この日も、ワダツミの大社殿へと続く表参道は、白い雪化粧に彩られていた。

美しく幻想な雪景色の一方、凍てつくような厳しい寒さにも人々は耐える必要があった。


そんな凍えて悴んだ手をさすりながら人々が向かうのは、参道街の一角にある憩いの場所……

団子を描いた紺染めの暖簾が下がる、甘味処だった。




「ん〜〜、デリシャス〜!! やはり、寒い日はおしるこに限りますね〜!!」


暖かい湯気が立ち上る、お餅がひとつぷっくり浮かんだお汁粉を前にして、

両側の頬を押さえて感激のひとときに酔いしれるのは、栗色のおさげを結った、赤いフレームの眼鏡をかけた少女だ。

ほっぺたが落ちる勢いで、素朴なお汁粉の優しい甘さに浸っている。


「ドロシーちゃんは本当におしるこが好きですねえ」


そう言いながら笑うのは、白い着物と赤い袴を着た少女だ。

ただしその袴は巫女のような長いものではなく、短くカスタマイズされた、いわゆる巫女兵の衣装だ。

両側から下げた三つ編みをまるく編んで止めているのは、少女らしいセンスだ。


「さっすがハルヨちゃん。このあたりの美味しいお店はしっかり押さえてますね!

 これは甘味処特集として記事を組めば、世間のお嬢ちゃん方が食いつく事間違いなし!ですよ!」


「任せてください! ハルヨは甘いもの大好きですから!」


手帳を手にして、店の立ち位置やメニューを詳細にメモしているおさげの少女の恰好は、

ワダツミの国伝統の着物ではなく、シャツにチェック柄のスカートという、この国にしてみれば異国のいで立ちだ。


彼女……ドロシーと呼ばれたこの少女は、世界各国を旅して回っているフリーの記者である。

現在は、ワダツミの国に滞在し、その文化や歴史を取材してまわっている。

取材の旅の途中に、立ち寄った甘味処で巫女兵のハルヨと出会って意気投合したという訳だ。



ドロシーはハルヨに、ワダツミの参道街にあるめぼしい甘味処について、次々と質問していく。


「ここのおしるこも最高ですが、他にはどんな美味しいお店があるのでしょう?

 是非参考に教えて頂ければ、嬉しいです!」


「ええと、ここは手作りのお餅を使ったお汁粉が有名でして。

 ここの向かいの通りにある喫茶屋おまつは、夏になるとあんみつが最高です!

 あ、でも今は寒いですからね。 それならば、たい焼きは如何ですか?」


「たい焼き、ですか? それはどんなものなんでしょう?」


聞いたことのない甘味を耳にして、首を傾げるドロシーに、ハルヨは嬉々として説明する。


「たい焼きとは、鯛と呼ばれるおさかなを模ったサクサクの生地に、あんこがたっぷり詰まったお菓子です。

 焼きたてのホクホク、アツアツの所をしっぽからがぶりと食べるのが、これまた美味しいんですよ!」


「あんこ……!! くぅ〜〜、あのどっしりした茶色のごつい見かけによらず、素朴な優しいお豆の甘さの魅力ったら……!!

 かれこれ諸外国を渡り歩いた私ですが、今まであんなに美味しかったものはありませんよ!!

 もう、私、あんこに胸キュンです〜!!」


あんこという単語を聞いた瞬間、目をきらきらと輝かせるドロシー。

彼女の手帳には、あんこの名が出る度に、何度も赤鉛筆でぐるぐると丸印がつけられ、アピールされていた。



「ドロシーおねえさん、あんこばかりでなくって……えっとぉ、お願いしたの、持ってきてくれた?」


あんこ談義に花を咲かせている2人に、1人の巫女の少女見習い、ミコトが、まんまるの黒い瞳を期待に輝かせて尋ねる。

その隣には、白いおかっぱの巫女見習い、レイナもおとなしそうに、けれど少し好奇心を含んだ眼差しで、おずおずと見つめている。


「おっとお、ミコトちゃん、申し訳ない! ついあんこに夢中になってしまいましたね!

 ありますよ〜、とっておきのコレクション♪

 むふふ、これはどこにも上げていない、未公開の秘密の写真ばかり……本日、初お目見え〜!!」


そう言ってドロシーが手にした手帳をぱらぱらとめくる。

分厚い手帳を何枚かめくると、写真がたくさん挟まれたページがあった。

取材で密かに撮りためた、各国の人物たちの写真である。


「わぁ、待ってましたよ!! 各国を旅したドロシーちゃんが一押しする、カッコいいお人!!」


それまで味わっていたお汁粉をよそに、少女たちの興味はドロシーの手帳の写真に集まる。

ページをめくる度に、色とりどりの世界各国の衣装を着た見た目麗しい男女が次々と現れる。



「こちらは、イケメン揃いで知られる魔法の国、ソルシエールの軍人、アレクセイ様ですよ!

 甘いマスクと物腰柔らかに女性をエスコートする事で、ソルシエールでも人気が高いです。

 そしてこちらの写真のお方は、ソルシエールの魔法騎士隊の隊長、ヤロスラフ様。

 凛々しい横顔と、王に向ける忠誠の高さはまさに騎士の鏡! 同じく、ソルシエールでは不動の人気を誇ります!」



「わぁ、カッコいいですね〜! 外国のひとって、どうしてこんなに綺麗な髪と瞳の色をしているんでしょう?」

「まるでお人形の兵隊さんみたい! ねぇねぇ、ハルヨおねえさんはどっちが好み?」

「う〜ん、それは難しい質問ですねぇ……」


きゃっきゃと楽しそうに次々現れるイケメンたちの写真にはしゃぐハルヨとミコト。

そんな2人の間から、レイナもそっと写真を眺めていた。


「あ、このお方、優しそう……」

「お、レイナちゃんお目が高い! こちらは、リトスの公爵にお仕えする警備団の兵士さんですよ!

 目立たないながらも、流石公爵に付き従っているだけあって、礼儀正しく、老若男女に優しいお方です!

 密かにファンがいるみたいで、たまにお花を貰っている姿を見たことがありますよ」


写真をちらっと眺めたレイナのつぶやきを、すかさずドロシーは拾って説明する。



「ドロシーちゃんは、今までどんな国にどれだけ行ったことがあるんですか?」


「えぇとですね、ソルシエール、エムロード、リトス、ノアプテ、サラーブ、コリンドーネ、カーディレット……

 めぼしい所は大方行ったことがありますね。海上交通が発達している場所は行きやすかったですよ。

 まだ行ったことが無いのは、ここワダツミと、テワランと、セレスティア、あとフロレアールもこれからですね。

 いずれも訪れるのが困難な地域ばかりです。」


ドロシーは指を折って、今まで訪れた国々を数える。


「へぇ、カーディレット帝国にも行ったことがあるのですね!

 コリンドーネの人たちからは怖い場所だってよく聞かされてますけど……」


帝国の名を聞くと、ハルヨが興味津々で尋ねる。


「記者として、今一番情報が熱いのがカーディレット帝国ですからね!

 各国への侵攻を深めている事で話題になっていますが、ここの情報を提供するのが

 今最も読者を集めやすいのですよ。まぁ、帝国に入るのは難儀ですが……」


「確かに、怖い怖いって言われて、謎に包まれた国だもんねー」


「ねぇねぇ、カーディレットのひとの写真はある?」

「もちろんありますよ!」


ページをいくらかめくると、紅色の鮮やかな軍服を纏った兵士たちの写真が出てくる。


「おぉ〜。これが噂のカーディレット帝国の軍人さんですか!」

「何だか、ちょっと怖そうな人たちですね……」


興味津々でハルヨが覗くと、いかつい軍人の写真がたくさん現れる。

それを見て、レイナは少し怯えてハルヨの裾をつかむ。


「まぁ、軍事大国として有名ですからね。私のコレクションも軍人さんがいっぱいいますよ。

 ただね、ここの軍人さんたち、皆怖そうな目つきなんですよねえ……」


ドロシーはそう言って苦笑する。確かに、皆目つきの鋭い写真ばかりだ。


そのうち、妙な書き込みを写真に加えられた1枚が、ハルヨの目を引いた。


「何ですか、コレ? 割り込みバニラ将軍って」

「なになに? その変な名前」

その単語に、ミコトもレイナも目を丸くする。


するとドロシーは、今にも噴き出しそうに、笑いを堪えて3人に説明した。


「あのですね、この軍人さん、正式にはカールハインツさんっていうお名前なんですけれど……

 横暴極まりなくて有名でしてね。彼、バニラアイスが大好物で。

 いつぞやの暑い日に、人気のアイスクリーム店の行列に、権限を乱用して割り込んで入って

 バニラアイスをごっそり買い占めてしまったんです。

 んで、その時アイスを買えなかった子供に、泣きながらつけられたあだ名が、『割り込みバニラ将軍』って言うんです」


そのエピソードを聞いた瞬間、3人は思わず爆笑した。


「あはははは!! 何ですかそれ、なっさけないー!!!」

「良い大人が割り込んじゃダメだよねー!!」

「割り込み……バニラ…… くすくす……」


お転婆なハルヨとミコト2人は勿論だが、いつもはおとなしくて感情をあまり出さないレイナでさえ、

あまりに可笑しかったのか、声を潜めてはいるが、笑い声を隠しきれてはいなかった。


「軍人さん、力の使いどころを間違ってるねぇ」

「そんな平和な軍人さんばっかりならばいいんですけど……」

「あ! でもワダツミに来られたら困りますよ!

 大人気のアイスミルク大福が、割り込みバニラ将軍に買い占められてしまいますよ!」


なんとも平和に話すワダツミの娘たちだった。






賑やかな声が甘味処の店の一角に響いていると、玄関先のチャイムが鳴った。

暖簾をくぐって、1人の巫女が入ってきた。


「ハルヨちゃんにミコトちゃん、それにレイナちゃん、ここに居るのかしら?」


「あ! カヅル姉さん! スミマセン、お迎えに来てもらってしまって」

「ふふ、きっとここに居るかと思って。

 今日はお休みだけれども、そろそろ夕暮れ時になるわ。皆が心配する前に、お社へ戻りましょう」

「はーい!」


おしとやかな物腰の巫女は、妹分たちを迎えに来て優しく声をかけた。


すると、カヅルと呼ばれたその巫女は、向かいに座っていたドロシーに気付いて、ぺこりと一礼する。


「初めまして、佳鶴と申します。 貴方が、よくハルヨちゃんがお話してくれる記者さんですね?」


「優しくて素敵な巫女さんですね! 初めまして、私は記者のドロシーと言います!

 ハルヨちゃんたちとは、よくお話をさせて貰ってます。おかげで楽しく過ごせておりますよ!

 次は、ハルヨちゃんたちに読んで貰えそうな、女の子たちにターゲットを絞った記事を書きますね。

 是非、期待しててくださいませ!」


「うふふ。楽しみにしておりますわ」


人懐っこい笑顔でウインクをするドロシーを、くすくす笑ってカヅルは眺めていた。




その時、カヅルは、ドロシーの首元にぶら下がっている一眼レフに目がいった。


同時に懐かしい記憶が蘇る。

壊れた写真機を修理して4人で囲んだ、遥か遠い記憶が。


写真機を直したあの人は、今はどうしているだろうか。



「……このカメラ、気になりますか?」


ドロシーにそう言われて、はっとカヅルは我に返る。


「あ、いえ……昔、写真機を見たことがあって、懐かしいなって……」


「写真機はコリンドーネでぐらいでしか、あまり見かけないですものね。

 私は記者なので、こうして携帯出来る写真機を持ち歩いているのですよ。


 ……そうだ、折角なら、こうして出会ったのも何かのご縁!

 一緒に写真を撮らせて頂いても宜しいですか?」


突発的なドロシーの提案に、カヅルは驚いてやや遠慮がちに両手を振った。


「そんな、写真に映るなんて……私はご遠慮……」


そう言いかけたところに、後ろからハルヨやミコトが歓声を上げる。レイナも興味津々だ。


「わーい! 私、写真撮られるの初めてー!」

「良いですね! 素敵な思い出になりそうです!」

「へぇぇ、この機械で写真が撮れるんだ……」


「記事を書く上で撮るのは仕事としてなのですが、私、旅の思い出として写真を撮るのも好きなのですよ〜。

 大丈夫、これは公開したり致しませんからご安心ください。私の思い出として、映って頂ければ幸いです! 是非是非!」


断る間もなく、乗り気な4人に、半ば巻き込まれる形で写真を撮る事となった。

ドロシーはというと、店の主人を捕まえて、写真機の簡単な説明をしているではないか。何とも行動の素早い事である。



「……と言う訳で、合図をしてそこのボタンを押してくださいね!

 映りを良くするために、電球のランプが点灯しますので、皆さまはお目を閉じないように宜しくお願いします!」


店の一角に寄り集まって、皆は思い思いの表情で写真機の前に並ぶ。


「おーし、撮るよー! ……はい、いち、にの、さん!」


店の主人の合図の後、パシャっという心地よいシャッター音が鳴った。


フレームには、朗らかで明るい、少女たちの笑顔が花開いていた。


写真は、時の玉手箱。その瞬間を切り取り、閉じ込める。

1人の巫女は、今切り取ったこの瞬間と過去の瞬間を、遠い記憶に思いを馳せながらつなげていたのだった。





書きたいものを……と思って、少し今までのストーリーから離れて。
ワダツミ娘たちとドロシーの、甘味処できゃっきゃうふふを書いてみました!

や、楽しい楽しい。可愛いおにゃごたちは正義。
ドロシーのキャラを掴む意味も込めて。この子も、あちこち関わる可能性がある子だったので
キャラ開拓をしてみたかったのでした。

春代ちゃんと佳鶴ちゃんもお借りしました! こんな感じで良かった…かなあ?
佳鶴ちゃんは、少し写真のエピソードも含めてみたり。
彼女はあの記憶を、どう思っているのかな……と、少し思いを馳せてみました。