「あー… づっがれた……!」


戦から帰った愛染国俊は、本丸に帰って来るなり、畳の上にばたんと勢いよく倒れ込んでしまう。


「確かに、最近ずっと連続して出陣していたから、ちょっと疲れちゃったかな……」


普段もくもくと真面目に任務をこなしている堀川国広も、今日ばかりは流石に疲れの色を隠せないようだ。



「今日も誉を取れなかった……俺が写しだからだ……」

「元気出して……貴方はちゃんと頑張ってるよ……」


どよどよと負のオーラを放っている山姥切国広も、隣で励ます小夜左文字も、随分とぐったりした様子だ。


「加えてここ数日、とても暑いですからね……それだけでも、バテてしまいそうです……」


五虎退が弱々しく呟く。
お付きの虎も、毛皮が堪えるのか、暑さのあまり舌を出して息を切らせている有り様。


蝉の大合唱が、油照りの陽射しと共に、じっとりと耳をつく。
梅雨明けの太陽の、茹だる様な暑さは、少しの日陰でも容赦なく追い詰め、皆の逃げ場をなくしていく。



「大丈夫かい? ほら、冷たい麦茶だよ」


氷を浮かべた麦茶を手にして、歌仙兼定は帰ってきた皆を迎える。


「うぅ〜さんきゅ……」


麦茶のグラスを受け取り一気に飲み干すが、度重なった疲れはそう簡単にはとれないようで、愛染国俊は再びぐったりと畳に突っ伏してしまう。
元気が取り柄の彼がこの有り様とは、相当のようだ。




「これまた、随分と参っているねぇ……」


そこへやってきた石切丸が、皆の様子を見て心配そうに呟く。


「連日出陣を繰り返しているからね。
 加えて、水無月にしては、記録的な暑さを叩きだしているみたいだね。
 統計上、史上最速の梅雨明けらしいよ。」


暑さと疲れにノビている面々に団扇でぱたぱたと風を送っている蜂須賀虎徹も、随分と暑そうだ。





そんな皆の様子を見て、石切丸はある提案をした。


「疲れと暑さか……
 それに時間遡行軍と戦うのは、どうしても穢れが溜まってしまうからね、うん。

 そうだ。丁度いい時期だし、夏越の祓いをしようか」


「夏越の祓?」


「そう。この時期は丁度、梅雨による湿気や暑さで、疫病や虫害が発生しやすい時期でね。
 半年の間に溜まった穢れを流して、またもう半年頑張ろうって、気持ちを新たにするんだよ。

 形代に穢れを移して水に流したり、身を清めたりするけど、
 茅や藁で束ねた大きな輪をくぐって無病息災を祈る、茅輪くぐりが有名かな。」


石切丸の説明に、いくらかの刀剣男士たちが反応する。


「あ、それ知ってる! こーんなおっきな茅の輪を、ぐるぐる回ってくぐってお参りするんだよね」

「確か大元の起源は、黄泉比良坂から戻った伊弉諾尊が、身を清めた禊祓の話じゃなかったっけな」

「身分を隠して旅する素戔嗚尊が、蘇民将来という人物に、一晩の宿を借りた礼として、
 茅の輪を腰につけると疫病を避ける事が出来ると助言した話が、茅輪くぐりに発展したらしいね」

「ほぉぉ。色んな話があるんじゃのー」


「僕たち刀剣男士は、時間遡行軍とは年中ひっきりなしに戦っているから、
 穢れを取り祓って身を清らかにしておくのも大事だと思ってね」


「それで、夏越の祓をやろうってことかい。
 でも、茅を集めて輪くぐりの飾りをつくるには、これから準備するとなると、少しかかるんじゃないかな……?」


神社で見たような大きな茅輪を想像して、歌仙兼定は石切丸に問いかけた。


「あぁ、大丈夫。手軽にできる、夏越の祓にあやかった方法があるんだよ。
 それはね。『夏越ごはん』を作って、皆で食べるんだ」


「『夏越ごはん』??」


更に聞き慣れない言葉に、男士たちは一斉に首を傾げる。


「2015年頃に始まった面白い風習でね。
 雑穀ご飯の上に、夏野菜を使った茅の輪をイメージした丸い食材をのせて食べて、無病息災を祈るんだよ」

「へぇぇ、面白いなー! うまいもの食えるなら、大歓迎だぜ!」


それまで伏せていた愛染国俊も、ご飯の話題となると、活き活きとして起き上がってくる。


「割と新しい行事なんだね?」


「まぁね。この頃落ち込んでいた、お米の消費を促す目的もあるみたいだよ。
 お米は昔からこの国の大切な作物で、豊穣祈願には必ずお供えされていた大事な作物だからね。

 僕らの逸話と同じで、こういう風習って、人々が語り継いでいく事で、新しい伝統になっていくんだ。
 その一端を担ぐのも、なかなか興味深いと思わないかい?

 それに、美味しい物を食べて、身体の中から皆で元気になる。
 疲れている君たちにぴったりだろう?」


穏やかに、石切丸はそう皆に語りかけた。



「さんせーい! オレ、夏越ごはん食いてえ!」

「ぼ、僕も、食べてみたいです……!」

「旨い飯が食えるなら、俺は賛成だ。で、腹いっぱい食うには、何からすればいい?」


勢いよく挙手する愛染国俊に、おずおずと五虎退も答える。
山姥切国広に至っては気が早いもので、涼しい顔で大食い宣言である。
その分働く心算ではいるようなので、誰も何も突っ込まなかったが。


「茅の輪にちなんだものか……形から、夏野菜のかき揚げなんか良さそうだね」


早速、料理のイメージを浮かべた歌仙兼定は、仲間たちにそれぞれ協力を求めた。


「よし、じゃあまずは、野菜の収穫からかな。
 五虎退と山姥切は、畑から野菜を収穫してきてくれるかな。
 玉ねぎ、茄子、ししとうが丁度旬だった筈だ」

「はい!行ってきます!」



「夏バテには、薬味がいいぜ。生姜や茗荷、青ネギなんかもあるといいな」

「あぁ、いいね。精がつきそうだ」

「わしにまーかせちょき! うんまいの採ってきちゃる!」


野菜のラインナップに、薬研藤四郎が香味野菜を付け加えると、陸奥守吉行が嬉々として応じた。
どうやら、土佐で名産になっている生姜がお気に入りのようだ。


「なぁなぁ。なんで白ご飯じゃなくって、雑穀ご飯なんだ?」

「素戔嗚尊をもてなした際に、粟飯を出したことが由来みたいだよ」

「へーぇ!なるほどな! んじゃ、ご飯はオレと小夜に任せな!すーぐ炊いてくるからよ!」

「うん。お手伝いするよ……」

「有難う。じゃあ、君たちに頼もうかな」


初期の頃からご飯を炊くのを手伝ってきたため、手慣れている愛染国俊と小夜左文字が、雑穀ご飯の準備を申し出る。



「堀川、悪いが、和泉守を連れてきて貰えるかい?」

「兼さんを?」

「以前、天ぷらを手伝って貰ってね。見極めが良いのか、なかなかいい揚がり具合だったんだ。
 今回もあの子に力を借りたいんだよ」

「はい、分かりました!」


そう答えると、堀川国広は和泉守兼定を呼びに向かった。





数分後、内番着姿の和泉守兼定がのそのそとやってくる。


「なんだなんだ、オレを厨に呼ぶだなんて珍しいな……味見か?」

「そんな訳ないだろう。ほら、これを。」

「なんだこりゃ?」


そう言って歌仙兼定は、白い布を和泉守兼定に手渡す。
広げてみると、それは白い割烹着だった。しかも、襟ぐりにちょっとかわいい花模様が入っている。


「これからかき揚げを揚げるんだ。手伝って貰えるかな?
 その雅な内番着を油跳ねで汚さないよう、これを着るといい」

「おいおい……マジか……
 オレより料理うまい連中なんていくらでも居るだろ。国広に頼みゃいいじゃねーか。
 なんでオレなんだよ……」


割烹着に目を丸くした上にやや面倒そうにぼやく和泉守兼定に、歌仙兼定はにっこりと答えた。


「揚げ物は見極めが重要でね。
 先日揚げた天ぷらも、なかなか見事なものだったじゃないか。
 繊細な仕事をしてくれる、君の腕を見込んでの頼みだよ」

「和泉守さんの天ぷら、美味しかったなぁ〜! ボク、また食べたいなぁ…!」

「皆にそう言って貰えるなんて、流石兼さんだね!」


隣で手伝う乱藤四郎もきらきらした瞳でねだる。そこに、堀川国広のお墨付きだ。

3人にさりげなくおだてられると、和泉守兼定はぼやきつつも、まんざらでもなさそうに頭をがしがしと掻く。


「まっ、なかなか大変な仕事だけど、しゃーねぇなぁ……いっちょやってやるか」

「待ってました、天ぷら兼さん!」


おまけに妙な呼び名をつけられながら、和泉守兼定は皆におだてられ、割烹着を被った。




やがて、畑から玉ねぎ、ししとう、茄子が籠一杯に届く。
良い出来に、五虎退は随分嬉しそうだ。

備蓄のにんじんも一緒にして、玉ねぎは薄切り、ししとうとにんじんは細切りにして、茄子は縦に4分の1の大きさに切り揃える。

篩にかけた小麦粉に片栗粉を加え、氷水で軽く溶き、かき揚げの衣を作り、薄切りや細切りにした野菜を絡めていく。



そして、よく熱した菜種油を準備し、衣のひとしずくを垂らした。


「まだだな……少し間を置いて衣があがる。もう少しだ。」

「大葉みたいな香味野菜、レンコンなんかの根菜類は丁度良い温度だね」



「ねぇねぇ、どのくらいが揚げ物に丁度いいの?」

「かき揚げだと170〜180度ぐらいかな。
 油に衣を落とすと、落とした途中で浮き上がってくるくらいだよ。
 もっと温度が上がって、200度近く……衣が表面にすぐ広がる位になると、
 魚介類や水分を多く含む食材を揚げる時に適しているんだ」

「へぇ、面白いね!」

「料理ってのは、ある意味科学みたいなもんだよな」


歌仙兼定による天ぷらの温度解説に、乱藤四郎や薬研藤四郎は興味深そうに聴き入る。
隣で油をじっと見つめている和泉守兼定の表情は、真剣そのものだ。

皆が話している間に、油の温度が適温に達したようだ。
衣をもう一度ひとしずく垂らすと、しゅわしゅわと衣が泡立ち、すぐ浮き上がってきた。


「おっ! いい感じじゃねーか!」


丁度良い温度になった所で、かき揚げのタネをそっといくつか入れると、じゅわーと鮮やかな音が上がる。


油に泳ぐタネをじっと見つめ、ご飯の炊き上がりを待つ愛染国俊がわくわくする。


「天ぷらっておもしれーよな! じゅわわーって踊っているみたいでよ!
 なぁなぁ、まだか?! まだか?!」

「まだだよ。あんまりつつくと、崩れてしまうからね。いい感じに揚がるまで、ここは我慢が肝心だよ」


鍋の周りに陣取ってそわそわする愛染国俊の様子を笑って眺めながら、蜂須賀虎徹が窘めた。


しばらくタネを見守った後、衣がきつね色に仕上がった所で、和泉守兼定は菜箸を取った。


「よし! そろそろだな!」


油から引き上げると、カラッと揚がったかき揚げが、いくつも網の上に並ぶ。
型崩れもしておらず、その出来は申し分ない。


「上手に出来たねえ。流石だよ」

「ここまで来るのに、随分練習しましたからね」


満足そうに仕上がりを眺める、歌仙兼定と堀川国広は、感慨深そうにそう話す。
以前天ぷらを揚げた際は、温度が高すぎて焦げてしまったり、逆に低くて衣がべしゃっとしてしまったりして、随分苦労したものだった。

だが、トライアンドエラーを何度も繰り返す事で、和泉守兼定は天ぷらのコツを掴めることが出来た。
強くなるためにひたむきに修練に挑むその姿が、今回大いに活躍したのだった。

その修練の賜物が、『天ぷら兼さん』という称号だったのだ。



茅の輪を彷彿とさせる、黄金色に揚がったかき揚げに皆が惚れ惚れしていると、ちょうどご飯も炊けたようだ。
蓋を開けると、粟や稗、押し麦、もちきび、白ごまなどがふんだんに入った、ふっくらした雑穀ご飯がほかほかの湯気を立てていた。


「うまそーーー!!」

ご飯を眺める短刀の少年たちの目が、一層きらきらと輝いている。



「生姜も摺り下ろしたぜよー! だし醤油に薬味もたっぷりじゃ!」

「よし、じゃあ盛り付けるとするか」


同じタイミングで生姜を山ほど摺り終えた陸奥守吉行に、嬉々として薬研藤四郎が刻んだ茗荷や青ネギを皿に取り分けた。



「ご飯は、各自食べたい分だけ盛り付けて構わないよ」

「かき揚げは一人2つまでなー」


「よっしゃ!食うぞー!!」

「あの、た、食べきれるでしょうか……」

「勢い余って盛り過ぎないようにね」


「ちょっと、山姥切さん、それ盛り過ぎじゃ……」

「問題ない。ちゃんと平らげる」


「さっすがわしの生姜は、よう育っちゅうのう!」

「はは、確かに、良い出来だ」

「うん。みんなが頑張って作った野菜がいっぱい使われた夏越ごはん、美味しそうですね!」



兼定派の2人が呼びかけると、皆それぞれ好きに各々のどんぶりに盛り付けていく。

黄金色のかき揚げに目を輝かせる愛染国俊は、五虎退や小夜左文字に盛り付け過ぎないよう諭されていたし、 一方、食べる量が半端ない山姥切国広は、盛り付けたご飯の量の多さを、乱藤四郎に驚愕されていた。
陸奥守吉行は自作の生姜の出来を、薬研藤四郎や堀川国広から褒めて貰い、随分嬉しそうだ。



そんな皆の楽しそうな様子を、石切丸は笑って眺めていた。


「ふふ、なんだか皆、作る時から元気になっていったね」

「そうかも知れないね。美味しいものを皆で楽しく作るのは、それだけで元気が出るのかもしれないね。
 夏越ごはん、か。とても風流な習わし、教えてくれて感謝するよ。おかげで、皆の厄も取れそうだね」


そう言うと、歌仙兼定は微笑んだ。



「おーい! 早く食べようぜー!」

「皆で一緒に食べましょう……!」


語り合っていると、愛染国俊がしびれを切らして呼び掛ける。
五虎退も、2人が席に着くのを待っている。

そんな様子を、くすっと笑って2人は皆の元へ向かったのだった。



「それじゃ、皆。手を合わせて。」

「いただきまーーーす!!」