万物の理…… 自然に存在する精霊たち……

世界はそれらが調和し補い合い、それぞれ助け合う事で成り立っている。

しかし時に、その自然のバランスを故意に、或いは無意識に壊してしまう存在が現れる。

そういう存在に訪れる未来は、総じて“滅亡”である。

驕る事無かれ。企む事無かれ。 ――――――


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「おじーちゃん、おじいちゃんのお話、むずかしくてまだよく分からないよー…」


煙草をふかし物思いに耽っていた老人の膝の上で、5,6歳頃の少女が足をぱたつかせ頬杖をついていた。

年端もいかない少女には退屈な内容であったのか、また途中から自分の世界に浸りこんでしまったような老人の様子から

途中で飽きてしまったようだ。

つまらなさそうにむくれる少女の頭を撫でながら、老人は笑って答える。


「おぉ、ソニア。済まぬのう。だがひとりで眠るのが怖い、とお話をせがんだのは誰じゃったかな?」

「そうだけどさぁー…」


からかわれ、ソニアと呼ばれた少女はまたぷぅっと頬を膨らませる。


「なんじゃなんじゃ。つまらなさそうじゃのう。ここで、お話をやめてしまっても良いのじゃぞ?

 そうしたら、ほれ。夜中じゅう1人で布団にくるまって、震えているが良いわ。はっはっは」

「おじいちゃんのいじわるー!! 別に、怖くなんかないもん!!」


そう言うと、ソニアは悔しそうに老人の肩をぽかぽかと叩いた。

しかしそう口では反論しつつも、ちらっと夜も更けた真っ暗な外をちらりと見やり

小さく身震いすると、老人が羽織っている紅色の肩掛けの端っこを、きゅっと掴んだ。

そんな孫を微笑んで眺めて、老人は煙草の煙をゆっくりと吸い込む。

一息つくと部屋中に、いぶした葉の香ばしくもどこか懐かしい香りが漂った。


「今のお前さんには、まだ少し難しい話かも知れないがの。いつか分かる日が来る。

 さぁさ、続きを話しても良いかの?……」


柔らかな眼差しを浮かべ、記憶の糸を辿って遠い過去を遡るように、老人は再び静かに語り始めた。





カーディレット帝国に支配される数年前、この地には古くから住まう民が存在していた。

彼らは「火」を神聖視し、生活のあらゆる場面において火の恩恵を受けていた。

それは、この地と民が代々火の精霊によって守護され続けてきたからである。

時折生まれる精霊使いが彼らの声を聞き、自然と調和するように火を扱い続けてきた。





「ソニア、お前さんは『火』についてどのような印象を持つかね?」


老人の問いかけに、部屋の片隅で静かに燃える松明を見て、おずおずと答えるソニア。


「んーとね。あつくて、あぶないもの。 あんまりそばによっちゃいけないよ、って言われるし。

 ほうっておくと、色んなものがどんどんもえて、なくなっちゃうよね…

 あ、でもね。火は便利だよ。お肉も焼けるし、さむい日にはあったかくしてくれるよ。」


暖かな色の光とぬくもりを感じて付け加えるソニアに、老人はうんうんと頷いた。


「そうじゃの。お前さんの言う通り、火は生活には便利だが、使い方を誤ると恐ろしい災害を産んでしまうの。

 まぁこれはどの自然にも言える事なのじゃがの。

 即ち、風・水・土・火・光・闇・氷・雷・木・陽・星・月… 自然に存在する12種類の元素の事じゃ。」

「ふぅ〜〜〜ん……」


分かったような分からないような曖昧な返事をしながら、ソニアは老人の話を聞き続ける。


「ただの。火が他と大きく異なる点は、人間の手で作り出せてしまう事なのじゃよ。

 人の手で大風や竜巻は起こせるか? 否。

 大津波は起こせるか? 否。 まぁ河をせき止めて洪水を起こす事は可能じゃがの。

 確かどこかの国で、精霊使いが力を使い過ぎ、自然の怒りを買って身を滅ぼしたという言い伝えがあったの。

 そして大地震…これに至っては、人間は翻弄される一方じゃの。

 だが、大火事は…出来てしまう。しかも、ほんの少しの火種で、森一つを失ってしまう事も可能じゃ。」


「でもおじいちゃん、山火事なら時々起こるよ。」


近場の山が自然に燃え上がり、避難した日の事を思い出してソニアが反論する。


「おうおう。そうじゃの。それはなソニア… 自然なことなのじゃよ。

 時々自然はそうして、育ち過ぎた山々や増えすぎた生き物を淘汰することで、世界を浄化しておる。

 それに、火山や太陽の熱によって、生き物は命を得ているであろう。

 恩恵と災害は表裏一体なのじゃよ。」


「どんどんむずかしくなってくるよー… ひょうりいったいって何??」

「ほれ、泣き事を言うんじゃない。良い面も悪い面も同じ存在、という事じゃ。」

見た事のない単語の羅列に泣き声をあげる孫に、老人は先を続ける。




「しかし、ここ数年儂らの村の周りで起こっている事は、穏やかじゃないの。

 人が力を手にすると、その力に目が眩んで錯覚する者が多くていかん。

 あたかも神であるが如く、自然や相手を圧倒し、意のままに操ろうとする。

 ソニアもよく心しておくのじゃ。『火』の力を手にした者は、慢心でその力を操ってはなるまいぞ。

 自然を、相手を、好きなように改変してはならん。共存するためにその力はあるのじゃぞ。」


「ようは、すきかってに『火』のちからを使っちゃダメってことでしょ?

 だけどおじいちゃん、力を使えない私に何でそんな話するの??」

「む…… それはのう………」


5,6歳にとっては難しすぎる話を一通り話し終えた老人は、ソニアの至極当然な問いかけに

ふと先日見た光景を思い出す。

小さなソニアの後ろに見慣れぬ少年が、つかずはなれずの位置で、常に彼女を見守っていた事を。


「お前さん、浅黒い肌の、見慣れぬ子供を見た事はあるかの?」

「無いよ? どうして?」

無邪気に答えるソニアに老人は、それ以上言葉をかける事をしなかった。



「おぉ。もう日を跨いでしもうたのう。そろそろ明かりを消すかの。」

「あ!おじいちゃんはぐらかした!! ずるーい!!」


もそもそと毛布を被って床につく老人に、ソニアは憤慨して馬乗りしてだだこねる。

しかしどれだけたたき起こしても、それ以上老人が先を話す事は無かった。



そしてその夜の語り部は、日が経つにつれて次第にソニアの記憶から薄れていった。


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惨劇は、突然起きた。


ソニアの住む小さな集落は、突然カーディレット軍の一団に襲われたのだ。

村の家々は焼き払われ、鉄の弾の雨に撃ち抜かれ、変わり果てた姿で地面に転がる住民たち。



「おじ… い……ちゃん?……」


何が起こったのか分からず、煙がくすぶる荒野に立ちつくすソニア。

足元には、あの紅い肩掛けを羽織った祖父が、無言で横たわっていた。

その紅には血の色が重ねがけされて、より鮮やかに浮き上がっていた。


「ちっ、手こずらせやがって…… 捕獲すら出来なかったじゃねーか…

 精霊使いは滅多にいやしないんだぜ……」


目の前では兵士が、焦げた手袋を振り払い、面倒くさそうに捨て台詞を吐いていた。

その手袋の裂傷の具合が、戦闘の激しさを物語っていた。


ソニアの祖父は孫を兵士から庇い、命を落としたのだった。



「あのガキも精霊使いですかね?」

「だったら俺の報酬も上がるんだけどな、はは……

 おい、そこのお嬢ちゃん。死にたくなかったら俺らと来るんだよ。」

祖父を足蹴にし、尚気だるそうに嘲笑う兵士たち。



全身の血が、遡った。





「……せ… ない……」



「あ? 何だって?」








「あなたたち、ぜったいゆるせないんだから!!!」



次の瞬間、ソニアがいた半径数百メートルは、灰塵へと帰した。




爆風で巻き上げられた砂塵の中、祖父の肩掛けを手にひとりすすり泣くソニアに

1人静かに近づく者が居た。

「これは… 見事な破壊力ですね。偵察に来た甲斐がありました……」

黒髪を風に靡かせ、帝国の制服を身に包んだ青年。

泣きじゃくるソニアに彼が手を伸ばそうとしたその時、一陣の疾風と共に火花が散った。


「ソニアに触んじゃねぇ!!」


青年が素早く手を引くと、目の前には浅黒い肌の、異国の出で立ちをした少年が

行く手を遮り、睨みを利かせて立ち塞がっていた。





昔書いたお話をサルベージ。そに子とその祖父である火の精霊使いのお話です。