツミノ国、テワラン天帝国、セレスティアを視野にいれておるそうじゃ。
おぬしら人工精霊使い部隊は、その最前線に送られる事になろう」
ブロンデー博士はウォルターをしっかりと見据えて、その目に涙を滲ませる。
「ワシは、おぬしたちが可愛い。小さい頃からよう見ておったからな。まるで息子のように思っておる……
本来ならば、あんな身を切り裂くような実験など、しとうないわい。
しかし、戦争でおぬしらが死んでしまうのは、もっと考えたくないのじゃ……
この力こそすべての帝国で強く生きていくには、より飛び抜けた力を持たせる事以外、ワシには生き方が分からんのじゃよ……」
そう打ち明けると、老成なるその研究者は、歳を重ねて丸まった背中に哀愁を漂わせ、ただ蹲るだけしかできなかった。
そして、もう一度顔を上げると、目の前にいる、手塩にかけて育ててきた逞しい青年に向かい、嘆願した。
「いいか。 よく聞くのじゃ、ウォルター。
最前線に送られる事になろうとも、決して人は死なせてはならん。しかし、自分と仲間の身は護ってくれ。
おぬしの氷の能力ならば、それが出来るだろう」
「しかし博士、俺の精霊のグランディネは奔放で戦う事が好きで、俺の言う事なんかロクに聞いてくれやしません……」
ウォルターにしては珍しく、自信が無さそうに言う。
3人の中で一番精霊魔法の訓練の成績が悪かったのを、実は気にしていたのだ。
「コントロールは確かに難しい精霊じゃ。だから、まだおぬしの訓練の成績は今一つパッとしないものじゃがの。
ならば、何故その精霊はおぬしを信じた?
もう少し、良く話を聞くと良い……大自然を司る精霊じゃ。能力はまだまだそんなものではないぞ。
一方、シンの能力は、高い戦闘力のせいで軍部には一目置かれるが、無差別な所が問題じゃ……
あやつも善悪の判断がいまいちつかぬ。 しかし、そんな事は軍部には関係ない。強い力だけ手に入れば良いからの。
ワシも表立ってそれを制御するようには出来ぬ。命令されるまま、能力の向上を手助けするだけじゃ。
その強すぎる力を制御できるのは、おぬしと、赤髪のいたずら小僧マーキスだけなのじゃ……頼んだぞ」
「博士……分かりました」
ブロンデー博士の眼差しをじっと見据え、ウォルターは強く頷いた。
それ以降、ウォルターがブロンデー博士と会話をする機会はなくなってしまった。
今以上に博士は研究に没頭するようになり、博士と会話をする事すら、軍部から許されなくなってしまったのだった。
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