フロレアールからやってきた、聖花騎士隊と修道士の4人の少年少女たちは

ワダツミで過ごした日々を経て、学んだもの、それぞれの心に芽生えた思いを胸に

異端審問が未だ公然と行われ続けているフロレアールの地に、今まさに戻ろうとしていた。




レビンが大事そうに手に持っている、柔らかな手触りの和紙でできたその書状。


幾人もの神職者たちが綴ったミタマツタエの書の写しと、巫女姫が直々に書かれた、聖花騎士隊へ宛てた書状だ。


エムロードやリトスなど大陸の西の国では、最新式の印刷機なるものが開発され、活字に表された文章が簡単に何枚も複写できるという。

そんな印刷機は、ワダツミを始め大陸の東の国々にはまだもたらされていなかった。

ワダツミの歴史、精霊の教えの記されたミタマツタエの書は、ずしりと重さを感じる程、何枚もの手摺りの紙で束ねられていた。

手書きでそれを複写するという事は、どれほどの労力をかけたことだろう。


それだけでない。国交のない国の出身である自分たちに対して、彼らは本当に親切にしてくれた。

白く雪で覆われたワダツミに足を踏み入れ、その慣れない寒さに縮こまらないようにと、外套を貸してくれた、まさにあの瞬間から。




それほどまでに、よくしてくれたワダツミの人たちに、自分たちは今までどんな事を思ってきたのだろう。

文明の遅れた辺境の、野蛮な異端の国。寒さで命を奪う、氷の国の恐ろしい魔女。

大してよくも知らないのに、異国の地に住まう人々を、実際に見もしないのに、畏怖の心を抱き、蔑視してきた自分たち。

寧ろそんな事を言い続けてきた自分たちの方が、野蛮で、傲慢で、罪深い。フロレアールの若者たちはそう感じていたのだ。



異端審問の事を彼らに知られた時は、罪悪感なんてものでは済まされない程、彼らに対してほんとうに申し訳ない気持ちになったのだった。







巫女姫・フマコとのあの謁見から、聖花騎士隊の若い騎士たちは、ワダツミから同行してきた若い子たちに対して

どう話しかけたらいいか分からず、少し距離をとっていたのだった。



ワダツミからコリンドーネに向かう連絡船。その船室に佇む少年少女たちは、互いに口を交わす事なく、

疑心暗鬼の空気を含んだ船内で、しばらくそれぞれ波飛沫を上げる灰色の海を見つめ続けていた。




「……フロレアールは、ここから遠いのかよ?」


窓から外の景色を眺めながら、どことなくぶっきらぼうでそっけない口調で尋ねたのは、それまで口を閉ざしていたテンマだった。


「あ……うん、フロレアール王国は内陸国だから、船では直接向かえないんだ。

 僕らも、ここまで来るのに、国境を越えて暫く歩き、大陸行路から馬車に乗って、辺境の港から船を経由してコリンドーネへ向かったんだ。」


やや遠慮がちに、テンマの問いかけに対してレビンが答える。


「国境からしばらく歩いた…? 何よ、フロレアールは他の国との連絡をする定期便みたいなの、ないの?

 豊かな国の割には、不便な事ね」


レビンの説明を聞き、少し不満そうにカズミが口を尖らせる。



「フロレアールは今、プランタン教会によって支配されているといってもいいでしょう。

 先日説明したように、自国内での情報操作を行う為か、他国との自由な行き来さえ制限しているのです。

 国境さえも、教会の修道士たちによって見張りがつけられているのですわ」


カズミの不満に、冷静にパンセが返す。すると、その答えにナオコが皮肉を込めて呟く。


「情報を制限したために、自分たちが自由に行き来が出来ないって訳ね。

 でもそれで、国民の大半は納得するのかしら?」


「今のフロレアールでは豊かな稔りがもたらされていますので、他の国と貿易を行わなくても、さほど困りません。

 今までも、国境付近の高い山脈による永久氷河に覆われたフロレアールの国を超えるのは

 自国民だけでなく、他国の方々からしてみても、骨の折れる事だったそうです。

 故に、フロレアールと国交を持つ国は少なかったのです。


 逆に今では、豊かになった現状から、周囲の国々からその国土を目を付けられる事態にもなり兼ねません。

 温暖になった代わりに自然の防壁としていた永久凍土が溶け、他国からも侵攻されやすくなり、

 故に国境警備に力を入れざるを得なくなった、という話を、教会の上層部から聞いたことがありますわ。」



「なるほどね……見返りが少なく、移動する手間の方がかかるならば、他国との貿易には至らないというわけか。

 僕らワダツミは、雪で覆われてしまう厳しい冬の期間があったからこそ、それを乗り越える一環として

 縁のあったコリンドーネと国交を結び、彼らと交流を持ち、互いに協力し合っている訳だね。」



今までのフロレアールが他国との交流を持たなかった理由を、パンセの説明から聞き、リョウヤは納得したように頷く。




「で、あんたたちはどうやってそんな厳重な渡航制限を切り抜けてきたっていうの?」


「協力者が居りまして。国内に侵入する経路に関しては、心配する必要はありませんわ。」


さらりと答えるパンセに、リリサは不安を滲ませる。


「侵入……それって、正しい入国ではないって事ですよね……大丈夫でしょうか……」


「ま、まぁ、私たちがワダツミにやって来た事だって、正確に言えば、国のお墨付きを貰った訳じゃなく、

 ある意味不法出国だし……」


苦笑いをしながら、ロゼットも己の境遇を振り返り、隣にいたエフェメラに気弱に呟く。

彼女に問いかけられたエフェメラはおずおずと、しかししっかりと答える。



「ワダツミの方々をフロレアールにお迎えする事は、残念ながら今のフロレアールでは認められていません。

 ですが、皆さまに協力を願い出たのは私たちの方です。不法入国でしょうが、なんとしても辿り着かなくてはいけません。

 それまでのサポートは出来る限りさせて頂きますので、どうぞ心配しないでくださいね?」


不安げな面持ちのワダツミの少年少女たちに問いかける彼女の口調は、とてもしっかりしたものだった。

そんなエフェメラの様子に、長年親しんできた聖花騎士隊の見習いたちは、おぉ……と感心する。


「エフェメラ、随分と逞しくなったね……」

「ホント……レビンも見習わなきゃだね」

「そんな、ロゼット、地味にひどいよう……」



すると、精一杯彼らを護ろうとするエフェメラの決意に、リリサもふっくらと微笑んだ。


「ありがとう、エフェメラちゃん。とても心強いです」


そんな中、彼女の後ろで、何か言いたそうに口をもごもごさせるシンペイ。また肝心の役どころを取られてしまって、ご不満のようだ。

少し悔しそうにシンペイの様子を見て、ロゼットはぷーっと吹き出す。


「ぷっふふふ……! ごめ、全然悪気はないんだけど、見ててなんというか。おかしいなぁ……」




少し空気が和んだところで、ワダツミの少年少女たちを目の前にして、レビンは真面目な顔つきになって話す。




「改めて…… ごめん。今まで黙っていた事ばかりで。

 ワダツミに初めてやって来た僕たちに、君たちは凄く親切にしてくれた……色んな事を教えてくれたし、面倒も見てくれた。

 なのに……僕たちは君たちの事、君たちの文化を、何にも知らないくせに、悪く思っていた……」


リョウヤやリリサが異端属性……すなわち自分たちの国に当てはめれば、死すべき存在だという事実を、

そういう国のしきたりを、彼らに言えずに、そのまま黙って接し続けていた、その後ろめたさ。

その後ろめたさを、巫女姫の謁見の場を借りてではなく、自分たちの口から、ようやく彼らに謝罪する事が出来たのだった。



その場に居た誰もが、複雑な思いを抱えて、黙り込んでいた。



誰もが何も言えないでいる所、思い詰めた表情のレビンの背を、ぽーんと勢いよく叩いたのは、テンマだった。



「異端審問は、別にお前らのせいじゃねーし! 気にすんなよ! それに、お前らはもうそれが駄目だってこと、気付いているんだろ?

 みんなも辛気臭い顔すんなよ! んな様子だと、カビ生えちまうぞ! 俺たちが、これからそれを皆に教える為に行くんだからさ! な?」


「アンタはいっつもそんな調子でお気楽なんだから……」


陽気に、皆にそう話しかけるテンマに、カズミは呆れたように窘める。



「確かに、異端審問は、別にあたしたちが始めたっていう訳でもないわ……

 でも、今までただ異端審問に対して、見て見ぬふりをし続けてきた事。それは、異端審問を黙認したのも同じことなのよ……」


座った椅子を掴むロゼットの手に、ぎゅっと力が入る。


「そうですわね……『何もしない』事、つまりは異端審問を受け入れてしまっているという事。

 その、『何もしない』という体質自体を変えていかなければ、異端者排除が染みついてしまった

 このフロレアールの国を変える事など、できませんわね……」


鋭い眼差しを浮かべ、パンセも今後どうしたらいいかを必死に考えていた。



「あんたたちはともかく……異端審問について、そもそもフロレアールの国の人たちは皆、どう思ってるのかしら?」


聖花騎士隊の少年たちに、カズミがフロレアールでの異端審問での問いかける。


「……僕は、国の豊穣を護る為ならば、仕方のない事なんだとずっと思っていた…」

「私も……何もしてないのに、連れていかれるのはかわいそうだけど、仕方がない、そういうものなんだって……

 多分、そういう人、多いんじゃないかな……」


レビンとロゼットは、互いに顔を見合わせて俯き、今までの自分たちを振り返る。


「大多数は、この2人のように考えているのではないかと思いますわ……

 守護属性というものは、その国の国土、環境に左右されると聞きます。おまけに異端者狩りに遭い、数を減らしているならば尚の事。

 氷、闇、火の属性を持つ人物は、この陽の光と草花の恵みに溢れたフロレアールでは、どうしても少数派になってくるでしょう。

 身近にそういう境遇の者がいなければ、どこか他人事のようになってしまうものでしょうね……」


修道士であるパンセが、今まで調べてきたことも踏まえてワダツミの少年少女たちに説明した。



「冷たいんだね……隣の人が引きずられていくのを、黙って見ているなんて……」


ナオコが心底軽蔑するようにつぶやいた。そんな様子の彼女に、エフェメラが蒼い顔をして注釈を挟む。


「止めようとした方もいない訳ではありませんでした……

 ただ、そういう方も異端者と同等の目で見られ、異端者擁護者という烙印を押され、

 罪人とされ一緒に引き摺られて連れていかれてしまうんです。教会の名のもとに……」



「フロレアールの人々は基本温厚でお人好しな性格の方が多く、大半は農業で生計を立てています。

 農作業は1人で行うには難しい場合が多く、周囲との協力の元成り立つものです。

 だから周囲と波風を立てる事を嫌うのですわ。

 おまけに国民の大多数がそれまで王宮に政治を一任して生活してきたものばかり。

 言われるがまま、従ってしまう気質なのかもしれません」


「大多数に流されやすい気質かぁ……そりゃ、異端審問も広まっちまう訳だな……」


パンセの分析に、テンマもお手上げだ、とばかりに船室の椅子の背もたれに寄り掛かる。




「それでも、異端審問に異を唱える者も、過去のフロレアールにはいたのです」

「あぁ、『白の反乱』ね」

「なに、それ?」


パンセとロゼットの口から出た耳慣れない言葉に、ワダツミの見習いの少年少女たちは興味を示す。


「教会の修道士でありながら、異端審問に反対した者が過去に起こした反対運動の事ですわ」

「へぇー! なんだ、ちゃんと反対した人もいるんじゃん!」


感心するテンマに、パンセは表情を暗くして続きを語る。


「しかしその人物は、謀反者として捕えられ、処刑されてしまったのです。

 その時、表沙汰にはされていませんが、聖花騎士隊の若い騎士たちが協力したとされていて

 故に今、聖花騎士隊の方々は、教会を信じこむ国民たちから冷遇されていますの。」


パンセからフロレアールの複雑な状況を聞き、改めて国における教会の権力の強大さを思い知らされる。


「そんなに信じられるものなのかよ、教会って……」


「王宮からの支持を受けていたこともあり、その辺りから当時の教会は力をつけ始めていたとも言えますわね。

 王からの信頼があれば、ますます国民は信じてしまったのでしょうね」




「でも…… 偉い人が正しいと思ってやった事だって、正しいとは限らないんだ。

 だから、ワダツミは一度沈みかけた……」


そう言ってシンペイは、レビンたちが受け取ったミタマツタエの書の写しを眺める。


「僕たちは小さい頃から、その教えを受けて育ったんだ。昔の人たちが実際に辿った歴史を学んでね。

 僕は、難しい事はよく分からない……けど、精霊たちが悲しいって思う事は、良くない事なんだなって思うよ。

 君たちの傍についている精霊たちも、悲しそうな顔をしてる……


 何が出来るかなんてまだ分かんないけど、実際にフロレアールを見てみて、何が起こっているか、僕は知りたい。

 その上で、僕が出来る事を頑張ろうかなって、思うんだ」


シンペイは書状をじっと見つめ、淡々と話したのだった。

すると、ロゼットもそれに同調するかのように話す。


「うん……私も、何が正しいかなんて、まだ全然分かんない。

 だけどね、ワダツミの国は凄く好きになったよ。

 皆で助け合う暮らし、みんなで作った美味しいお餅や焼き魚。子慈院のお姉さんの話もすごく勉強になったし。

 そんなワダツミの国が大事にしてきた教え、きっと、フロレアールを良くするヒントがある気がするんだ!」


「はい。私も、ワダツミの国はとても好きです。いいお友達にも出会えましたし……」


少し頬を赤らめて、エフェメラも呟く。


「巫女姫様が授けてくれたこの書状、ミタマツタエの教え、僕らも勉強したい!」

「えぇ。あの国がどのようにして成り立ち、何を大事にしているのか、私たちは学ぶ必要があります。

 この書状、国に着くまでに、私たち、目を通しておく必要がありますわね。」


レビンやパンセも、意気込んでワダツミの文化や歴史について、積極的に学ぶ姿勢を見せる。

来た頃とは彼らの意欲も段違いに上がっている。目に宿す輝きが違っていた。



「そうだな! じゃ、俺らが分かる範囲で勉強すっか! リョウヤ先生、頼むぜー!」

「よしなよ。僕はまだ先生じゃないよ」

「でも、リョウヤさんの教え方はワダツミにいる時から、とても分かりやすかったですわ。是非お願いします」


彼らのやる気に触発され、意気込むテンマが指名すると、リョウヤは謙遜するが

パンセはそんな彼に重ね重ね強く頼み込む。


「しょうがないなぁ……」


やや遠慮がちに、しかしまんざらでもなさそうに、ミタマツタエの書を船室のテーブルに広げるリョウヤ。




定期連絡船がコリンドーネに着くまでの間、少年たちは集まって輪を囲み、ミタマツタエの教えを互いに学ぶのだった。