きらきらと煌めきながら舞い落ちる、白い粉雪。
「わあ、とてもきれいだね!」
姿かたちがまるで瓜二つのようにそっくりな、小さな双子の子供たちは、
この日、肌を突き刺すような寒空の下であるにもかかわらず、
白くこんもりと積もった雪の道をさくさく足音を立てて歩きながら、
手のひらに舞い降りては溶けていく儚い雪を見上げ、無邪気に歓声を上げていた。
ひとりは、穏やかな春の陽だまりに咲くような、暖かく優しいたんぽぽの色をした瞳。
もうひとりは、透き通った氷柱の煌めきを感じさせる、涼やかで聡明な水色の瞳。
どちらも、ふわふわのモスグリーンのくりくりの髪の毛を、毛糸の帽子からはみ出させて
元気な声をあげて、互いに笑いながら、冬の便りをめいいっぱい楽しんでいた。
2人の子供の後ろから、彼らと同じ髪の色をした女性が、ゆっくりと歩み寄る。
彼らの母親だ。
「大いなる自然の贈り物ですよ。この雪の結晶の、繊細な形を御覧なさい。
この結晶は、人の手では決して作れない。精霊の神秘の力なのですよ」
子供たちを撫でながら、2人の小さい手のひらを握り、その手のひらの上に
今しがた降ってきたばかりの雪の結晶を乗せる。
彼女が何か唱えると、人の体温で溶けるはずのその結晶は、束の間の間、美しい六華の姿を留める。
「せいれいのちから?」
「そうです。私たちは幸運なことに、その精霊の力の恩恵を頂いているのです。」
再び、彼女は何か唱えた。
すると、小さな六華の結晶は、その姿を手のひらの中でみるみる成長させ、まるでクリスマスオーナメントのように、
ガラスのオブジェのように、いやそれよりももっとずっと美しい造形をした結晶へと成長した。
「わぁ!! すごい!!」
子供たちは目をまん丸く見開いて、小さな結晶が花のように成長した姿を見て驚いた。
「精霊の力を頂いて使う力を、『魔法』と呼びます。
魔法はとても美しい力……
……ですが同時に、その美しさの影には恐ろしい刃も秘めている事を、忘れてはいけません」
彼女が自ら成長させた氷の華に向かって、再び何か唱えると、その氷の華は突然弾け飛ぶ。
弾け飛んだ氷の華の花弁は、ひとつひとつ鋭い氷の刃になり、唱えた自らの手を切り刻む。
血に染まったその手のひらを見るなり、子供たちは驚き青ざめて、母親の元に駆け寄る。
たんぽぽの瞳の子は、涙を浮かべて血だらけの手をとり、一生懸命やさしく撫でた。
「どうして……きずつけちゃだめだよ……」
一方、水色の瞳の子は、自分のつけていたマフラーを取って、その手のひらに巻き付けて、血を止めようとする。
そして、涙を堪えながら、母親にゆっくりと震える声で答えた。
「きれいだけど、ひとをきずつけるちからもあるってことだよね……?」
そんな2人に、寂しく笑って頷く母親。
「そうよ……優しい子、賢い子たち。貴方たちが授かった力は、素晴らしい反面、強すぎる余りに危険な力も秘めている。
その力が貴方たちの未来を振り回す事もあるでしょう。その力故に苦しむことも。
ですが、どうかその力に振り回されないで、まっすぐに生きていって欲しいのです。」
・
・
・
あの日、母親が2人に見せた奇跡の魔法の力。
幾年か後に、2人は昇華したその力でもって、互いに対峙し合っていた。
2つの魔力が激しく交錯する。
ソルシエールの古き魔法使いの一族。
その血筋を受け継いだ双子の子供たち、リノとニノ。
ソルシエールにおいて、双子は忌み子。
古い言い伝えでは、双子は本来1人で生まれる筈だったが、分裂して生まれた子。
分裂した子は、互いに魔力を相殺するとされ、片方は忌まわしき存在とされる。
それを決めるのに、互いの魔力を戦わせて強い方を残らせるのだ。
彼らの母親は、そんな古い言い伝えの争いから子供たちを遠ざけるべく、彼らを連れて辺境の地に住んでいた。
しかし、突然彼女がこの世からいなくなってしまうと、彼らの親族たちは、葬儀も終えたばかりであるのに
辺境にひっそりと隠れて住んでいた彼ら双子を引っ張り出し、挙句の果てに、魔術対決をさせたのだ。
勝った方を、宮廷魔導師見習いとして王宮に仕官させる、という名目つきで。
対決では、争いを好まない穏やかな気質のリノよりも、思慮深く賢いニノの方が有利だと思われていた。
ニノ自身も、宮廷魔導師の地位に意欲的だった。宮廷魔導師という肩書が、彼の野心を駆り立てた。
その野心が、競争心を燃やし、双子の兄と言えど、容赦のない戦いを仕掛けさせたのだった。
対決は熾烈を極めた。
もともと戦いが好きでなく、おまけに宮廷魔導師という肩書に興味のないリノは防戦一方だったが、
ニノの魔力にも押されずに耐え続けた。
そして、リノの魔力と魔術の技の方が、わずかに彼を上回り、逆転をもたらしたのだ。
「ニノ……」
対決の後、結果に戸惑うリノが伸ばした手を、未来を失い絶望に打ちひしがれたニノの手が、ぱしんと打ち払う。
「来るな!!
……負けた……負けてしまった……もう僕はダメだ……僕が、忌まわしき片割れ……」
ニノは恐怖で表情を引きつらせて頭を抱えこみ、自分の未来に絶望する。
忌まわしき者。忌まわしき片割れ。その烙印を押されるのは、自身の存在を否定される、恐ろしい瞬間だ。
呪わしき烙印を押されたという事実を、ニノはどうしても受け入れたくなかった。
その現実を受け入れたくないあまり、実の兄であるリノを目の前にして、
絶望と憎しみと恐怖と怒り、様々な感情が混ざった声で彼をきっと睨み、大声で罵倒する。
「お前が!!お前がいたから!! 僕の未来は奪われた!! 奪われてしまったんだ……!!
お前さえいなければ……!!」
「…………!!」
野心や欲のない兄へ負けた事への悔しさ。嫉妬。力の無い、愚かしく未熟な自分への嫌悪。
忌まわしき者という、永遠に消えない自分への烙印が押されてしまった現実。
それらが一体となり、兄であるリノそのものの存在への憎しみへと凝縮されてしまった。
自身の存在そのものに対する、恨みと憎悪に満ちたニノの叫びを浴びて、ショックで立ち尽くすリノ。
あんなに仲の良かった双子が、引き裂かれてしまった瞬間だった。
やがて、ありったけの憎しみの声をぶちまけると、ニノは何も言わず憔悴しきった様子で立ち上がる。
親族の誰もが彼に声を掛けない。そんな中、ふらふらと彼は立ち去っていく。
リノは、ニノに声を掛けようと手を伸ばすが、ニノの睨むような眼差しを見て、伸ばした手を引っ込めてしまう。
そのまま何もできず、震えながら、彼が立ち去るのをただ見守るしかできなかった。
一方、一族の者たちは、残ったリノを早速王宮へと引き摺って行く。
彼の心中の叫びなど、全く気に留める事もなく。
王宮に通されると、そのまま親族は彼を引き渡し、
リノは大きなドーム状の広間にただ1人取り残された。
宮殿の広間は彼には広すぎて、おまけに灯りもついておらず、冷たくて暗い。
静かすぎて、周囲の音すら飲み込んでしまう程の、空間の圧迫感を感じる。耳が痛い。
がらんどうの青いドームの広間の下、ただ1人取り残されると、急に孤独を感じる。
彼はわけもわからず、ひたすら涙を流した。
あんなに好きで学んでいた魔法によって、弟と対決させられた事。
その結果、たった1人の肉親である弟から向けられた
この世の全ての憎しみを込められたような眼差しと、自分の存在を責め立てる言葉。
「どうして……どうして…… この力のせいなの……?
みんな、僕のせいなの……?」
嗚咽を漏らしてひたすら泣き続けるリノの元に、1人の宮廷魔導師がそっと近づく。
「……貴方は、泣いているのですか……?」
深遠から湧き上がる様な女性の静かな声に、それまで泣いていたリノも涙声を抑えて、突然現れた声の主に問いかけた。
「誰……? 王宮の人……?」
リノの問いかけに、静かな女性の声が答える。
「えぇ。わたくしは、ソルシエールに仕える宮廷魔導師の1人ですわ。
貴方は確か、宮廷魔導師の見習いとして王宮にやってきたのでしたね……?
どうして、泣いているのですか……?」
女性の声に、リノは再び涙をぽろぽろこぼしながら、突然受けた仕打ちを彼女に告げる。
「僕は……僕には、弟が居たんです。双子の……
それが、魔法の強い方が残るべきだって、無理やり戦わせられたんです……
でも、僕は魔法が好きだから……
……でも、そのせいで、弟は、忌むべき者という烙印を押されてしまったんです……
僕のせいで……!!」
抑えても抑えても、とめどなく涙は眼から零れ、彼の膝にいくつもの涙痕を残していく。
「力の強い方が残れだなんて……そんなのあんまりだ……
どうして、強い方を決めなくちゃいけないんですか……!!
たったひとりの、大事な弟だったのに……あんな冷たい、絶望的な、恨むような目で見られて……
こんなことになる位なら、こんな力なんか持たなければ良かった……!!」
それは、ソルシエールに古くから続いてきた因習。
優れた者が残るべきという優性思想。
その思想、因習にのまれ、涙を流してきた人、友人や家族と引き裂かれてきた人たちは
今までにいったいどれだけ星の数程居た事だろうか。
この目の前にいる少年も、その因習によって弟と引き裂かれ、深い悲しみに暮れている。
宮廷魔導師であるその女性も、今まで幾度となくそのような場面を見てきた。
そして、優性思想が、このソルシエールの国自体に今、大きく覆いかぶさってしまっている現実を、痛烈に感じている。
彼女は、そのような考え方がはびこることに、危機感を感じていた。
力を求めるあまり、人を踏み倒してまで優劣を争い続ける姿勢。
この国がそのような考え方を続けていけば、決して未来は明るくないだろう。
しかし……
「……力なんか持たなければよかった、そう仰るのですか?」
不意に、女性がリノに問いかける。
「……え?」
「では貴方が、貴方の弟さんの立場になれば良かった、と?」
リノは唐突に問われたその問いに、答えを返そうとしたが、言葉が出てこなかった。
「それは、違います。それはただの同情、憐れみです。
それに、同情なんかでわざと勝たされたら、それは弟さんにとって失礼な事だと思いませんか?」
「…………」
そう話す彼女の眼差しは、凛としたものだった。
諭す口調こそ厳しいものの、真正面から彼の叫びを受け止めている。
「貴方の魔法の力は類稀なものです。だからこそこうしてソルシエールの宮廷魔導師としての地位を約束されたのでしょう。
まずその貴方の素質に、感謝しなければなりません。
そしてそこまで漕ぎつけたのは他でもなく、貴方と、弟さんが努力し続けてきたおかげなのではないですか?」
リノは流していた涙を留め、初めて真正面からその女性をじっと見据えた。
彼女は、自分を真正面から、じっと見てくれている。
確かにそうだ。母が見せてくれたあの魔法の美しさに憧れ、僕は、魔法の事を学んできたのではないか。
彼女は、自分が今否定してしまいそうだった、それまで積み重ねてきた日々の努力を汲み上げ、認めてくれたのだった。
そしてその成果は、一緒に学んだ弟なくしてはあり得ないものだった。
弟と共に生き、共に学んだ日々を、ゆっくりと思い出す。そこから湧き出る、感謝の気持ち。
思い返す程に、先程受けた罵声をも包み込めるようなやわらかな気持ちが、ふと心の中から湧き出るのを感じたのだった。
「問題の根本は別の所にあるように思えます……
それは、貴方と弟さんを引き離した因習、弱い方が忌み嫌われるという愚かしい風習、そのものではないですか?
貴方を憎んだ弟さんに絶望してはいけません。彼にだって罪はありません。彼も苦しんでいるのでしょう……。
その苦しさに、どうぞお気付きになって。
弟さんを突き落とした『忌まわしき者』を作る思想そのものが、貴方と貴方の弟さんが憎むべき敵なのですよ。」
彼女は、はっきりとそう言い切った。
ここまで言い切った彼女の豪胆さに、聡明さに、リノは目の前に雷が落ちたような、激しい衝撃を受けた。
このような考え方をする人物がいるなんて。
弟の憎しみを一身に受けて、自分の存在そのものを否定しようとしていた自分自身を、リノは恥じた。
しかし問題はそこではない。
弟が自分に抱いた憎しみそのものにだって、決して罪はない。自分を憎む彼に絶望するべきではないのだ。
何も罪を犯していない弟そのものを忌まわしきものと定めようとする因習こそが、自分の憎むべき敵なのだから。
目の前の雲が急に晴れて、視界が澄み渡ったような気分だ。
「しかし、広く周囲に広まってしまっている考え方を改めるのは、そう容易な事ではありませんわ。
まずは、宮廷魔導師として力を身につけなさい。そして、凝り固まった考えにならないように、広く学ぶのです。
そして学びを持って、それが是なのか非なのか、よく確かめる事です。
学んだ事は、決して貴方を裏切りはしないでしょう。ここからが、貴方の始まりなのですよ。」
一条の月の光が、ドームの中央にあった天窓から、さあっと差し込んでくる。
差し込んできた月の光は、他に誰も居ない広間の中央を明るく照らし出す。
照らし出された光の元、宮廷魔導師の女性は、その姿を顕わにした。
淡い金髪に薄い氷藤色の瞳、群青の衣を纏い、優しく満ち足りた微笑を湛えるその姿は、
まさに月下の魔女と呼ぶに相応しいいで立ちであった。
幻想的な彼女の佇まいを前に、リノは涙を拭い去り、身なりを整えて改めて自己紹介する。
「僕の名前は、リノと言います。 ……貴方の名前を、宜しければ教えて頂けますか?」
するとその魔導師の女性は優しく微笑んだ。
「ヴァテスティミアと申しますわ」
以前作った、『双子は忌まわしき存在』『そこから生まれたリノとニノの確執』設定を掘り起こすべく、
魔導の双子のベースになっている記憶を、今一度書き出してみました!!
突然、自分を否定されたら、そりゃ誰だって悲しくなるよね。
その結果をもたらした相手を、憎まざるを得なくなるよね……
そんなニノにコテンパンに暴言を吐かれて一方的に憎まれ、打ちひしがれたリノの目の前に現れた人物こそ、
ヴァスティ様なのではないかなと…!!
スミマセン、スミマセン、妄想もとい、暴走が過ぎました…!!(←蹴)
ですが、賢く気高い魔女様ならば、彼を導いてくれるのではないかと思いまして…!!
こんな感じの出会いは、いかがでせう!!
故に彼は、人に優劣をつけること、争う事を極端に嫌うのです。
そこが、今へと続く信念へ繋がっているのではないかと!