鈍色の雲が足早に駆け抜け、晴れ間が差し込んだと思えば、次の瞬間には再び翳りを見せる空模様。
山林を進む一行に、冷たい雨がぽつぽつとまばらに彼らの肩を濡らす。
この時期の雨は、まだ雪に変わり切らない為か、ひと際身に染みて冷たく感じる。
「さっきまで晴れていたというのに、また降ってきましたね……」
「秋の天気は変わりやすいというからね」
翳りゆく太陽を名残惜しそうに眺めながら、前田藤四郎は雲が殆ど覆った空を仰ぐ。
先を歩いていた歌仙兼定は振り返って足を止め、同じく空を見上げる。
「ここの所随分涼しく……というか、寒くなったね。皆、大丈夫かい?」
後ろを振り返り、探索を続ける仲間たちを気遣った。
秋の野山を歩いて探索する為、冷えないように着物はいつもより厚手のものを用意し
外套を羽織ったりしていたが、雨に降られた事もあり、手足はすっかり冷え切って悴んでいた。
「うう〜、さむいです! はやくほんまるへもどって、あったかいいろりのそばであたたまりたいです!」
そう話すのは、最近遠征へ同行を許されたばかりの今剣。
ぴょんぴょん動き回って身体を暖めようとしているが、この晩秋の冷えにはどうやらすっかり参っているようだ。
「さむいのはつらいです…… きせつも、いつまでもあたたかいままならいいのに」
「はは、確かにね。僕もずっと居た所は暖かい地方だったから、このような冷えにはなかなか慣れないよ」
寒さを疎む今剣のふくれ面に、今まで肥後の国で過ごしていた歌仙兼定も笑いながら相槌を打った。
「あの…… もし良かったら、こちら、どうぞ」
五虎退がおずおずと進言すると、今剣の肩に、そして歌仙兼定の腕の中に、五虎退のお付きの虎が
ぴょん、とそれぞれ1匹ずつ乗ったのだった。毛並みがふわふわとして、温もりが伝わってくる。
「うわぁ、あったかい! とらくん、あったかいですね!」
「これは有難い。でも、君はいいのかい?」
「僕は大丈夫です。寒いのは、少しなら平気です…… 皆さんが風邪を引かれると大変ですから」
「そうか、そう言えば君は、雪深い越後からやってきたんだったね。」
そう言うと、五虎退はにっこりと微笑む。
ぱらぱらと降り続ける雨の中、手をかさのようにして雨から少しでも身を護ろうとする秋田藤四郎に
先を進んでいた小夜左文字は、己が被っていた笠を取って彼に手渡した。
「良かったら、これ使って」
「え、でも、そうしたら小夜君が……」
「僕は大丈夫。ちゃんと鍛えてるから……
君の方が、顕現したばかりだから、身体を大事にしないと」
素っ気なく、小夜左文字はそう言う。
しかしその表情はどこか気恥ずかしそうなのか、ぱちくりと目を瞬かせて驚く秋田藤四郎に対して
小夜左文字は素直に視線を合わせようとしなかった。
差し出された笠を、秋田藤四郎は嬉しそうに受け取り、頭に被った。
「じゃ、ちょっと借りますね! ありがとうございます、小夜君!」
「うん、別に……」
にこやかに礼を述べる秋田藤四郎に、小夜左文字はまだ素っ気ないまま、明後日の方向を向いていた。
そんな彼らの様子を、歌仙兼定は微笑ましい気持ちで眺めていた。
ずっと己の研鑽だけに集中していた小夜左文字が、同じ本丸の仲間に対して垣間見せた優しさ。
彼も、この本丸で確実に少しずつ成長している。良い方向へと。そう実感し、嬉しかったのだった。
「あはは、秋田、可愛い〜! 笠似合うねー♪」
「そうですか? おっきくて、被っているとなんだか安心します!」
笠の縁を握りしめてにこにこする秋田藤四郎に、乱藤四郎も面白そうに話しかける。
そんな彼らの頭上から、鮮やかに染まった紅い楓の葉が、はらはらと落ちてきた。
「あ!落ち葉だ!」
「綺麗な色と形だねぇー!」
笠にとまった紅葉を摘まみ上げると、その鮮やかな紅の色をまじまじと見つめる短刀たち。
頭上を見上げると、楓の葉の他にも、桂の黄金色の葉、銀杏の鮮やかな黄色い葉、栗茶色の桜の葉、
橙色から鮮烈な紅に染まっていく漆の葉。様々な色合いの木の葉が、森中を彩っていた。
乱藤四郎は、前田藤四郎の肩掛けを広げて、共にひらひらと落ちていく葉を集めようとはしゃいでいた。
刹那、一陣の突風が吹く。
すると、様々な形や色の木の葉たちが、まるで乱れ舞うように秋風に吹かれて散っていく。
その様は、実に美しかった。
「うわぁ……!!」
「風流だねえ……!」
桜吹雪とはまた異なった趣の、季節の終わりの名残惜しさを感じさせる落葉の舞は、
ひと際、皆の眼に美しく刻み込まれた。
「知っているかい? この鮮やかな紅葉の色はね、気温の差が大きい程、綺麗に出るんだよ。
朝晩の冷えが深まる事で、山や森の紅葉の彩りが、より一層際立つんだ。」
「へぇ〜〜〜!!」
落葉を見送る歌仙兼定の説明に、短刀の子たちは揃って声を上げた。
「じゃあ、さむいのも、あながちわるいことばかりではないんですね!」
「寒すぎるのはちょっと辛いですけどね……」
「でも、その分、寒い日に食べる湯豆腐や、おでんは美味しいよね〜」
「湯豆腐……食べたいな……」
彼らの話題は、美しい紅葉から美味しい食の話へと移っていく。
すると彼らの視線は自然に、歌仙兼定へと集まっていった。
そんな短刀たちの様子に、彼はくすくす笑う。
「じゃあ、今日の夕食は、湯豆腐とおでんにしようかな」
「やったあ!!」
喜びの声に沸く一行。
「そうと決まれば、美味しいものいっぱい集めて、夕ご飯の足しにしなきゃ!
信濃たちには負けないよー!」
勇んで拳を振り上げ、探索に力を入れようと気合を入れる乱藤四郎。
それに小夜左文字も無言で頷いた。
先日、彼らの収穫のお陰で、皆美味しい栗ご飯の御相伴に与った事もあり、
今日は自分たちが大収穫を得て手柄を挙げようと意気込んでいた。
小雨が降る雑木林を進み、一行は探索を続ける。
秋の終わりとなり、採れる山野草が大分少なくなった道中でも、細やかな探索のおかげで
木陰で椎茸を見つけたり、食べられる山野草をいくつか採取することが出来た。
一行が採取に集中していたその時、空の彼方から、いくつもの甲高い鳴き声が聞こえてくる。
五虎退のお付きの虎が、耳をぴくっと聳てる。
虎の様子に気付いた五虎退が顔を上げ、周囲を注意深く見渡すと、やがてあるものを見つけた。
「皆さん、白鳥の群れです……!」
五虎退が指し示した先には、Vの字をつくり編隊飛行する鳥の群れが、こちらへと次第に近づいてくる。
鷺とは異なったそのシルエットは、すらりとした長い首に、優雅な長い羽根をしなやかに羽ばたかせて飛ぶ、
美しい白鳥の姿だった。
「北の国から冬を越す為にやってきた、白鳥の群れですよ」
「へぇ、初めて見たよ……! 随分優雅なものだねえ……」
羽ばたく姿も他の鳥とは異なりゆったりとしたもので、一糸乱れぬ統率の取れたその様は
まさに見事の一言に尽きる。
秋田藤四郎は、その姿のあまりの美しさに、ずっと空を見上げたまま固まっている。
「南の方ではあまり見かけないかもしれませんね……
冬の間、湖や池、田んぼなどで水草やどじょうなどを食べたりして、冬を越すんです。」
「へぇぇ! ねぇ、ボクたちの本丸の池にも、やってきてくれるかなぁ?!」
美しい白鳥の姿に見惚れた乱藤四郎が、期待を込めて五虎退に問いかけた。
「割と人馴れした鳥ですから、もしかしたら来てくれるかも知れませんね」
「うわぁ、楽しみだなぁ! ボク、毎朝早く起きて、観察しようっと!」
「僕も僕も! 白鳥さん、観察したいです!」
その時、小雨の降る中、雲の切れ間から太陽が差し込む。
すると、差し込んだ陽の光に雨粒が反射して、七色の虹を生み出した。
「あ! 虹ですよ!!」
「わぁー!! きれいですね!!」
「ねぇ、なんか2つ見えない?! 内側の鮮やかなのと、外側にもう一本!」
厚い鈍色の雲が空を覆う中、虹が現れたその一角だけ、まるで後光が差したかのように鮮やかに浮かび上がる。
しかも虹は1本だけでなく、その外側に副虹と呼ばれるもう1本の虹も見られたのだった。
探索の手を止めて、時を忘れて嬉しそうにはしゃぐ短刀の少年たち。
「へぇ……時雨が多いと、こんな事もあるんだね。
季節によって、自然は見せる景色を様々に変え、僕らを楽しませてくれる。
全く、退屈しないねえ」
雨に打たれ、身体はすっかり冷え込んでいるというのにも関わらず、一行はとても楽しそうな様子で
時を忘れて、晩秋の探索を思い切り楽しんでいたのだった。
話に、特に落ちはありません(笑)
ただ淡々と、自然の移ろいを歌仙さんと愛でる話です!
秋の終わりって寒さを一層強く感じて、私は実は苦手なのですが…(笑)
白鳥や時雨に垣間見る虹、鮮やかな紅葉、そしてあったかおでんに湯豆腐!
こうして刀剣男士たちと過ごせば、きっと楽しく思える筈!