カーディレット帝国が誇る最強の部隊、精霊使いたちが率いる部隊は、

それまで戦況を拮抗させていたテワラン・コリンドーネ連合軍に対して、圧倒的な破壊力を見せつけた。


カーディレットの総司令官・フォルクマールにも、戦況の様子が報告される。

しかし、圧倒的勝利の報せにも彼は特に笑みを浮かべる様子もなく、淡々と通信兵の報告を聞いていた。



「……それは、想像通りの成果ですね。

 やはり、精霊使いが繰り出す魔法の力は、他を凌駕する」


「まるで初めから勝利を確信していたような反応だな」


隣で報告を聞いていた将軍の1人、リリアンが呟いた。


「当然でしょう。緒戦であれば、これくらいの結果は出して頂かないと。

 ただ、あちらは、我々が考えているより、強かに戦況を潜り抜けているようです。

 打開策を必ず考えてくるでしょう。こちらの戦力を一度見せつけてからが、本当の戦いなのですよ。

 状況は、刻一刻と変わっていくものです。皆には、己の力に慢心せずにいて欲しいものですね。

 
 ……ところで、機械部隊の方はどうなりましたか。」


油断しないよう釘を刺す一方、機械部隊に所属しているユリコの活躍に興味を示して

フォルクマールは通信兵に尋ねた。


「弾薬や装備が尽きた模様で、部隊は一旦解散。連絡によりますと、

 本国に技術兵として協力する者と、テワランに残り、風使いを捜索する者に分かれたようです」


「懸命な判断だな」

「あのお転婆じゃじゃ馬娘に、これ以上何かしでかされてはたまらんからな」

「私としては、もう少し彼女の活躍を聴きたかったのですがね」


淡々と答えるリリアンに、他の将軍が苦々しく言うのを、少し笑ってフォルクマールは聞いていた。


但し、機械部隊の副官が諜報部に連行されたという事実が、彼らには伏せられたままではあったが。







「我が人工精霊使いたちの力によれば、テワランの攻略など、実に容易いものよ……

 総司令官殿も、出し惜しみせずに初めから精霊使いを戦線に投入していれば、

 あっという間に勝負にカタがついただろうに」


グスタフ将軍は、先の戦いの結果に大いに満足していた。


後ろに控えていた人工精霊使いの少年・ラズィーヤは、彼に黙って付き従っている。

何も言わずただ黙って立っている彼の表情には、少し疲労の色が見えた。

だが、グスタフはそれに気付くことなく、いや、気付いているのかもしれないが、

敢えて無視しているのか、容赦なく指令を言い渡した。


「すぐさま、次の戦いの支度を整えよ。

 奴らに息つく暇なく、とどめを刺してやるのだ」


グスタフの命令に、ラズィーヤは何も言わずにただ従順に頷くだけだった。




精霊使いの兵士の1人である、リツの元にも、命令は下された。


「準備ガ出来次第、奴ラニ総攻撃ヲ再ビ仕掛ケル。準備シテオケ」


冷たい声でそう告げたのは、ブリューゲル……いや、今ではトゥワイスと呼ばれている人間兵器だ。

精霊が憑依しているためか、人格操作をしなくても、ある程度自立した行動をとれてはいるものの、

声色こそかつてのブリューゲルだが、圧倒的に温かみに欠け、まるで機械のように話す。




かつての彼は、あの日、命を落とした。

そう分かっていた筈だが、耳をくすぐる懐かしい声色に、思わず、

立ち去ろうとする彼に向かって、リツは思わず呼び止める。


「あ……」


リツの声に気付いて振り返るが、そこから放たれた声、向けられた眼差しは、容赦ない現実を彼に突きつける。



「何ダ。下ラナイ用事ナラ声ヲカケルナ」


刺すような眼差しを一瞬向けたかと思うと、トゥワイスはマントを翻し、足早に立ち去っていく。

その厳しい一言で、リツは一気に現実に引き戻され、項垂れるばかりだった。










そうして、カーディレット帝国軍・精霊使い部隊は、大きな打撃を受けて疲弊しきっている

テワラン・コリンドーネ合同軍に対して、休息を与える暇なく、再び大規模な攻撃作戦を仕掛けた。

先の戦いで焼け野原となった平原に、紅い制服に黒い軍靴、翻るマントが一列に並ぶ。

それは、圧倒的な力での蹂躙が、今に始まろうとしている事を示唆していた。



「総員、前へ!」


「奴らを1人残らず、焼き払い、撃ち抜くのだ!!」


グスタフの号令に従い、精霊使い部隊は攻撃を開始する。



部隊の最前線で、率先して炎を繰り出したのは、青の炎の使い手と呼ばれているリツだ。


何物も等しく焼き尽くす、青白い高温の炎。

この炎の前では、老若男女、数多の人々が無残にその命を奪われてきた。


彼らの悲鳴を聞く程に、酷く辛い感情が、かつてリツの中に沸き起こり渦巻いていたが、

永すぎる時の中で、戦いを幾度も繰り返し、感情を絞り尽くしてしまったのか、

それとも感情に蓋をしてしまったのか、その顔にはもはや虚無しか浮かばなくなっていた。

故に、彼は自軍の兵士たちからも、殺戮機械とまで呼ばれていたのであった。



隣で、烈しい雷撃をその剣に宿らせて放つのは、最強の人工精霊使いと呼ばれているラズィーヤだ。

彼はグスタフが手塩にかけて育ててきた戦災孤児で

厳しすぎる教育により、戦う事以外の感情を封じられ、育てられた。

故に、彼が繰り出す一撃は、慈愛の心の欠片もないもので、

誰を相手にしても、返り血を浴びながら、等しくその命を容赦なく奪ってきた。




帝国が誇る、彼ら2大精霊使いとまではいかなくても、様々な境遇を経て精霊使いとなった者は大勢いる。


闇の精霊使い・レオニードもその1人だ。

彼は小さい頃から大人しく気弱な性格故に、周りにいじめられて育ってきた。

そんな鬱屈した感情のはけ口となったのが、

命の危険と引き換えに、人工精霊使いの実験の末に身につけた、強大な力だ。


他にも、元犯罪者で恩赦を求めた者、下剋上を狙う者など、人工精霊使いに進んでなった者は多い。



「ははは!どうだ?! これで手も足も出ないだろ!!」



ギラギラとした眼差しで、時折笑みさえ浮かべて彼らが魔法を繰り出す様を、

リツは隣で静かに黙って眺めている他無かった。

こういう生き方しかできない人間もいる……そう感じると、リツはたまらなく虚しくなるのだった。



精霊使い、という呼び名こそついているが、精霊使いと共に戦う守護精霊たちは、自我を失い

もはや暴れ狂うだけの凶暴な存在となり、力の赴くままに、使い手の命令に従い、

精霊として護るべきであった自然を、人を、テワランの豊かな大地を破壊していく。

その叫びを、リツの隣に佇む炎の精霊・ヴァンパータは、哀しそうに聴いているばかりだった。


そして、己の主人も同じように、自分に彼らへの攻撃を命じるのだろう……

そう諦めていた。






その時。





兵士が繰り出した、人工精霊の力任せの黒い魔法を。


一陣の烈しい風が、地面に降り積もった塵や芥を吹き飛ばしながら、鮮やかに弾いた。



「風の魔法?!」

「何者だ!?」



驚く帝国兵の前に、森の中から、1人の女性が現れる。




朱色の道服、ゆったりとしたスカート。そのいで立ちは、テワランに仕える者のしるし。

肩程のゆるやかな巻毛を風に靡かせて、肩には小さな燕がとまっている。



「帝国の兵士さんたち。ここから先は、1歩も通しませんよ」


指し示した手に、羽衣が風にひらりと舞う。

だが、瞳に宿した光は何者よりも強い意志を感じさせた。




「あれは……まさか、捕獲命令の出ている、テワランの謎の風使い!?」


「これは何という好機……!! 貴様等、何が何でもあの女を生け捕りにせよ!!」



イェンメイの姿をはっきりと目視した帝国兵は、彼女がそれまで探してきた風の精霊使いだと知ると

総出で彼女を捕獲しようといきり立った。



「手柄はオレのものだ!!」


足の速いレオニードがいち早く丘を駆け上がり、闇魔法を繰り出す。

漆黒の闇がまるで怨念のように立ち上がり、幾重もの触手のように伸び、イェンメイを絡め捕ろうとした。



すると、次の瞬間、レオニードが立っていた岩場が大きくへこみ、崩れ落ちていく。


「なッっ?! 何が起こったっ?!」


間一髪で飛び退き、イェンメイの方を一瞥すると、彼女の後ろからまた別の人物たちが現れた。



「あ、ちゃんとピンポイントで狙えたみたい、良かった良かった」

「最初からがっつくのは良くないねぇ、うん」

「悪い子ちゃんには、お仕置きが必要よぉ♪」



ゆったりとした道士服を着た苔色の髪の青年、そして隣には、全身包帯に封印札だらけの明らかに怪しい青年。

その後ろからは、豊かな肢体を惜しげもなく魅せる、身体のラインが顕わになる道服を纏った、麗しい女性。

艶やかな紅い唇から精巧な細工の煙管を放し、ゆっくりと息をつくと、紫色の甘い煙が立ち上る。


戦う場にはあまりにも場違いな、その妖艶な姿に、帝国兵男子たちは思わず、ほぅ……と溜息をついたのだった。



「あら、貴女も手を貸してくれるの、ジュエン?」


「うちの若いのにも手伝わせてやって頂戴。邪魔にはならないわぁ♪

 なんて言ったって、魔法には魔法で対抗するのが王道でしょぉ?」


「ふふふ、うちのお師匠様の口から王道だなんて言葉が出るなんてねぇ」


「ほらほら、駄弁ってる暇があったらさっさと防御しなきゃ」


新たに現れた3人を含め4人は、ゆったりと悠長に、まるで茶飲み話をするかのように語り合っていた。



「帝国の誇る精霊使い部隊を前に、随分と余裕だな?

 いいだろう、痛い目を見せてやれ」


グスタフがそう命令を下すと、烈しい雷撃を巨大な剣に宿らせて、ラズィーヤが躍り出た。

無機質な表情で身体程もある大きな剣を振りかぶり、飛び掛かろうとする。


苔色の髪の道士が一歩前に出て、両手を前に出す。

掌を幾重にも形を変え、複雑な印を結んでいき、最後に掌を合わせて何かを唱えた。


すると、ラズィーヤが飛び掛かろうとした場所から、巨大な岩が勢いよく盛り上がり、行く手を塞ぐ。

着地しようとした場所から次々と岩が迫り出し、ラズィーヤは宙返りをしながら一旦後退せざるを得なかった。


「ここ一帯の地脈は把握してある。地の理は、僕らにあるよ」


苔色の道士…トンリューが繰り出したのは、大地の霊脈……地脈を手繰り、自然から力を分けて貰う魔法だ。

テワランでは魔法とは呼ばず、地脈を操る風水術と呼ばれるが。

大地の霊脈を把握さえしていれば、操るのに己の霊力がつぎ込める分だけ、力を借りる事が出来た。


力を得たばかりの、並の人工精霊使いには、流石に相手が難しいようで、皆攻撃を躊躇していた。





「ふん。ならば狙えないように複数で同時に攻撃すればいい。貴様等、行け!」


グスタフが、それでも怯まないリツとラズィーヤに命じると、今度は2人で同時にトンリューを狙う。

それぞれ反対方向から攻撃しようと、剣を構える。



ところが、空中をひゅっと何かが掠める。

次の瞬間、ラズィーヤの身体がガクッと崩れ落ちる。


「う〜ん、ダメダメ。そんな疲労が蓄積された身体じゃあ、すぐガタがくるよぉ?」


トンリューの隣にいた包帯だらけの青年、シェンツーが放ったのは、治療にも用いられる鍼だ。

戦闘用に幾分か太さを増しているが、その鍼は的確に、ラズィーヤの身体の霊結……

霊力や魔力と呼ばれる、さまざまな力の通り道を、狙って貫いていた。

刺された身体を動かそうとラズィーヤがもがいても、身体はまるで意志に反するように全く動かない。


それもその筈。ラズィーヤは、高い戦闘能力に着目されがちではあるが、まだ齢十有余の子供。

大人に比べ体力は当然少なく、休む暇さえなく連続で戦線に出れば、疲労も溜まるものだ。




「ラズィーヤ?! どうした?! さっさと立ち上がるのだ!!」


「可哀想に、この子殆ど休まないで動き続けていたんだね……?

 だから、こんなにあっさり霊結を圧しただけで動かなくなっちゃうんだなぁ」


彼の様子を、憐れむように眺めるシェンツー。

一方グスタフは、倒れて動けないラズィーヤを、尚も叱咤し続けている。



「相変わらず、あの人は従えた精霊使いたちを、酷使して虐げているのですね」


イェンメイは、グスタフに向かって冷たく呟いた。


「仕方がないんじゃないかしらぁ? あのひとたちは、魔法や精霊がどういうものか分かってないんだからぁ」


ジュエンがそう言うと、煙管を吸い上げ、大きく煙を噴いた。



「これは……油断したな」


目の前の状況に、リツは警戒する。

この状況で動けるのは、ほぼ自分しか残っていないようだ。


だが、まだなんとかなると思っていた。

今まで、どんな戦況だろうと、自分の炎の力で、ひっくり返してきたのだから。

それだけの力が、生まれ持った精霊使いである、自分にはある。

それだけが、帝国における、自分の存在意義なのだから。



これから葬る、テワランやコリンドーネの人々に、何ら恨みはない。

これが、自分の生き方なのだから。

戦う事でしか、自分の存在意義を示せないのだから。



哀しい運命を頭の中で反芻しながら、掌に青白い炎を宿らせ、リツは今、放とうとしていた。





しかし。






守護精霊のヴァンパータが、隣で必死に叫んだのだった。



『マスター、ダメです…… 力が入りません……!』


「?! どういう事だ……?!」



驚愕の表情で、今一度周囲の状況を見返す。


気付けば、辺り一帯、紫色の霧に包まれていた。

その霧をもたらしたのは、妖艶なる水の道士、ジュエンであった。



「気付いたかしらぁん? 霧に混ぜ込んだこの煙草の煙はねぇ、火の力を弱める効果を持っているの。

 テワランの美しい森を、今まで散々燃やしてきてくれたって聞いたから、

 どうにかしなくちゃ、って思ったのよぉ♪」



「帝国は、精霊や魔法を、ただの“力”としか見ていません。

 精霊とは、自然そのもの。

 故に、1人の力としては弱くても、自然に協力して貰えるよう働きかければ

 力は何倍にも増していくのですよ。」


ジュエンの隣で佇むイェンメイは、そう淡々と告げたのだった。






「成程…… ふん、結局のところ、精霊使いの力とて、あてには出来ん。

 信じられるのは己の力だけ、ということか。

 良かろう。貴様らの相手は、私と、この忌まわしき、蘇りの闇の者が勤めよう……!!」



暫く黙り込んでいたグスタフが、地獄の底から沸き上がるような怨念をもってして、

イェンメイたちの前に立ちはだかった。



その隣には、氷より冷たい眼差しを浮かべる、トゥワイスの姿があったのだった。






久しぶりにお国のお話を書きましたー!

すごく……戦いたかった気分なんです……(ぉ)

今まで散々っぱら最強扱いされてきた精霊使いですが、
状況によっては力を封じられて、逆転されてしまうとか良くないですか。
やっぱ最強じゃつまらんのです。どっかウィークポイントとかなくちゃ。

以前色々こねくり回した設定やら掘り起こして書きました。
ジュエン姐さんは煙だけで相手を捻り倒せる気がしておりますがどうでしょうv(ぁ)