空はいつの間にか黄昏れ、黄金色に染まった雲が、遠くに見える水平線の上を泳いでいた。



すると、並んで立っていた3人の短刀の子供たちのうち、愛染国俊がぽそりとつぶやいた。


「……なんか、すげえここが変な感じがする。
 例えるなら、うーんと、何というか……穴が開いたみたいな」


そう言い、腹を擦っている。


「穴? えと、怪我はしていないみたいですが……」

「……でも、言われてみれば、確かにお腹の辺りが変な感じだね……」



その様子を見たこんのすけがぴーんと勘付く。


「さては皆さま、お腹が空いたご様子ですか?」

「お腹が空く、ですか?」


植物である為、食物ではなく根っこから栄養や水を吸収して過ごしていた蒲公英の少女は、その表現に首を傾げる。


「そうです。人というものは、身体を維持して生きるために、定期的に食物を食べなければいけません。
 また、刀剣男士である皆様は、刀の付喪神である為、本来ならば食物は必要としませんが、
 戦うために人の身を保つ霊力を維持するためにも、食物を摂り、霊力を補う必要があるのです。

 そしてその定理は、人に顕現されている貴方、蒲公英の付喪神である主様自身にも、適用されると思われます」


「人の身を保ち続ける為には、かつての僕の持ち主たちのように、食事を摂らなければならない、という事だね」


こんのすけの話を聞いた歌仙兼定は、なるほど、と得心する。



「しかし、困りましたね……急な事態だったので、本丸の設備も整っておらず、時の政府に連絡して
 必要な備品を手配して貰うには、幾分か時間が掛かってしまいます……」


こんのすけが頭を悩ませていると、斜陽に照らされた屋敷の柱や梁にそっと触れながら、歌仙兼定は建物内をゆっくりと歩きまわる。
じっと目を瞑り、暫くの間、廊下に黙して佇む。

そして、ゆっくりと眼を開いた。


「……僕が顕現した本体は、かつてここの屋敷で過ごした老夫婦の刀。その記憶に呼び掛けて、この屋敷を案内してもらうよ。
 皆、こちらへ」


すると、彼は手にした刀に導かれるように、ゆっくりと歩き始めた。
屋敷内を暫く歩いていくと、やがて皆は、漆喰で白く塗られた大きな蔵へと案内されていた。

蔵を開けると、そこにはいざという時の為に貯蔵された備蓄米や、味噌などの調味料、干したわかめや魚の干物など、
いくらかの乾物が置いてあったのだ。


「食料だ!」

「お米もちゃんとありますね……」

「戦に備えて、蓄えてあったんだろうね……
 彼らに感謝して、今日の所はこの食料を使わせて貰おうか」


「ところで、これどうやって食うんだ? まさか生のままじゃねーよな?」

「調理しないと食べられませんよ。生のままの米はお腹を壊します」


人の生活がさっぱり分からず、食材の使い方も分からない様子で愛染国俊が問いかけると、こんのすけが調理の必要を説いた。
しかし、皆今日顕現したばかりで、調理の方法を学んでいる者はそこにはいなかった。
政府から遣わされた管狐のこんのすけも、調理の方法まで詳しく知っている訳ではない。


皆が首を傾げている中、歌仙兼定は静かに語り出す。


「……ひとつ、思い出したことがある。
 かつて僕を所持していた元の主は、料理が好きな方だった。食べる事も、作る事も。
 食べ物は、食べられればなんでも良いという訳ではない。
 季節に応じて、一番美味しく食べられる食材があり、適切な料理方法がある。
 そして、大事な人たちに、美味しい料理を振る舞うのが好きな御方でもあった。

 その姿勢を、僕も今、見習いたいと思う。
 大事な主や、仲間たちに、ただ腹を満たすだけでなく、美味しい料理を振る舞いたい」


「料理の仕方、知っていらっしゃるのですか…?」

「いや。僕自身はまだ知らない。でも、先達から学ぶことは出来ると思うんだ」


そう話し、向かった先は屋敷の厨だった。

小さいながらもよく使い込まれた竈門や鍋、包丁などがきちんと並べて置いてあった。
その中の包丁をひとつ手にとり、歌仙兼定は囁きかけた。


「君たちの主の記憶を、僕に教えてくれないか」



「成程、同じ付喪神から記憶を分けて貰うやり方ですね」

「どういうことでしょうか?」


首を傾げる蒲公英の少女に、こんのすけが説明する。


「古くから人に使われているモノにも、多かれ少なかれ、付喪神が宿ります。
 その霊力の強さは、人に顕現できる程の力を持つ刀剣男士に比べれば微々たるものですが、
 彼らはちゃんと意思を持ち、使われていた時の記憶を持っています。

 歌仙様は、厨にあるものから、持ち主に使われていた記憶を教えて貰っているのでしょう。
 彼自身も、呼び寄せられた形代となった元の刀に宿る記憶から、この屋敷の詳細をお知りになったのです。
 人の身を得る事が初めての皆様にとっては、良いやり方ではないでしょうか。
 教えなくてもその方法をちゃんと理解しておられる。流石ですね」


「そうなのですね……」


彼の様子を、皆は感心して眺めていた。


しばらくして、調理方法を厨の道具たちに教えて貰った歌仙兼定は、調理に取り掛かり始める。



そこに、堀川国広が明るく声をかけた。


「1人で全部するのも大変ですよね。出来る事なら、僕、何でもお手伝いしますよ!
 料理のやり方、教えてください!」


大小二本差と、打刀と共に帯刀される事の多い脇差の性分なのであろうか、彼は快く手伝いを申し出たのだった。


「あの、僕たちにも、何か出来る事はありませんか……」

「うん。出来る事なら手伝うよ」

「皆でやった方が、早くうまいご飯食べられるだろ!」


そこに、五虎退、小夜左文字、愛染国俊も次々と声をかけてくる。

慌てて蒲公英の少女も声をかけた。


「わっ、私もお手伝いします……! 皆さまばかりを働かせるわけには参りません!
 出来る事なら、仰ってください!」


次々と手伝いを申し出る皆の様子に、思わず微笑む歌仙兼定。


「皆、ありがとう……それじゃ、お願いしようかな」



皆調理は初めてであったが、その分丁寧に行った。
蒲公英の少女は、火の扱いにまだ慣れないものの、釜戸の火加減を、火力の見方の勉強にしていたようだ。

おかげで大きな失敗もなく、そうして出来上がったのが、小魚の干物から出汁をとった
わかめのお味噌汁と、炊き立ての麦飯だった。


「簡素だけど、こんなものだろうか」

「おおぉ、うまそう……!」


ほかほかと暖かい湯気が立ち上っている味噌汁と麦飯を眺め、愛染国俊は目をきらきらさせる。


「室町時代の辺りでも、お味噌汁ってあったんですね」

「その頃は、醤油よりも日持ちのする味噌が調味料の主流のようですからね。
 豆腐もありましたし、大豆の歴史は古いのです」


自家製の味噌で出来た味噌汁をしげしげと眺めながら、堀川国広とこんのすけは興味深そうに呟いた。



そして、蒲公英の少女と5人の刀剣男士たち、そして脇にはこんのすけも合わせ、皆で食卓に着いた。

その時、こんのすけはこんな話をした。


「食事というものは、野菜や穀物の植物、魚などの生き物の、数多の命を頂戴する儀式でもあります。
 その際に、数多の命を“頂く”際への感謝の気持ち、そして作ってくれた方への感謝の気持ちも込めて、
 『いただきます』と唱えて食べる習慣が、江戸の後の、明治から昭和の時代に始まったと言われています」


「へぇ……それは随分と優しい考え方だね」


こんのすけの話に、感心する歌仙兼定。


「それは素敵な考え方だと思います。
 私はしがない蒲公英の精ですが、まさかお魚さんを食べる事になるなんて思いませんでした……
 命に感謝して頂かないとですね。

 そして、こうして初めてながらも、試行錯誤して料理をしてくれた皆さまへも。
 食事がとれるのは当たり前ではない……改めて、感謝を込めて頂きたいと思います」


「なーなー! 早く食べようぜ! 折角のご飯が冷めちまうぜ!」

「はは、それもそうだね。じゃあ頂こうか」


ご飯を待ちきれない愛染国俊に急かされて、お膳を前に皆は揃って「いただきます」と合掌する。



そして、ほかほかの麦飯を一口、口に含むと。


「う……うんめぇ〜〜〜!!
 これが、ごはんって奴か!!」


あつあつのご飯の美味しさに、愛染国俊は目をきらきらさせる。


「うん、お味噌汁も美味しいよ……」

「なんというか、こう、深い味がします……」

「きっと、小魚の出汁がよく効いているんだね」


小夜左文字と五虎退は揃ってお椀を持ち、じんわりと味噌汁の風味を味わう。
小魚の出汁がよく出ているようだ。


「なんだろう……ただうまいだけじゃなく、この辺りがぽかぽかするぜ」

愛染国俊は、胸の辺りを指し示す。


「美味しいご飯を食べると、幸せな気分になりますからね。
 うん、初めてにしては、実にうんまいです、はぐはぐ」

そう注釈するこんのすけも、実にうまそうにご飯を食べている。


素朴な麦飯と味噌汁だったが、皆とても幸せそうな表情を浮かべていた。
そんな皆の様子を眺めて、歌仙兼定も嬉しそうだ。


「ふふ……皆が喜んで食べてくれることが、こんなに幸せな気持ちになるなんてね。
 料理を振る舞うことの喜びが、少し分かった気がするよ」





食事が終わって、皆で食器を洗っていると、五虎退が小さな欠伸をした。

気付けば日も落ち、すっかり夜の帳が降りていた。
小さな行燈に火を灯し、寝床の準備をする。


当時使われていた寝具と言えば、藁敷きの寝床に、僅かばかりの綿が入った
薄い着物を掛けるという簡素なもの。
随分と簡単なつくりではあるが、当時はこれが主流だった。


「布団って言っても、これだけかぁー… 昔の人って大変だったんだな」

「今日1日は辛抱してくださいませ。
 明日になれば、政府へ手配した物品が届きます」

江戸時代以降のふかふかの布団を恋しがる愛染国俊を、こんのすけが励ます。


「今日のところは、皆疲れただろうから、疲れを残さないよう、ゆっくり休もう。
 ほらほら、愛染。お腹が出ているよ。冷えてしまうから、ちゃんと掛けようか」

蒲公英の少女や、短刀の子たちの上掛けを掛け直しながら、歌仙兼定はそう優しく語り掛けた。


「そうですとも。屋敷を整えたり、色々な仕事が待っています。明日から忙しくなりますよ」

「じゃあ、頑張らないとですね! 僕、早起きしますね!」


こんのすけが明日からの仕事を挙げると、早速取り掛かり皆の役に立ちたいとでも言うように
堀川国広は意気込みを見せる。


「はは、頼もしいな。だけど張り切り過ぎて、疲れを溜めないようにね。
 ……ん? どうしたんだい、五虎退?」


歌仙兼定がそう問いかけると、星の明かり以外光のない、暗がりに包まれた屋敷は
どこか少し恐ろしいのか、五虎退は、ふるふると震えている。


「あ……すみません。暗いのがその、ちょっと怖くて……」

「はは。仕方がないね。それじゃ、敷き藁を少しくっつけようか」


6つの寝床が、押し寿司のようにぴったりとくっついた。


「こ、これなら、怖くないです……」

「あはは、なんだかおしくらまんじゅうみたいですね」

「だけど、その分、ちょっとあったかいね……」


隣に人の温もりを感じて安心したのか、五虎退、小夜左文字と、皆次々とすぅすぅと眠りに落ちていった。




静寂の夜の空の下、草むらから聞こえてくる虫の声が、辺りに心地よく響き渡る。




色々とめまぐるしく過ぎた1日であったが、仲間たちに恵まれたおかげで、
蒲公英の少女の心にあった不安は、いつの間にか薄れていたのだった。


「……改めて皆さま、私の元へ集って頂き、本当にありがとうございます。
 不束ながらも、これから精一杯頑張りますので、宜しくお願い致します」


皆が眠ったのを見届けて、蒲公英の少女は刀剣男士たちにそう小さく感謝の意を伝え、眠りについたのだった。







本丸立ち上げといえば! 皆大好き・ごはん話ー!
いやこれ早く書きたかったんだな。おかげでいい後押しを頂けました。ありがとうございます。

うちの歌仙さんは、記憶が全くのゼロベースから顕現したため、必要な知識は少しずつ会得しなければなりません。
料理も初めから得意だった訳ではありません。
そこでひねり出したのが、付喪神の仲間たちから記憶を教えてもらう、という設定。
美味しいものが分かるとか、センスはあると思うので、少しずつ習得していけるといいね。

時代設定、今の時点では室町時代あたりで考えているので、当時の文化を調べるのが楽しい今日この頃。