明るい太陽の光が庭中に降り注ぐ中、少し翳った屋敷の中には涼やかな風が吹き抜けている。

さやさや、と葉擦れの音が優しく響く。気持ちの良い午後のひとときだ。


洗濯物を取り込んだ堀川国広が急ぎ足で廊下を通りかかると、縁側で気持ちよく昼寝をしている

愛染国俊と小夜左文字の姿を見つける。無邪気な表情のまま、横になっている2人にくすりと笑うと

堀川国広は毛布をとり、2人にそっと掛けた。



縁側から庭を眺めると、紫苑に藤袴、赤まんまなどの素朴な秋の草花が顔を覗かせている。

先日までは、畑一杯の見事な向日葵の群を皆で眺めていたというのに、季節の移り変わりとは早いものだ。

季節が過ぎるごとに、様々な花が次々と咲いては散り、そしてまた咲いていく。

この庭は、そんな風情あるひとときを、本丸の皆に感じさせてくれる。そんな庭だった。



屋敷の中も、季節ごとに掛け軸を変えたり、二十四節季に合わせて調度品を整えたりして、季節感を大事にしていた。


ただ、そんな中、床の間に置いてある趣のあるつくりの花瓶に、本来あるべき筈の花は

そこには活けられていないのだった。




風がやみ、静寂が訪れた屋敷の中、花の活けられていない空の花瓶を、堀川国広はふと眺めていた。





すると、玄関に賑やかな声が響いてくる。遠征に行っていた者たちの帰還だ。


「あ、お帰りなさい!」


泥落としの為にと、水の張った桶と、洗濯物の中からまだお日さまの香りが残る手ぬぐいを持って

堀川国広は遠征部隊の皆を出迎える。


「ただいま。楽しい旅だったよ」


手一杯の風呂敷包みを抱えた歌仙兼定が、充実しきった笑顔で他の仲間たちと共に玄関に現れた。


「まぁーったく、楽しいちゅうのはええが、あちこち寄り道し過ぎじゃ。

 なかなか足が進まんと、わしも呆れちゅうよ」

「ただ、見通しの悪い山道の中で、あれだけ色々なものを見つけるのは流石だがな。

 主への手土産が多いのは、好ましい結果だ」


陸奥守吉行は半ばからかうようにからから笑って、手にした荷物を玄関に次々と置いた。

その後ろから、へし切長谷部も大きな風呂敷を更に抱えて玄関へ入ってくる。

風呂敷の中身は、炭の原料になる楢や橡、樫などの太い枝が散見される。

いくらかの季節の果実、柘榴やアケビ、梨、山ぶどうも見られた。


「季節の移ろいを感じる風流なものがあちこちに散見されるんだよ。これは詠まずにはいられないね」

「まぁ実際は、採集にかかりきりで、歌を詠んでる暇なんてのは無かったんだけどね。

 おかげで、いーっぱい美味しいもの調達出来たよ!」


そう答える信濃藤四郎が背中から降ろした籠には、立派な栗が山ほど入っていた。


玄関先の賑やかな様子を聞きつけて、奥から他の仲間たちも駆けつけてくる。


「お! 遠征部隊の帰還じゃねーか。御苦労、御苦労!」

「わぁ、見てみて、たっくさんの栗! ねぇねぇ、ボクこれで栗ご飯食べたいなぁ!」

「山ぶどう、とっても綺麗な色ですねぇ……」


厨にいたのか、たすきがけの上に割烹着を着た和泉守兼定、フリルのついたかわいい花柄エプロン姿の乱藤四郎、

頭や肩に虎の子たちに乗っかられた五虎退らが次々と現れた。


そしてその後ろから、ちまっとついてきたのは、主である蒲公英の審神者の少女だ。

お手伝いをしていたのか、その両手は薄力粉だらけになっていた。

それでも、主の姿を見つけると、歌仙兼定は薄力粉だらけだというのに、一向に構わずに

満面の笑みを浮かべて、主の少女を高く抱き上げた。


「ただいま、主。 お手伝いしてくれていたのかい?」

「お帰りなさい! はい、今日は天ぷらを揚げるそうで、私もお手伝いしていたんです。」

「それは素晴らしいね。きっと美味しく出来上がってることだろうよ。夕食、楽しみにしているよ」


2人のそんな様子を微笑ましく見守る本丸の仲間たち。

近頃は、己の得意領分であった料理をはじめ、他の仲間たちに色々な仕事を任せる事が増えてきた歌仙兼定は

以前よりも肩の力が抜けたというか、柔和な表情をすることが随分多くなっていた。

そんな姿を、初期の頃からずっと傍に居た堀川国広は、嬉しそうに眺めていたのだった。


「粉まぶしは主に手伝って貰ったんだ。で、仕上げの揚げはオレの担当。残さず食えよー?」

「生焼けだったり、少し焦げていても、我慢してくださいね」

「なっ、国広ぉ、その一言は余計だっつーの!」


自信たっぷりに言った傍から入る堀川国広の突っ込みに、和泉守兼定はぶーと頬を膨らませる。

そんな彼を、一同は声を上げて笑う。



「今日の遠征では、どんな花が見られたのですか?」

「そうだねえ、大分冷えてきた事もあって、萩、杜鵑草、女郎花、秋明菊、石蕗なんかも見られたね。」

「もうそんな季節になったのですね。外は随分と寒くなったんですね……」


本丸の外で咲く花を訊ねた蒲公英の少女は、挙げられた名の花々に、秋が深まった事をしみじみと感じ取る。



「歌を詠むというというだけあって、随分草花の種類に詳しいなぁ、歌仙さんは。」

「四季折々の花に通じるという事は、文芸の達者にも繋がるからね。鯰尾、口元に食べかすついてるよ」


2人のやり取りを、後ろから現れた鯰尾藤四郎は感心して眺めていた。厨の料理をつまみ食いしながら。

そんな鯰尾藤四郎に、堀川国広が笑顔で口元のご飯粒を指摘する。




「しかしよぉ、そんなに花に詳しいならば土産に花の一つも持ってくりゃいいのに……」


江戸の末期生まれで粋を好む、和泉守兼定がそう呟くと、それを堀川国広がやんわり窘めた。


「兼さん。僕たちの主が、もとは何だったか覚えてる?」

「あ…………」



ここの本丸の主、蒲公英の少女は、元は蒲公英の花の化身。

花を手折るという行為は、主の命を摘み取るという事と同義。



故に、ここの本丸では、花瓶に花を活けるという事をしないのだ。







はじめの頃は、本丸で育てた野菜を収穫する際にも、随分と戸惑ったものだった。


「……主、君は、もとは草花だろう。こうして、同じ植物がその一部をもぎ取られる事に

 躊躇はしないのかい……?」


たすきがけを締めて畑仕事をする歌仙兼定が、主の蒲公英の少女に遠慮がちに問いかける。

今目の前にしている胡瓜も、もぎ取られる際に、その叫びを彼女は耳にしているのだろうか。


「勿論、痛みを感じない、躊躇しないと言えば嘘になります……

 不思議なものですね。同じ植物だというのに、こうして人の身を得て、彼らの命を頂く身になるというのは。

 けれど、生きる為に、彼らの命を頂戴し、大事に頂くという事は、意義のある事だと思うのです。

 頂いたからには、彼らの分までしっかり生きなければと。それだけの使命を、私は負ったのだと」


「主は、強いんだね。ますます御守りせねばならないな」

「では、私は、皆さまが健康で居られるように、畑の仲間たちを応援しなければですね」


そう言うと、蒲公英の少女はにっこりと微笑む。

実際、元は花である彼女の御利益のおかげか、ここの畑に植えられた野菜は育ちも早く、実りも充実していた。



「美味しいお野菜を食べて頂いて、皆さまにはしっかり元気になって頂きたいんです。

 皆さまが健康でいられれば、それが彼らへの報いにも繋がると、私は思うのです。」


麦藁帽子を被りながら、照り付ける日差しの中、蒲公英の少女はもくもくと胡瓜を収穫する。



「花とて同様です。花は、誰かに見初められて、一層輝けるんです。

 私たちが花を咲かせるのは何故だか分かりますか?

 食べられると分かって、実をつけるのは何故だか、分かりますか……?


 虫や鳥たちに、花粉を運んでもらい、実を結び、遠くに子孫を運んで貰う為なんです。

 その為に、より鮮やかに、華やかに己を飾るんです。

 そんな私たちを広い野原の中見つけて、綺麗だと仰って頂けることは、この上ない誉なのです。

 例えその上で切られたとしても、花として本望なのですよ」


立派な花瓶があるというのに、一向に花を飾ろうとしない事に、蒲公英の少女は気付いていたのだ。


「困ったね……気付いていたのかい」


「私もただの蒲公英だった頃に存じ上げておりました。

 美しい花たちを、人々が愛でる為に摘み取る姿を。

 ただ、その時羨ましくもありました。美しい故に人の目に留まることに、少し憧れていたのかも知れません。

 私は、地べたの隅っこに咲く、しがない蒲公英でしたから」


少し寂しそうに笑う蒲公英の少女の物言いを、歌仙兼定は大きく否定する。


「そんなことはない。主は十分綺麗だよ。陽だまりのような暖かい色、素朴で愛らしいその姿。

 そして美しいだけでなく、強さも兼ね備えている。幾人にも踏まれても、決して折れない強さをね。

 僕は、そんな健気な主だからこそ、護りたいと思うんだよ」



真正面から真面目にそう告げる歌仙兼定の言葉を聞き、蒲公英の少女は真っ赤になりうろたえてしまう。


「こ、困りました…… そんな事、言われたの初めてですから……

 こんなに褒めて頂けることは無かったので……」


「皆、随分勿体ないなぁ。 目の届かない足元に、こんなに愛らしい風流があるというのに。

 その分、主を独占できるのは、僕としても嬉しい限りだけどね」


「お、お願いです……これ以上、私を困らせないでください……」


そう言うと、蒲公英の少女は、ますます頬を紅潮させ、麦藁帽子を深く被って俯いてしまう。



「ふむ……でも、今後は肝に銘じておこう。花を持ち帰ると、主の嫉妬を買ってしまうとね」

「そ! そんな事はありません! 私だって、花は好きです……!!

 そんな事を、本丸の皆に広めないでください……!!」

「はは、冗談だよ」


やや改まって悪戯っぽそうに言う歌仙兼定に、蒲公英の少女は彼の着物の裾にせっつき困り果ててしまう。

そんな主を笑って眺めている歌仙兼定だったが、ふと、彼女にある提案をした。


「それでも、切り花よりは、僕は自然のままに咲いている、そのままの姿の方の君たちが好きだからね。

 そうだ。もし今後出かけた折に見かけたら、主に報告するよ。どんな花が咲いていたとか、季節の移ろいをね。」

「歌仙さん…… ありがとうございます……」


彼の精一杯の誠意を感じ取り、蒲公英の少女は微笑んで小さく頷いた。





それ以降、この蒲公英本丸では、切り花をむやみやたらに持ち帰らない、というルールが出来たという訳である。





近頃では、季節の花々を手折らずとも皆が眺めて楽しめるように、機械に詳しくなった陸奥守吉行が

デジタルカメラというものを使って、旬の草花を写真に収める技を覚えたとか。





出陣や遠征の獲得物資の中に、季節の草花ってあるじゃないですか。
ですが、うちの主は蒲公英の付喪神。
花を手折る=首を切るってなイメージで、多分躊躇したんじゃないかなと。
そう思い、書いてみたお話でした!

花を手折る事を躊躇してしまう歌仙さんとは対照的に、
ぽぽ子としては、見初めて貰えて嬉しいって気持ちもあるのかなーと。