どすどすと足音立てて歩くギスランの後を、沈んだ面持ちで歩み続けるナディアと共に歩くコーネリア。

豪華絢爛なシャンデリアの煌めきが照らす、弦楽隊が奏でる優雅なワルツの流れる舞踏会の会場から離れ、

彼らが向かったのは、とある回廊だった。


入り口に立つ衛兵にギスランが何か小声でそっと告げると、衛兵は鋭い眼差しのまま、無言で道を開ける。

その先には、深紅に金縁の飾りのある絨毯が敷かれた長い回廊が続く。

古い布の香りがふわりと漂う、蝋燭で照らし出されたその少し薄暗い回廊を、衛兵に連れられて3人はついて行った。



(舞踏会を離れて、ナディア様をわざわざお連れして、こんな場所に一体何の用だろう?)



コーネリアがそう訝んでいると、一行は回廊の先に佇む、とある部屋に辿り着いた。

衛兵が扉の金具の輪を叩いてノックすると、中から彼らを招く声が聞こえた。



「どうぞ。客人をお通しして下され」



衛兵が先立って、細かな装飾の施された重厚そうな金色の扉をゆっくりと開けると、

その先に座していたのは、コーネリアが予想だにしていない人物だった。


プラチナブロンドの綺麗に切りそろえられた髪。穏やかそうだが、冷ややかそうな笑みを湛えたその眼差し。

妖しげな気配を含んだ、左右で違う、印象的な瞳の色。

大綬を肩から掛けて、見事な細工の施された立派な椅子に腰かけていたのは。



カーディレット帝国の現皇帝・ピーテル陛下の従兄である、エドワード殿下であった。




コーネリアは、彼の登場に酷く驚いた。

そういえば舞踏会では、エドワードの姿を殆ど見かけていなかった。

広間の一番奥まった場所で、衛兵たちに囲まれていたのは、現皇帝であるピーテルだけだった。

皇帝陛下の従兄である身ならば、同盟を組む国々を招いて執り行う舞踏会には、出席を余儀なくされる筈だ。


しかし彼は何故、このような奥まった場所で、僅かな部下だけと共にいるのだろう。



そう訝しんでいると、コーネリアの前に居たギスランが、飛び出た腹をなんとかして畳み、恭しく頭を下げた。



「この度は、こちらからの申し出をお受け入れ下さり、誠に恐悦至極。感謝の極みでございます。

 由緒正しきカーディレットの皇帝の血筋を汲む、エドワード殿下の婚約相手として、

 我が国の姫・ナディア姫をお選び頂いた事を」



ギスランのその言葉を聞き、コーネリアは耳を疑った。


ナディア様を、エドワード殿下の婚約相手に、だって?



突然の事に頭の整理がつかず混乱するコーネリアを他所に、大臣たちの会話は進んでいく。



「こちらこそ、この度の話は誠に有難い限り。

 喜ばしい事に、我が国とソルシエール王国はこの度、共通の敵と戦う為に手を組むことと相成りました。

 この婚約は、2つの国の信頼関係を、より強固にするものとなるでしょう。」


エドワードの忠臣であるゾランが、深々とお辞儀をするギスランに向かって語り掛ける。


「エドワード殿下は御年25になられる。

 もう嫁御を迎えてもおかしくない年齢でありながら、国の仕事に奔走し、その時を度々逸してこられた。

 そんな中、ソルシエールの由緒正しき王家の血筋の姫君であるナディア様を妃にと、申し出、誠に感謝致します」


「御国の為に尽力成される余り、なかなかその機会を得られずにいらしたとは……随分苦労なされたのですな。

 いやいや、今回それが実に幸運となりました。おかげで、我が国の姫を、そちらに嫁がせる事が出来るのですから。

 これをきっかけに、是非両国の関係を密に出来れば、実に幸いです」



2人の大臣は互いの関係の成立を喜び合う。

そんな2人の会話の中、当の両人はまだ一言も言葉を発さず、黙したままだ。


突然の出来事に、ナディア姫はどう思っているのだろうか?

事前に知らされた上で、この舞踏会に出席していたのだろうか……?


舞踏会が始まった時から、終始憂いの表情を浮かべ続けている彼女を、コーネリアは心配していた。



一方のエドワード殿下は、静かに微笑みながら、黙したまま目の前のナディアを眺めている。





しかしコーネリアは、非常に違和感を感じた。



婚約を結ぶ相手だというのに、エドワードがその目に宿していた光は、慈愛を感じるようなものではなく、

微笑んでいるというのに、どこか冷めたような眼差しの冷たさを感じたのだ。

まるで、相手を値踏みしているかのような、嘲笑っているかのような。


周囲を見ると、誰も、彼のそんな眼差しを気にしているような人物はいない。

ナディアでさえも、そんな彼の視線の冷たさをまるで分かった上で、何も言えずに佇む事しか出来ないように

ひっそりと座り続けている。まるで、籠に捕らえられた小鳥のようだ。



そんな彼の視線の冷たさに、何故誰も気付かないのだろうか? コーネリアは背筋が寒くなる。



それは、婚約を心から祝うものでなく、互いの関係の成立だけを祝う、まるでそう、仮面のような

表面上のやり取りをしているだけのように、コーネリアには聞こえたのだ。




そう。いわばこれは政略結婚なのだ。





コーネリアがそう気付いた時には、2人の大臣の会話はますます陰謀めいたものになっていた。



「……カーディレットの現皇帝陛下は、確かまだ齢12の子供でしたか?」

「は。しかし大国を率いるには、子供の身では些か荷が重すぎるでしょうな」


「エドワード殿下は、皇帝陛下の従兄上でもいらっしゃる。

 ……ここだけの話、殿下が皇帝陛下になる事を推奨する者は、少なくないのではありませんか?」


声を潜め、ギスランはゾランに話しかけた。

するとゾランは、表情を曇らせて、己の心境をぽつりと語った。



「あまり声を大にして言えませぬが、仰る通り、現皇帝の力不足は否めませんな。

 このカーディレットの正当なる継承者であるにも関わらず、若すぎる御年を理由に、王族でもない輩が

 功績を盾に、現皇帝をまるで人形のように置き去りにして政を行うのが、側近として、歯がゆいのです」


「お気持ち、よく分かります。王族でもない下賤な血の輩が、政を行うなど、笑止千万。

 自惚れにも程がありましょう」


「そこで、今回の婚約を機に、成人され尚且つ妻を娶る事で、殿下の方が皇帝に値する資質を持ったと証明すれば

 例え分家の出としても、帝国の世論や議会の者たちは、現状を踏まえた上でどちらが帝国皇帝として

 相応しいかを納得せざるを得ないでしょう。」


「エドワード殿下が皇帝に即位され、ナディア様が王妃となられる暁には、このギスランはじめ

 ソルシエール王国、全身全霊を持ってお2人をお支え致しますとも」



それを聞いたコーネリアは、彼らの話の内容から納得する。


成程、齢12というまだ子供の現皇帝よりも、分家とは言うものの、成人している従兄のエドワード殿下の方が

各地で戦線を展開する屈強な帝国軍を率いるには、皇帝として相応しいだろう。


婚約は、彼の地位を盤石にするための布石なのだ。



また、ナディア姫は、現国王の従妹でありながら、もともと大人しく、自分から外に出ない性格もあり、

ソルシエール王家ではあまり陽の目を見ない存在だ。

ギスランらは彼女を担ぎ上げて、カーディレット皇帝一家に嫁がせ、妃の地位にのし上げ

あわよくば彼女を背後から操り、そこから利権を得ようとしているのだろう。



互いの利害が一致した為、今回の婚約に合意したという訳だ。

2国間の水面下で繰り広げられる陰謀の図式を、コーネリアはこの時理解した。




しかし、果たしてそれでいいのだろうか。


優しくて聡明なナディア姫を、同盟を組むとは言え、カーディレット帝国に簡単に渡して良いのだろうか。

このままでは、王家の血筋という貴い身分で在りながらも、他国との関係を深める為のいわば道具とされてしまう事を

コーネリアは憂いたのだった。



ナディアはそんな事実を聴かされた後でも、静かに黙って佇んでいた。



己では、何も出来ないという事を、重々承知しているかのように。