私の目の前に居る相手が、怖い。

相手が、私の事をどう思っているのが、伝わってきてしまう。

愚図な奴、役立たず、ぼんやりしたのろま。

能力のない私の事を、嘲笑っている、蔑んでいるのがよく分かる。

私に対して、よくない感情を抱いているのが、伝わってくる。


貴方に言われなくても、私は十分解っている。

私が愚図でのろまで、気弱で人と合わせる事が出来ないって事は。

貴方の価値観の中では私は役立たずで、貴方を苛立たせてしまう事は、十分解っている。



だから、私は他人と距離を取る。

人が、怖い。

目の前に居る貴方が、怖い。


私は貴方を苛立たせてしまうから、人とは出来るだけ関わりたくないの。




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群青の屋根と白亜の城壁に、白薔薇が絡まって美しい花を咲かせている。

ソルシエールは雨の季節を迎えて、王国が誇るその王宮の庭園も、丁度白薔薇が見頃を迎えていた。

薔薇はその美しさの反面、伸びすぎた枝を剪定したり、木につく虫たちを取り除くなど、こまめな手入れが欠かせない。

広大な庭園の手入れは庭師が行っていたが、魔法騎士隊に配属されていた少女・シエラザードも

頻繁に庭園にやってきては、白薔薇の様子を見守っていたのだった。



シエラザードは、雨上がりの庭園に、丁度咲き始めた一輪の白薔薇の蕾を見つける。

するとその蕾の傍に、ふっくらした青虫が雨を避けて隠れていた。

青虫は薔薇の葉を食べてしまうため、見つけられたら即座に駆除されてしまう。


彼女は人差し指を伸ばすと、そっとその指に乗せた。

突然指に乗せられて驚きおののいて震える青虫に、シエラザードは優しく語りかける。


「大丈夫、怖がらないで。今、貴方を下ろしてあげるね」


白薔薇の生け垣から少し離れた、雨を凌げる、木の下に生えたナズナに、シエラザードはそっと青虫を乗せる。


「ここなら平気よ」


好物のナズナの葉の上に乗せられた事に青虫が気付くと、少し身体を震わせて

再び葉の上をにじり歩み始めた。

その青虫の様子を眺めると、シエラザードは少しほっとした様子で微笑む。





すると、白薔薇の生け垣の向こうから、甲高い笑い声が聞こえてくる。

すらりと等身の高い、美しく宝石で着飾った魔女たちが、何人かやってくるのが見えた。

ソルシエールでは名高い、魔導師部隊の魔女たちだ。


シエラザードは身を潜めるようにして、急いで生け垣の影に走る。

魔女たちが近づいてくると、恭しく頭を垂れてお辞儀をする。



そんなシエラザードの様子に気付くと、魔女たちはまるで虫けらを見るような目つきで彼女を見下す。


「あら、あの制服……ユニ・シャルムの子よ……」

「ソルシエールを象徴する白薔薇の、なぁんて似合わないこと。白薔薇の美しさが引き立って、みずぼらしいわねぇ」

「ユニ・シャルムだから、野蛮な武器の練習をしているんじゃない?

 ……ほら、スコップとかシャベルとか」

「やだぁ……くすくす……」



小馬鹿にしたような言動を、まるで隠そうともせず、シエラザードに対して聞こえよがしに口々にする魔女たち。

シエラザードは彼女らの言葉にじっと耐えていたが、魔女たちが通り過ぎると、白薔薇の生け垣の中に走り去っていった。

彼女の走り去る後ろ姿を見ながら、魔女たちは口々に不平を並べる。



「何であの子が、ヤロスラフ様のお気に入りなのかしら。」

「全くもって分からないわねぇ。あんな地味で、植物にしか向き合わない根暗な子の、どこがいいのかしら。」

「社交的じゃないし、魔法も全然ダメじゃない。おまけにぷっ……すっごく貧乳でどチビ……くすくす……

 まぁ、例えドゥー・シャルムだとしても、映えある魔導師部隊の制服は、あんなじゃあ着こなせないわね」


ねめつけるようにして走り去るシエラザードを睨みながら、魔女たちは口々に不平を並べ立てる。


魔法騎士隊の隊長・ヤロスラフは、立場こそ魔導師部隊より下である魔法騎士隊の所属であるが、

端正な顔立ち、物静かでありながら寡黙に任務をこなす誠実さで、魔導士部隊の魔女たちからは大層人気があった。


そのヤロスラフが日頃気にかけているのが、同じ部隊に所属しているシエラザードであったのだが、

1種類しか魔法を使えない者…ユニ・シャルムと呼ばれて蔑まれ、気弱で引っ込み思案な彼女は

魔導師部隊に所属する優秀で自信家な魔女たちから比較すると、とても貧弱に見えたのだった。

そんな彼女が、いつもヤロスラフから声をかけられるのが魔女たちにとっては面白くなく、

なにかにつけて彼女に因縁をつけていたのであった。






魔女たちから見られなくなるまで、生け垣の向こう側に走って逃げるシエラザードは、

白薔薇の生け垣の中で暗い表情で俯いていた。


「私がドジでのろまで、引っ込み思案なのは、自分でもよく分かっているのに……

 邪魔にならないようにしているのに……

 どうして、あの人たちはそっとしておいてくれないの……?」


泣きそうになるのをぐっと堪え、何度か瞬きをし、ゆっくりと前を向く。


目の前に可憐に咲いている白薔薇は、何も言わずにただシエラザードにその美しい花びらを向けていた。

白薔薇の花に水をやるのは彼女の日課であるが、辛い事があった時も、この見事な薔薇たちを眺めに来ていた。

植物たちは何も言わないが、ただそこに居るだけで受け入れてくれているような、

そんな穏やかな気持ちにさせてくれていたのだった。


「……ありがとう、慰めてくれているのね? 私は大丈夫。もっと強くならなくちゃ」


白薔薇たちに話しかけ、ようやく少し笑顔を取り戻すシエラザード。




「おやぁ、こんなところに、お嬢さんがいらっしゃるとは驚きだ!」


突然の声にびくっと身体を震わせると、後ろには鋤を担いだ庭師が立っていて

シエラザードがいる事に大層驚いていた。


「ご、ごめんなさい! お仕事のお邪魔だったかしら……」


立ち上がって、庭師に頭を下げると、庭師の方がかえって恐縮して深々とお辞儀をする。


「いえ、とんでもねぇです! 見た所、お城の騎士様の様子……私らのことなんぞ、気にかけんでくだせぇ。」

「騎士様だなんてそんな……大した……立場じゃないんです……」


庭師の恐縮ぶりをみると、シエラザードは表情を暗くしてしまう。

そんな様子を見て、庭師は更に慌てて謝る。


「気を悪くさせてしまったら、すんませんだ! どうも、宮勤めの方々への接し方に、慣れてなくて……

 ……ごほごほッっ!!」


慌てた余り、庭師は咳き込んでしまう。

よく見るとその庭師は大分年が進んでいるようで、土を掘ったり苗をいくつも運んだりして、

力仕事は相当きついものだろうと想像できる。

今日はよく晴れていたから、直射日光の下で働き続けていたためか、庭師は大分汗だくになっていた。


「大丈夫ですか……こんなに真っ赤になるまで、一生懸命働いていらして……」

「やぁ、お優しいお言葉、ありがとうごぜぇやす。

 私らは、魔法の力のかけらもないから、こうしてめいっぱい働かんと食い扶持を稼げねぇんでさ……」


ソルシエールは魔法の力で優劣をつける国。

魔法の力のない者は待遇の良い仕事には就けず、こうして厳しい肉体労働を低賃金でせざるを得ない状況だった。

そうしているうちに、無理がたたって身体を壊す者も後を絶たなかった。


人に、優劣をつけるこの国の在り方。それを受け入れざるを得ない状況。

辛い状況に身を置く人々、そうかと思えば、そうした人々を踏み、優雅な生活を送っている者。



そんな現実に、シエラザードは言いようがなく悲しくなる。




庭師は咳き込んで屈んでいると、シエラザードは庭師の前に佇み、小さく呪文を唱える。


「……生命の根源たる水の恵みよ、健気に生きるひとつの命に祝福を」


すると、庭師の周囲に小さな小さな水滴、いや霧と言っても良いような粒がいくつも浮かび、

火照った身体の隅々まで沁み渡っていく。

疲労の溜まった細胞1つ1つにまで水の恵みがもたらされ、火照りも水分で冷やされていく。


疲れがいつの間にか癒された事に、庭師は気付く。

彼女が唱えた魔法に、そして何より、自分に魔法を使ってくれた事に、庭師はひどく驚いたのだった。


「へ、へぇ?! 騎士のお嬢さま、今私に魔法を使ってくだせぇやしたか……?! こりゃ驚いた!!

 こんな、私みたいな者に……はわわ、どうもありがとうごぜぇやす……!! ありがてぇこった……!!」


庭師は何度もシエラザードに頭を下げる。


「私らみたいなのは、魔法も使えねぇ、人間のなり損ねだって酷く馬鹿にされたもんだ……

 こんなに優しくされたのは、生まれて初めてだ……ありがとうごぜぇやす……!!」


「そんな……大した事はしてないんですよ……ただ、貴方が辛いのを、見ていられなくて……

 あの……この事は、内緒にしていてください…… 勝手に魔法を使ったのを知られたら、怒られてしまうから……」


それだけ言うと、シエラザードは急いでその場を走り去っていった。



しかし、庭師が言ってくれた『ありがとう』は、いつまでも彼女の心を温かく照らしてくれていたのだった。






ソルシエールを動かし隊! 故に、まずうちの子を動かしてみました。

ちょっと勝手に国のイメージとか、踏み込んでしまってすみませぬ……仮縫いぬい故、また修正掛けるので!
1種類どころか、魔法が全く使えない人は、それこそ差別されているのかなぁと思って、書いてみました。

呼び名も、フランス語をもとに創作してみましたがいかがでせう??
 全く使えない:ノン・シャルム 1種類:ユニ・シャルム 2種類:ドゥー・シャルム
蔑称みたいな感じで使われてしまっているかもね……


そして、シエラの水の魔法について。水ってのは、やはり癒しに結びついていると思うのだ。
身体に癒しを与える細やかな魔法を使います。ここんところはスリィ時代と一緒だね(笑)

さらに、ロス兄さんが結構声かけてくれるのを、魔女さまたちが逆恨みしてしまうと
よりヒロイン度が上がって大変宜しいかと思って、いじめちゃいましたv(こら)(←ロス兄さんに斬られろ)