夕陽が最後の一筋の光を投げかけて、谷の向こう側へと沈んでいく。
見上げた空には、太陽が残した淡い桃色の明るい残響が、気だるく尾を引いていた。
その明るさを見送った後に、これから向かう岩山の中心へと続く道を見下ろすと
洞穴の暗さが、より一層際立つのだった。
まるで、何もかも飲み込んでしまいそうな、底なしの暗闇だ。
「この道は、本当に大丈夫なの?
入り口みたいに途中で崩れていたり、先が埋まってるなんて事、ないよね……?」
洞窟を進む道に初めて足を踏み入れるルーシーは、これから進む道の安全を心細そうに確認する。
「まぁ、この旧道は、実はもともとは鉱山の採掘跡を利用したものなんだ。
ここの地盤はかなり硬い地質でね。採掘師泣かせの硬い地盤だったんだってさ。
今までも何回か地震や山崩れはあったけど、中の洞窟が崩れて埋まる事はなかったから
そういう意味じゃ、安心していいよ」
サロードは、過去にここが鉱山の掘削ルートであったことを皆に説明した。
一方、彼の説明に釈然としない様子で、ラーレが疑問を口に出す。
「寧ろ、この岩の積み方だと、わざと入り口を隠していたようにも見えるわね……」
「あ、ラーレちゃんも思った? 実は俺も、なんか不自然だなぁ、って思ったんだよねぇ」
2人は、旧道の入り口が岩で埋まっている事に対して、不自然さを感じていたのだった。
「この旧道は、いつまで使われていたんだ?」
「カッシュマペアがまだあった頃には、少なくとも使われていたと思うな。
険しい道だったから、使う頻度は少ないけれどね。
鉱夫だった人や、テワランに用事がある人、その知り合いだけしか知らない裏道さ。
大抵は皆、平地から他の国へと繋がる、行きやすい別の交易路の方を使っていたから。」
過去のカッシュマペアの様子を思い出しながら、サロードは己の記憶を辿る。
「もしかしたら、帝国にこの道を知られないために、わざと岩で塞いでいたのかもしれないな……」
スノウはそう呟く。
「じゃあ、私たちが道を開けちゃったら、追手の帝国兵のひとたちも、
ここを通ってきちゃうかもしれないね……」
「えぇぇ、それは困るなぁ……」
ソニアがぼんやりと話すと、ルーシーは困った表情を浮かべた。
折角見つけた抜け道だ。追手の帝国兵たちには、なるべく見つからずにやり過ごしたいところだ。
そこに、嬉々とした表情で、サロードが提案する。
「大丈夫、それならば話は簡単。マトヴェイに、また塞いでもらえばいいんだよ♪」
「はぁ?!!」
「成程…… 道に進んでから、また入り口を塞いでしまえば、見つかる可能性は少ないな。名案だ」
突然の振りに、寝耳に水といった様子で、マトヴェイは声を荒げた。
「おい、全く、冗談じゃねぇ!! どんだけ苦労してこの岩どけたと思ってんだ…!?
簡単に言ってくれんじゃねぇぞ!!」
不機嫌そうに不満を垂れるが、そんなマトヴェイの隣で、幼い2人の少女たちが
きらきらした視線を投げかけた。
「そうだよね、さっすが、マトお兄ちゃん!」
「あんな大きな岩を自由に動かせるなんて、頼もしいなぁ……!」
「あ……いや…… くそ、駄目だって言えねぇ…………」
全幅の信頼を寄せる、その無邪気な眼差しに、またしてもマトヴェイは折れざるを得なかった。
「……っ、ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、これでいーだろ?!!」
「うん、御苦労さま♪」
皆が洞窟に進んだ後、再び大岩を元あったように積み上げ息を荒げるマトヴェイを
サロードはご機嫌な様子で労う。
「さっきより、岩を積み重ねるスピードが上がったよ!」
「これは魔法のいい訓練になるな」
「お前らの頼みだからやったけどよ、こんなクソだりぃ訓練なんか、そうそうやってられっかよ……」
岩を積み重ねる様を見て、客観的に分析するソニアとスノウに対して
ぐったりとした様子でマトヴェイはしんどさを訴える。
そして、マトヴェイが最後の岩を積み上げると、日が暮れてただでさえ薄暗かった洞窟内は
真っ暗闇に包まれる。
その瞬間、スノウは、言いようもない恐怖で身体が竦むのを感じた。
思わず、一番近くにいたサロードの腕を、ぎゅっと握りしめてしまう。
「あれ、案外怖がりなんだね?」
そんな彼女の様子にくすくすと笑いながら、何も見えない闇の中でも、サロードは手慣れた様子で
荷物から蝋燭を取り出し、カンテラに灯した。
オレンジ色の暖かい灯の光が、一行の手元を柔らかく照らす。
すると、サロードに掴みかかったのが急に恥ずかしくなったのか、スノウは彼を掴んでいた手をぱっと放した。
「す、済まない…… 真っ暗な所は慣れていないもので、その……」
言い淀みながら詫びを入れるスノウをからかうことなく、サロードは柔らかく微笑む。
「気にしていないよ。君はこんな暗闇を経験したことがないみたいだね。
ならば、きっと怖いと感じるのも無理はないさ。
月や星が瞬く夜の闇とは違って、ここは周りを全て岩に閉じ込められた場所。
入り口を塞いで明かりを消してしまえば、光すら完全に届かない場所だからね」
彼の言う通り、確かに、ここまでの暗闇は、スノウは経験したことが無かった。
夜でも、空には月明かりや星明りの小さな光が瞬いていた。
しかしここは、外からの光を完全に遮断してしまう、完全な暗闇だったのだ。
「でも、ほら、そんな真っ暗闇だからこそ、こんな小さな灯の光でも、とても有難く思えるよね」
髪に隠れていない方の目を細め、感慨深く呟くサロードと共に、スノウもその手の中に納まっていた
カンテラの優しい灯を見つめる。
吹けば消えてしまいそうな程儚いその灯の光は、たった一つ灯るだけでも、暗闇を大きく退ける光となる。
「……そうだな」
それまでとても頼りなく思えた小さな灯が、己の往く道を護ってくれる、力強い守護者のように思えた。
「ほら、ぐずぐずするんじゃねぇ。さっさと行くぞ!」
そんな2人にしびれを切らしたマトヴェイが怒声を上げ、先に進もうと急かした。
一行は、カンテラの僅かな明かりを頼りに、洞窟内に伸びる一本道を慎重に歩み進めていった。
洞窟の中は、固い地盤とはいえ、所々道が崩れている箇所があり、灯りを以てしても
かなり注意深く進まなければならなかった。
ルーシーやソニアもそれを十分分かっているようで、道中では決してはしゃいだりする事はなかった。
途中、地下水が集まり流れになっている箇所に差し掛かったり、大きなドーム状の広間に出たかと思うと
幾重もの鍾乳石が天井から釣り下がっている場所もあった。
「地盤は固い筈だけど、この変化はもしかして、どこからか酸を含む地下水が侵食しているみたいだね……
これじゃ、もしかしたら途中で崩れてしまう可能性もあるかな」
「おい! それじゃ最初と話が違うじゃねぇか!!
途中で生き埋めなんざ、まっぴらごめんだぞ!!」
洞窟内の様子を観察して考え込むサロードに、マトヴェイが食って掛かる。
「道中の変化は、俺も知らなかったよ……
それにしても、この酸の水はどこからか来ているか気になるな……」
「それ、もしかしたら、帝国の仕業かもね」
「どういうことだい?」
ラーレが呟いた一言に、サロードは耳を傾けた。
「帝国がね。侵略してから、サラーブの山岳部にある鉱山開発に力を入れていてね。
随分無茶なやり方をして、地盤を掘削しているって聞いたわ。
お目当ての鉱物を手に入れる為、その鉱物が溶けない程度の酸を水に含ませて、
地盤を柔らかくして掘削してるってね。」
「まさかそれが、この地下水って事か……? おい、そうなのか、セリコ?」
ラーレの説明に、マトヴェイは事の真相を、それが一番よく分かる土の精霊・セリコに問い質した。
道中の途中から、彼女が苦しそうな表情を浮かべていた事に気付いた者は、殆どいなかった。
『うん……そうだよ…… ここの洞窟、水に土を蝕む何かが混じりこんでいる。
痛い……ここを歩くとね、痛いんだ……』
絞り出すように、苦悶の表情を浮かべて答えるセリコ。
「ひどい…… 随分酷い事するんだね……」
苦しむセリコを撫でながら、ソニアも悲しそうな表情を浮かべる。
「帝国が支配した土地は、随分と荒っぽいやり方で支配されると聞くよ。
野山は焼け出されて力づくで拓かれ、山や河は、彼らの生み出した毒で侵されるとね。」
「そうして手に入れた土地など、もはや人も精霊も住めたものではなくなるのではないか……?
それは、危険な事なんじゃないか……?」
帝国が侵攻した土地の成れの果てを聞き、スノウはますます危機感を募らせる。
彼らは、人だけでなく、精霊が住まう土地も奪っているのだ。
それがどんな事を意味するのかスノウにはまだ分からないが、このままではいけない、と確かに強く感じた。
『ご名答。人も精霊も住めなくなった土地は、生けるものが存在出来なくなるの。
あの人たちはね。知らず知らずのうちに、そんな土地を増やしているのよ』
聞き慣れない声……いや、正確に言えば、サラーブの王宮を眺めていた時に聞いた以来の
あの声が、再びスノウの耳に届く。
ばっと振り返るとそこには、白いヴェールにワンピースの、あの不可思議な女性が再び佇んでいた。
『お久しぶり。無事、仲間を迎えたようね』
にっこりと涼やかな微笑みを浮かべ、その女性は一行から少し離れた所にある岩の上に佇み、満足そうに頷く。
「貴方は……」
スノウがそう言いかけた時、同時に2方向から素っ頓狂な声がした。
「あぁん? 何だ、オメーは」
「あれっ? お姉さん、さっき居たっけ?」
声の主は、マトヴェイとソニアだ。
マトヴェイは至極不審そうな目つきで、ソニアは隠れた前髪で見えないが恐らく相当不思議がって、
突然現れたその白い女性をまじまじと見つめていたのだ。
だが、マトヴェイとソニアの他には、残りの3人は彼女の存在を気付いていないようだった。
2人だけがその姿を見えるという事は、彼女の正体は推して分かるもの。
「やはり貴方は、精霊なのか……」
『そういうこと。それが分かっただけ、第1段階クリアね?』
白い女性……その精霊はぱちぱちと、スノウに拍手を送る。
『じゃあ、さらにもう1問。この、毒に侵された洞窟から、出口を見事見つけられるかしら?
この先の通路は侵食されて崩れた岩によって塞がれているわ。通路を進んでも、行き止まりよ』
「ほらやっぱりこうなったじゃねぇか!!!」
「うわっ?! なになに、いきなりビックリしたなぁ……」
白い精霊が示した、この先の道の行く末を聞き、マトヴェイは憤慨する。
精霊が見えていないサロードは、いきなりの彼の独り言ちにびくっと身体を震わせた。
「この先が行き止まりだって……?
それは困る。どうか、出口を教えて欲しい」
困り果てたスノウは白い精霊に頼み込むが、白い精霊はそれ以上の助け船を拒む。
『簡単に答えを与えてしまっては、今後困るのは貴方たちよ。
貴方たちには、この世界を、精霊たちを蝕むような連中から、世界を取り戻す役目を託したいの。
これはその為の布石。だから、私は貴方たちに答えは与えない。
この洞窟そのものに、ヒントは隠されている。それを見つけ出してこそ、大地の声を聴けるのよ』
毅然とした表情で、その精霊はスノウたちに、何とも漠然とした事を目の前に提示したのだった。
「なに訳の分かんねぇこと言ってんだ! 出口を知っているなら、教えやがれ!!」
状況を飲み込めず、精霊に食って掛かるマトヴェイの隣で、唐突にソニアが叫んだ。
「分かったよ! 洞窟の中の精霊さんたちに、助けを借りればいいんだね!」
ソニアのその言葉に、スノウもマトヴェイも、思わず言葉を失い目を点にする。
一方、白い精霊はにっこりと微笑む。
『幼い子は、受け入れるのが早くて素直ね。そういう事。健闘を祈るわ』
それだけ言うと、白い精霊は再び、淡雪が溶けるようにその姿を消していった。
カンテラの明かりを囲み、6人は再び話し合う。
「困ったな……やはりこの先は、洞窟が崩れていて道が塞がれているようだ」
「えぇっ、それってやばいんじゃない?!
でもまさか、今来た道を戻る訳にもいかないでしょ……?」
白い精霊から聞かされた一部始終を残り3人に説明すると、ラーレは真っ青になる。
しかしそんな事を聞かされた後でも、ソニアだけはその瞳にやる気の焔を灯していたのだった。
「みんな、今お姉さんが教えてくれた通りだよ。
あのね、洞窟にいる精霊さんたちの声を聴いて、出口を見つけるの」
「精霊の声を聴いて? 洞窟の入り口を見つけた時のように?」
「うん!」
ソニアは強く頷く。
スノウやラーレが心配そうにしていると、サロードがおもむろに口を開いた。
「それが精霊さんの示した解決方法ならば、試してみたっていいんじゃないのかな?
俺たちを助けようとしてくれているんでしょ? きっと、悪い道じゃない筈だよ。
時には相手を信じてみる事も、大事だよ」
そう話す彼の笑顔は、とても柔らかく暖かかった。
「ほんっと、アンタに一番似合わない台詞ねぇ……」
「あはっ、ラーレちゃんったら相変わらず手厳しいなぁ〜」
ラーレのツッコミに答えるサロードの姿は、すぐにいつものおちゃらけた調子を取り戻していた。
「私たちはここで立ち止まってなんかいられないの! だから、スノウ、マトヴェイさん、ソニアちゃん……
みんなの力を、貸して下さい!」
3人の精霊使いを前にして、ルーシーは懸命に頼み込んだ。
「ここまで頼み込まれちゃあ、仕方ねぇか……」
「さっすがマトお兄ちゃん! がんばろうね!」
「ばっ、ひっついてくんじゃねぇって!!」
ふてくされた表情で、マトヴェイが重い腰を上げると、ソニアがぎゅっとその腰に抱き着く。
抱き着かれたマトヴェイは慌てふためいて振り払おうとするが、その様はまんざらでもなさそうだった。
そんな様に、サロードもラーレも、スノウでさえくすくすと笑いを禁じえなかった。
「で、精霊の声を聴くと言ってもだな……」
きょろきょろと洞窟内を見渡すマトヴェイは、その痕跡の欠片を探そうとしていたが、
声すらも小さい為か、殆ど見つからなかった。
『こいつの声が、うるさすぎるらしいぞ』
ぼそっと答えたのは、ソニアの精霊・ポルヴォーレだった。
彼が指し示していたのは、サロードが手にしていたカンテラだった。
「カンテラの明かりが、明るすぎるのかな」
「じゃあ、これを一旦消すね」
ポルヴォーレの助言を要約したソニアに、サロードは持っていたカンテラの灯火を示す。
明かりを消すと聞かされて、再びスノウは身体を硬直させる。
そんな彼女の様子に気付いたサロードは、皆に聞こえないように、スノウにそっと話しかける。
「暗闇が怖いのかい? 大丈夫、俺たちがついているよ。
でも、ひとつ知っていて欲しい。暗闇はね。怖いだけじゃないんだよ。
落ち着いて、深呼吸して、感覚を研ぎ澄ましてごらん。
何も見えない、静寂だからこそ、気付けることもあるんだ。
この暗闇の中から、君なら、きっと何かを見つけ出せる筈さ」
そう話しかけられ、ばっとスノウが振り返ると、サロードは一つ小さなウインクをした。
そして、カンテラの灯をふっと吹き消した。
洞窟が再び、暗闇に包み込まれる。
仲間たちが近くに居ると分かっていても、スノウは極度の緊張状態に陥っていた。
光のない、何も見えない、闇一色の世界。
息遣いが荒くなり、首や肩には冷や汗が流れる。
恐ろしさの余り、ぎゅっと瞼を閉じ続ける事しか出来なかった。
何しろ、ここまでの暗闇は、体験するのが初めてなのだ。
いくらか時間が経った頃だろうか……
感覚が研ぎ澄まされ、洞窟を囲むひんやりとした空気、岩の無機質な冷たさ、
ゆっくりと紡がれる人の呼吸。様々な感覚が、浮き上がってくる。
光があり、周りの景色が見えていた時には、いずれも気付けなかった事だ。
故郷のフロレアールは、いつでも明るく暖かい陽射しが降り注いでいた為に
経験する事の無かった未知の世界。
しかし、今回の旅で、彼女は生まれ故郷のフロレアールの常識が、世界の全てではない事に気付いたのだった。
氷と闇は、最も恐れられるものとして敬遠される、国の教え。
その記憶の刷り込みが、彼女に闇を殊更危険なものだと、思わせていたのだとしたら。
おそるおそる、ゆっくりと瞼を開く。
そこに広がっていたのは、黒の静寂だけではなかった。
果てしない蒼穹に幾千もの星が瞬いているような、無数の煌めきが洞窟の天井に広がっていた。
「スノウお姉ちゃんも、気付いた?」
隣で、興味津々に洞窟の天井の煌めきを食い入るように眺めているソニアが、スノウに声をかけた。
「すごいよねぇ……! これ、皆この洞窟にいる、小さな石の精霊さんたちだよ!」
「なんだって……これが、全部か……?!」
星のように見えた煌めきは、ひとつひとつが、岩に出来た鉱石の結晶で、それが燐光を放ち光っていたのだ。
ある石は六角柱の規則的な形をしており、ある石は丸くつややかで、またある石は削った氷のような自由な形だ。
それぞれ、蛍のような淡い黄緑の光、竜胆を思わせる冴えた青、藤の花のような薄紫、真珠のような柔らかい乳白色と
様々な色の光で、岩壁の天井を彩っていた。
隣で佇むマトヴェイは、そのあまりの美しさに、声も出ないようだ。
「あのね、皆、歌っているみたいだよ。
さっき、ポルヴォーレが言っていたよね。カンテラの明かりがうるさすぎるって。
この子たちの声はとても小さいから、灯りを消さないと、聴こえないんだって」
太陽の明かりや、カンテラの灯火の前では、その明るさにかき消されてしまいそうな程の、か弱い石の燐光。
闇が彼らを静かに優しく包んでくれているおかげで、彼らの歌声をこうして聴く事が出来たのだ。
それまで抱いていた暗闇への恐怖心は、少しずつ潮が引くように消えていく。
代わりに、落ち着いた気持ちが、ゆっくりとスノウの心を満たしていく。
大丈夫。
暗闇は、決して恐れるようなものではない。
ここにもちゃんと、精霊の息吹は、満ちている。
すると、今まで気付けなかった事に、スノウは気付いた。
洞窟の中に、風の流れを感じるのだ。
何故、閉鎖空間である筈の洞窟に風が吹いているのか?
その答えは明確、外から吹いてくる風の道があるという事だ。
スノウは、その風の音に、よく耳を聳ててみた。
「……こっちだ!」
大きな声と共に、再びカンテラに明かりが灯される。
「僅かな風の中に、私を呼ぶ声が聞こえた」
確かな自信をもって、スノウは一点の方向を指さした。
「えぇぇ、あの真っ暗の中、どうやって手がかりを見つけたの……?!」
「よし、じゃあ早速行こうよ! 早く外に出たいよー!」
暗闇の中から手がかりを見つけたスノウに、ラーレは酷く驚く。
出口が分かるや否や、意気込んで進もうと、ルーシーはミケランジェロを抱きかかえて歩き出す。
ミケランジェロはというと、滑りやすい岩場故にルーシーに殆どおんぶ状態になっているのに
釈然としない状況で、早く外に出たいと言った面持ちだ。
だが、出口が分かった事で、それまで萎んでいた一行のやる気は、俄然高まったのだった。
ゴツゴツとした岩場を進む事、数時間……
岩場の隙間から漏れ出る光を、一行は発見する。
出口を塞いでいた岩を、マトヴェイの力を再び使い、大きく動かす。
すると、どけた岩の隙間から、燦々とした朝日が一気に溢れ出た。
「外だーーーーーーーーー!!」
ルーシーとソニアは、泥だらけでありながらも、揃ってきらきらとした眼差しを浮かべ
その後からマトヴェイも続き、ようやく出口か……と、安堵のため息をついた。
「あれっ、洞窟に進んだのは夕方だったのに、いつの間にか朝を迎えてちゃってたねぇ」
「どおりで疲れた訳ね……はーあ、無事出口に辿り着けたから、ちょっと一休みしたいわぁ……」
眩しすぎる朝の光に目をチカチカ瞬かせ、ぐったりと倒れ込むラーレに、
サロードは感慨深そうに出口付近の岩に腰を下ろして、岩場の向こうに広がる草原越しに朝日を眺めた。
「無事に、外に辿り着けて良かったよ……」
心底ほっとした様子で、スノウも出口に辿り着いた。
そんな彼女の後ろから、サロードがそっと話しかけた。
「ほら、ね? ちゃんと辿り着けただろう? 君はちゃんと答えを見つけ出せるんだ」
「暗闇は、思った程怖くなかったよ……
寧ろ、余計なものを削ぎ落として、感覚を研ぎ澄ませることが出来たから、この答えに気付けたんだ。
私は、必要以上に怖がっていたのかもしれないな……」
スノウがそう答えると、にっこりとサロードは笑う。信じていたよ、とでも言うように。