抜けるように明るい、スカイブルーの空から降り注ぐ陽光が

四角く隔たれたギヤマン製の窓を通って放射状に散乱し、きらきらと煌く。

そんな暖かな午後の昼下がりの事だった。


エムロードの都立図書館の隣にある、大学の研究室の一角。

山積みの書類や書籍に埋もれて、無精ひげを伸ばした、四角く分厚い眼鏡の男が

涎を垂らしながら気持ちよさそうに昼寝をしていた。


そこに、碧緑色のつややかな鱗を持った、小さな翼の生えた竜の子がぱたぱたと飛んできた。

飼い主と思しき無精ひげの男の背中に降り立つと、みーみー鳴いてしきりに上着を噛み噛み引っ張った。

それでも起きない男の様子を見かねて、熱いコーヒーを注いだマグカップの底を耳に当てたのは。


「うぁっっちィっ?!!」


「ほら、ハートン。カロリーナが餌ねだってるわよ。

 ちゃんとあげないと、その学者コート、食い破られちゃうわよ?」


呆れた顔で、いつものようにコーヒーを配って回ったのは

涼しげな目元をした、聡明な天文学者、アルテルだった。


「お前さんなァ、もうちっと起こし方ってもんがあるだろーが。」

ハートンと呼ばれた男は、ずれた眼鏡を元に戻し、

ポケットから何かの鉱石を取り出すと、小さな竜の子に近づけた。

すると、カロリーナと名付けられた竜は、嬉しそうにその鉱石をばりばり音を立てて食べ始めた。



「よく食べるわね、その子」


「なんたって、鉱石を喰らい自らの身体を鋼のような硬度にする、

 その名も、宝石竜<エーデルシュタイン・ドラッヘ> だぞ?

 そんじょそこらじゃお目にかかれない、貴重で可愛いヤツさぁ」


おなか一杯鉱石を食べるカロリーナを微笑ましく眺めているアルテルに、

まるで自分の子供のように嬉しそうに竜の解説をするハートン。


「お前さんの持ってる“星のかけら”を、カロリーナは一番食べたがってるんだけどな」

「お生憎さま。この隕鉄は貴重な資料だから、簡単にあげられませんよ」

悪戯っぽくねだるハートンとカロリーナに、アルテルはつんとそっぽを向いた。



ハートンの専攻は竜の研究である。

世界中に散らばって住んでいる竜を探しに、各地へフィールドワークに飛び回る毎日である。

その為、研究室に居る事は滅多に無かった。



しかしここ最近は、本拠地であるエムロードの大学研究室に滞在する事が多くなっていた。




「……確か、このコの母親も、密漁によって命を落としたのよね」


不意に、アルテルの表情が暗くなる。


「そうだ。セレスティアの近くの島だからって、俺も油断した。

 竜騎士たちが手薄になっていた所をやられた。

 ドラゴンハンターの奴等、どんどん手口が悪質化しやがる。こいつの兄弟たちを、囮に使ったんだ。

 母親の感情を利用して……チッ、胸糞悪ぃぜ!!」


ハートンも机に拳を叩きつけて、悪態をついた。

カロリーナはびくっと頭をもたげて、そそくさとハートンのもうひとつのポケットの中へ潜り込む。


「竜は貴重な存在だから、乱獲が禁止されているのは知ってるな。

 自然に寿命が尽きた場合のみ、鱗やら牙やら採取して良い事になってるが……

 どうやら、寿命や事故に見せかけて、竜を仕留めている連中が居るようだ」


「竜は硬い鱗や牙、心臓の琴線、瞳など、余す所無く、貴重なアミュレットや武器になるものね……」


「薬の材料にもなるわ」


そう告げて、研究室にやってきたのは、同じく医学博士のフライだった。


「……実はね、この間リトスの錬金区に、資材調達に出かけたの。

 どうしても治療に必要な薬の材料が、そこにしか取り扱ってなくて。

 そうしたら、竜の鱗や牙を使った魔道具が、通常の5倍もの値段で売ってたのよ」


「相変わらずのぼったくり値段?」


「違うの。店先には、いつもとは比べ物にならないほど、商品は充実していたの。

 だけど、この値段。おかしいと思わない?」


「……臭いな」


訝しがるフライとアルテルに、ハートンは眉間に皺を寄せた。


「そんだけの法外な値段にも関わらず、喉から手が出る程欲しがってる取引相手がまだ居るって訳だ」


「でも、相場以上の法外な値段で取引するなんて……」


「リトスの錬金区とベッタリな取引相手? 決まってるじゃねーか。

 ソルシエールの連中だよ!!」


机をだんっと叩いて、ハートンは積み上げられた書類の中から

最新の新聞を引っ張りだしてきた。


「記事によると、ソルシエール王国は、最近カーディレット帝国とノアプテ王国と同盟を組んだらしい。

 この記事を書いている記者は、俺の一目置いているヤツだから間違いねぇ。

 ドンパチおっぱじめる前に、軍備を整えようって寸法だ。」


「あ……そうか、戦争が始まれば、強力な軍備……すなわち、アミュレットや武器が必要になってくるわ!

 そうなれば、どれだけ値段を吊り上げようと、ソルシエールは買いに走ると踏んで

 錬金区の商人たちは、値段を上げている訳ね!?」


「そういうこと!! つまるところ、竜の乱獲も増えてくる……

 さぁ、忙しくなってくるぞ!! 近場のテリトリーを見回ってこなきゃな!!」


さっきまでの眠気はどこへやら、手近にあるピックや試験管やら、古びたコートやら、

色々な道具をありったけ鞄に詰め込むハートン。

ポケットのカロリーナも、ピィーっ!!と甲高い泣き声を上げて驚いている。



「あ、貴方、あんまり武装派じゃないんだから、無理しない方がいいんじゃない……?」

「何を! 俺ぁ、まだまだピチピチの33歳だぞ!!」


少しひくつきながら笑うフライとアルテルに、自信たっぷりにハートンは言う。


「あ! あとそれとな!!」


「なっ、何……?」

びしぃっと指差すハートンに、2人は驚きながら尋ねた。


「言わんでもお前さんたちなら分かるだろうが、

 エムロードの図書館や研究室には、高度な知識を持つ学者たちが大勢居る。

 つまりそれだけ、知識が悪人に利用される危険が高まるって事だ。

 研究のための出資、より良いデータを集めるための実験協力……などと、

 甘い言葉に惑わされんじゃねぇぞ。特にアルテルな。」


そう言われると、アルテルはむっとした顔で憤慨し、反論した。


「万年ねぼすけオジサンに、言われる筋合いはないわよ!

 貴重な論文に涎垂らしたのはどこのどなた?!

 とっとと行ってらっしゃい!!」


「ははは、留守にしている間、若ぇ連中にもよろしくなー!!」


アルテルを宥めるフライを背に、後ろ姿でぐっと親指を天井に突き出し、にぃぃと笑いながら

研究室の一番上にある展望台から、よく手なずけた深緑の鱗の小型竜の背に乗り

蒼天の空へと、ハートンは相棒の竜と共に駆け出していった。









予兆のお話を読んで。エムロードの雰囲気をつかみたくて、書いてみました!
思った以上に筆が進んだ。ハートンのおっちゃん書くの楽しい(笑)

ちょっとまだ詳しい記述が出てないので、
よしちゃんのとこの詳しい設定が出来たら書き直すつもりだけど
ソルシエールとリトスの錬金区と、あとドラゴンハンターのつながりも
少し含めて書いてみました。うん。楽しい。
他の国に比べて、情報が自由な部分もあるので、結構フリーダムに書いちゃった。

あと、創作ドラゴン(笑)
カロリーナは『自由な者』って意味です。はーちゃん命名(笑)
鱗が宝石みたいにきらきらしてて、丈夫です! 魔導の連中に狙われるといいよ!