深い眠りの後に、リツは目を覚ました。
医務室の白いシーツの上、ゆっくりと身体を起こすと、酷い頭痛がして思わず顔をしかめる。
リツは今まで何が起こったのか、すぐに思い出せずにいた。暫く記憶が混濁していたのだ。
すると、目の前に、よく見知った人物が居るのに気が付く。
インペリアル・トパーズの柔らかいくせっ毛。深い紅色の瞳。暖かな微笑み。
急いでリツは飛び起きて、どこか懐かしい面影の、その人物をもう一度見る。
しかし、見れば見る程、よく見知った人物とは程遠い特徴が見て捉えられた。
青白く冷たい血の気を失った肌。微笑んではいるが、虚ろな氷のような眼差し。
何も言わず、ずっと黙り込んでいるその姿。
ぞっとして、リツは思わず身震いする。
「お前は、誰だ……?」
すると、彼の後ろから、サディスティックな笑みを浮かべた白衣の男が現れた。
「やあ、青い炎の使い手サン。 随分眠っていたねぇ。」
「ここは……? 俺は……? 一体、どうしたんだ……?」
「ははぁ。君、大分混乱しているねえ。どうやら記憶を一部そのままそっくりなくしちゃったかな?」
しげしげとリツを眺めるその胡散臭い男は、何も覚えていないリツに興味津々の様子だ。
自分を観察するかのような眼差しに、リツは非常に不愉快な気持ちになる。
「答えろ。一体何が起こった? コイツは誰なんだ?」
「まぁまぁ、そう怒らないでよ! そうだね、じゃー早速、彼の事から紹介しようか!」
リツの感情を全く気にも留めない様子で、何故か楽しそうにその白衣の男は
目の前に立っていた無機質な表情の人物を嬉々として紹介する。
「じゃん! 彼の名前はトゥワイス。T・W・I・C・E、と書いて、トゥワイスさ。
洒落ているだろう。2度目って意味だよ。
僕の実験のお陰で、奇跡のような2度目の人生を送れることになった、幸運な人さ!」
「……何が2度目なんだ?」
全くもって訳が分からない風に、不機嫌にリツはその男に尋ねる。
「やだなぁ、何が起こったか君、本当に覚えてないの?
この人に何が起こったのかを……?」
血の気の失せた青白い表情の将校の、その印象的な、柘榴石のような紅い瞳を見つめるうちに、
リツの記憶は、少しずつ、次第に巻き戻されていく。
砂時計が、ひっくり返る。
戦場で泣き叫ぶ幼い自分の姿。
訳が分からない状態で、紺碧の長い髪の将校に手を引かれ、連れてこられた鉄の国。
厳しい軍隊の下で教えこまれた、様々な訓練。てんとう虫の記憶。
酷い仕打ちの中、手を差し伸べてくれたインペリアル・トパーズの面影。
彼を護る人物たちとの出会い。過酷な環境の中、懸命に生きようとする兵士たち。
孤児を護る暖かな親子。彼らに忍び込む、恐ろしい策略の影。帝国の罠。
自分を育ててくれた人物との意見の食い違い。決別。
大切な人を護る為の戦い。そして敗北。別れ。永遠の別れ。
失ってしまった。護りたかった人を、目の前で失ってしまった。
自分は何も出来なかった。
激しい感情の波に揺られるリツを、その白衣の男は、楽しそうに眺めていた。
「あぁ、いいねぇ……! 記憶の引き出しを引っ掻き回す、一番の恐怖を思い出す瞬間!
君、今とてもいいカオをしているよ……!!」
動揺し、冷や汗が流れ出る。恐れが、全身に流れ出る。
リツは認めたくなかった。
しかし、とどめの一言を、その白衣の男は容赦なく放ったのだった。
「彼はね。君のせいで死んじゃった人なんだ!」
暗闇のどん底に突き落とされる。
いや、どん底なんてまだ軽い方だ。永遠の闇だ。終わりのない闇だ。
希望は暗転して絶望に変わる。
自分の為に、大切な人が犠牲となった。
犠牲となるだけでなく、その誇り高い命がこのように、弄ばれてしまうとは。
何も頭に入ってこないリツに、その白衣の男は嬉々として説明を続けていた。
精霊を付加する実験で、とても希少で珍しい精霊を使って、彼は作られたと。
本来ならば死者を蘇らせることなど出来る筈もないが、その精霊はとても強力な精霊だと。
失われた者の躯を使い、精霊を宿らせ、再び蘇らせる禁忌の実験。
精霊の魂をそのまま宿らせて蘇ったその姿は、ネクロゴーレムと呼ばれる。
古くから伝われてきた禁呪。力欲しさの余り、帝国はその禁忌を犯したのだった。
今回の反乱を起こしたリツは、極刑こそ免れたものの、厳しい尋問が待っていた。
しかし、もう彼には、何も反論する力さえ残っていなかった。
繰り出す質問に、ただ淡々と答える。自分の意志ではなかった、強く依頼されて仕方なくやったことだと。
かつて生きていたブリューゲルが遺した筋道を、なんとか辿るように。
リツに残された道は、贖罪の道しかなかった。
彼の亡骸と共に、躯が傷つけられないように、寄り添って戦い続けるしか、今のリツには出来なかったのだった。
再び、とある噂が帝国はじめ侵攻する領土に響き渡る。
無慈悲な青の炎が、ますます力を増して、戻ってきた、と。
鈍色の空の下、はためく深紅の旗と共に、青い炎を燃やし続け、彼は彷徨い戦い続ける。
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紺碧の髪の青年は、決して涙を流さなかった。
志を分かち合えると信じた友との道、しかしその道は交差し、すれ違っていった。
彼のような優しさは、持ってはいけなかった。彼のように彼岸へと誘われてしまう。
結果、闇が蠢くこの国で、彼を裏切り、踏み台にして、生き残るしか出来なかった。
しかし、友を踏み台にしたおかげで、彼は後々功績を認められ、ついに望んだ地位にまで上り詰めたのだった。
総司令官の勲章を身に着けた時、フォルクマールはふと思い出した。
あの時、彼が遺した言葉を。
希望を持ち続ければ、いつか必ず志を同じとする仲間が現れる
今、目の前に広がる世界に、本当に心を許せる仲間などいない。
相手を支配するか、相手に支配されるかのこの世界。
争いのない未来を掴むまで、志の異なる最後の1人とまで、戦い続けなければならない。
しかし……
「……後悔、しているのか?」
ふとそう話しかけられ、我に返る。
青白く薄暗い、幻想のような月夜に照らしだされたガラス窓の傍に、1人の将校が居た。
将軍に昇格したリリアンだ。
「この地位に上り詰めるまで、そうだな……様々なものを犠牲にしてきた。
未来を夢見た幼い心、慈悲の思い、愛すべき友人たち……皆美しく、かけがえのないものだった」
そうリリアンが指を折って己が犠牲にしたものを数えると、フォルクマールの脳裏に1人の青年が浮かんで、そして消えていった。
「後悔する位ならば、理想を追い求めるのを今、ここで止めてしまえばいい。
これから先、もっと反吐が出るような事を、私たちはしていかなければならないんだ」
リリアンは冷たく言い放つ。まるで、今フォルクマールの脳裏に誰が浮かんだのか、まるで見えているかのようだった。
フォルクマールは、今思っていたことを正直に話す。
「彼の犠牲を無駄にしない……など、綺麗事は申しません。後悔も意味を成しません。
ただ私は、彼に憎まれる事を覚悟していた……のに、彼は私を赦した。
あの眼差し。あれが、どうしても理解できないのです。」
「お前らしいな……」
そう言うと、リリアンは踵を返す。
「あいつは不器用な奴だった。この国で生きるにはな。最期もそうだった、そういう事なんだろう」
軍帽を取り、その胸に抱く。
彼女の目の前には、枯れかけた野ばらが一輪挿しに刺してあった。
「お前とあいつでは、ものの考え方が違う。……だが、お前はそれでいいんだ。
お前でなければ、成し遂げられない事がある。それを忘れるな。
そうでなければ、あいつも浮かばれないぞ」
リリアンにしては珍しく、感傷的な言葉だ。
彼女と同じ方向を向き、フォルクマールは呟く。
「……そうですね」
漆黒のマントを翻し、深紅の制服に身を包んだ帝国の若き司令官は
己が目指す世界の為に、暗雲の空の下、ただ前に進むのだった。
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無機質な色の鉄の壁に囲まれた、パイプ椅子と裸電球の明かりしかない尋問室。
そこに、マーキスとウォルターは連行された。
椅子に座らせられると、とある将校が尋問室に入り、2人の目の前にやってきた。
「君たちが、反乱に協力したという人工精霊使いたちだね?」
明るいプラチナブランドに、印象的な紅と青のオッド・アイを有した人物だった。
穏やかで柔和な笑顔を浮かべてはいたが、簡単に心を読めないような、仮面を感じさせる雰囲気を持ち合わせていた。
人当たりの良い、柔らかな口調で2人に語り掛ける。
「僕は君たちを担当する尋問官だ。名前は伏せっておくが、許して欲しい。こんな身だからね」
諜報部を意味するベレー帽は、言わずとも知れた存在だ。口調こそ優しそうだが、やる事は決まっている。
2人は覚悟していた。
「さて……早速始めようか。
君らには、悪いけど反乱分子の疑いがかけられている。何せ2回も待機命令に反して脱走し、重要人物の護送を妨害したからね。
処刑された将校は君らを庇ったけれど、罪がそれで全部消えた訳じゃない。
命令を2回も無視するとは、大きな軍の規律違反だ。本来ならば、かなりの刑を科さなければならない。分かるね?」
笑顔こそ見せるが、有無を言わさない語り口調、全てを見透かすような鋭い視線に2人は晒される。
視線を外せば、罪から逃れようと逃げていると思われかねない。視線を外さず、じっと彼を見つめ返し、頷く。
「覚悟はしています」
落ち着いて、ウォルターは答えた。
今までに厳しい尋問や拷問など、掃いて捨てる程受けてきた身だ。こんな時程、落ち着いている。
「自分の過ちを認めているんだね。潔いね。
君らは自らの意思で命令に反した。という事は、今後もそういうリスクがあるという訳だ。
僕らはそんなリスクのある人物を、軍内部で飼い慣らしておく訳にはいかないんだよ。
本来ならば、徹底的な思想教育を君たちに施さなければならない」
諜報部では、軍紀を犯した人物への懲罰を行っている。
酷い拷問を受けたり、時には思想教育と称する洗脳も行われることがある、と密かに囁かれていた。
人工精霊使いの実験を受け、精霊による精神侵食を受け、自我を失ってしまう孤児たちも、ある意味戦いの為の洗脳ではあるが。
自分たちに対して思想教育、つまり洗脳を施される事を、マーキスは最も危惧していた。
「……けれど、徹底的な尋問や、思想教育は君たちには意味を成さないと僕らは考えている。
何故ならば、君らは確固たる意志を持っているとみたからね。
それに、君たちは稀有な能力を手に入れた。人工精霊使いの素晴らしい成功例だ。
その能力を思想教育で奪ってしまうのは、僕たちとしても惜しい。」
精神侵食を受けずに自我を保っている例は、人工精霊使いたちの間でも比較的少ない。
パイヴィッキのように身に付く能力が弱い場合もあるが、それは軍部の中では失敗作と呼ばれている。
しかし強力な能力を手に入れた反面、精神侵食を受けて自我を失くした兵士は、
意図しない突発的な行動を起こしたりして問題がある場合もある。
また自律的な行動を行えず、その都度命令しなければならない手間もある。要はただの人形になってしまうのだ。
それらを踏まえた上で、尋問官の将校は、残酷な提案をする。
「だから、僕らは君らを監視しようと思う。君らの行動は、常に監視されている。
少しでも問題があれば、処罰の対象になるよ。
……但し。処罰の対象は君たち自身ではない。君らが信頼している、ブロンデー博士と、シンという青年。
彼らの命を僕らは与る。」
「な……!! 彼らは関係ありません!! 処罰を行うならば、自分たちを対象にしてください!!」
諜報部の将校の提案に、マーキスは驚いて声を荒げる。しかし、それを見て将官は冷たく笑う。
「それが意味を成さないから、こういう手段に出たんだよ?
君たちは、自分たちへの処罰を恐れない。ならばどういう処罰が一番君たちに効果があるか。
君たちが少しでも命令違反を行うようならば、彼らに厳罰を下すよ。最悪の場合、極刑もあり得るから
覚悟して任務を忠実に遂行するよう、努力するんだ。いいね?」
「……承知しました」
将官の命令に、ウォルターは素直に受ける。
「な!! おい、ウォルター!!」
「いいから黙れ!! お前も従うんだ!!」
マーキスは抗議して声を荒げるが、ウォルターは彼の反論を一喝した。
そんな2人の様子を見て、尋問官の将校はくすくす笑う。
「大丈夫、最初からそんなに信用してないから。ただ、命令と任務さえ、忠実にこなしてくれればいいだけだからね。」
そう告げると、尋問官は2人をようやく解放した。
「厄介な事になったな」
「あぁ……博士とシンを人質に取られちまった。奴ら相当えげつねぇ事しやがる……」
解放されたのち、2人は途方に暮れてしまう。
どれだけ酷い拷問が待っているかと覚悟していたが、それ以上に酷な事を突きつけられたのだ。
もともと帝国軍のやり方には同意できなかったが、決して反乱出来ないように釘を刺されてしまったのだ。
しかもそうされたのが、人工精霊使いの力を持っているが故である。
「帝国の軍部の奴らの為なんかに、人を傷つける為に、身につけた力なんかじゃない……」
悔しそうに、マーキスは溢した。
「……しかし、この国で生きていく上では、そうなっちまうんだろうな……」
ウォルターも暗い空を見上げて、溜息をついた。
意志のこもった眼差しで、ウォルターはマーキスの肩を叩き励ました。
「だが俺は、博士やシンを護りたい。それが今、俺が出来る事だからな。
その為ならば、非道な命令でも、今は従うしかないんだ……悔しいがな……
全員なんか護れない。皆、自分の手の届くところで、精一杯なんだよ。」
そう話すウォルターに、マーキスは感心するのだった。
「お前……
悔しいけど、やっぱすげーよ。どうしたらそんな諦めないでいられるんだ?」
「……お前や、シン、ブロンデー博士や、皆が居てくれたからだ」
聞こえるか聞こえないか程度の声でぼそっと口走り、ウォルターは急いでそっぽを向く。
「あ? 何だって?」
「うるせぇ、ほら、行くぞ」
「おい、はぐらかすなよ!」
微かに紅くなった耳に気取られまいとウォルターは急いで立ち上がり、それを追うようにマーキスは駆け出したのだった。
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瞼を上げると、そこは一面の銀世界だった。
目の前に広がるのは雪景色なのだと、少ししてから気が付いた。
澄み切った、凍てつく透明な空気が肌を刺す。
吐く息が白く凍り付く。
鈍色の空からふわりふわりと、綿毛のような白い雪が舞い落ちてきた。
雪化粧の平原に、まばらに生える松の木の独特な形を目にして
あぁ、ここは遥か遠い昔に訪れた、最果ての極東の島だ、とウツセミは知った。
そして安堵の息をついてから、彼は雪原に意識を失った。
ジーナが気が付いた時には、ウツセミは腕の中でもはや虫の息だった。
あの時、ウツセミは渾身の力を絞って、帝国から遥か遠い、ワダツミノ国へと無意識にテレポートしたのだった。
だが、狙撃された瞬間、ジーナを庇って背中に致命傷を負ったのだ。
「ウツセミ!! ……ダメだ……死ぬんじゃない……!!」
涙を滲ませ、震える手で、ジーナは持っていたハンカチで懸命に狙撃された傷跡を押さえる。
しかしそれも空しく、ハンカチはあっという間に紅く血で染まっていく。
風がうなり、吹雪が舞う。
あまりの寒さで、ハンカチを押さえている手まで悴んで、感覚がなくなってきた。
孤独の空の下、2人は降りしきる雪に、今に埋もれてしまいそうだった。
希望を失いそうになっていた時、吹雪の向こう側から、暖かな光が見える。
賑やかな若者たちの声だ。
「!! ……誰か……!!」
吹雪の唸り声にかき消されそうになる中、ジーナは懸命に呼びかける。
やがて、その声を聞きつけたのか、袈裟を被った少年と少女が、彼らの元に駆けつけてきた。
「どうしたの?! お兄さんたち、酷い怪我……!!」
「大変!! 早く、薬泉院の人たちに見て貰わないといけないですぅ……!!」
雪で凍り付いた2人に近づき、少年と少女は青ざめた。
異国の佇まいであったが、まずその酷い出血を何とかすべく、2人は彼らを連れていく事に決めた。
「すまない……ボクより、彼を早く……!!」
彼らに肩を貸し、ますます酷くなる吹雪の中、少年と少女は急いで2人を銀景京まで運んでいった。
……やー、ようやくこの話書き上げました!!
紆余曲折、長かった……ホント長かった……
構想がまとまらず、難儀な思いでしたが、なんとかそれなりにまとまった……かな……
今に繋がっていくように、あちこちに伏線を敷きまくる作業が非常に頭を使ったわ……
なにはともあれ。りっちゃん、リリィ姉さん始め、よしちゃんの帝国サイドの子たちを
あれやこれやと、ホント好きに動かさせて貰っちゃいましたスミマセン&ありがとうございましたー!!(土下座)
彼らはどんな信念を持ち、どんな希望や悲しみを抱えているのかな、と、生い立ちから考えるのは
創作的にとても手応えを感じつつ、一生懸命書かせて頂きました!!
やはりドラマチックな展開が好きです!!燃えます!!
ながーく書いては来たけれど。実はここまでは過去の話で、今まさにこれから帝国は始まるのだ……!!(拳)