戦地から再びカーディレット帝国へと戻ってきた、ハイデマンら機械部隊の面々は、早速協力を必要としている技術研究部へと赴いた。




研究室では、様々な実験用具が立ち並ぶ中、白衣を着た人物たちは皆揃って、何故かどこか随分ぐったりとした様子だった。



実験途中と思われるステンレスビーカーの中でボコボコと沸き立っているのは、なんとインスタントラーメンだ。

フラスコの中にはわかめとあさりが泳ぎ、出来立てほやほやのお味噌汁が湯気を立てている。

大きめの燃焼皿の上には、トーストにベーコンと目玉焼きが乗っており、アルコールランプの火力が丁度良いのか

絶妙な焦げ目がついている。

もうひとつの燃焼皿には目刺しが乗っていたが、こちらは残念ながらぶすぶすと黒く焦げていた。


「なんだこれ……実験内容は、今朝の朝ごはんメニューか?」

「随分また庶民的な研究室ですな……」



本来ならば、様々な危険な薬品や素材を取り扱う研究室だが、今彼らの実験台を占拠しているのはどうみても食べ物ばかり。

忙しさのあまり、食事を作るのもままならないのだろうか。

その様子をみたハイデマンらは、思わず目を丸くした。




「ちょっと!! 今日の食事当番は誰よ?! 目刺しが焦げてるじゃない!!」


よれよれの白衣の姿で、髪の毛もぼさぼさに、研究者の1人であるクローチェがヒステリックな声を上げる。

その声に、のっそりと現れたのは同じ研究者のデルタだ。彼女の文句に、ぼそぼそと溜息をつく。


「……実験と同時に食事も作り、尚且つ例の機械を動かせというのは、少々酷では……?」


「私だって早く自分の実験したいわよ!!

 でも、上層部が猫の手も借りたいって、実験そっちのけで向こうのチームに協力しろってんだから、

 しょうがないでしょ!!」


デルタの返し言葉に、更にキーキー金切り声をあげる。





すると、研究室にやってきたハイデマンらを見て、それまで仏頂面だった表情を変え、急にぱぁぁっと目を輝かせる。


「あらぁ!! 貴方たちが、連絡頂いていた応援メンバーね! 待ってたわ!!」


「は、はい……

 本国・司令部の命により、膠着していたテワラン前線を一旦退き、新たな技術開発の任を承り、こちらに協力に参りました」


少したじろぎながら、クローチェにハイデマンが応対し、ここにやってきた経緯を伝える。



すると、他の技術研究部員たちが、まるで救世主でも迎えるかのように彼らを見上げた。


「助かった!! 俺たちだけでは、どうにもあれは扱えなかったんだ……」

「大分手古摺って…… 慣れない研究部員たちが、もう何人も負傷してしまったんです」

「私の自慢の白い陶器のような指も、この通りよ…… 全く忌々しいわ」


美しいと自分で言うのもどうかと思うものの、クローチェも絆創膏だらけの自分の指を並べて歯噛みする。

技術研究部が苦戦するとは、よほどの案件だ。機械部隊の面々は身構える。


「それはまた…… 知識・技術共に長けた貴方たちが苦戦するような技術とは、一体……?」

「あれよ」



クローチェが指差した先にあったものは、いくつもの精密な部品で組み立てられた、箱のような機械。

折り曲げた腕が突き出したような、奇妙な形をしている。



「なんですかな、これは?」


「ある情報筋から手に入れた設計図を解析して作った、精巧な縫製機械…… ミシンよ」



ミシンとは、縫製を自動で行えるようにする便利な機械である。

それまで、同じ工業国であるコリンドーネなどで工業用の大型のものは存在していたが、1つの機械で1つの動作しか出来ない。

家庭用に手順を幾つも出来るように小型にカスタマイズされたものは、極めて珍しかった。


その精巧な部品の数々に早速、機械部隊の隊員たちの目は思わず釘付けになる。


「すげぇ……ここの部品、どんだけ細かい加工されているんだ……」

「この複雑な動き。針が一度布を通過して、上の糸を下の糸に引っ掛けるのか……」


隊員たちが細かなその機械の仕組みに興味津々になる一方で、ハイデマンは技術研究部の人員に疑問を投げかけた。


「我々に依頼したい仕事とは一体……? この機械の量産の為の応援でしょうか?」


すると、クローチェは予想外の答えを返してきたのだ。


「いいえ。ミシン自体は、ブロンデー博士と助手たちのおかげで、いくつか複製を作ってあるわ。

 貴方たちにお願いしたいのは、このミシンを使って縫製をして貰いたいのよ」


「はい??」


機械部隊の一同は、揃って素っ頓狂な声を上げた。



指に幾重にも貼った絆創膏を、もう一度彼らの目の前に見せつけて、クローチェは忌々しげに言う。


「私たちの本分は研究だから、機械の扱いには慣れてないのよ……おかげでこのザマよ……

 貴方たち機械部隊ならば、きっとこれを上手く扱ってくれる、そう上層部は期待したの。

 これを使って、この図案の作品を完成させるのよ!!」


クローチェはそういうと、ばばんと大きなポスターを掲げ、研究室の一番大きなホワイトボードに張り付けた。


そのポスターには、赤と青のチェックの生地に、ピンクのハート、そして可愛らしいクマちゃんの絵柄が描かれていた。


「なんスか、これ……くま?」

「どうみても、くまちゃんだよなぁ……」



皆、口をぽかんと開け、唖然としてそのポスターに描かれた可愛らしい図案を眺めていると

黒髪にシェブロンスタイルの口髭を生やした将校、クレメンスが澄ました表情で、手に鞭を構えてやってくる。



「今手っ取り早く外貨を稼ぐにはね、巷で流行している製品を国内で作り出し、世界へ届けることよ。

 これはね、リトスの市場で最も子供たちに人気のメーカーのものを参考に作ったものなの。

 この絵柄を使った製品を大量に作り、世界中で売りさばけば、利益を得る事間違いないわ。

 おまけに、子供の心を掴むという事は、将来に投資すると言ってもいいわね。

 子供心に刷り込まれた記憶は、羨望の眼差しとなり、我が国への忠誠心を盤石なものとするでしょう」



随分とまた大風呂敷を広げ過ぎた拡大解釈に、斜め上を行き過ぎた戦略のようであるが、上司の言う事はとりあえず従わざるを得ない。

開いた口を一旦閉じて、ハイデマンは気を取り直し、命令に頷く。



「ま……まぁ、膠着状態の戦線に人員を費やすよりかは、随分建設的と言えば建設的と言いましょうか……」

「そんな訳で、頼んだわよ、貴方たち」



クローチェとクレメンスに見送られ、機械部隊の面々は今一度、精巧なミシンの前に集まる。

技術研究部の中でも、機械技術に詳しい技工兵士から、彼らはミシンの扱い方についてレクチャーを受けた。



足踏みスイッチを器用に使い分けて、前進・後退の動きを教え込まれる。

糸のセッティング方法は至極複雑であったが、上糸と下糸のバランスを調整し、一度セットしてしまえば

その機械は軽快な音を立てて、実に綺麗な縫い目で布を縫いあげていく。


もともと工房勤めが多い機械部隊の面々は、細かい作業に慣れており、いくつもの行程を踏まなければならない

ミシンの扱いを覚えるのは早かった。



「そうそう、そこのカーブで布をずらして……」

「布の端は織り込んで処理するんだ。見栄えが良くなるだろう?」


茶色い布をくまの形に切り取り、チェック模様の布地に縫い付ける。

にこりと微笑んだ口元は赤いフェルトで上からまた縫い、目、鼻は黒い糸で細かく縫い込む。

ハートの飾りを最後に縫い上げたら、作品の完成だ。



「おぉ!! 出来たぞ!!」


技術研究部のスタッフたちがどよめく。

彼らが思っていたより短時間に、機械部隊の兵士たちは、作品を仕上げたのだ。

しかもそのクオリティはかなり高く、縫い目は美しく、生地の端の処理もしっかりされている。

端から端まできっちりと真っ直ぐ縫われており、ほつれる心配もなさそうだ。


「流石、機械の扱いに長けているだけあるわね。所用時間に対してこの完成度、素晴らしいわ」


普段ならば格下の扱いで機械部隊を馬鹿にするクレメンス将軍も、この時ばかりは彼らに対して素直に賛辞を贈った。

それを聞き、とりあえず役目を遂行できた事に、ほっと胸を撫でおろす機械部隊の隊員たち。





「しかし、実際にこの品が、審美眼の厳しい世の中に通用するのか……。

 そう思い、今日は特別に、厳正なる審査員にお越し頂いたわ」


「審査員?」


機械部隊の面々が首を傾げると、クレメンス将軍は厳粛な面持ちで頷いた。


「そう、実際にリトスで流行の最先端の品々を常日頃見ている、しかも大人たちよりも厳しい目を持つ……

 すなわち、現地に住む少年少女よ。どうぞお出でになって」


そうクレメンスがエスコートしてやってきたのは、ピンク色の可愛らしいセーラーワンピースを着た、年若い少女だ。



「皆さま、お初にお目にかかります。

 リトス海洋貿易都市連邦・公爵家令嬢の、ルーシー・ハーシェルです」


ルーシーはそう言うと、スカートの端を掴んで広げ、礼儀正しくぺこりとお辞儀をする。

その場に似つかわしくない、年若い少女の姿を見て、ハイデマンは驚きの声をあげる。


「将軍! 彼女をどうやってここまで連れてきたのですか!

 まさか表沙汰に出来ない方法を使ったのではありませんな…?!」


「心配に及ぶ必要はないわ。ちゃんと、正規のルートでお越し頂いてるわ。

 彼女をここにお呼び立てするのにも、リトスの公爵の許しはきちんと得ています。」


「はい! ちゃんと、皆さんから御給金<お小遣い> を頂いています!」


クレメンスの隣で自信満々に言うルーシーの隣には、丸々と太った子ブタの貯金箱が置いてある。




「では、早速見て貰いましょう」


そう言うと、クレメンスは兵士が縫い上げた作品のうちの1つを持ち上げると、ルーシーの元へと運ぶ。

ルーシーは彼からそれを受け取ると、広げたり、裏返したりして、丹念にじっと見つめる。


そして作品から目を離すと、クレメンスに向かってゆっくりと頷いた。



「うん。かわいい! 合格!!」



彼女が声をあげた瞬間、技術研究部の面々は、わっと歓声を上げた。


「ようやく……ようやくOKが貰えたよ……」

「ありがとう。ありがとう! お前たちのお陰だよ……!」


白衣の袖で涙を拭う者、両手でバンザイをする者、技術者たちはそれぞれ喜びの声を上げ、感謝の意を告げた。

一方、機械部隊の兵士たちは、頭に疑問符を浮かべながら、彼らが求める握手に訳が分からないまま応じていた。



「一体全体、なんでこんなに感謝されているんだ、俺たち?」

「さぁ? ただ、くまの柄を縫っただけだろ?」


機械部隊の兵士たちの疑問に、1人の技術研究部員がそっと答える。


「いや、本当まともに縫ってくれたのは、アンタたちが初めてだったんだよ。

 それまで召集した面々の結果たるや、散々だったからな」


「それまで召集した面々?」


技術研究部員の答えに、一同はさらに首を捻る。



 ・
 ・
 ・


「こんなくま、やだー!! こわい!!」


ルーシーの手元には、眼帯をして金髪を逆立てた、やたらヘビメタ調に魔改造されたパンキーなくまが縫われていた。

もともと赤と青のチェック模様だった背景の柄は、何故かイナズマ模様になっていた。


「えぇーっッ?! お嬢ちゃん、分かってないなぁ! これが今の流行りのスタイルだぜー!!」


「どこが流行りだどこが。お前の中の流行と、リトスでの一般少年少女の流行を一緒にするんじゃねぇよ。

 ってか、あの材料からどうやってこれを作ったんだ……」


制作者であるヒューイは、嫌がるルーシーに自信満々に自分の作品を紹介するが、

その後ろから相棒のアクセルが鋭い突っ込みを炸裂する。


そう、彼らは特命を帯びて、一足早く本国に呼び戻されていたのだ。




「もういいわ。次の作品を持って……  って、ルーシー嬢、一体どうしたのかしら?」


どうみても可愛いとは程遠いパンキーな作品を明後日の方向に追いやりながら、

クレメンスは次の作品を持ってこさせようとするが、それを受け取ったルーシーの様子がおかしい。


顔面は蒼白になり、涙をいっぱい浮かべていた。

そして、次の瞬間、大声を上げて泣き叫び始めたのだ。



「うわぁぁぁぁーーーーーーーーーーん!!! 怖いよーーーーーーーーーー!!!」



何事かと、ルーシーが手にした作品を覗き込んだ他の兵士たちも、それを見た瞬間絶句する。



「うわぁ…… これは酷いわ……」

「こりゃ、ちょっとしたホラーだな………」

「子供相手に、これはキツいって……」



そこには、まるで獲物を食して口中血だらけになったような、グロテスクでホラーなくまが縫われていたのだ。



「ちょっと!! アンタたち、それってどういうことよーーー?!」



しかも、それを縫い上げた張本人が、ユリコ特務であったのだ。


四苦八苦して時間を掛けてようやく縫い上げて、達成感に満ちた彼女が自信満々に掲げた作品が、それである。



「口元の血みどろ具合、ありゃある意味芸術だぜ……」

「あぁ、あそこまでリアルに縫えねぇよな……」

「あのクマの目つき、見たか? 完璧にいっちまってるよな……」


技術研究部員たちは声を潜めて、彼女の作品を酷評する。

彼らだけでなく、彼女と共に戦ったアクセルでさえも、ユリコの作品を見て閉口する。


「あの図案のどこをどう縫ったら、あぁなるんだよ……」


「ちゃんと、設計図通り縫ったもの!! アタシだって知りたいわよ!!」


半ば涙ぐみながら、もとの図案の欠片もない作品を目の前にして、ユリコも頭を抱える。




それを遠目で眺めていたクレメンスも、ぼそっと呟いた。



「やっぱりあの子は、危険人物ね……」






時間をおきまして、リハビリに件のミシンの話が縫えましたので、お晒し致します!

相変わらずネタに走ると筆の進みが早いwwwwww
そして思っていた通り、いやそれ以上にひどい展開になりましたwwwwww

機械部隊はミシンも初見ながら自分の手足のように思い通りに扱ってくれそうですが
特務の作品は思った以上のホラー的出来栄えwwwwwwww
正規ルートとはいえ、お小遣いという名の賄賂で帝国に誘ったルーシー嬢も
その出来栄えのあまりの酷さにギャン泣きする始末。
ドンマイ、百合子たん!!←