目の前にふわりと翻るあの蒼いドレスは、彼女の憧れだった。


裾がまるでトルコギキョウのように軽やかに広がり、美しい弧を描く。

軍服のようなかっちりした重々しいものでなく、女性らしいしなやかさと強かさを兼ね備えたあのドレス。


その美しい佇まいは、3ヶ国が同盟を結び、互いに友好と絆を深める為に開催された夜の舞踏会でも

他の国の麗しい貴族の女性たちと並ぶ中、全く引けを取らずに十分に映える姿だった。


日々研鑽を重ねて叡智を磨き続けた女性だけが辿り着ける、あの高みの場所。

それが、ソルシエール王国の中でも選び抜かれた者が集まる、魔導師部隊という存在だった。




「素敵だなぁ……」


星が煌めく群青の夜空のような、目の覚めるような蒼いドレスを羨望の眼差しで見続けていたのは

ソルシエール王国所属の魔法騎士、コーネリアだった。

彼女が着ているのは、同じ蒼色ではあったが、あの花のようなドレスではなく、ツーピースの軍服だった。

スカートではあるものの、ドレスのようなふわりとしたシルエットではなく、動きを妨げないようなフレアスカートだ。



ソルシエールにおいては、複合魔法という、2種類の異なった力を扱える魔力の優れた者だけが

魔導師部隊に入る資格を持っている。

ただ、魔法が使えても、男性であったり、複合魔法を扱えない者は、その次の位置に存在する

魔法騎士隊に配属されることとなる。



コーネリアは、ソルシエールの王家と遠い遠い血のつながりを持つ一族の娘だった。

しかし末端の家系である彼女の一族は、全く陽の目を見ない存在だった。

そんな中、血のにじむような努力を重ね、ひとつだけであるが魔法を習得し

小柄な体格であるが体術や剣や弓の訓練を懸命に続けて、魔法騎士部隊に所属を許されたのだった。



故に、魔導師部隊所属の魔女たちだけが着用を許される、ボディラインの美しいあの蒼いドレスは

彼女の遠い夢でもあった。




だが今は、カーディレット帝国との友好の為に遣わされたこの使節団に、同行を許された事だけでも

コーネリアは、とても嬉しかったのだった。


そもそも、魔法というものはどちらかというと苦手な方であったが、まさか自分のような者が

国の使節団に入る事を許されるとは思っていなかったからだ。

新鮮な気持ちで、そっと離れた所から、魔導師の女性たちの邪魔にならないように、彼女らを眺めていた。



ソルシエールにおける男性の理想像とは、マナーを守り、女性を美しく気品よくエスコートする、スマートな男性だ。

同盟国であるカーディレット帝国の男性は、右を見ても左を見てもいかつい、いかにも屈強そうな者ばかり。

自国の男性たちと比較すると、少々無骨で粗暴そうではある。

が、彼らがソルシエールの魔女たちを前にすると、少し背伸びをしたように緊張するのが分かった。

カーディレットの兵士たちに対して品よく、そして余裕を見せながら魔女たちは応対する。

まるで、少しませた年頃の少女が、同年代の少年をあしらうような素振りだ。



彼らの様子を眺めていると、そんな対比が少しおかしくなったのか、コーネリアはくすくすと笑いを堪えきれなかった。




すると、どこからともなく、殆ど壁の花になっていたコーネリアにやんわりと声をかけた。


「注意なさいね、コーネリア。今は壁の花ですが、ここは一応は公の場。

 どなたがどこでご覧になっているか、分かりませんわ」


軽やかな足取りで、ダンスホールから少し離れたところにあるテーブルにシャンパンを取りに来たのは

魔導師のひとりである、キャラウェイだった。


「あ……はい! 申し訳ありません……皆さんに見惚れて、その……少しぼうっとしていて……」


彼女の声かけに少し慌てて、護衛で招かれてここに居られる自分の立場を思い出し、コーネリアは背筋を伸ばして答えた。

そんな生真面目な様子がおかしかったのか、キャラウェイはシャンパンで少しピンク色に染まった

柔らかな表情でくすくすと笑った。彼女が笑う度に、リラ色の柔らかな髪がふわふわと揺れる。


「うふふ。相変わらず、コーネリアは真面目で素直ね。

 素敵なダンスパーティですものね。見惚れてしまうのは分かるわ」


煌びやかなホールを眺めて、瞳を輝かせキャラウェイは頷く。

しかし、同時に華やかさだけでない何かを感じ取り、彼女は静かに言う。


「とても楽しい、素敵な一夜なのだけれども、ここは3ヶ国の思惑が複雑に交差する場でもあるわ。

 コーネリア、貴方の役割は何だったかしら」


「はい、王族で在らせられるナディア様の護衛を承っております」


少し離れた場所に佇んでいる、美しい紺碧のドレスを纏った、どこか儚い雰囲気を持つ女性。

それがソルシエール王家の姫君の1人、ナディアだった。

コーネリアが今回この舞踏会に来ることが出来たのは、魔法騎士として彼女の護衛を任されたからであった。


魔導師部隊の女性たちは、この舞踏会の華としてカーディレット帝国やノアプテ王国の貴賓たちと

ダンスの相手を務めなければならない。

王族であるナディアの護衛は、魔導師部隊でない誰か他の者に託さなければならなかった。

そこで白羽の矢が立ったのが、魔導師部隊ではないが、魔法騎士隊に所属する

末端ではあるが王族の血を引く、コーネリアだったのだ。



「その通りよ。今回、ナディア様も訳あってこの一団に王族の一員として御同行されたのですが、

 王族と知って野心を持ち近づく、無粋な方々も居ないとは限りません。

 貴方はそんな彼らから、ナディア様を護る為にここに居るのですよ。お役目、宜しくお願い致しますわ」


「は、はい!!」


「うふふ、いい返事ね。では、私はもう少し踊って参りますわ。御機嫌よう」



そう言うと、キャラウェイはふわりと立ち上がり、再びダンスの輪の中に入っていった。

そしてあっという間にパートナーを見つけ、踊りだした。

寧ろ、可憐な彼女を他の男性たちが放っておかなかったのだろう。

動きの妨げになるとして、他の魔導師の女性たちとは比較して身に着けている宝石も少なく

薄い生地のストールに、紅い木の実のような石の留め具飾りをしているだけの、シンプルな装いであったが

軽やかで舞うようなステップは、遠目から眺めていても見事なものだった。



「キャラウェイ様も、素敵だなぁ……それに、魔法騎士隊っていう低い身分の私にまで、優しく声をかけて頂ける。

 何てお優しい方なのかしら。」



普段、魔導師部隊に比べて扱いが格段に低い魔法騎士隊や騎士隊所属の者たちにとって、

彼らにかけられる言葉や扱いは、それは無粋なものが多いし、それがソルシエールでは当然としてまかり通っていた。

だが時折、彼女のような心根の優しい人物も、少数派ではあったが存在してはいた。


コーネリアが護衛するナディアも、優しい心の持ち主であり、それ故に彼女はナディアの護衛という任を

しっかり務め上げねばという使命感も強く感じていたのだった。



「よし! 頑張るぞ!」


そう意気込み、立ち上がると、勢いが良すぎたのか、丁度すれ違ったウェイターとぶつかってしまう。

いくつかのシャンパングラスが傾き、ウェイターの服を濡らしてしまう。


「きゃあ! ご、ごめんなさい……!!」


「いえ……こちらこそご無礼を……大丈夫でしたか?」



明るい湖のような色の髪をしたそのウェイターは、ハンカチを取り出し、自分の服を拭く前にコーネリアに渡す。

そして彼女の装いを眺めると、少し遠慮がちに尋ねる。



「失礼ですが、その制服は……ソルシエール王国のお方で?」


「えぇ、そうです。 あ、でもご心配無用です! 私はただの護衛、あちらで踊られている

 魔導師の女性たちのような高貴な身分では、全然ありませんので……

 こちらこそ、大変失礼しました。お洋服、汚してしまいましたね……?」


身なりを見て慎重に確認するウェイターに、コーネリアは笑って自分の身分を答え、気にしないように言う。

少し離れた所に居るナディアを見ると、彼は合点がいったように頷いた。

彼女が申し訳なさそうにウェイターの方を心配すると、彼も笑って答えた。


「あぁ、なるほど。色んな方がいらっしゃいますからね。

 僕の方は、お気にする事でもありませんよ。僕らはただの給仕ですから。 どうぞ気にせず、舞踏会をお楽しみください」


無事だったシャンパンをひとつコーネリアに手渡してそう言うと、ウェイターはするりと

さりげなく人混みに紛れて、あっという間に消えてしまった。






その場に残され、シャンパングラス片手に立ち尽くしているコーネリアに、別の方向から声がかかった。

それは先程の2人とは異なり、酷く無粋なものだった。


「おい! ただの護衛が何シャンパンなど持っているんだ! 場をわきまえろ!!

 全く、護衛だなんて名目で連れてきてやっているのに、魔法騎士隊なんて礼儀の一つも知らないものだ……」


怒鳴り声を上げたのは、中年ぐらいの、ソルシエールの蒼い貴族服に身を包んでいるが

そのスタイリッシュなスーツから、やや下っ腹が飛び出た男性だった。

身なりは高貴だが、その言動からは気品のひとつも残念ながら感じられない。


「も、申し訳ありません、ギスラン伯爵様!」


手にしていた、先程のウェイターが好意で渡してくれたシャンパングラスを慌てて近くのテーブルに置くと

コーネリアは背筋を伸ばして敬礼の姿勢をとる。


「まぁいい……どうせこのような場所、世間知らずの小娘には縁遠いだろうからな。

 しっかり眺めて、今後の為に振る舞いも含めて覚えておくがいい。

 それより、仕事だ。 ナディア様をお連れして、私の後についてくるんだ。いいな!」


「承知しました……」


そう答えると、コーネリアはナディアの方に向き、お連れしようと近づき、彼女の顔をを見た時

えも言われぬ寂しさ、居た堪れなさを感じた。

煌びやかで華やかな舞踏会だというのに、一曲もワルツを踏むことなく、ナディアの表情は憂いに満ちていた。

まるで、自分ではどうしようもない、自らの今のソルシエールでの状況のように。



様々な思惑が交差する場所。


コーネリアは、先程のキャラウェイの言葉を思い出し、自らや護衛する姫君、

そしてソルシエール王国の行く末を思案し、先の見えない状況に戸惑うばかりだった。





舞踏会のSSから、インスピレーションを受けまして。

勝手ながら、初めて魔導側の子を動かしてみました!
そして護衛という名目で連れてきちゃいました。
姫君のお連れだから、女子も必要かな……でも魔女様方はダンスに引っ張りだこだしなぁ……
なんて考えつつ。い、いいかしら?(どきどき)

ついでに、あんまり動かしたことのない子を登場させるの巻!
ギスランおじさんもご登場頂きました! 案外動かすの楽しいわ(笑)
こんな感じでよかったかなぁ??