「だー!! くっそ、また失敗だ!! なんで思う通りの場所に当たんねーんだよ!!」
掌から光線を出すものの、思う通りにコントロールできず、練習の的に一点集中出来ないマーキスは
思わず苛立って頭を掻きむしって叫ぶ。
「形になるだけならまだマシだろ…… 俺の方を見ろ……」
「ぶわっははは! 何じゃそりゃ!!」
マーキスの横で、ウォルターが茶碗に入った水を凍らせる訓練をしていたが、
彼は氷の力を制御出来ず、茶碗はおろか、まるで人間冷凍庫のように周囲を氷漬けにしてしまっていた。
そんな様子に、マーキスは思わず爆笑する。そんな彼の制御力も、目くそ鼻くそ程の違いなのだが。
「おぉ、お主ら。訓練に精が出るのう。」
訓練する2人に、のそりのそりとコダマが様子を見にやってくる。
「だってよ。訓練しなきゃうまくコントロール出来ないのに、やってもやっても一向に上達の兆しが見えねーんだ。」
「ふむ。それは困った事だのう。確かにこれは上手く扱えておらぬの。」
コダマは、2人の訓練の成果を見て、納得したように頷いた。
「身体を訓練するのと違って、こっちは難しいな…… どうやってコントロールしたらいいのか、全く分からねぇ……」
先日、武術訓練を受けた際に、ただ闇雲に動かすのではなく、自分の身体をどうやって扱うのか、
気の流れを意識して、自分の身体のどこに力を込めて、相手の身体のどこに的確に打ち込めば効果的なのかを
2人はデイルとコダマから学んだ。
より護りを頑強にする武術の型、より研ぎ澄まされた攻撃を行う型、相手の気の動きを読み取る型、様々な武術の型がある。
構えの型ひとつ取っても、自分たちが如何に今まで考えずにただやみくもにやってきたのかを、その時痛感したのだった。
ただ力任せに戦えばいいものではない。相手の呼吸を感じて捉え、己の鼓動を感じ、身体の躍動をコントロールする。
あれから武術訓練は少しずつコツをつかんだような手ごたえがあったのだが、魔法に関してはからきしであった。
精霊使い故に魔法を使えるものの、その魔法をどうやって訓練したらいいのか、2人は全く分からなかった。
帝国軍の精霊使い部隊の時でさえ、受けていたのは放つ魔法をより強力にする事、命中精度を上げるだけの訓練だけだった。
しかし、2人が今己に課していた課題、シンの苛烈な雷撃魔法を魔法で抑えるという事に関しては、
どうやって対抗すればよいのか皆目見当がつかなかったのである。
マーキスとウォルターは、とりあえず今まで通り己が使える魔法の威力と精度を上げる訓練をしていたが、
以前の武術訓練と同じように、まるで先の見えない霧の中を進んでるように、手ごたえを全く感じられなかったのだ。
「はぁ……止めだ、やめやめ。いつまでもこれじゃ全く進んでいる感じがしねーよ……」
「ほぉ。自らそれに気づいただけでも立派なものじゃ。」
息を切らしてバタンと倒れ込み、練習を中断したマーキスに、コダマは感心そうに笑う。
「だってよ……こないだの武術訓練だって、ただやみくもに訓練しているだけじゃ何にもならねーって言ってただろ。
きっと何かコツがあるんだよな。でもそれが、1人でやってたっていつまでも分からねーんだ。
だから俺たちは、あんたのところで教えを受けなくちゃならねーって思ったんだ。
お願いします、コダマ先生!!」
そういうとマーキスは飛び起き、コダマの前に正座する。
そんな様子がおかしかったのか、コダマはくっくと袖で口元を隠して静かに笑った。
「これだから活きのいい若者はかわいくて面白いのう。
よかろう。儂がお主らに、多少の魔法の手ほどきをしようぞ」
「そもそも、魔法って一体何なんだ? 俺たちはどうしてこんな不思議な力が使えるようになったんだ?」
魔法というものが一体何なのか、今まで一度も立ち止まって考えてきた事の無かったマーキスが
改めてコダマに、魔法そのものの存在を問いかける。
「ふむ。お主らの国では、お主らに魔法というものがどういうものかを伝える者がいないのじゃな?」
「あぁ。俺たちの国では兵士の中で魔法を扱えるものを選りすぐり、訓練こそしてきたが、
これが一体どういうものなのか、誰からも聞いたことがないな。
いや、きっとあの国には、誰一人としてその原理を詳しく知る奴なんかいなかったんだろう」
ウォルターは自分たちの出身国がカーディレット帝国である事を気取られないように、慎重に言葉を選び
自分たちの国での魔法の在り方をコダマに説明した。
「成程。魔法を武力として使っていながら、おぬしらの国の者は、どういうものなのか誰も知らぬわけか。
それでは、魔法を行使するにはいささか力足らず、おぬしらが折角その力を手にしても、
他の国の者に後れを取るのも仕方ないのう」
2人が住む国での魔法の在り方を聞いたコダマは、マーキスたちが魔法を扱う技を身につけていながらも
未だ魔法のコントロールが不得手である事に納得した。
「魔法とは、そもそも万人の中に眠っている精霊の力を、コントロールする事じゃ。
生きとし生けるものは皆、己の中に潜在的に精霊の力を秘めておる。
お主ら、守護属性という物を聞いた事はあるかの?」
「あぁ。自然界には12の属性があり、その中で一番自分に親和性の高いものを、守護属性と言うんだったな。」
ウォルターの答えを聞き、コダマは満足そうに頷く。
「おぉ、なかなか優秀な答えじゃな。その通りじゃ。
自然界には、火、水、土、風……万物には全て12の精霊の魂が宿っておる。
その精霊の力を、大陸では魔力経路、テワランにおいては霊脈という、身体の中にある力の通り道を通して
力を発現する事……それを魔法と言うのじゃ。
多くの場合、一番親和性の高い精霊の力が発現する。それが魔法属性じゃ。
ただ、魔力経路や霊脈の発達の仕方によっては、稀に2種類の精霊の力をコントロールできる者もおるようじゃの。」
コダマの言葉を聞いたマーキスが、不思議そうに問いかけた。
「という事は、誰でも魔法の素質はあるって事か?」」
「本来ならばな。ただ、その魔力経路や霊脈は、生まれつきその強さは人それぞれなのじゃ。
多くの人間は未発達で、己の意のままに精霊の力を借りる事は出来ぬ。
だが、運よく魔力経路や霊脈が強く備わって生まれた者は、精霊の力を意のままに操る事が出来る。
それが魔法の素質というものじゃ。これは、血筋や生まれた地域によって差異が出る場合もあるの。
そして、魔法を具現化する際に術式や呪文など媒介するものが必要となってくるが、それを介さずに助けてくれるのが精霊魔法じゃ。
本来ならばただの人間が魔法を扱うには、もっと複雑な知識と訓練が必要なのじゃぞ。
そういえば、おぬしらが、そのような術式や呪文を使うているのを見た事がないの。
おぬしらも、天然の精霊使いなのであろう?」
コダマに精霊使いである事を指摘されると、2人はどきりとする。
が、どうやらコダマはそんな自分たちの様子に気付いていないようだ。
ここで、自分たちの素性を明かしてしまう訳にはいかない。
「そうだ。俺たちはここから遠い国の兵士として働いていたが、ある時2人とも、不思議な力が使える事に気付いたんだ。
それが精霊使いの魔法だとは思わなかったな。」
表情一つ変えず、ウォルターはでっちあげの素性をコダマに説明した。
そんな幼馴染の様子に、マーキスは思わず舌を巻く。
「ふむ、おそらく地域性によるものかの……? 魔法を扱えるものが少ないからこそ、精霊信仰が乏しいのかの。
それとも、自然に息づく精霊を敬う気持ちが少ないが故に、魔力経路が発達しなかったというのもあるのかのう……?
ただ、ソルシエールのように精霊信仰は比較的少ないものの、魔法を長年独自に渡って研究してきた国もある。
その日々の訓練の成果が、力ある魔導師を多く生む結果と結びついた事例もある為、一概には決めつけられぬの……」
彼のでっちあげに何も不審がる様子さえ見せず、国の歴史と魔法の発展とのつながりについて、コダマは色々と結びつけて考えていった。
「という事は……聞いた話によると、例えばワダツミみたいに精霊を信仰している国ならば、魔法を使える奴も多くいるのか?」
いつか精霊の事を話して聞かせてくれた少年の事を思い出し、ウォルターはコダマに問いかける。
「うむ。精霊使いのお主らならば、精霊の意思が分かるであろう?
彼らは、己を信じる者たち程、力を貸そうと好意的になるようじゃの。
それは、人間と一緒じゃよ。自分を好いてくれる者ほど、その者の力になろうと手を貸したくなるものじゃろう?」
やんわりと笑みを浮かべ、己の精霊であるカモシカ・ヤマビコの背を撫でながら、コダマはしみじみと語る。
ヤマビコは2千年という永い時をコダマと共に過ごしてきた。その信頼は、確固たるものなのだろう。
故に、仙女と呼ばれる程の力を身につける事が出来たのかもしれない。
そんな彼女の話を聞き、ウォルターは自身の守護精霊であるグランディネとの関係を思い出した。
彼女の意思を顧みず、自分の思い通りにしようとしていた時程、魔法が上手く扱えずにいた事を。
しかし彼女を尊重し、協力を申し出た事によって、彼女は初めて手を貸してくれた。
「精霊たちも分かっておるのじゃよ。お主らが何をしようとしているのかをな。
もちろん魔法を扱うのはお主ら自身じゃが、それに協力し、より力を貸してくれるかどうかは
精霊たちとの信頼関係がものをいうのじゃ。」
「なるほどな……」
コダマの言を聞き、精霊たちの思いをもっと良く知らねばならないとウォルターは思うのだった。
「でもよ。魔法の仕組みは大体分かったけど、俺たち精霊使いは、まるで精霊におんぶに抱っこじゃねーか。
もっと俺たちで何か出来ることはねーのか?」
精霊使いの魔法が殆ど精霊に依存している事をマーキスはやや情けなく思って、コダマに何かないかと問いかける。
そんなマーキスを、後ろで黙って見ていた守護精霊のレイが笑う。
『ふははは、貴様がそんなことを言うとはな。
我の力を頼ってくれている事は悪い気持ちではないが、より高みを目指すのは主として望ましい事だ。』
「だってよ。なんか情けねーじゃねぇかよ。 あんたに頼りっぱなしで、俺が努力しなくてどーすんだよ。」
それを聞いたコダマは、マーキスの思いを汲んで、2人の守護精霊たちに申し出る。
「ふむ。では、精霊使いでない普通の人間に訓練するような感覚で、少しでもお主自身の力でコントロールする術を考えるかの。
この2人に守護する精霊たちよ。訓練の間はお主らの力は手出し無用じゃ。この者らの力でなんとかさせるのじゃ。」
『承知した』
『えぇーッっ!!? アタシも手出しちゃいけないの?! こいつだけで出来んのか不安よ!』
従順に頷いたレイの一方、ウォルターの守護精霊・グランディネは至極不服そうに文句を言った。
「だからこそ訓練になるのじゃよ。お主もヘタレな男より、己自身の脚で立ち上がろうとする屈強な者の方がタイプじゃろう?」
『ま……まぁ、確かにそうだけど……
アタシの力を以てしてもただでさえコントロールが悪いんだから、さぞかしヒッドイ事にならないといいけどね……』
少し冗談を含めつつも、コダマの一理も二理もある説得に、しぶしぶグランディネも頷く。
「さて2人共。ここからが訓練本番じゃぞ」
にっこりと微笑むコダマに、魔法の力の後ろ盾を全く失ったマーキスとウォルターの2人は、ごくりと息を呑み、
未だかつてない難易度の訓練に臨むのだった。