凛とした空気が漂う、早朝の湖。
西の空に消えていこうとする、数多の星々の微かな光と、
白み始めた東の空からやってくる、明け方の光が交錯する。
水面からは白い霧が立ち込め、湖を取り囲み、岸辺は殆ど見えなくなっていた。
晩秋の朝は、一層冷え込む。
霜が降り、枝葉の先が白く凍り付く岸辺の草木たち。
それは、冬の足音が1日1日と近づいている事を、ワダツミの国にも教えてくれていた。
落葉樹たちも鮮やかな紅葉の季節を終え、その葉を殆ど落としていた。
降り積もった落ち葉をゆっくり踏みしめながら、歩いてくる1人の姿があった。
茄子紺の長い髪を一つに束ね、ワダツミの神官の衣装を身に纏ったその人物は、
枝を離れ地面に落ちたばかりの深紅の葉をひとつ、そっと拾い上げる。
既にその手の中には、咲き終えた石蕗や紫苑、今年幹を育てられず枯れた椎木や樫の若木が
何本か握られていた。
湖の岸辺に辿り着くと、青年は手にしていた枯草を湖に向けて放す。
まるで、弔いのブーケのように。
湖に浮かんだその枯草たちは、しばらく浮かんだ後、やがて湖の底にゆっくりと沈んでいった。
青年は黙したまま、その様子を見守っていた。
その視線の先に、奇妙な光景が映る。
霧が佇む湖の真ん中に、1人の人物が立っている。
水の上だというのに、船に乗っている訳でもなく、その人物は水の上に浮かんでいた。
しかし、目の前の人物のその様子に、岸辺の青年はさほど驚かなかった。
湖に立つその人物は、俯いていた顔を上げて、振り返ると青年が居る事に気が付き、
無邪気に手を振った。
「やあ、ヒオウギ。君も来ていたのかい?」
「ああ。早朝の散歩にな。
アズマ、寝坊助なお前にしては、こんな朝早くに起きるとは珍しいな」
「そうだねえ。この時期の朝は、水と空気が澄んでいて気持ちいいんだ。
それに、今日は今年最初の霜降の日。冬の訪れを知るのは、社に仕える神官や神官兵の務めでしょ?
いつまでも布団の中でぬくぬくなんかしていられないよ」
アズマと呼ばれた青年がくすくすと笑うと、立っている水の上に波紋が出来る。
そして、笑うのをやめ、ヒオウギと呼ばれた青年に、穏やかに問いかけた。
「早朝の散歩だけじゃないんでしょ?」
「……ああ、そういう事だ」
視線の先には、今しがた沈んでいった枯草の名残が、水底で揺れている姿が映っていた。
「今年も、冬を迎える前に旅立った草花たちを弔ったんだね」
「そうだ。今年は、冬の訪れが例年より早い。準備をする暇もなかった木々も多くあったようだ」
「仕方ないね……季節の移り変わりは、僕らにはどうしようもないもんね」
アズマは寂しそうに、水底に沈む枯草を眺めて、ぽつりと言う。
「だが、彼らは季節を恨んではいない。どんなに過酷な環境でも、
自らが迎える運命を受け入れ、次の世代へ命をちゃんと引き継いでいる……見てくれ」
そう言ったヒオウギの手には、何粒かの種が握られていた。
更に後ろを振り返ると、枯れたように見える草や木々も、よく見ると小さな芽を宿して眠りについている。
「植物たちは強いね。あんなに深い雪の中を、ずっと耐え忍んで生き延びるんだもの。
来年の春に、どのくらいの花が咲くかな」
「さあな。それは彼ら次第だろう」
「ヒオウギは厳しいねぇ」
ワダツミの冬みたいだ、とアズマが言うと、少しおかしかったのか、ヒオウギもつられて口元に笑みを浮かべた。
ワダツミの青年2人組のキャラを掴むための、短いお話です。
トピックで登場させた時は、ちゃらんぽらんで気ままなアズマ、
天然っぽいヒオウギですが、時々こうして神官らしい面も見せてくれるのかなーと(笑)
あと、神職という故に、季節や命についても
きちんとした考えが身についているんじゃないかなぁと。
そんなイメージで書きました。